庇う


体は、反射的に動いた。
「テッド・・・・・・!」
「!?」
乱戦の中、半ば自分に背を向けていたテッドへと何本かの矢が放たれたのに気がつき、セトの体が動いた。だが、彼の前に体を完全に踊りこませるには、少し、遅い。
それでも懸命に伸ばした右手に握った剣で、なんとか矢のほとんどを叩き落す。腕の力だけの荒業に、右肩がギシリと嫌な音をたてた。
しかし、矢の全てを防げたわけではない。、数本の矢を落とすことができず、それは彼へと襲いかかった。
「ぐ・・・っ!」
小さな苦鳴が聞こえた。払い落とせなかった矢が、テッドを傷つけてしまったらしい。セトは振り返ろうとして、僅かに躊躇う。戦場で敵から目を離すことは危険なことだ。それはよく知っている。更に矢を射掛けられれば自分だけでなくテッドをも危ないのだ。
振り切る思いで剣を握りなおした。
だが、それでもほんの少し、セトの動きは止まってしまった。
「・・・・・・っ!」
数瞬の停滞の隙に、矢がセトの右の二の腕を掠めた。
「セト!」
痛みにこめかみからじわりと汗が滲む。しかし、セトは少しだけほっと安堵した。自分を案じるテッドの声はしっかりとしている。彼の怪我はそれほど酷いものではないのだろう。
それを証明するように背後から魔力が膨れ上がった。
テッドだ。
セトがそう認識すると同時に、膨大な魔力はあっという間に風と無数のかまいたちと化す。
「風よ、切り裂け!」
テッドの声が標的を定め、命じる。
途端に形を得た魔力は離れた場所で自分たちを狙っていた弓箭隊に襲い掛かった。
広範囲の風の魔法が荒れ狂う。
間髪入れずにセトも動いた。腕や肩の痛みを気にせず―――いや、頭の中から痛みという感覚を消して、走る。
魔力の風が止んだ瞬間に敵兵の只中に踊りこんで、セトは息を吸い込んだ。
血の匂いがする。
そして息を吐き出す。
その瞬間に、セトは全ての表情を消した。
戦場に、血の匂いがまた一段と濃くなっていった。





びゅんっと双剣を振ってこびりついた血糊を落とす。
今のこの戦いで、剣は随分と傷んでしまった。イマリ号に帰ったらアドリアンヌに砥ぎに出さないといけないな、と考える。
そんな現実的なことを思った途端に、腕の傷がズキンと痛んだ。
腕の傷だけではない。今の戦闘で負った傷のどれもが痛みを主張しはじめる。
セトは顔を顰める。
とりあえず両手に持った双剣を鞘に収めると右腕の傷を押えた。いまだ出血しているから、まずは患部を押えて出血を止めなければならない。
でもそれからどうすればいいのかと迷っていると、後ろからぺしりと頭を叩かれた。
「なにやってんだ、お前」
「テッド」
テッドが呆れ顔でそこにいた。
「傷、押えてる」
とにかく彼の問いに答えると、テッドは呆れ顔のままで大きく溜息をついた。その反応に少しだけむっとする。
「なに?」
「あのな。押える前にさっさと治せよ」
「だって、今日は特効薬とか全然携帯しなかったんだ」
「しろよバカ」
テッドがまた溜息をついた。あれ、と思う。テッドも傷を負っていたはずだ。きちんと見てはいないけれど、自分が払い落とせなかった矢が彼を傷つけた。なのに今ここに立つテッドには服の破れはあるものの、目立った傷はないようだった。
「テッドは?」
「は?」
「君は、傷、なかったの?」
端的に尋ねると、テッドはああ、と頷いた。ついとその左手を僅かに掲げる。
「癒しの風よ、吹け」
綺麗なみどりの風がセトの周囲を舞った。
それはみるみるうちにセトの負っていた傷を治していく。
「あっても、もうこれで治してる」
「そっか・・・・・・」
どうしても自分は戦場で傷を治すという感覚が希薄になってしまう。だから紋章で傷を癒すというそんな簡単ことも思いつかなかった。
セトは傷の消えた自分の体を見下ろす。
一緒に剣の傷みも消えてればいいなぁと思ったが、それは無理な話だ。
その落胆が顔に出てしまったのか、テッドが眉を寄せる。
「なんだよ、なにか言いたいのか」
「いや、なんでもないよ。ありがと、テッド」
礼を言っても、テッドの表情は変わらず、苦いままだ。どうしたんだろう、と首を傾げる。
「テッド?」
「・・・・・・お前、また、庇っただろ」
咎める声も、苦い。
ああ、と思う。
テッドは自分が庇う、という行為を嫌っていた。今回、矢面に晒される彼の前にセトが立ったことが嫌だったのだろう。
「・・・・・・そうだね」
否定するのも変な気がして、セトは頷く。
「お前・・・・・・」
「お説教なら後でエレノアにもらう予定だよ」
予想外の危険に晒されたのだから、おそらく船に戻った瞬間に軍師に呼び出されるだろう。それは仕方のないことだけど、彼女以外にも説教をされるのはごめんだ。
けろりと言ったセトに、テッドが肩を落とした。
「当り前だろ。説教くらい受けとけ」
テッドはぺしっとセトの頭を軽くはたく。それから腰に下げていた袋からなにかを取り出した。もう、傷は治っているから特効薬なんかではない。なんだろう、とテッドの様子を窺うと、彼は苦笑いをした。
そうして彼が取り出したのは―――――紛れもない、まんじゅうだった。
「・・・・・・おまんじゅう・・・・・・」
きらきらとセトの目が輝く。
テッドがまた、溜息をついた。
「お前な、いくらなんでも、まんじゅう庇って怪我したとか、ほんとーぉに、情けないっつーか、敵の皆さんにも申し訳ない気持ちになっちまうからやめろよ」
「・・・・・・え?」
セトはまんじゅうに伸ばしていた手を止めた。
テッドはなにを言っているんだろう、とまんじゅうに全て向かいかけていた意識を辛うじて戻す。彼はまんじゅうを庇って、と言った。それは、つまり。
「・・・・・・テッドは、おまんじゅうを持っているから、僕が君を庇ったと思っているの?」
「それ以外の理由はねぇだろ」
あっさりきっぱりはっきり答えられた。
うーん。
少し考える。
なんだか不本意なような気がする。
「つまり、僕は君よりもおまんじゅうを優先すると思われているわけ?」
「今更なに言ってんだ」
またもや即答。
・・・・・・やっぱり不本意なんですけど。
「・・・・・・なんか今、無性になにか、こう、当り散らしたいキブンになってきちゃったんだけど」
「なんでだよ!」
「なんでって・・・・・・ねぇ?」
「お前がそうむやみやたらと笑顔になるときはろくでもないこと考えてるって決まってんだ!」
セトは鮮やかな笑顔のまま、かわいらしく小首など傾げてみた。
「そんなことないよ?」
「かわいこぶんな!!」
「僕はかわいこぶってんじゃなくて、かわいい、んだよ」
「お前の本性のどこがどのようにかわいいんだ」
テッドがじと目で睨みつけてくる。セトはなにもない宙を眺めて彼の視線を交わすと、うーん、と考え込んだ。
真正面から問われると、実はちょっと答えに困る。尚も答えないまま明後日の方向を見ていると、テッドが呆れたように言を継いだ。
「お前がまんじゅうのためなら何でもするってのはわかってんだよ。なにを今更気にしてんだ」
じゃなきゃ、俺が今までに受けた仕打ちはなんだったんだ。
ぶつぶつと文句を言い続けるテッドに、セトはむっとする。
「そりゃ、僕はおまんじゅうのためだったら全てを投げ出してもいいと思っているけど」
「投げ出すな」
「でも別に、君の事をないがしろにしているつもりはこれっぽっちもないんだけど」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
双方無言で睨み合い。
先に口を開いたのは、テッドの方だった。
「・・・・・・じゃあお前、仮に、このまんじゅうを俺が落としたりしたら、どうするんだ?」
「そんなの、おまんじゅうが地面に落ちる前に救い上げて、そんな罰当たりのことをする元凶にはそれなりの制裁を与えるに決まってるじゃないか」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
あれ?
寸分の迷いもなく答えたのだが、答えた後の空気はなんだかとても生温かった。
テッドはにっこりと笑っている。
彼が笑顔なことなど珍しいと思いながらも、つられてセトもにっこりと笑った。そうしてテッドは笑ったまま、口を開いた。



「まんじゅう絡んだお前の言動なんか、これっぽっちも信用できるわきゃねぇだろぉぉおお!!!」



とりあえず、その場で盛大に怒られました。



いつもとちょっと違って、4様的にはまんじゅうばっかり優先していないよーと言いたい話のはずでした。
やっぱりまんじゅう優先でした。