勇者
「・・・・・・しまった」
「どうした?」
最後の敵を射殺したテッドが眉を顰めて零した言葉に、ケネスが剣を収めながらも反応した。答えるか一瞬迷って、結局口を開く。
「あいつがいない」
「あいつ?・・・・・・ああ」
一瞬の沈黙の後、ケネスもすぐにそれが誰を指すのか気がついたようだ。
気がつけば、このパーティの要である・・・・・・それどころか軍の要ですらあるセトの姿がばっちり消えていた。キカもいないことから、二人で敵を追っているのだろう。二人の強さから言ってモンスターにやられたとは考えがたかった。
とはいっても、軍主である彼が易々とモンスターを追える今の状況は問題なのではないだろうか。
「誰かあいつの首根っこ捕まえとけよ」
「あー・・・前はやってたけどな。あいつもなんというか、いろんな意味でレベルが上がってしまったからな」
「やってたのかよ」
単純なぼやきに返ってきたケネスの律儀な答えにテッドは思わず突っ込んでしまった。あの軍主の首根っこ捕まえとけるなんて、実はこのケネスというヤツは勇者なんじゃないかとちょっと尊敬しかけた。自分にはできない。
むしろ、しない・できない・やりたくないの三拍子だ。
そう思ったときがさりと傍らの茂みが揺れた。また敵かとテッドは矢筒へと手を伸ばした。ケネスも剣の柄に指をかけている。緊張感が漂う中、がさりと茂みをかき分けて現れたのは、赤いジャケットに茶色の長い髪――――キカだった。
手にはどうやら倒した狼を引きずっているようだ。
「・・・・・・なに持ってきてるんですか」
「皮を剥ごうかと思ったが面倒になった。やってもらえるか」
「ああ、素材ですね」
ケネスの問いにキカは答えを返すとぽいっと持っていた狼を地に投げ捨てた。落ちたときにずぅんと音がしたから、彼女が軽々と持っていたように見えたとはいえ、実際は相当な重量があるのだろう。
ケネスが慣れた動作でやたらとてきぱきと皮を剥いでいく。
狼は毛皮は加工もできるし売ればそれなりに高く売れるしと結構重宝するものだ。ただし、肉はどう調理しても臭みが抜けないから食用にはできない。
テッドはその作業をなんとなく見ながら、ふと気がついた。
「なぁ・・・・・・」
「なんだ?」
「あんた、あいつはどうしたんだ?一緒だったんじゃねぇのか?」
「いや、私は一人だったが」
当然のようにキカが答えた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
三人が三人とも、一様に黙ってしまった。
「・・・・・・あー・・・最後の目撃情報は?」
「俺は目の前で嬉々としてモンスター倒してたの見たのが最後だな」
「私は敵を追っていく背中を見たぞ」
ケネスがまるで探偵のように尋ねると、二人は揃って淡々と告げた。ただキカの言葉にはテッドもケネスも『止めろよ』と心中で突っ込みを入れてしまったりしたが、なにぶん彼女に意見ができるほど自分の肝は据わっていない。ちなみに止めるもなにも彼女自身が敵を追ってしまったのだからもうどうしようもなかった。
「どうするんだ。帰ってくるの待つしかねぇのか」
「置いて帰れないだろいくらなんでも」
「置いていったとて、困るような性質ではなさそうだがな」
「キカさん、そんなこと言わないでくださいよ」
「ああ、冗談だ」
テッドとしても帰って休みたい気持ちで一杯なのだが、これでセトを置いて帰ったりしたらなにが起こるか・・・・・・想像するだに恐ろしい。とりあえずあのヘンからは説教を食らうことは確実だし更にそのヘンからはもしや殺されるんじゃないだろうか。
仕方ない、探すかと踵を返そうとすると同じく仕方ないとケネスが溜息をついたのが目に入った。
「探しに行くか?」
だから訊ねたというのに、ケネスは首を横に振った。
「いや。探しに行って擦れ違いになるのもまずいだろう。今日のところは仕方ない、これを使おう」
そう言ってケネスが取り出したのは――――ふたつのまんじゅうだった。
「・・・・・・」
テッドは半眼で黙り込む。
ついこの間。
まんじゅうにひどい目にあったところだった。いやまんじゅうからひどい目に合わされたわけではないが、原因がそれであることは間違いない。
「・・・・・・それ、どうするんだ?」
だから警戒心たっぷりに問いかけたらケネスがけろりと「コレで呼ぶんだ」と返した。
なにを呼ぶんだ。
聞こうと思って、やめた。
なんだか嫌な予感がモーレツにした。
なのに無情にも、ケネスはふたつのうちのひとつをテッドに渡すのだ。
「いらねぇよ!」
「いや、持ってないと役に立たないんだ」
「役に・・・・・・?」
テッドは怪訝そうに顔を顰めながらもそれを受け取った。そんなテッドにケネスは重々しく頷く。
「それで、こう言うんだ。『まんじゅうが襲われる』」
「は?」
「『まんじゅうが襲われる』だ、ほら」
ほらって言われてもな。
心底困って救いを求めてキカを見るが、彼女はどこかおもしろそうに腕を組んでこちらを窺っているだけで全く干渉する気はないようだ。
「なんで俺がそんなこと・・・・・・」
「言わないと終わらないぞ?」
「・・・・・・うう」
もうほっといて帰ろうかと思った。だが一人で帰れば説教&殺人事件勃発だ。
仕方なくテッドはぽつりと「まんじゅうに襲われる」と呟いた。だが途端にケネスに溜息と共に首を横に振られた。
「違う。『まんじゅうに』じゃなくて『まんじゅうが』だ。それにもっと大きな声出さないと、聞こえないぞ」
「てかなんでこんなことするんだ。まさかこれであいつが来たりするわけ・・・・・・」
「来るんだ」
テッドのぼやきに重厚なケネスの声がかぶった。重々しいほど真剣に、ケネスはゆっくりとテッドに一つ頷いている。
「信じろ、来る」
・・・・・・まさか。
と、言えない雰囲気になってしまった。
「・・・・・・まんじゅうが襲われる・・・・・・」
「大きな声で!」
「まんじゅうがおそわれるー!!!」
やけくそだ。
テッドは大声で叫んだ。どうせここは誰もいない(いてもモンスター)し聞かれてもそう恥ではないはずだ。(と思う)
そのテッドの声の反響が静まるか静まらないか、というとき。
不意にテッドのすぐ後ろに気配が生じた。
「!!?」
ずさっとテッドがひいた。
そこには、セトが何故だか双剣を両手に携えた壮絶な姿で立っていた。
「お、おお、お前!?」
「・・・・・・テッ・・・ド」
「ああ、きたなセト」
「ケネス・・・・・・?おまんじゅうは、おまんじゅうは無事?」
まず聞くのはそれか。
「ああ、無事だ。お前も無事でよかったよ」
「そうか・・・・・・よかった。で、おまんじゅうは」
「あいつが持っている」
ケネスが指差したのはテッド。驚いてテッドは自分の手の中のまんじゅうとケネスとセトとを何度も見てしまう。いつの間にかケネスの手にもう一つあったはずのまんじゅうは消え失せている。一体どこに!と思ったらキカが持っていた。
だがセトはそれには気がつかない。ばっとテッドを振り返った。
うわあ、悪魔再び。
テッドは引きつり笑いながら、人身御供の気持ちで恐る恐る手に持ったまんじゅうを彼へと差し出した。セトがぱあっと満面に笑みを浮かべていそいそとそれを受け取るために近づいてくる。
と、思ったときにケネスが突然セトの襟首をつかんだ。
「こーら、セト」
「わ!」
「お前また、一人で食う気だな?でかいまんじゅうなんだから、テッドと二人でちゃんと半分こしろ。俺はキカさんと分けるから。いいな?」
いや俺いらないし。
テッドは言いたいことはあるのだが、先程からまったく言葉にすることができない。というかケネスの勇姿に見入ってしまっている。
勇者だ。まさしく勇者がここにいる。
それだけでも信じられないのに、セトが「ん」と素直に頷くとテッドの前でちょこんと両手を出してきたりしているのだ。どうやら半分分けてくれるのを待っているらしい。
「待て」のしつけをされている犬みたいだ。
仕方なくテッドはまんじゅうをふたつに割って、セトに渡した。セトは嬉しそうにそれを受け取ってもふもふと食べている。
「・・・・・・うまいか?」
「ん」
「こっちも食うか?」
「ん!」
残りの半分も、そうやって彼に渡すことになった。
「・・・・・・甘いな、テッド」
「あー。甘やかすと癖になるぞ。セトじゃなく、お前が」
残りの二人から野次が飛ぶ。
「うるせぇな」
と返しながらも、なんとなく野次自体は否定できないテッドだった。
まんじゅうの危機に瞬間移動(としか思えない)してくるようなヤツなのに、食べてるところはかわいいイキモノだと思うようになれるんだから、人間っておもしろい。
「これからはぐれたときはそうやればすぐに飛んでくるからさ、そいつ。ただ、まんじゅう持っていないと漏れなく呼んだ傍から瞬殺されるから気をつけろよ」
「瞬殺?」
「まんじゅうへの加害者だと即座に認定されるらしい」
「・・・・・・」
教育しとけ。
そう言いたかったが勇者ケネスに向かってそんなこと言えるわけはなかった。
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ようやく登場。唯一まんじゅう教祖セトを止められる勇者ケネス!
船で唯一のストッパーですが、特に被害が出ない限り積極的に4様を止めようとはしないので、あまり意味がありません(笑)
ちなみにストッパーはケネスだけど船で唯一の常識人はテッド(笑)