childhood's end -雪の日-
朝起きて、窓の外を見たらそこは雪国だった。
テッドがカーテンを開けたら、真っ白な世界・・・・・・とまではいかないが、石畳の道にもうっすらと白い雪が積もっていた。いまだに灰色の空からは雪がちらちらと降り続いている。
「・・・・・・う、そだろ・・・・・・」
ぽかんと口を開けた。
南国と言っていいこのラズリルで雪が降るなんて思っていなかった。
現につい先日までは冬とは言っても北の生まれであるテッドにとっては寒さも厳しいものではなく、過ごしやすいものだったのだ。それなのに。
確かに昨日はいつもよりも寒く、だから今年初めて暖炉に火を入れるかと思ったところで薪の蓄えがなくて、仕方なく思い立ってから寒い中外で薪を割らねばならない羽目に陥ったりしていたのだ。
だが寒いといっても、まさか雪が降るとは―――――ましてや、うっすらとはいえ積もるとは思わなかった。
テッドは暫く呆然と窓の外を眺めていたが、いくら部屋の中にいるとは言ってもそんな状態でぼうっとしていては風邪のひとつもひいてしまいそうだ。
我に返って厨房と居間の暖炉に火を入れる。
昨日、寒い中だったが、薪を補充しておいてよかった。
ちろちろと炎が薪を燃やしはじめる。
テッドはほっと息をついた。これで、やがてこの部屋は暖かくなるだろう。
そのとき、とんとん、とドアをノックする音が響いた。
まだ朝の早い時間、街外れのこの家に来る相手は決まっている。だが、それでも用心のためにテッドはドアを開けずに「誰だ?」と尋ねた。
「僕です」
いつものように、高い声が返ってくる。
やっぱりそうかと思いながらテッドはドアを開けた。
「おはよう、おにいさん」
「・・・・・・セト」
テッドは、ドアを開けた途端に盛大に溜息をついた。だが子供は、テッドの様子など気にすることなく白い息を弾ませている。
「すごい、外白いよ」
「ああそうだな・・・・・・なぁ、セト」
「なに?」
「お前、その格好寒くないのか?」
「え?」
子供は言われてからまじまじと自分の格好を見下ろした。膝が出ている短いズボンに長袖のシャツ。上着は着ているものの、それでもそこから出ている指は赤くなっていてとても冷たそうだ。
だがセトは何故そんなことを言われているのかわからないようだった。ぱたぱたと、自分のおなかや背中を叩いている。
「・・・・・・どっか、へん?」
セトがやがて辿りついた結論はそんなもので。思わずテッドは頭を抱えたくなる。だがそんなことをしている状況ではない。目を丸くしているセトの小さな冷たい手を引っ張って部屋の中に入れるとドアを閉める。外の寒風に晒されないだけでも寒さがゆるりと薄らいだ気がした。
奥の暖炉では、もう炎がぱちぱちと爆ぜている。
セトを引っ張って、その前のラグに座らせた。
「上着」
「これ?」
短く言うと、セトは自分の上着の裾をつまんで持ち上げる。そうじゃなくて、と言おうとしてテッドは肩を落とす。座る子供の傍らに膝をついて、上着のボタンをひとつずつ外して脱がす。思ったとおり、上着はうっすらと濡れてしまっている。雪の降る中傘もささずに歩いていれば当然だろう。
「こんなの着てたら、余計に寒いだろ」
「着てないと寒いって言われたよ」
「だから、濡れてたら意味がないだろっつってんの。いいからこれは火に当てて乾かす」
「ん」
セトは素直にテッドから濡れた上着を受け取る。きょろきょろとあたりを見回して、少し考え込んでから結局自分が今まで座っていたラグにそれを広げた、ところでテッドはセトの頭を上から押さえつける。
「ぅわ?」
ぐりぐりぐり、と少しずつ力を込めると少しずつ小さな頭が下がっていく。まだその髪の毛は随分冷たい。上着と同様に雪に降られてしまったのだろう。しっとりと、僅かに湿っている。
「あ・の・な。いくら火に当てろって言ったからって、自分よりも上着を優先させるな。まずはお前があったまってからにしろ。上着は―――――」
テッドが押えていた手を離すと、セトは大きな目をまん丸にしていた。両手で持っていた上着を奪い取って、テッドは近くの椅子の背にかけてから椅子をがたごとと動かして少しでもそれが熱に触れるようにした。
「こうしておけばいい」
「でも、僕、もう少ししたら行かなきゃいけないよ?」
だから上着が乾いていたほうがいいだろうと言う。
テッドは反論しようとして――――結局、思っていることを言葉にすることなく大きく息を吐いた。
「・・・・・・いいよ、俺の上着貸してやる」
ぱあっと、セトが嬉しそうに顔を輝かせた、だがそれはすぐにしゅんとしぼんでしまう。
「どした?」
「・・・・・・おにいさんのだと、僕、おっきい・・・・・・引きずっちゃうと、やぶれたりよごしたりしちゃうから・・・・・・」
「あー・・・」
確かに彼が自分ののコートを着るのであれば、セトには大きすぎるだろう。だがそれを着る前から想像して、そんな気のまわし方をする子供に、テッドはなんでもいいから甘やかしたい気分になった。
セトは椅子にかけられた自分の上着へと手を伸ばしている。テッドは小さな手を途中で止めた。
「?」
手はまだ冷たい。
握りこんだ手を無理矢理暖炉へと向ける。暫くそのままの状態でいると、指先がじんわりとあたたかくなってきた。黙ったままの子供が、ようやく口を開く。
「・・・・・・あったかい・・・・・・」
「・・・・・・そのまま、火に当たってろ」
テッドはセトの手を離すと、自分の荷物の中から厚手のマントを取り出した。自分のコートを子供に着せれば、確かに大きすぎるだろう。だがマントであればどうにかなる。マントを適当に半分にたたんで、子供の体に当てる。こんなものだろう。
「・・・・・・?」
「後でな。とりあえず、メシ食うか」
「ん」
手伝う。
いつものように子供は申し出ると、ようやく暖かになった体を暖炉の前から動かした。
出かける時分になって、二人は身づくろいをすます。
とは言ってもセトは特に用意することなどなにもない。ただテッドが着替えるのをちょこまかと手伝っているだけだ。シャツを手渡したり、そんな些細な手伝いだけれど、テッドは彼の好きなようにさせていた。最初は気を使うなと言ったものだが、手を出させずにいると僅かにつまらないという表情になる。年齢の割には読みにくい表情が、ある程度わかるようになったなと思う。
甘やかしているな、とも思わないでもない。
だが普通の家族のぬくもりをまつたく知らずに育っている子供はどこか不憫で、どうしてもテッドはセトのことを甘やかしてしまうのだ。
「暖炉の火、消えてるか?」
「ん。ちゃんと消えてるよ」
セトがぱたぱたと暖炉を覗いて確認している。
「よし、じゃあ上着持って来い」
「ん」
セトが暖炉前にかけられていた上着を握ってテッドの前に走ってくる。すぐにそれを着込もうとするのをやんわりと止めた。上着はだいぶ乾いていたが、それでもまだ少し湿っている。
「やっぱり乾いてないか」
「おにいさん?」
「じゃあお前はこれ着ろ」
テッドは彼の上着を奪うと、持っていたマントを小さな肩にかけた。普段の半分にたたまれたマントはすっぽりとその小さな体を足まで包んでいる。
「これ?」
「俺の上着貸してやるって言ったろ。これなら引きずることもねぇしな・・・・・・ほら、ちょっと上向け」
セトが上を向く。その首元でずり落ちそうになっているマントを留め金で留める。
「これで少しは寒くねぇだろ」
上着はまた椅子にかけておく。
セトは自分の体をまじまじと見下ろしていた。不思議そうに、ぱちぱちと何度もまばたきをして、マントの裾を持ち上げたりしている。
「・・・・・・気に入らないか?」
ふと気がついた。
丈夫で厚手だからと随分と長く使っていたマントだから、正直古ぼけてはいる。子供にとっては気になるかと尋ねてみたのだが、セトはぶんぶんと頭を振ってテッドの疑問を否定した。
「そんなことないよ」
「そうか?」
「こんなあったかいの、はじめてだよ」
「・・・・・・そうか」
一所懸命に訴えてくる様に小さく笑う。
「じゃあ、行くか」
「ん」
扉を開ける。途端に寒風と雪とが二人を襲う。だが寒いと首を竦めるのも、どこかセトは嬉しそうだった。
テッドがじっと様子を窺っていると、気がついたセトが笑いかけてきた。
「寒いけど、あったかいね」
「そうか」
よかった、と素直に思った。
テッドは戸締りをしてから、おとなしく待っていた子供を振り返る。
「行くか」
「ん」
手を出せば小さな手が重ねられる。その手が自分の手よりもほんのりとあたたかい。
雪の降る中、そのぬくもりが普段よりももっと心地よいものに思えてテッドは小さく笑んだ。
![]()
あまりの雪の降り具合にならネタにしてやる!と意気込んで書いたもの。
そしてテッドが親バカ通り過ぎちゃったもの。