宝 篋 院


所在地: 京都市右京区嵯峨釈迦堂門前南中院町  
交通:嵯峨釈迦堂バス停下車 すぐ
 (表通りから300mほど一方通行を反対に入ったところ)

宝篋院正門 宝 篋 院
南北朝時代の南朝側 楠木正成の子楠木正行(まさつら)の首塚 と 
足利尊氏の子で2代将軍の義詮(よしあきら)の墓とが隣あわせにある。
義詮が正行の南朝への忠誠に感じ入り、そばに葬るように言ったため
同じ場所に南北両雄が祭られている
                     



足利義詮(左)と楠木正行(右)の墓
足利義詮(左)と楠木正行(右)の墓

足利義詮(左)と楠木正行(右)の墓の周辺

 墓前には、富岡鉄斎筆の石灯籠がある。右の正行側 「精忠」 最も優れた忠
左の義詮側 「碎徳」 一片の徳即ち敵将を褒めたたえその傍らに自分の骨を
埋めさせたのは、徳のある行いだが徳全体からみれば小片にすぎない。という
意味で
義詮の徳の大きさを褒めた言葉


参道
参道は、秋が美しい



2008年秋訪問


主要人物の生没年

楠木正成   1294年〜1336年
足利尊氏 1305年〜1358年
楠木正行 1326年〜1348年
足利義詮 1330年〜1367年
足利直義 1306年〜1352年
足利直冬 1327年〜1400年?





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作成者 藤本典夫