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シネマクルーズ3番目の寄港地はヴェネツィアです。
早朝、まるで迷路のような水路を縫うように進む日本の豪華客船「ぱしふぃっくびいなす」・・。
中世の都を背景に、その姿は実に美しくロマンチックです。

西暦1271年、商人国家として隆盛を極めたここヴェネツィアの港から、16歳の少年が船出しました。
東へ東へ目指した少年の船旅は、26年という途方もなく長い歳月を要しました。
少年の名前はマルコ・ポーロ・・。
この船旅を著した本こそが「東方見聞録」です。



      

ヴェネツィアを舞台にした最も有名な映画と言えば、
やはり「旅情」ではないでしょうか。
1955年制作、名女優キャサリン・ヘップバーン主演のこの映画は、
ヴェネツィアの美しさを世界中に知らしめました。

キャサリン・ヘップバーンが扮するアメリカ女性のひと夏の恋心・・。
すべてが水の上というヴェネツィアならではの状況設定が、どこか非現実的な
時間と空間にいざなわれる女性の心理をうまく表していたと思います。


原題は「Summer Time」・・。
これについて番組の解説者・戸田奈津子さんはこんな風に語っていました。
  ・・最近は原題のままの映画が多いが、「旅情」という邦題は翻訳の妙である。
   「旅情」と「Summer Time」ではまったくニュアンスが違う。
   この映画はやはり「旅情」でないといけない・・と。


 
映画「旅情」の中で何度も登場する「リアルト橋」・・。
そして主人公・ジェーンが運河に落ちる有名なシーンが
撮られた「サン・バルナバ広場」・・。
撮影当時の風景は、今も全く変わらず残っています。

18世紀に絶頂を迎えたヴェネツィアの仮面カーニバル・・。
人々は仮面を付けた瞬間社会的地位や身分の差を捨て、
一切の自分と決別しカーニバルに興じたと言われています。

周囲を海に囲まれ、決して広いとはいえないヴェネツィアという都市に暮らす
人々の、格好のストレス解消のひと時であったと想像できます。

   
ガリレオが天体観測に使ったといわれる「大鐘楼」・・。
そして、聖人マルコの遺体を安置する
「サン・マルコ大聖堂」に臨む「サン・マルコ広場」・・。
18世紀末ヴェネツィアを占領したナポレオンは、
   ・・この広場こそ世界の大広間だ・・
という言葉を残しています。

この広場にテラスを広げる「カフェ・フローリアン」・・。
創業は1720年・・。
映画「旅情」では、主人公・ジェーンの恋が芽生える重要な
舞台となっています。




番組では、1998年制作のイギリス映画「エリザベス」でアカデミー賞に
ノミネートされた衣装デザイナー=ステファノ・ニコラ氏にインタビューしました。

まるで「歴史」と言う時間が止まったかのようなヴェネツィアは、
創造的な空間として最高の場所である、とニコラさんは言います。
また、創作には日本の伝統的な着物なども大きな啓示を与えてくれる・・
と語ってくれました。




      
 
私たちがヴェネツィアを撮影取材したこの年、キャサリン・ヘップバーンは96歳という天寿を全うしました。 
水上のラビリンス(迷宮都市)ヴェネツィア・・。
日に日に水没が進み、やがて消え去る都であると言われています。
都市国家としては、既にはるか昔その頂点を迎えています。
19世紀イギリスの詩人=バイロンはこんな詩でヴェネツィアを語っています。
   ・・運河のほとりに建ち並ぶ館は徐々に色あせていく。
   あの日々はすでに過ぎ去った。
   ただ美しさだけを残して・・





シネマクルーズ第4回はローマが舞台です。


            

歴史が日常化している街・・ローマ。
18世紀フランスの哲学者=モンテーニュはこんな言葉を残しています。
  ・・ローマは愉しい夢である。
   すべてが私を楽しませる。
   石さえ語るように思われる・・
また1世紀から2世紀のローマは、
「人類史上最も幸福な時代」と言われています。



         


ローマの街では、いまでも「最も幸福な時代」の発掘が続けられています。
たとえば東京の真ん中で遺跡が発掘されている様子は想像できません。
しかしローマでは、ごくあたりまえのことのように遺跡の発掘が行われています。
発掘途中の遺跡の横を、あたりまえのことのようにクルマや人が通り過ぎていきます。



         


豊かなローマ帝国の遺産を受け継いだのは、実はローマン・カソリック教会であると言われています。
ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂を始めとするローマン・カソリック四大教会が威風堂々、
ローマの街に美しく佇んでいます。


          

ローマを代表する映画といえばなんと言っても「ローマの休日」です。
1953年制作のこの映画は、ローマの魅力をすべてスクリーンに登場させました。
いまも映画のワンシーンが、撮影当時のそのままの姿で残っています。



          


髪を切った王女がショーウインドウに自分の姿を映した
「カフェ・グレコ」・・。
ジェラートをたべる姿がなんとも印象的な「スペイン広場」・・。
そして、王女の天真爛漫な無邪気さをうまく表現した
「真実の口」・・。
スクリーンと全く変わらない風景がそこにあります。







  
ヴェスパを駆って走るシーンの背景に使われた「コロッセオ」・・。
アンデルセンは、「コロッセオ」をこんな風に称えています。
・・コロッセオのある限りローマも存在する。
コロッセオの崩れるときローマも崩れる。
ローマの滅びるとき世界もまた滅びる・・



私たちは、1937年に設立された世界最古の映画スタジオ
「チネチッタ撮影所」を撮影取材しました。
ローマの中心からクルマで15分ほどのところにあるこの
撮影所には、イタリア映画に限らず世界の名作の歴史が刻まれています。

まだ記憶に新しいレオナルド・デュカプリオ主演の「ギャングオブニューヨーク」・・。
この映画の多くのシーンもここで撮影されました。

イタリアを代表する巨匠=フェデリコ・フェリーニ監督は、
チネチッタに寄せる思いをこう語っています。

・・チネチッタに住んでいるわけではないが私はそこで生きている。
私の希望も様々な旅も、友情や人とのかかわりもチネチッタで始まり
チネチッタで終わるのだ。
私はチネチッタが好きだ。
私はそこで自分の仕事と生活の最も楽しいときを過ごしてきた。
私とチネチッタは、懐かしい感情の絆で結ばれている・・


番組では、イタリアを代表するオカルト映画の巨匠
ダリオ・アルジェント監督にインタビューを行いました。
アルジェント監督の代表作は1977年制作の「サスペリア」・・。
・・決してひとりでは見ないでください・・
というキャッチフレーズとともに人気を博した名作です。

インタビューはローマ市内の新作の撮影現場で行いました。
夜間撮影のためずらっと並ぶ数台の巨大な電源車・・。
しかし、監督が撮影に使用していたのは小さな裸電球がひとつ・・。
そこに監督独特のこだわりを見る思いがしました。

インタビューの中で監督は、
  ・・オカルトは誰の心の中にもある。
  人の心の二面性・・。
  善意が悪意に変わる瞬間・・そこに恐怖の根源がある。
  私はそんな瞬間を描きたい・・
と語ってくれました。



次回は、シネマクルーズの第5回、第6回・・。
フランス・プロバンス地方を中心に名画の舞台を紹介します。