高山市城山に所在。三仏寺城主・飛騨守平時輔朝臣が、ある日狩にでて山野をかけめぐり、片
野山中で奇瑞のことがあったので、永治元年(1141)に日吉山王を勧請し崇めたのが起原とさ
れている。 その後、時輔の曾孫・景家は片野村の石光山に拠っていたが、養和元年(1181)、
源義仲に攻められて落城し、社殿も兵火にかかって焼失したので、辛うじて御霊代を片野ヶ丘に
奉還し、片野村の産土神(うぶすながみ)とした。
日枝神社
日枝神社お旅所
旧高山城下町の南半分の氏神様である日枝神社。山王様であります。春の高山祭である山王
祭は日枝神社(山王様)の例祭で毎年四月十四・十五の両日、安川通り南側・上町で行われます。
春の高山祭の御巡行は神輿を中心に獅子舞や雅楽、闘鶏楽、裃姿の警固など総勢数百名が伝統の
装束で町を練り歩きます。
出発は十四日午後。日枝神社から氏子の家々を巡り、お旅所で神輿は一泊。十五日午後、お旅所を
出て神社へ帰ります。
和漢3才図会にも「八幡宮高山にあり、大永年中(1521〜1528)石清水神を勧請」とみえているが、
その後、金森家の崇敬があつく元和9年(1623)には居城北面の守護神として再興せられ、神領を寄
進して別当を置いた。祭礼には2名の奉行を特派して神事を管理せしめたので奉公祭とも称した。天
領になってからも代官・郡代の尊崇があつかった。
高山市桜町に所在。この神社の起源は古く、仁徳天皇の65年、高山に隣接する丹生川村出羽平
に、2面4手4足に両面宿儺という怪人がいて背いたので、天皇は難波根子武振熊に命じて征伐した
が、このとき戦勝を祈願して祀ったのがこの神社であると伝えられる。
天正13年(1586)、金森長近が飛騨を平定して入国するや高山の天神山に築城し、片野村の
産土神を現在の地に奉還して高山城の鎮護神として崇めた。
元禄5年(1692)、飛騨が天領となってからも、高山陣屋の代官・郡代の尊崇が厚かった。 明
治以後は県社になったが、戦後は金幣社に列せられ、高山市南半分の氏神として市民の崇敬を
あつめている。
旧高山城下町の北半分の氏神様である八幡宮です。秋の高山祭はこの八幡宮の例祭で、毎年十月
九日・十日に安川通りの北側・下町で行われます。
桜山八幡神社