借り


「借りは、返す―――――」
そう言われて、期待してしまったのは確かに僕の方だった。



ついこの間、テッドが仲間になった。
彼は真の紋章の所持者・・・・・・しかも僕と同じ魂を糧とする紋章、人の魂を掠め取っては喰らうというソウルイーターの持ち主だった。テッドはそんな紋章が嫌で霧の船に逃げ込んでいたという。
紆余曲折があって、彼は結局霧の船を出てきた。それについては僕がなにをしたというわけではない。ただ僕は、自分に降りかかってきた火の粉を払いのけ、そのときに関わった彼からの二、三の問いかけに答えただけだ。
だけどただそれだけでもテッドにとっては現状を打破するきっかけになったのか、僕になにかしらの恩を感じているらしい。「借りを返す」という彼に、なら、と僕もテッドの力を借りることにした。
なにしろ彼はソウルイーターという強力無比な力を持つ上に、150年もの歳月、各地を彷徨っていたというのだ。
高々十数年を生きる僕にはとても追いつけないものを彼は持っている。
それは経験であり、知識であり――――そういった情報というものは、ある意味純粋な力そのものよりも貴重なのだと思う。
別に僕は彼にソウルイーターを使ってほしいと思っているわけではない。なにかあるときには僕が前線に立つ。そもそも本当なら戦いに真の紋章など持ち込まないほうがいいのだ。
だが持っている力の行使を躊躇うあまりに軍全体が敗れてしまうのは本末転倒だから、なにかがあった際には自分が紋章を使うことに疑問は持っていない。
だから、テッドの返す『借り』とはどんなものになるか――――。
僕には正直想像することもできない。




コンコン。
ノックして数秒待っても部屋の中からはなんの反応も返ってこない。
だが他の部屋ならともかく、この部屋――――テッドの部屋に限っては部屋の主が不在という可能性は低いのを、僕は短い付き合いの中でも十分に知っている。
「テッド」
今度は声をかけながらまたドアをノックした。
とりあえずテッドは、僕の声であればなにかしら反応を返してくれる。
これが他の人であれば滅多に彼は答えることはない。何かしら用件を言われれば別だが、ただ単に扉を叩くものにはなにも答えずにいることが多いようだ。
案の定、部屋の中からカタンと音がして、扉は開かれた。仏頂面で、それでもテッドは顔を出してくれる。
「何か用か?」
「ん。入っていい?」
「勝手にしろよ」
「わかった」
中に入ると部屋の素っ気なさに苦笑してしまう。部屋は主に似て随分と殺風景だった。僕がこの船に乗ってすぐ―――まだテッドがこの部屋にはいる前の、空き部屋だった状態と何も変わらないベッドと机と椅子の配置。それと僅かなテッドの荷物と武器が置いてあるだけだ。
僕はその殺風景な部屋にがっかりしてしまった。
「なに溜息ついてんだよ、お前。なにしにきたんだ」
「別に。テッド、お茶でも飲む?」
「・・・・・・もらう」
「ね、テッド」
「なんだよ」
「足りないものがあったら、ちゃんと言ってね」
「わかってるよ」
僕とテッドのそのやりとりも、既に何度か繰り返されたものだ。だけどまだ彼はなにも言ってはくれない。
まだ、だめなんだ。
そう思うと少し悲しくなる。
けれど仕方ない。
テッドがこの船に乗ってからまだ日も浅いし、どこの港にも寄港していないのだ。霧の船のような、あんな場所にいた彼が普段の生活の足りぬものや必要なものを考え付くことなどまだできないんだろう。
だから仕方ない。
何度も自分に言い聞かせる。
テッドが自分にとって必要なものすら思いつかないのに、ましてや僕がほしいものなどまだ考えられなくても仕方ない。毎日少しずつ期待は増していって、その都度期待が空回りするのは情けないし悲しいけれど、その分僕の望みが叶えられるときの喜びを思えば我慢はできるはずなのだ。




それから暫くたった。
僕はテッドにも外の世界を早く知ってもらおうと戦闘やら買い物やら宝探しやら、いろいろと彼を連れまわした。
だけど未だにテッドは僕になにをするわけでもない。なにを、返すわけでもなかった。
そして僕は毎日毎日、テッドの部屋へ期待とともに赴き、失望と一緒に帰ってくる。
叩きなれた扉を、今日もまたノックする。
今日は港に停泊をしているから、テッドと一緒に港に下りようと思っていた。だけど手続きやらなにやらこなしていたらすっかり遅くなってしまった。
かちゃりと、扉が開く。
「またお前・・・・・・なんの用だ」
いつものテッドのセリフに、だけど僕はいつものように言葉を返すことができなかった。
細く開いた扉から、ふわんと甘い香りが漂ってくる。
「・・・・・・おい、セト?」
「あ」
名前を呼ばれてようやく我に返った。
「用がないなら、帰れ」
「あ・・・・・・えと」
「・・・・・・部屋、入るのか?」
「うん」
テッドは様子がおかしい僕を訝しげに見ていたけどなにも言わずに扉を大きく開いて僕を部屋に招き入れてくれた。中に入ると、先程の甘い香りがいっそう強く感じられた。
それは今までなかったことだ。
「テッド、もしかして今日、港に下りたの?」
「ああ。ちょっとな」
「知らなかった」
「別に、いちいちお前に知らせることじゃねぇだろ」
「だけど・・・・・・」
「酒飲み軍師の許可はちゃんともらったぜ?」
「ふぅん」
会話を交わしながらも目はきょろきょろと部屋の中を見回してしまう。そうして見つけたのは、机の上にぽつんと置いてある紙袋。そこから甘い香りは漂っているようだった。
「テッド、それ・・・・・・」
「ああ、これ」
がさりとテッドが袋から取り出したそれは、予想通り湯気のたつおまんじゅうだった。僕は甘い匂いにつられてふらふらとそれに近づく。テッドはちらりと僕を見て、それからそのおまんじゅうを――――――。




ぱくりと食べた。



「・・・・・・え?」
「港に行ったときに売っててさ」
ぱく、とまた一口、食べる。
「久しぶりに食いたくなった」
そうしてまた一口。あっという間にそれはなくなっていく。
僕は、それがなくなるのをただ呆然と見ていた。
「うまいな・・・・・・って、おい!」
あっという間に食べ終わったテッドがぎょっとして僕を信じられないような目で見ている。
「なに泣いてるんだよお前!」
「え?」
言われて僕はようやく、自分が泣いていることを知った。ぼろぼろと、目の中が壊れてしまったかのように涙が次から次へと溢れてくる。
「・・・・・・テッド」
「なんだよ、ああもう泣くな!」
「だって、テッド、僕に借りを返すって言った・・・・・・」
「言ったがなんだよ、どうしてんな話になるんだ!」
「だって、借りを返すのに・・・・・・テッド・・・・・・おまんじゅう食べた」
「は?わけ、わかんねぇぞ」
「おまん、じゅう・・・・・・」
借りを返すといったのに。
150年間生きて色んな所を彷徨ったテッドなら、どんなおいしいおまんじゅうを僕にくれるのかと期待していたのに。
期待して期待して、そして毎日今日じゃなかったとがっかりして、それでもまだずっと期待していたのに。



僕の中の何かが壊れた。



「ふ・・・ふふ・・・ふふふふふふふふふふふふ」


「おい・・・・・・?」
「借り、おまんじゅう・・・・・・ふふふふふふふふふふふふふ」
「あの、セト、さん?」



ゆらりと立ち上がる。
「僕は、ずっとずぅぅうううっと、待っていたのに・・・・・・」
「いや、だからなんの話だか説明・・・・・・」
「なのに君は・・・・・・おまんじゅうを、食べて、しまうんだね・・・・・・」
「俺が買ったやつだし・・・・・・てか、まんじゅうにどうして繋がるんだ?」
「問答無用!」
しゃらんと腰の剣を抜いてテッドに突きつける。
「!おい、お前!!」
「テッド・・・・・・君は、してはいけないことをしてしまったんだよ」
「なんなんだよ!」
「・・・・・・罪には報いを・・・・・・罰の紋章を持つ僕から、逃げられると・・・・・・思う・・・・・・?」








暗転。







ちなみにその後、船が何故だか致命的な損傷を受けたとかでトーブが死ぬ思いで修理したりとか、テッドが一時期「まんじゅうがぁあ・・・悪魔が、まんじゅう・・・」とうなされながら生死の境をさまよったりだとか、僕がしこたまケネスに怒られたりしたことを述べておく。


はい!まんじゅう話です!
オフ会にて勃発したまんじゅう話がもうすごく楽しくて、楽しくて・・・ふふふふふふふふ。
まだまだ続きます。