道草の時間ー早春(2007)



オオイヌノフグリ

オオイヌノフグリ
Veronica persica Poiret.

光の春、2月になったので、そろそろ咲いているかなと散歩にでると、もう道端のあちこちに青い小さな花を広げている。憎まれている帰化植物の中で、オオイヌノフグリの悪口は聞いたことがない。その和名を気の毒がる人も多いようだ。可憐な花をつける植物だが、元気いっぱいの普通種中の普通種。英語名も 「普通の野原のスピードウェル (common field speedwell)」。フランス語名は、学名と同様、「ペルシャのヴェロニカ (Véronique de Perse)」。素敵な名前です。ところで、在来のイヌノフグリの方は、さっぱり見つからない。外観はどちらも似たようなものだけど、この活力の極端な差は何によるのだろうか。



タネツケバナ

タネツケバナ
Cardamine flexuosa With.

まだ2月上旬なのに、今日はサクラが咲きそうな陽気である。早くも春のおなじみの雑草達がそろって花をつけ始めていた。その中の一つがタネツケバナ。咲き始めたところだから、おなじみの莢はまだ見えず、茎もまだ柔らかくおいしそうである。ぴりっと辛く、クレソンのかわりになるというが、まだ試したことはない。写真の花は純白でみずみずしい。その旺盛な成育振りから、畑では有害な雑草として駆除の対象である。しかし、この植物にはいいところがある。あの可憐な春の蝶、ツマキチョウの幼虫に葉を食べさせているのだ。私は毎年、早春から陽春に移り変わるころ、ツマキチョウに出会うのを楽しみにしている。



ノボロギク

ノボロギク
Senecio vulgaris L.

3月上旬、ノボロギクが育って、花を沢山つけている。見ると早くも冠毛をつけた種子がまだ冷たい早春の風に乗って散らばって行く。ごく普通の植物だが、田の畦には見当たらず、畑のへりに多い。また、最もよく見つかるのは、住宅地の道のヘリ。散歩中の犬が片足をあげる場所がノボロギクには最適の場所に思える。本当に犬も食わないような植物であるが、ノボロギクが属するキオン属 (Senecio) には、サワギク (S. nikoensis Miq.)やキオン (S. nemorensis L.) はまだよいとしても、「これがノボロギクと同じ属?」と意外に思う植物がある。花壇によく見られる白っぽい葉のシロタエギク (S. cineraria DC) 、鉢物で売られているシネラリア(Senecio cruenlus DC.)、ミドリノスズ (Senecio rowleyanus M.Jacobs)、サボテンのような鉄錫杖 (S. stapeliaeformis Phillips) など。しかし私は、Senecioと聞くと、一枚のクレーの絵を思い出す。一人の少女を画いたSENECIO(スイス・バーゼル美術館蔵)という作品である。片山敏彦氏は、この絵に添えて「さわぎくの花のヴィジョンがクレーの心の中でこんな無邪気な少女の顔に変形(メタモルフォーゼ)したのか?それともSENECIOセネシオというラテン的な花の名は、この少女の名なのか?」と書いている(現代美術7 みすず書房 1959)。クレーが見たのは、どんなSenecioだったのであろうか。


ヤナギspp

ヤナギ芽吹く
Salix spp.

いつもの散歩道には、ヤナギの疎林になっている湿地がある。いまは丁度芽生えの時期で、尾状花序がまだ小さな葉の腋から膨らんでいる。ヤナギ属の種はかなり多く、それぞれよく似ていて、しろうとには同定が難しいが、守谷ではアカメヤナギ、タチヤナギ、カワヤナギなど、比較的普通のものが7種ほど記録されているだけであるから(もりやの自然誌)、このあたりの種がなんであるか、同定できるであろう。今年は忘れずに調べて見ようと思う。風もなく、日差しはやわらかい。疎林は、ごく薄い浅緑が広がっている。「どこかで春が生まれてる」という歌が聞こえるようだ。



フキ

フキ
Petasites japonicus Maxim.

ふきのとうが成長して、今は花の時期である。花茎の鱗片葉もがっしりと大きくなって、むしろ周囲のまだ小さく柔らかそうな丸い本葉と対照的である。フキは雌雄異株で、写真のものは雄花が着いているから、当然雄である。早春のふきのとうはごく短い季節の味であるが、茎を材料にした煮物やきゃらぶきなど、われわれは日常、ごく普通に食べている。こんなにフキを食べるのは日本人だけだそうで、外国人には、うまいのかまずいのかわからない珍妙なたべものと映るであろう。



ホトケノザ ヒメオドリコソウ

ヒメオドリコソウホトケノザ
Lamium purpureum L. and Lamium amplexicaule L.

ヒメオドリコソウは、春になると道端に群生する。葉が変な紫色を帯びており、お世辞にもきれいとはいえない。同属のホトケノザと占有地を競い合っているようだ。ヒメオドリコソウは団結して集団行動である。ホトケノザも集団で生えてはいるが、それこそどこにでも適応できる性質であるためか、少し鷹揚に構えているふしが見られる。わが家の庭へは、ホトケノザはどんどん侵入してくるが、ふしぎとヒメオドリコソウは入ってこない。そんなところも、ホトケノザのほうが厚かましい。


ツクシ

ツクシ (スギナ)
Equisetum arvense L.

3月中旬になると、散歩道にツクシが現れる。ツクシ誰の子スギナの子、というが、ツクシはスギナの子ではなく、スギナという植物の体の一部である。胞子をつくるための茎だから胞子茎とよばれる。一般にスギナと呼ばれている緑色の地上部は栄養茎で、両方とも同じ地下茎から生える。「はかま」は癒合した苞葉である。ツクシは土筆と書くが、筆先の部分は胞子嚢の集まり(胞子嚢穂)で、ここから無数の胞子が舞い落ちる。この胞子は胞子嚢の中で減数分裂を経て造られたもので、地面に落ちて発芽すると、スギナやツクシとは形態的に全く異なる小さな平べったい雌雄の前葉体(配偶体)になる。「道草の時間」では、まあそんなことはどうでもよい。手のひら一杯位摘んで帰って、はかまをとって、佃煮のように煮たり、茹でて三杯酢にしたり、ほろにがさと歯ごたえがなんともいえない春の味覚である。


イヌナズナ

イヌナズナ
Draba nemorosa L.

春先に道路の脇などでよく見かける植物である。ノボロギクと同じように、犬の散歩道がすきなようである。だからイヌナズナ、というわけではなさそうで、役に立たないナズナという意味だろう。なるほど、ナズナの方は春の七草の中に入っていて、春の野に出でて若菜を摘んだ昔の人々には、春の大切な野菜だったのかもしれない。ナズナは白い花をつけるが、イヌナズナの花は黄色である。イヌナズナの頭にシロをつけると、シロイヌナズナになる。和名からするとこれら3種は近縁のようであるが、ナズナは Capsell、イヌナズナは Draba、シロイヌナズナは Arabidopsisと別属である。シロイヌナズナは植物遺伝学の対象として今や寵児になった。イヌナズナはイヌのまま、春の日を浴びている。



フラサバソウ

フラサバソウ
Veronica hederaefolia L.

イヌノフグリやオオイヌノフグリと同属である。実は、この植物は去年も今年も見ていない。左は2年前の今時分(3月中旬)に見つけたもののスケッチである。このあたりには、かなり少ないのではないかと思う。朝日百科「世界の植物」には、江戸時代にオランダ船の荷物について日本に渡来したらしい、とある。オオイヌノフグリは明治初年にわが国に入ってきたそうであるから、フラサバソウの方が先輩のはずであるが、あまり元気がないように見える。変な和名であるが、同百科には、この植物が日本にもあることを報告したフランスの学者フランシェとサバチエを記念したものとある。他のVeronica同様可愛い花で、もう一度出会いたいと思っている。


ノミノツヅリ

ノミノツヅリ
Arenaria serpyllifolia L.

もう一つ、犬の散歩道の好きな植物はノミノツヅリ。小さな葉を蚤の衣に見たてたものとある(朝日百科「世界の植物」)。蚤の衣など見たことがないから、ぴんとこないが、なるほど小さな葉である。葉は光合成のためになくてはならない器官だが、茎もそれに見合って細ぼそとしているから、大して栄養もいらず、種子をつくるのに、経済的には十分やってゆけるのだろうと、下らないことを考えながら過ごす「道草の時間」である。



タチツボスミレ

タチツボスミレ
Viola grypoceras A. Gray

まだ3月なのに道端の日かげの傾斜地にタチツボスミレの花がたくさん咲いている。その薄紫はじっと見ていると実に美しい。春散歩すると、すぐに見つかる普通種であるが、こんなに美しい色をもつ植物が道端にごく普通に見られることはありがたいことである。日本に昔からあった植物で、ツボスミレとよばれ、平安時代の和歌にも詠まれている。ツボとは庭を表す坪の意味だそうだが、当時の人々にはこれを庭に植える趣味があったのだろうか。




カキドオシ

カキドオシ
Glechoma hederacea L. subsp. grandis (A. Gray) Hara

早くも田の畦に、オオイヌノフグリに混じってカキドオシの花が咲いていた。この植物は暖かくなると、茎がどんどん伸びて、地面をはい、わるい感じになるが、今の時期は短い茎に鮮やかな紫の花をつけている。まだ寒い風に吹きさらされているせいか、葉も紫がかっている。ちょっと葉をつまんで、鼻に近づけてみた。つよい香りだったが、いやなものではなかった。




コブシ

コブシ
Magnolia kobus DC.

3月24日。今年は暖冬だったので、この時期にはコブシが散ってしまっているかと思ったが、ちょうど満開だった。この木は荒地に立って、枝を四方に広げ、花を一杯つけていた。満開の花をつけたコブシの大木は雄大である。薄曇りのおだやかな日であったが、夕刻から天候が変わり夜半は春の嵐が吹き荒れた。窓打つ雨風の音を聞きながら、昼間見たコブシの姿を想像した。花はどうなったであろうか。嵐が来る前に、満開のコブシを見ることができたのは幸いだった。



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