素盞嗚神社(疫隈国社)  福山市新市町



600年代に創建
天平6年(734年) 吉備真備公が、疫隈国社を播磨国広峰山に移したといわれている。

広峰社伝によれば、天平5年(733年)3月18日、吉備真備公は唐より帰朝して、この地に異神を見た。それは素戔鳴尊であったが、真備はその旨を京都に帰って奏上し、翌6年、神社を造営したのが創祀という。初めは、白幣山に所在していたと伝えられる。
天禄3年(972年)、白幣山より現社地の広峰山に遷祀された。

貞観18年(876年)僧円如が播磨国広峰から山城国八坂郷に遷した。
そのことから、広峰山を八坂神社の元宮といわれる。

寛平9年(897年) 現在の神社を再建した。

注目点   吉備氏と素戔鳴尊、祇園社(牛頭天王社)や製鉄・刀剣の神社を平安時代当初まで吉備に関係があった。
    日本書紀を写本した場合、平安時代の発想では、ヤマタノオロチ退治が吉備国であったことと理解していた。



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作成者 藤本典夫