理由
船首に誰か一人、こちらに背を向けてまっすぐな姿勢で綺麗に立っていた。
――――――セト。
意識するまでもなく、それが誰かがわかってしまって、溜息をついた。関わるまいと思っているのに、なのに今ではあの影だけであいつだとわかるようになってしまった。
テッドはそのまま彼に背を向けてその場を去ろうとする。
「テッド」
だがその前に、彼から声をかけられてしまった。数瞬迷って、結局テッドはセトへと向かって歩く。一歩一歩、ゆっくり歩くごとに日を受けるセトの影が甲板に長く伸びていく気がした。
ちらり、とセトの横顔を見る。
ようやくテッドは口を開いた。
「・・・・・・どうした?」
「・・・・・・・・・ん」
セトはテッドの問いかけに答えることなかった。ひとつだけ頷きを返して、まだ空へとまっすぐに目線を向けていた。テッドは、息をついてから一歩身を引いた。このまま、彼がなにも言わないのならば一人にしたほうがいいのかもしれない。そんな想いからの行動だったが、セトの指が一歩足を引いたテッドの袖をつまんでくいっと引っ張る。
いまだ目は、空から離れないというのに、それでもテッドが身を引いたことを気配で察したのだろう。聡い奴と半ば以上呆れながらもテッドはそれ以上動くことを諦めた。
「なんだよ」
「・・・・・・テッド、ちょっと・・・・・・ここに、いて」
ようやく返ってきた言葉は、彼にしては随分と素直で殊勝なものだった。
少なからず、驚いてセトを見ると、今度は彼もテッドへと視線を送って困ったような表情で微かに笑った。
どくん、と。
テッドの中のどこかが痛む。
「・・・・・・どうしたんだよ」
お前らしくない。
そう言おうとした言葉は喉の奥で消えた。らしい、と言えるほど自分は目の前の軍主のことを理解しているのだろうか?そんな疑問が沸き起こって言葉を消してしまう。だからテッドは、中途半端な疑問だけを投げかけて今度はセトから視線を外した。
くい、と袖をまた引っ張られる。
その動きにつられて、先程一歩だけ下がった距離を埋める。
また隣に並んだテッドに満足したのか、セトは小さく笑う。だが、まだ袖はつかんだままだ。テッドもそのことについてはなにも言わなかった。
「聞いて」
やがて、彼の口から聞こえてきた声は決然としていた。
「決めたことがあるんだ」
「なんだよ・・・・・・」
「僕は、クールークを・・・・・・倒すよ」
「倒す?」
テッドは眉を顰める。彼がなにを言いたいのかがわからない。確かに今は群島勢を率いて、セトはクールークと戦っている。だが群島は全体でクールークに相対しているが、クールークは違う。あくまで一勢力のみで国力全てを南進に向けているわけではない。当然だろうとテッドは思う。北には赤月帝国が構え、西にはガイエンがある。双方ともに一触即発であるというのに、群島ばかりに目は向けていられない。むしろ群島に手を伸ばしてきたのは、赤月やガイエンに対するための物資補給地及び地の利を確保するためだろう。
だからたとえ群島からクールーク勢を一掃したとて、クールーク全体をも揺るがすことになるとは限らない。
そのことは、セトもよく理解しているはずだ。
クールークを倒すためには、全面戦争に持ち込まねばならない。そんなことを彼がするとは思えなかった。
紋章の力を使えば不可能ではない。
だが、彼の体が紋章の負荷に耐えられるわけがないというのも、わかりきった答えだった。
テッドはなにも言わずに、真意を探るように彼の目を見る。
するとふっとその目がやわらかく、そして微かに苦みを帯びて眇められた。
「・・・・・・難しいことはわかっているよ」
「お前・・・・・・まさか、全面戦争に持ち込む気か?」
「それこそまさかだよ」
ひょいっと軽く、セトは肩を竦めた。それから不意に厳しい表情を浮かべる。
「僕だってわかっているよ。今のリイマ軍を率いてクールークに乗り込むつもりはない」
そう言って僅かに眉根が寄せられた。
「海の上でこその、群島の中にあってこそのリイマだから」
「・・・・・・」
テッドは黙ったまま、同意を表す。
「でも、そうじゃなくて・・・・・・戦争とかじゃなくて、僕が・・・・・・倒したい、と思ったんだ」
「お前が?」
セトがこくんと頷く。
「ラズリルが占領下にあったとき―――ヘルムートが随分街には便宜を図ってくれていたみたいだけど・・・・・・でも、やっぱり街に屋台が立つような活気や自由はなかった。オベルでも、ノアみたいな子がおなかを空かせていたし―――――なにより、イルヤでは・・・・・・」
セトが一度口をつぐんだ。そうして噛みしめるように言葉をつむぐ。
「イルヤでは・・・・・・全てが吹き飛ばされた。ケヴィンさんやパムさんたちは助かったけど・・・・・・」
「・・・・・・それが許せないか」
テッドが問うと、セトはゆっくりと、ひとつ頷いた。答えに、テッドも俯く。彼の気持ちはわからないでもない。だが。そう言おうとしたとき、先にセトが口を開いた。
「許せないよ」
「・・・・・・セト」
「・・・・・・だって、クールークは・・・・・・僕の、僕の・・・・・・・」
ぎり、と。
セトが奥歯を噛む音がした。
「僕のおまんじゅうを滅ぼそうとしているんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
今のは俺の聞き間違いか。
なんだかまんじゅうとか聞こえた気がするが。
ああきっと聞き間違いだろう困るなたかが150歳で耳が遠くなるなんて。
テッドは、ははは、と無意味に乾いた笑いを零す。
だがあくまでセトは真剣だ。
悲しいことに。
「ラズリルの屋台のおまんじゅうやさんどこに行っちゃったんだろう・・・・・・オベルは、クールーク風の食事を皆取ってたからおまんじゅう作る余裕もなかったみたいだし・・・・・・」
「・・・・・・」
「なによりも許しがたいのは・・・・・・僕の最高に尊敬するケヴィンさんとパムさんとおまんじゅうのお店を潰すなんて・・・・・・そんな悪事がこの世に許されてもいいと思う!?」
「俺はお前のまんじゅう好きのレベルが許されざるものだと思う」
「その上、ヘルムートに聞いたところによると、クールークにはおまんじゅうがないらしいんだ!」
「元敵軍の隊長にそれ聞いたのかお前・・・・・・かわいそうに・・・・・・(ヘルムートってやつ)」
「とにかくおまんじゅうをこの世から滅ぼそうとしているクールークを僕は許すことはできない・・・・・・」
「真剣な顔で言うな、頼むから」
挫けそうになる自分を励ましながら、なんとか突っ込みを入れる。だがテッドにはわかっていた。彼の場合、表情だけが真剣なのではない。彼は真剣で本気で、心の底からそう思っているに違いないのだ。
クールークが滅ぼそうとしているのは決してまんじゅうではないはずだが、もはや彼の頭の中ではまんじゅう変換されてしまっていて修正は不可能だろう。
「もちろん、テッドも手伝ってくれるよね?」
「・・・・・・」
「ね?」
ここから逃げたい。
本気でそう願うが、残念ながらセトの手が相変わらずテッドの袖をつかんでいてそれも適わない。
「・・・・・・・・・・・・・・・わかったから、手ぇ放せ・・・・・・・・・・・・」
テッドは零れそうになる涙を堪えながら、なんとか答えた。
答えに満足そうにセトは手を放すが、脱力感からそこを動くことができない。空を見上げる。
何故だろう。リイマ軍がクールークと全面戦争というと無理だと思うのに、こいつがまんじゅうの仇とか言うと(そこまで言ってない)クールークが確実に滅びてしまう気がする。
「・・・・・・まんじゅうで滅びる国、か・・・・・・」
紋章騒動の方が滅びる理由としてはマシだろう。
「かわいそうにな・・・・・・」
クールーク皇国。
悲しみを帯びた声は、海風に攫われて誰にも―――――隣のセトにも聞こえなかったようだった。幸いなことに。
ほっと安堵しながらも、見上げている空に浮かんでいる白い雲がまんじゅうに見えてしまって、テッドは余計に悲しくなったのだった。
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4様ラプソに出演理由でした。
とにかくコルセリアに向かってごめんなさい(汗)