childhood's end 2
柔らかい手に触れられる夢を見た。
「・・・・・・?」
視線を感じて、テッドは目を開いた。
窓のカーテンの間から、白い光がゆらゆらと揺れている。それを認めてからテッドは視線の主に気がついた。小さな子供がベッドにぺたんと座ってじっとこちらを見ている。大きな青い目が、僅かな光の中でも鮮明だった。
テッドはしばらくぽかんとその子に見入ってから、ようやく昨日この子供が来て泊まっていったんだったと思い出した。
名前は、そうだ。
「セト?」
名前を呼んだ途端、子供は―――セトは、驚いたように目をきょとんと丸くした。それから小さく笑った。
「早いな、お前」
テッドの言葉にセトは小さく頷いた。
「うん。まだ早い時間です。だからベッドで、まだ寝れます」
セトはそう言ってぺしぺしとベッドを小さく叩いた。テッドは子供がまだ眠いのかと僅かに目を眇めて見るが、そんな様子は微塵も見られなかった。なにが言いたいのかと黙っていると子供は焦れたのか、またぺしぺしとシーツを叩いた。
「・・・・・・まだ、眠るのか?」
「だって、僕ベッドで寝ちゃったから・・・・・・ベッド、使ってください」
セトがしゅんと項垂れたのに合わせて、テッドも溜息をついた。昨日確かに、気がついたら子供はうとうとと眠ってしまっていて、仕方がないと彼をベッドに寝かせた。ただ一緒に眠るのは・・・・・・やはり抵抗があったから、まぁ凍える季節でもないと高をくくって床に寝たのだ。
別にセトが悪いわけではない。
一緒に眠るのが躊躇われたのも、右手のことがあったからだ。
それがわからない子供は、ただ自分のせいかと項垂れている。どう言えばそうじゃないと伝わるのかと悩んで、答えは出ないまま、テッドは無言で左の手を伸ばすと、項垂れる子供の頭をぽんぽんっと軽く叩いた。
セトが顔を上げる。
「昨日、俺が言ったことを覚えているか?」
「え?」
「ここに泊める条件、ふたつ」
首を傾げながらもセトは指を立てて思い出す。
「自分で朝起きることと、気を使わない、こと?」
「・・・・・・お前、さっきから俺にですますで喋ってんだろ」
テッドが指摘するとセトはあっという顔になった。それから小さな声でごめんなさい、と謝る。
「いいか、もう一度言うが俺にんな丁寧に話す必要なんてねぇんだよ。気は使うな」
「・・・・・・うん」
「それと」
もう一度左手でそのさらさらの髪を撫でる。手袋ごしでないその感触は随分と心地よいものだった。
「自分で起きれたのは、偉いな・・・・・・よく、眠れたか」
「うん」
「ならいいさ」
テッドは手を離すと、立ち上がった。昨日椅子の背にかけておいた上着を羽織る。セトの視線がずっと自分を追ってきているのはわかっていて、だがすぐには振り返らなかった。黙って部屋に備え付けのタオルを手に取った。それからようやく、ベッドへと振り返る。
案の定、セトはまだベッドの上に座って、テッドをじっと見ていた。
「・・・・・・行くぞ」
「え?」
テッドが促すと、戸惑ったようにセトは首を傾げた。
「だから、行くぞ。顔洗ってメシ食ったら・・・・・・送ってってやるよ、セト」
呼ばれた声が、沁み込んでいったのかぽかんとしていたセトの表情がぱぁっと明るくなった。慌てて彼は立ち上がるとベッドからおりようとした。
だがすぐに困ったようにきょろきょろとなにかを探し始めた。
「どうした?」
「僕の、くつが・・・・・・」
ベッドの下には確かにセトの靴は置いていない。そういえば昨日彼を寝かせる前に靴は脱がせたんだったとテッドは思い出す。テーブルの下に置いていた小さなそれを手に取るとベッドの下にそろえて置いた。
セトは、だけど靴ではなくテッドをじっと見ていた。
「なんだ?」
「えと」
迷ったのかセトはそこでようやくテッドから視線を外した。訝しく思っていると、彼ははにかむように笑ってまた、テッドへと目線を向けた。
「ありがとう」
綺麗な笑顔でそう礼を言うと、セトはぴょんと身軽にベッドを飛び降りて靴を引っ掛けるとたたたっと部屋の外に出てしまう。それはあっという間の出来事だった。
テッドは暫く礼を言われたままの体勢で固まっていたが、やがてがっくりと肩を落とした。
――――やられた。
不覚にも、笑ったセトがかわいいと、そして礼を言われたことが嬉しいと思ってしまった。誰にも関わらないようにしているというのに、どうしてこう自分は失敗するのか。
きっと子供は、宿屋の裏口にある井戸で自分をまだかと待っているに違いない。その想像すらもなんだか嬉しい。
こんなことじゃダメだと思いながらも、どうせ今日の昼までの付き合いだと自分に言い訳をして、テッドは部屋を出た。
そうして行った井戸に、やはりセトは待っていた。桶には井戸の中の冷たい水をもう注いで用意してあった。セトが井戸から水を汲んだのだろう。
「はい」
と、セトが桶を差し出した。なみなみと水が満たされた桶は、子供には随分と重いだろう。
テッドは無言でそれを子供の手から奪い取って地面に置いた。それから流しの前にセトを引っ張る。
「まずはお前、顔洗え」
「え?」
「いいから」
テッドが桶を傾けると、おずおずと小さな手のひらが差し出された。お椀の形を模った手のひらに水を注ぐ。セトは水の冷たさに驚いたのかひゃっと妙な声を出して肩をすくめた。構わずに、テッドは彼の手が存分に水を受けたところで桶を置く。
流れこなくなった水を、些か残念そうにセトはテッドを見上げるが、その隙に手の中の水溜りはあっという間に指の隙間から零れてしまった。
「あ・・・・・・」
「なにやってんだよ」
テッドの呆れた声がセトのそれに被る。「ほら、もう一回」とまた桶を傾けると今度は零すまいと真剣な表情で手のひらを差し出した。
それが功を為したのか、セトは今度はばしゃりとそれで顔を洗った。
そんなことを何度か繰り返して、セトが顔を洗い終える頃には、満たされていた桶の中身は半分くらいになっていた。テッドは軽くなったその桶をセトに渡す。セトは嬉しそうにそれを受け取ると、先程の自分のようにテッドの手のひらの上に慎重に水を注いだ。
そうして二人ともが顔を洗い終えた頃には、もう周囲も随分と朝の活気に満ちていた。
「・・・・・・さて。メシ食うか」
目に付いた店に入って、まずテッドがしたことは、セトを椅子に座らせることだった。多少はテッドもこの子供のことをわかってきた。気がついたらちょろちょろと動いて人の世話を焼こうとする。だが如何せん、その小さな体では大人のように動くことはできない。
ただ見てる分には一生懸命に働く姿は健気で微笑ましいのだが・・・・・・危なっかしいことに変わりはない。
だからテッドは彼を早々に席につかせた。
「お前、なにか嫌いなモンあるか?食べれないものとか」
「嫌いなもの・・・・・・?」
セトは首を傾げてからぶんぶんと首を横に振った。じゃあと思って「好きなものは」と続けて訊ねたらまた首をぶんぶん振っている。
「好きなものくらい、あんだろ?」
「すきな、もの・・・・・・?」
セトは先程と全く同じ反応で首を傾げている。
「僕、なんでも食べられるよ」
「ああそりゃ偉いな。そうじゃなくて、何でも食えても好きなモンのひとつやふたつあるだろ?」
「食べるもの、好きか嫌いかなんて考えたことないよ」
きょとんとしている子供は、とても嘘をついているようには思えなかった。これくらいの子供であればアレが食べたいコレは嫌だとよく泣いているが・・・・・・どうやらセトは、そういったこととは縁がないらしい。
――――領主の屋敷に住み込みで働いているって言ったか。
ということは食事はその家で出されるのだろうし、それを嫌だと言える権利は子供には与えられてはいないのだろう。
食べることもできずに飢えている戦災孤児に比べれば、待遇はいいのだろうが、それでもこの年の子供とは思えなかった。
テッドはぐりぐりとセトの頭を乱暴に撫でる・・・というよりも押さえつける。
「ならなに注文しても食うよな?」
「うん、食べる」
「じゃあ座って待ってろ」
「僕が、とってくるよ」
「いいから、座ってろ」
椅子から飛び降りようとしたセトの肩を押えて、テッドはもう一度彼に言い聞かせた。それから眉尻を僅かに下げた子供に、頭ごなしはよくないのかと思って言葉を捜す。
「・・・・・・俺は自分で見て選びたいんだよ。俺が選んでる間、この席取っておいてくれ・・・・・・できるよな?」
今度はセトも真剣な表情になってうん、と頷いた。
「よし、頼んだ」
なんとなく。
本当になんとなくだが、セトの扱い方がわかってきたような気がして、少し気分がよかった。気持ちが彼に傾きそうな自分にどこかで警鐘が鳴っているような気がしたが、昼にガイエンへの船に乗ってしまえばそれまでなのだ。ならばその短い間だけ、子供を気にかけても別に構わないだろう。
自分で自分にそう納得させると、セトの分も適当な食事を買って席に戻った。セトはおとなしく、席で待っている。
「ほら食えよ」
かたんと目の前に置かれた食事をちらりと見てからどうしようかと戸惑ったようにテッドへと視線を向けた。
「・・・・・・なんだよ?」
早々に自分の分の食事を口に入れようとしていたテッドは、視線のまっすぐさに少しだけ居心地の悪さを感じながら訊ねる。
こんなにもまっすぐな目には自分は慣れていないのだ。
「僕、なんにもやってないよ」
「だからなんにもってなんだよ」
「お仕事、してないのにごはん、食べていいの?」
「・・・・・・・・・・・・あのな」
きょとんと聞いてくるセトは、どうやら純粋に不思議に思っているらしい。
テッドはそれを悟ってがっくりと肩を落とした。
「ガキはそんなこと気にすんな。食えるときは食っとけ」
「でも」
「食え」
反論を短く遮ると、セトはようやく食事へと手を伸ばした。それを見ながらこっそりとテッドは嘆息する。どうやらセトは食事を労働の報酬だと思っているらしい。その認識は別に悪いことではない。だが、この年の子供が働いてないから食事を食べられないというほどにまで徹底的に思い込んでいるのは問題だろう。
そんなことをつらつらと考えていると、もぐもぐと口を動かしていたセトがふとなにかを思いついたように顔を上げた。
「あの」
なにか言いたげな・・・・・・しかも、どか嬉しそうなセトの表情に、なんだろうと思いながらテッドは水を飲む。目だけで聞いていると伝えると、彼はそれにこくんと頷いて先を続ける。
「あなたは、もしかして僕のおとうさん?」
ぶっ!
・・・・・・思い切り、吹き出した。
「だいじょうぶ?」
げほげほ、肺に落ちた水にむせると、セトが一生懸命身を乗り出して幼い手でよしよしと頭を撫でてくれる。その心遣いは嬉しい。嬉しいが今、それどころではない。
「おま、おまえ、なぁ・・・!」
「お水、もういっぱいもらってくる?」
「いやいい!動くな、頼むから!」
気がつけば少なくはなかった店の客の視線が痛い。これ以上、目立つことはしたくない。テーブルの上に置かれた食事を一旦横に退けて元から身を乗り出していたセトにこっそりと話しかける。
「あのな。よく考えろよ。お前いくつだ?」
「・・・・・・とし、わからない・・・・・・」
反射的にしまった、と思った。そういえば孤児だったか。
だがその思いをテッドは顔に出すことはなく、しかめっ面でそのまま続ける。
「だけどそれでもお前、五、六歳ってとこだろ?なら俺がいくつのときの子供だっての」
「・・・・・・んんん?」
実際テッドは外見上の年と本当の年齢とは一致しない。だから別にセトのような年の子供がいてもおかしくはないのかもしれない。だが今はそんなことが問題なのではない。この場合は周囲にどう思われるかの方が問題なのだ。
現に何人かの客はテッドとセトとを不審そうに見ている。
「いくつのとき?」
「・・・・・・聞いてほしいわけじゃなくてな」
こてんと首を傾げて聞いてくるセトに脱力する。どうにも、この子供は自分の力を抜くことがうまい。
「いいか、俺はお前の親じゃない」
「ちがうの?でも、働かなくてもめんどう見てくれるおとなの人は、おとうさんとおかあさんだってスノウさま言ってたよ」
子供は無邪気な様子で続けた。
「僕は、おとうさんとおかあさんいないから、働かなくちゃいけないんだって」
セトはそれを悲しいとはあまり感じていないようだった。子供なりに現実を受け止めて、理解しているのだろう。だからただ一度、食事をしてテッドを『おとうさん』と勘違いしたのだ。
『おとうさん』とは、面倒を見るだけの関係ではない、と子供は知らない。
「・・・・・・せめて、俺を呼ぶならおにいさんにしてくれよ・・・・・・」
だからテッドは強い否定ができなくなった。
「おにいさん?」
「そうだ」
「ん。わかった、おにいさん」
神妙にセトが頷いた。手を伸ばしてその頭を撫でると子供は嬉しそうに破顔した。
それに力なくテッドも笑いながら考える。ほんの短い間の兄でも、この子供にとっては救いになるだろうか。自分は昼にはこの街を出てしまう。そのことがセトにとって残酷でなければいい。
それが都合のいい願いだとそう知ってはいたけれど、そう願わずにはいられなかった。
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あはははは!なんですかね、子4様!書いてるとネタいっぱい出てきて止まりませんね!
やばいです楽しいです。てかラプソディア出るまでとか思ってたけど間に合いません!(泣)
おかげでまだちょっと続きますよ・・・・・・てかいちばん書きたいところが書けてない・・・・・・。
今回は、萌え話でいただいたネタでした!使わせてもらっちゃいましたよKさん(笑)しかしイマイチギャグになりませんでした・・・。あれ?微妙にシリアス風味?(でも風味)ありがとうございました♪