Snow-see viewing
音もなく、ちらちらちらちらと舞うようにそれは降り積もる。
まるで花びらのようだとぼんやりとそう思った。
白い白い花びらが天から降ってくる。
不思議な光景だ。そして、とても綺麗だ。
彼は手を伸ばしてその白い花びらを受ける。だがそれは手のひらの上でふうっとすぐに消えてしまった。
少しだけそれを悲しく思いながら、僅かに残った冷たい感触だけを握り締めた。
なんてことのない日常だった。
本日の甲板警護はセトとテッド、スノウとビッキーというメンバーだった。入り込んでくるモンスターたちを片っ端から倒していたのだが。
「くしゅんっ」
「うわっ!?」
最初はやかんだった。
ビッキーのくしゃみで無秩序に呼び出されるそれが、本来ならば敵の頭上に現れるはずなのに、まずスノウの頭の上に落ちてきた。カンッと、やたらといい音がする。
「いったー・・・」
「あぁっ、ごめんなさいっ」
不意を付かれたスノウはもろにそのやかんを頭に受けて思わず頭を抱える。それにビッキーがあわてて駆け寄った。二人の様子を横目でちらりと確認しながら、セトはそれでも余裕を崩さずに両手に剣を携えながら敵と対峙していた。その横ではテッドが油断なく弓に矢を番えている。
「大丈夫、スノウ?」
「ああ、大丈夫だよ。これくらい」
「ビッキーも、平気?」
「は、はい!だいじょぶです!」
二人の返事にそう、と頷いてからセトはだっと甲板を駆けた。ただいまの相手はバケモノガニである。セトは名前は知らない。まあとにかくバケモノのようにでかいカニであることは間違いない。そういえばリーリンがこれをヌシだと言っていたからヌシという名前かもしれない。
名前がなんであれ、倒さなければならないことは同じだ。
走りながら、重心を左に移す。次の瞬間振り下ろされた大きな足を横に飛んで避けると、その間接を叩ききった。あっさりとその足は斬りおとされる。痛みに暴れるバケモノガニに構わずにセトは後ろに下がる。その瞬間にテッドが矢を放つ。それは狙い違わずその目に突き刺さる。
カニは更に暴れる。
セトはテッドのすぐ横まで下がった。
こんなに暴れたらすぐ下のサロンは天井から埃が落ちまくってるんじゃなかろうか。後の掃除が大変だなぁなんてそんなバカらしいことを考えた。
見ればビッキーもスノウも既に立ち直っている。
下手に近づくよりここは紋章で押した方がいいと判断して、セトはビッキーを顧みた。ビッキーもその視線に気がついてにっこり笑うと両手で構えた杖を高々と振り上げた。
「そおれっ!」
その声が聞こえてきた瞬間。
すごく覚えのある浮遊感に一瞬包まれた。
「・・・・・・どこだ、ここ」
「さあ・・・・・・」
一面真っ白。
その景色に呆然と二人は立ち尽くした。二人とも剣やら弓やら構えたままのどこか間抜けな姿のままでこの白い白い世界に放り出されたのだ。
原因は、言うまでもなくビッキーのテレポートの失敗である。
まあ、あのバケモノガニも弱っていたし戦闘に関しては交代要員はいるから、(不本意にも)残してきた二人を心配する必要はないだろう。どちらかといえば、自分たちを心配してほしいところだ。
本当に、どこだここ。
セトは周囲を見回した。どうやらそこはなだらかな山道のようだった。ところどころに木立が立ってはいるものの、森ほど深いものではない。見渡すと、近くにどうやら街があるようだ。だがその街も木立もなにもかもが一面――――本当に一面、真っ白に覆いつくされていた。そしてまたちらちらと、それは降り続けていた。
「雪って・・・・・・、どこまで飛ばされたんだ、俺ら」
呆れたテッドの言葉にセトはばっと顔を上げた。
「雪?」
「ああ・・・・・・群島の方じゃなかなか降らないだろ?てことは結構北まで飛ばされたんだな」
溜息をついてテッドが周囲を見渡す。その仕種を見ながらセトはもう一度「雪?」と確認するように呟いた。それから徐にその場に座り込んでその白いものを両手で掬い上げる。それはすごく不思議な手触りがした。さらさらとしているのに、やがてしっとりと透明になっていき、やがて消える。
そうしている間にも新たな雪は降り積もる。セトの黒い手袋に落ちたそれは白く白く、色を隠すように重なっていくが、布に覆われていない指に触れれば淡く溶けていき透明な雫となる。
「うわ・・・・・・」
セトは感嘆の声を上げる。暫くは不思議なものを見るように自分の手のひらに降る雪と、それが落ちてくる空とを交互に見ていた。
「セト?」
呆れたテッドが呼びかけるが、意に介することなくセトはただじっと佇んでいた。
やがて、はぁ、という彼の深い溜息とザクザクと雪を踏みしめる足音が聞こえてきた。テッドは自分を置いて人里に向かっていってしまったのだろうかとちらりと考える。だがそれでもセトは動けずにいた。
はじめて見た雪は、想像していたよりもずっと冷たくてずっと綺麗だ。
木立も道も、なにもかもが白い。
海にいても白という色は結構目にすることができる。たとえばそれは空に浮かぶ雲の色だったり、波の合間の飛沫だったり、海鳥の色だったりする。だが、こんなにも圧倒的な白を見たのははじめてだった。
まるで雪の海だ。
そう思ってその様に見蕩れたまま、動けないでいた。
のだが。
ぼふっ!
「うわっ!?」
いきなり後ろから雪の塊を投げつけられた。それは見事にセトの頭にヒットしてぱらぱらと散る。
「・・・・・・っ!」
全く痛くはなかったが、冷たさとなによりも衝撃にびっくりしてセトは振り返る。そこにはテッドがにやりと珍しいほどに外見にふさわしい笑顔で立っていた。
ちなみに右手には雪玉を。左手にはなにか厚手の布を抱えていた。
「テッド!」
「珍しいな。お前がそんなに隙だらけなのって」
「いきなりびっくりするじゃないか!」
「んな格好でぼーっとしてっからだろ」
テッドはぽいっと持っていた雪玉をセトに向かってまた投げつけた。今度はセトもそれをよける。当たっても、柔らかい雪玉は痛くはないのだが、如何せんこのまま当たりっぱなしというのは頂けない。
その間にテッドはざくざくとセトに近づいた。持っていた布の塊をセトに差し出す。
セトはそれをじっと見てから、結局テッドを見て首を傾げた。彼の意図が全くわからない。だがテッドは別にそれを咎めることもなく「ん」と更にその布を突きつけた。
「いいから、着ろよ」
「え?」
「着ろって!」
ばさりと手の中の布を広げる。それはどうやら厚手のコートとマントのようだった。
「え?」
「お前、そんな格好で、寒くないのかよ」
言われてみれば、確かに寒い。セトはいつもどおりの服装で、手も足も半ばむき出しの状態だ。冷気が情け容赦なく体にまとわりついてくる。
「さむい」
「当り前だろ」
コートを広げたままだったテッドはまた溜息をついてから、それでも服を手に取らないセトに焦れてそれを彼の肩にかける。羽織ったコートは意外なほどに上質な生地で、セトは驚いた。
「テッド、これどうしたんだ・・・・・・?」
「買った」
「買った?テッドが?」
「・・・・・・なんでそんなに驚くんだ」
「いや、別に・・・・・・」
口を濁すセトにテッドが溜息をついて「なんでもいいから早く着ろ」と繰り返し言った。セトもそれ以上なにも言わずにコートに袖を通した。コートだけでは足が出てしまうが、それも見越していたのか丈の長いマントをコートの上から羽織らされる。それでかなりあたたかくなった。
「よし」
満足そうにテッドは頷いた。
だがセトは彼がなにをしたいのかわからない。なにに満足しているのかも皆目見当がつかなかった。
「テッド?」
「お前、雪ははじめてなんだろ」
だから疑問を込めて彼の名前を読んだときに思いもかけないことを随分と穏やかな声で訊ねられて、セトは戸惑った。
「はじめてだろう?」
また同じことを、だけど今度は確認するように聞かれた。だからセトはこくんと頷く。テッドが何故だか満足そうな色をまた目に浮かべた。
「?」
疑問符を浮かべたままのセトに、テッドは手を差し出した。わからないままセトはじっとその手を見て、自分の手を重ねようとする。
「違う」
「違う?」
握手か手を繋ぎたいのかと思ったのだが、それは違うらしい。
「あれ貸せよ」
テッドの言葉は端的過ぎて、なにを指しているのかさっぱりわからない。だからどう反応しようかと少し考えていると、それを察したのか今度は彼は苦笑して「またたきの手鏡だ」と明確に告げた。
そうか、帰らないと。
そこでようやくセトは我に返った。セトとテッドが突如として消えてしまった船はすごい騒ぎになっているだろう。早く帰って皆を安心させなければ。いくらビッキーのテレポートが原因といっても、長引いて万一、軍主が逃亡したと噂になってしまってはまずい。
だからセトは瞬きの手鏡を出して、それを起動させようとした・・・・・・ところで、テッドにひょいっと取り上げられた。
「ちょい貸せって」
「テッド!それがないと帰れない」
「別に盗ろうとか思ってるわけじゃねぇよ。ただの時間稼ぎ」
ますます彼がなにを言っているのかわからない。それがやけに不安に思えた。人の気持ちだとか気分だとかを推し量るということは得意だと密かに自負していただけに、それが通じないとなると非常に戸惑いを感じる。
だがテッドはそんなセトを気にすることなく手鏡を自分の懐に仕舞いこんだ。
「少しだけ」
テッドが小さく笑う。
その笑みがすごく優しく見えてセトは驚く。こんな風に笑う彼を見たことがあっただろうか。記憶を探ってすぐに結論づける。ない。
「お前、雪を見たの、はじめてだろう?」
「うん」
呆気に取られていたセトは先程と同じ問いかけに今度は素直に頷いた。
「もう少し、見てたいだろう?」
「・・・・・・うん」
「俺はあっちであったかいモンでも飲んでるから、凍え死なない程度に雪を楽しんどけ。それまで手鏡は預かっとくよ」
きょとんとセトは目を丸くした。
特別なことを言われたわけではない。それはわかる。明らかに自分は雪に感動していたし、それを見たテッドが気を使ってくれたのだろう。
好きなことを好きなだけしろ、と言われただけだ。
テッドはそれを告げたことで満足したのかもう踵を返して街へと向かっている。咄嗟にセトは彼を追いかけた。どうにもこの雪というのは一歩踏み出すたびに足が沈んで歩きにくい。セトに比べてテッドの足取りは雪に慣れた人のそれだから追いつくのに少し苦労した。いや、現実はセトに気がついたテッドが止まっていてくれたから追いつけたのだった。
「なんだよ、セト」
「テッ・・・・・・ド」
「どうした?もういいってのか?」
テッドのコートの袖を指でつかんでそれ以上彼が進まないようにする。テッドは少しつかまれている袖が気になるようだったがそれには特になにも言わなかった。
「違う、そうじゃなくて・・・・・・」
はあ、と息をつく。こんな白い世界では、吐き出す息もまた白い。寒さがしんしんと身に凍みてくる。
「君も一緒にいよう」
「・・・・・・」
「ここにいて、雪を見ててもいいって言うのなら、君も一緒に見よう」
好きなことを好きなだけしろと言われた。それが嬉しかった。
だから好きなことをしてもいいなら、それなら。
笑う。
「一緒にいよう」
「・・・・・・お前な」
呆れたようにテッドが嘆息した。それから目を逸らしてあらぬ方を見ながらがしがしと頭をかいた。テッドの困惑が目に見えていて少し面白い。
「俺は、寒いの嫌なんだよ」
「それなら」
ばさりとコートの上に羽織っていたマントを外して今度はそれをテッドに差し出した。ちょうどさっきと逆だ。
「君がこれ着ればいいんだよ」
「あのな」
テッドは差し出されたマントを乱暴に奪って、またもやそれをセトの肩にかけた。ずり落ちそうになるそれにしっかりと留め金をかける。
「お前が寒いのも、腹立つんだよ」
「そう?大丈夫だよ?」
「お前が大丈夫かどうかの話じゃなくて、見てて寒そうで腹が立つって言ってんだよ」
「そっか。ありがとう」
「だから離せ」
ぶんっとテッドがつかまれている腕を振った。逆らわず、あっさりとセトはその手を離す。ちょっと残念だなと思った。
そうしたら今度は逆に手首をつかまれた。そのままずんずんとテッドは歩き出す。つられて当然セトも歩き出す。
「テッド?」
「俺はあったかいモン飲みたいんだよ。今すぐだ今すぐ。一刻も早く」
「じゃあ、飲んでこれば」
「お前はさっきどうしたいって言ったよ」
「・・・・・・テッドと一緒にいたいって言った」
ずぼすぼと雪に足が埋まる。転びそうなのが嫌でセトは足元を見ながら手を引かれている。結構歩くのに必死なのをテッドに気づかれたくないななんて考えた。弱味は少ないほうがいいものだ。
「だから連れてくんだろ」
「へ?」
「お前は俺といるだろ?別に店ン中からでも雪は見れるし店出てからでも触りたいだけ雪触ればいい。俺はあったかいモンをゆっくり飲める。お前も俺も満足する」
「・・・・・・うん?」
「これが妥協だ。覚えとけ」
なにがどうなって妥協になるのか、よくわからなかったが、セトはこくんと頷いた。
「お前がよくやるのは諦観っていうんだよ。世渡りには妥協のほうが役に立つぜ」
「・・・・・・覚えとく」
「おう」
「ねぇテッド」
雪をかきわけるざくざくという音が少しゆっくりになった。それに少し安心する。それから彼の歩いた跡を歩けばちょっとは楽なんだとようやく気がついた。それでも雪に足を取られないように慎重に足跡を踏む。
「スノウって、この白い雪からとった名前なんだって」
「・・・・・・あのお坊ちゃんか」
「うん。ちっちゃい頃話してくれた。家族で旅行に行って雪を見たって、すごく綺麗だったって。それでスノウのお母さんが北方の出身で雪がとても好きな方だって」
「へぇ」
「だから子供が生まれたとき、スノウって名前にしたんだって。白い雪のように清廉であるように」
そんな話を聞いて幼いながらに、雪というものがすごく見たかった。
だけど、すぐ傍に暖流が流れる海を有したラズリルで雪が降ることはない。そしてセトはその地を離れることはない、と。そう思っていた。
「いろいろ、あったけど」
本当に、いろいろ、あったけど。そしてこれからもまた、いろいろとあるんだろうけど。
「今嬉しいのは本当だからさ」
「・・・・・・セト」
「これでいいよ、僕は」
雪が見れた。テッドと一緒に。
だから。
「今がいい」
そう笑っていって、つかまれていた手をそうっと外すと今度はしっかりと彼と手を繋いだ。
「あっかいもの、飲みに行こうか。テッド」
「・・・・・・そうだな。ちょっと腹も減ったしな」
「その後僕につきあってくれるんだろう?」
「風邪引かない程度にしとけよ」
そう笑いながら、二人は歩いて街に入っていった。
奇妙な雪見から二人は帰って、心配していた皆に散々絞られた。
「全くあんたたちは・・・・・・こっちの身にも少しはなっておくれ」
「どこにいるか見当もつかないんだぞ。それで探し回って・・・・・・大変だったんだぞ」
特に二人を絞ったのは気の短い軍師とお目付け役のケネスだったが、その二人にも散々どこにいたのか聞かれたが二人は答えなかった。テッドは知っていたようだがセトはそもそもあの時入った街の名前すらも知らなかった。まあ、別荘が多い比較的豊かな街だとは思ったが。
だから「雪が積もったところだった」と答えておいた。
エレノアもケネスも、納得しかねるようだったが埒がないと諦めたのかそれ以上なにも言うことはなかった。
ちなみにビッキーとスノウにはお土産とお礼に小さな雪だるまを渡しておいた。二人ともきょとんと目を丸くしていた。聞くとあの後どうやら二人でバケモノガニをやっつけたようだった。
小さな雪だるまは、残念ながら渡してすぐにとけてしまったようだけどセトの部屋の引き出しにはまだあのときテッドにもらったコートとマントが大切に仕舞ってある。
いつかこのコートとマントを着てテッドとまた雪を見に行きたいと、そうセトは密かに考えていた。
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もうすぐ、桜の花の咲く頃になにを私は書いているのでしょう・・・?(苦笑)
そしてなんでしょうこの甘さっぷり!!砂だって吐けるっちゅーに、こんちくしょう。
いや甘い話好きなんですが、自分がいざ書こうとすると妙に拒否反応が(笑)
まあ今回の自分の中のテーマは大人のテッドだったのですが、ただの面倒見のいいにーちゃんになってしまいましたので、いつかリベンジしたいです。日々精進日々精進。
ちなみに書いていて自分で笑ったのはスノウの名前の由来でした。