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(2)からくり人形を動かす遠隔操作の妙技

高山のカラクリとは

(1).江戸の屋台と上方(関西)のからくりが合体

石橋台からくり
(1)美女人形が「英執着獅子」(はなぶさしゅうちゃくしし)の長唄に合わせて扇を手に舞います。
(2)続いて、手獅子に持ちかえて舞い始めます。
(3)一瞬のうちに内掛けがめくれ、獅子頭が出現。激しく獅子舞を披露します。
(4)再び美女姿に戻り、紅白の牡丹を持ち舞い始める。

華麗な祭屋台が曳き揃う岐阜県高山市の「春の高山祭」が十四・十五の両日開かれるのを前に、
からくりを奉納する屋台、龍神台の人形が新調され、四日、祭を主催する日枝神社でおはらいが
あった。
高山祭屋台は、国の重要有形民俗文化財。春の高山祭では十二台が曳き出され、三台がからく
りを演じる。その一つである龍神台は唐子人形が壺を持って登場。突如、龍神が壺から出現し、
紙吹雪を散らしながら舞う。
現在の人形は、江戸時代の屋台創建から四、五代目になるとされるが、三十年ほど使っているた
め傷みが多く、、故障の恐れもあった。人形本体は同市内の彫刻師、衣装は京都の織物店が担
当。九百万円をかけて、一年がかりで新調した。

そのクライマックスで撞木(しゅもく)を振りかざし怒り狂う龍神の袖から、五色の紙吹雪が集まった人
々の頭上にひらひらと舞いカラクリは終わる

三番叟からくり                     
(1)「三番叟人形」が謡曲「浦島」に合わせて機関樋を前進。樋の先には台があり、その中央に箱、
  左右に扇子と鈴が置いてあります。
(2)[三番叟人形」が謡いに合わせて膝をかがめ、聯台の上の扇子を左手に、鈴を右手に取ります。
(3)箱の中へ顔をかぶせ、再び顔を上げると、「翁」の面が。謡曲「翁」の仕舞を演じます。
石橋台のからくりは、明治の中ごろ風紀が良くないと禁止されたという。それが屋台組の人々の熱
意によって、約100年ぶりに復活したのは昭和59年(1984年)のことでした。人形の老朽化に加え、
資料がなく振り付けもわからない状態でしたが、その道の第一人者である名古屋の人形師、国立
劇場の演出家、京都の振り付師に依頼し、現在のからくり人形が完成しました。6人の綱方が23本
の綱を操作する美女人形は、往時を思わせる見事な演技を披露しています

昔近江の国竹生島に住んでいた気立てのやさしい一人の少女が、ある日行き倒れの老人を助けて
我が家で介抱する。ところが、この老人は大酒のみで少女は困りはてていると、竹生島の弁財天が
夢枕に立って、その老人は人間ではなく、実は龍の化身だから、早く湖に捨てよち告げる。少女は老
人が酔いつぶれて寝ている間に壷に入れて、竹生島に捨ててくる。酔いからさめた老人は壷を割って
躍り出し、怒り狂った末、大蛇の本性を現し、やがて湖底に消えていくという筋書きである。

このからくりは、5人の綱方が20数本の綱を引いて操っています。橋樋の先にある台の細い脚の中
を綱が通り、「翁の面」が箱の中をせりあがるなど、非常に精巧な仕掛けが施されているのが特徴
です。屋台の中で操作する綱方からは、人形の様子が全く見えないため、人形の見える場所に身を
隠した綱方が、扇子や鈴・面の具合を中の綱方に知らせながら、操作が行われています。現在の人
形は4代目で、大正時代に京都の人形店で作られたものです。
春からくり奉納

Copyright(c)2007,y.fujii(sasukefujii@hotmail.co.jp) 

http://www7a.biglobe.ne.jp/~fujii/

上方(関西)に発祥し、現在、各地に伝わるからくりには、
芝居の一部に使用されるもの、からくりだけで芝居を行う
もの、芝居とは関係なくからくりの動きの面白さを表現す
るものという3種類があります。高山屋台のからくりは、動
きの面白さを楽しむものです。からくりの操作方法は、人
形の下で綱を操るタテ引きではなく、機関樋(きかんとい・
屋台の上段に突き出た橋樋のこと)の中に綱を渡す遠隔
操作の横引き形で、古い上方形を残しています。

高山の屋台のルーツとされる江戸の屋台は、江戸城の
門をくぐる時、屋台全体を下げてくぐることが出来る伸縮
型でした。高山の屋台も当初は上段に人形を飾り、下段
に囃子方(はやしかた)を乗せたものだったとされていま
す。やがてからくりを屋台に乗せるようになり、その構造
は三層構造へと変わり、現在の高山型となりました。そし
て春の山王祭では、3台でからくり奉納が行われています。

このからくりは、長さ八尺余の機関樋の中に、唐子用に14本、龍神用に15本、聯台用に3本の綱を
通して行われるからくりで有名です。綱を操作する綱方は5〜6人で、黒紋付、または裃着用の礼装
で行うのが本式となっています。又、先代の人形は昭和53年(1978年)に現在のものに交替する迄、
記録が残る文政七年(1824年)の頃から使い続けてきたものでした。その間、修理・改良はしている
ものの、機巧の原型は変化することなく約180年も舞続けてきており、匠の細工の素晴らしさがうか
がえます。
龍神台からくり
(1)古代錦に包んだ壷を両手で抱いた唐子が登場。「やあーおうー」の掛け声と共に機関樋を進み、
  先端の聯台に壷を置きます。
(2)唐子が舞いつつ曳き返し、途中から慌てて後方へ駆け戻ると、「竹生島」の謡曲が始まります。
(3)突然、壷が開き、中から壷の2倍も大きな赤ら顔の龍神が登場。髪を振り乱し、撞木を振りかざし、
  荒々しく舞います。
変身した龍が大暴れ
突然貴婦人が龍に
美女人形がしとやかに

龍神台の人形新調

2008年4月4日中日新聞夕刊

またもや美女人形に変身
見得をきる童子
Photo高山祭
史実高山祭
高山の神社・仏閣
童子進む
顔を伏せた後顔を上げると翁の面が
唐子が壷を置き、逃げ出す
壷を割って龍神が飛び出す
荒れ狂う龍神
史実高山祭
高山の神社・仏閣