しゃっくり
手土産持たされて訪れた軍主の部屋では、その部屋の主が困って顔で笑っていた。
「・・・・・・・・・なにやってんだお前?」
「なにって・・・っ、書類、見てた・・・っん、だけど・・・」
間にひっくひっくと挟まるのは、なんだか情けない、しゃっくりの音。
テッドは盛大に溜息をついた。そもそもここにきた理由は、施設街で食事を摂っていたテッドに、突然ケネスがふかしたてのまんじゅうを渡して、食べ終わったらすぐにセトの部屋へ行くよう言付かったからだった。
何故俺が、と文句を言ってみたものの、「そのまま放っておくとまんじゅうが冷めるぞ。冷めたまんじゅうを一人で食えるって言うなら止めないが」なんて理由にならない理由を告げられて、結局その足でこの部屋に来てしまったのだ。
どうやらこの船で『まんじゅうを捨てる』という選択肢はないらしい。
・・・・・・・・・・・・過去に、それをやってしまった者の末路は、想像に難くない。
「しゃっくり、止まらないのか」
「んっ、・・・・・・っく、今日は、軍議中もずっと・・・っ」
「あー・・・」
そりゃさぞかし、軍議のくせして微妙に和んだ、緊迫感のない空気が溢れていただろう。想像するとなんとも生温い笑いが浮かんだ。
「笑うけどね、おかげで今日は・・・っ、一日、部屋でおとなし・・・っく、してろってお達しが・・・・・・っ」
「あーあー、わかったからしゃっくりしながら喋るなよ」
「・・・・・・・・・・・・仕方ないじゃ、ないか」
めずらしくも、セトは子供のようにむくれていた。むくれながらも、どうやらしゃっくりは止まらないらしい。おかげでその様はなんだか微笑ましい。おもわずテッドはくつくつと笑った。
だが、笑いに気がついて、セトがじーっと恨めしげに睨み付けてくる。
テッドはあわてて笑いを収めると、ごほん、とわざとらしく咳をしてごまかした。
「・・・・・・しゃっくりって、100回すると死ぬんじゃなかったっけ?」
「いちにち、してると死んじゃうって、きいたことあるよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
顔を見合わせる。
「さっさと治せよ」
「・・・・・・治せるもの、なら、治してる」
「・・・・・・」
確かに。
またテッドは、ごほごほんと咳をした。いまいちそれだけではごまかしきれていないのはわかっているから、とりあえず話題を変えてみる。
「・・・・・・水でも飲めば」
「さっきから飲んでる」
「息を10秒止める」
「10秒以上止めてみたん、だけど・・・・・・」
「コップの水を逆から飲むのもいいらしいぜ?」
「それ、タルからも聞いた」
「・・・・・・なすびって10回言ってみろ」
「なすび?」
どうやら、それはまだ試していなかったらしく、セトは不思議そうに首を傾げた。
「なんでなすび・・・っ、でしゃっくりが止まるの?」
「いーから試せ」
どうせ聞かれたって理由は知らない。言い伝えなんてそんなもんだ。
「なすびなすびなすびなすびなすび、なすびなすび、なすび、なすびなすび」
セトは、指折り数えながらなすびと繰り返す。言い終わったときには二人の間がしん、と静まった。暫く二人とも、なにかを待つように、黙ったまま互いの目を見ていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・止まった、か?」
「・・・・・・止まった、かな?」
こっそりと確認しあったとき。
ひゃっく!
一際大きく、また、しゃっくりの音がした。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・ダメか」
「テッドおじいちゃんの知恵袋でもダメだった・・・・・・」
「誰がおじいちゃんの知恵袋か!」
落ち込みながらもさらりと暴言を吐くセトに、テッドも言い返すが、それでもしゃっくりが止まらないことには変わらない。
「後は地道に驚くぐらいしかねぇんじゃねーの?」
「そう言われても・・・・・・僕、もとも、と、そんなに驚かないっ、んだよね」
「それもそうだな」
確かに、セトが普段の生活の中で息が止まるほど驚いたりするところは見ることがない。
ひっくひっくとしゃっくりを繰り返しているセトを見て、テッドは暫し考えると、その頬に手を伸ばした。
「・・・・・・なに?」
突然の接触に、セトは僅かに警戒したようだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・驚かせるためにちゅーするなんて、そんなベタなことしないでよ」
「・・・・・・・・・・・・このやろ」
したのは警戒だけではなかった。なんとも的確な予測まで立ててくださった。
予測されてしまえば、こんなに間抜けな状況はない。テッドはひくりと顔を引きつらせる。これは報復するしかないだろう。
「・・・・・・かわいくないな、お前」
「僕がかわ、いくてどうするの」
「うるさい。とにかくかわいくない。そーゆーヤツには」
すっかり忘れていたが、手に持っていた袋の中からまだあたたかいまんじゅうを取り出す。途端にセトの表情がぱぁっと明るくなった。
「これ土産。なんだかしらねぇけど、新作まんじゅう」
「新作!」
いそいそとテッド(が持つまんじゅう)へと近づいてくるセトに、テッドはにやりと笑った。
「だったけど」
「!?」
ぱくり、と。
手に持っていたそれを、テッドは一口食べる。
「かわいくないお前にゃやらね」
「・・・・・・っ!」
まんじゅうへと伸びていた、セトの手が止まる。
暫く、痛いほどの静寂が満ちた。
「・・・・・・なんてな、しゃっくり止まったか?」
固まったままのセトに、テッドは声をかける。腹いせの意味ももちろんあったが、これはテッドにしてみれば荒療治のつもりだった。もうこの軍主が驚くネタなんて、まんじゅう以外思いつかなかったのだ。
まぁ、新作まんじゅうはまだ袋の中にたくさんあるし、一口ぐらいは大丈夫、だろう、と思っていたのだが。
「・・・・・・おい?」
「・・・・・・」
「・・・・・・セト?」
「・・・・・・」
「・・・・・・わかってると思うけど、これはお前のしゃっくり治すためだからな・・・・・・」
「・・・・・・うん、大丈夫。わかってるよ。おかげで、しゃっくりは治ったみたいだ・・・・・・ありがとうテッド」
「礼を言うなら棒読みで、しかも真顔で言うな。怖い」
「いやいや、そんな謙遜しないで。お礼は、ちゃんとしないとね」
セトは今までの表情が嘘のようににっこりと、綺麗に笑った。だが、残念ながら目は微塵も笑っていない。
「新作のおまんじゅうを僕よりも先に食べたお礼は・・・・・・ちゃんとしないとね」
「!?」
――――――この日、テッドはもう二度と軍主の前でまんじゅうを食べないことを誓った。
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恩を仇で返されるテッド。
もちろんセトさんに悪気はありません。ありませんったらありません。