播州平福(兵庫県佐用町)


昔ながらの宿場町で、作州宮本村(武蔵の里)から峠を越えて、最初にある宿場町であり、

播磨国から美作国を経由して、因幡国(鳥取)にいたる因幡街道の宿場町である。

現在は、智頭鉄道の平福駅があり、便利になっている。

@川面の写る宿場町の風景が有名
A宮本武蔵が最初に決闘をしたところ
B池田輝政が姫路城を築いたのに合わせて、北の守りとして平福に親族を配置した。
  下津井城に在城していた池田長政(池田輝政の四男)の死去に伴って、その子池田長明の家臣
 を播州平福に留め置いたとの記録がある。

<赤磐郡誌より>

池田長明(伊賀守) 長政の子

慶長11年(1606年)下津井に生る。翌年父(長政)を喪い、2歳にして家督相続、下津井は、西国の要地なれば、幼者の在城難しとて、城附一万石を返上して、播州平福に移され、諸氏をば、此地に留め、母子共に予州松山に行き、祖父加藤嘉明の許に養はる。
8歳のとき(慶長18年(1613年)この年正月池田輝政卒し、利隆姫路に入封す。)、播州龍野を預りて之に居り、
尋で、大阪冬・夏の両役に従う。
後、備前に帰り周匝(岡山県赤磐郡吉井町)にて禄二万二千石を食む。


C宮本武蔵の義母が再婚した田住家があり、江戸時代を通じて隆盛をしていた。

旧田住家長屋門(宮本武蔵ゆかりの地) 平福の町並み



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作成者 藤本典夫