小さな庭に ー 早春 (2007)



フクジュソウ

フクジュソウ(Adonis amurensis Regel et Radde)

英国に留学していた頃、植物の細胞学で著名なラクーア先生が、"fukujukai"という植物を話題にされたことがあった。私は"fukujukai"なる植物が何であるか知らなかったが、植物の研究をしている日本人としては、恥ずかしいことであったらしい。それ以来"fukujukai"という花の名が頭から離れなくなり、帰国したのち、その植物はフクジュソウの品種「福寿海」であることを知った。福寿海は、最も普通の品種で、正月に鉢物で出回っているのは、ほとんどがこの品種である。スケッチは、二年前のこの季節に購入した鉢植えのものであるが、次の年からは茎や葉がある程度成長してから花が咲くようになった。今は庭の片隅に植えてあるが、一月の初旬の今は、まだ芽を出していない。福寿海は丈夫で増えやすい品種と聞いているが、わが家のは、今のところそんなに増えやすいようには思えない。

スイセン



スイセン (Narcissus tazetta L. var. chinensis Roem.)

わが庭には、昨年の暮、はやくもスイセンが開花した。美少年ナルキッソスが水に映る自分の姿を見て惚れたあげく、水に落ちて溺れ死んで水仙に化したというギリシャ神話のとおり、スイセン(フサザキスイセン N. tazetta L.)の原産地は地中海沿岸の地域である。それが、シルクロードを延々と旅して、中国にたどりつき、やがて日本にも海を渡ってきた。あげくの果ては、わが家の小さな庭にやってきたという訳である。わが庭で咲いているのをみると、ナルキッソスが化けたようにはとても見えない。お正月の切花にふさわしく、すっかり和風になっている感じである。やがて来る早春を期待させる花である。



庭の鳥

訪問者達

この季節は、鳥達がわが庭をよく訪問する。写真はメジロ(上左、リンゴを枝にさしたら頻繁にやってきた)、ヒヨドリ(上右)、ツグミとスズメ(下、台の上の「鳥のえさ」がお目当て)だが、ほかにシジュウカラ、コゲラ、ジョウビタキ、キジバト、ムクドリが来る。一度だけ、ウグイスがきたことがある。何故か、植木鉢の中に座り込んでいた。病気じゃないかと心配したが、しばらくして元気に飛んでいった。コゲラは大抵シジュウカラの群れに混じってくる。木の幹をくるくるまわりながら虫かなにかをつついているが、意地の悪いヒヨドリが現われると、シジュウカラと一緒にいなくなってしまう。ツグミは落葉をぱっぱっと左右に払いながら、虫をさがしている。ツグミにきてもらうには、落葉は片付けないほうがいいのかもしれない。ガラス越しにそっとのぞく小鳥劇場は結構おもしろい。



ウメ

ウメ (Prunus Mume (Sieb.) Sieb. et Zucc.)

2月になって、空気が澄んで、明るい日差しの中をまだまだとじっとこらえていたような梅のつぼみが、この数日暖かい日が続いたせいか、急にほころび始めた。庭の梅は、品種名は忘れたが、よく実のつく白梅である。この白梅が咲くと、いままで水仙ばかりがひっそりと咲いていただけの庭がなんと違って見えることか。「しら梅に明る夜ばかりとなりにけり」は、蕪村の最後の吟句であるが、こんな句を残して去った蕪村に感謝したい。




スノードロップ スノードロップ2

スノードロップ (Galanthus nivalis L.)

わが庭のスノードロップは定位置に2、3本あるだけで、増えることがないが、絶えることもなく、毎年早春に花を見せてくれる。こちらが全然意識していないときに、あ、咲いている、と小さな驚きを与えてくれる花である。わが国で栽培されているスノードロップと称する植物には、G. nivalisG. elwesiiという種があるようだが、庭のものは、3枚の外花被片が1.5から 2センチ程度で、小さい内花被片の緑斑は先端のみなので、G. nivalis の方であることは間違いないようだ。



クロッカス

クロッカス (Crocus spp.)

早春に色とりどりのクロッカスの花が一斉に開くヨーロッパの庭園のイメージが忘れがたくて、わが小さな庭の芝生に球根を埋め込んでいるのだが、大抵は2、3年でだめになってしまう。それでもやっぱり春先にはクロッカスを見たいので、秋には球根を補充している。早咲きクロッカスの中では、黄色が一番元気がよく、一番早く咲き、早春の光を浴びて、うれしそうにみえる。今は2月中旬であるが、これからほかの色のクロッカスも咲き始めるので、暫くは楽しめそうである。



クリスマスローズ

クリスマスローズ (Helleborus orientalis Lam.)

クリスマスローズが咲き始めた。クリスマスローズとよばれる植物は2種あって、一つはほんとうにクリスマスのころ花が咲く Hellborus niger L. もう一つはクリスマスとは関係なく、春先に咲き始めるH. orientalis Ram.である。両種とも園芸植物として栽培されているが、H. orientalis の方がわが国では普通のようである。クリスマスでもないのにクリスマス、ローズでもないのにローズと、困った名前であるが、品種も多く、少々妖しい魅力があって、この種に取り憑かれている人は多いようである。花弁のように大きく開いているのはがくで、花弁は小さくてあまり魅力はない。大きながくはなかなか色あせず、5月頃まで開いているので、早春の花という印象はうすい。



オランダミミナグサ

オランダミミナグサCerastium glomeratum Thuill.)

ヨーロッパ原産で明治後期に日本に入ってきたらしいが、その後圧倒的な勢いで、在来のミミナグサを駆逐して、本州以南に広がったということである。春先になると、畑にも道端にも庭にもわんさと生える。わが家の庭に生える雑草の中でも、その数はランキングの上位に入る。それでも、背丈は小さいし、カタバミやメヒシバやチドメグサみたいに地面を覆うことがないので、数が多い割には、大して憎まれることはない。庭の草取りをしていても、カタバミやメヒシバと違って、「抜きがい」のない植物である。



ハナナ

ハナナ (Brassica rapa L. var. amplexicaulis Tanaka & Ono)

Brassica rape L. という種は一見別種と見えるような変種から成っている。カブ、ナタネ(日本古来のアブラナ)、ミズナ、コマツナ、ハクサイなどがある。ハクサイは 変種 var. amplexicaulis に属し、ハナナはハクサイと最も近い。ハナナは花の園芸用に改良された植物だから、庭でも育てやすいのかと思ったら、わが家では、そうは行かなかった。種子はよく発芽したが、若い苗のうちに大部分虫に食われてしまった。ヨトウムシかなにかと思うが、一晩のうちに、若い葉っぱを食い尽くしてしまう。かろうじて成長点までは食われなかった数本が生残った。若い頃ひどい目にあったせいかどうか知らないが、茎は細く、丈は低く、花は少ない。おかげでスケッチは楽であったが。



ゲンカイツツジ

ゲンカイツツジ (Rhododendron mucronulatum Turcz. var. ciliatum Nakai)

ゲンカイツツジはわが国では本州と九州北部に分布し、山中の生えるとあるが、これは園芸種として出回っているもの。もう24年ほど以前にいただいて庭に植えたものである。最初の数年は春先には沢山のピンクの花を咲かせていたが、その後樹勢は衰えるばかりで、いずれはだめになるかと思っていたが、現在まで生命を保って、少ないながら今年も美しい花を見せてくれている。



ベアグラス

ベアグラス (Carex spp.)

ベアグラスとして売られているスゲの一種の園芸品種。インターネットで調べると、Carex oshimensis cv. Evergoldとなっており、そうであればオオシマカンスゲ (Carex oshimensis Nakai)の園芸品種ということになる。図鑑で見ると、花のつきかたはよく似ている。上の小穂はすべて雄花を着けているようで、今は葯が伸び出して花粉を放出している。下の側方にも2〜3の小穂があって、オオシマカンスゲとするならば、雄花が頂端に、雌花がその下にあるということになる。一向に目立たない早春の花である。

シュンラン

シュンラン (Cymbidium Goeringil Reich. f.)

春まだ寒い頃から、シュンランの株の茂った葉をかき分けて、もうシュンランの花が現れる頃かと待ちわびている。そしてにょっきり出てきた花をみると、1年ぶりの再会がうれしい。シュンラン、なんと響きのよい名前なのだろう。その姿は目立たないが、奥ゆかしい日本原産の植物である。わが庭には、シュンランは一株しかないが、北側の日陰の地が気に入ったのか、今はかなり大きな株になって、このところ毎年沢山の花を咲かせる。今年もざっと数えて50近い花が長くなった葉のかげに咲いている。この花が咲くと、春は急速に動き出す。


ユスラウメ


ユスラウメ (Prunus tomentosa Thunberg)

ユスラウメは朝鮮半島や中国の原産で、わが国へは江戸時代にやってきたらしい。北国の生まれなのにわが国でもよく育つ。庭には一本ユスラウメの木があって、毎年花が咲くのを見ているはずなのに、春のいつごろ開花するのか、憶えていない。というよりも、意識したことがない。今日は3月20日であるが、スケッチのように、もうかなり多くの花が開いている。図鑑には花は4月頃とあるので、暖冬のため早く開花したのかもしれない。3年前だったか、下から上まで、染井吉野のミニチュアみたいにびっしりと花を咲かせたことがあり、その時はユスラウメも結構きれいじゃないかと見直した。その年は真っ赤な果実をたくさん着けたので、収穫してジャムを作った。ジャムはくせのない味だった。残念ながら今年の花のつき具合をみると、ジャムをつくるほどの収穫は期待できそうもない。



ムスカリ

ムスカリ (Muscari armeniacum Bak.)

地中海東部の原産だそうで、花の青紫色は地中海の海からさずけられた色であろうか。春の花壇を彩る花である。日本では属名のムスカリがこの植物の名称になっているが、英語ではグレープヒアシンス (grape hyacinth)とよぶようだ。なるほど、その総状花序はブドウのふさを逆さにしたような形である。ムスカリは球根による繁殖が盛んで、植えっぱなしにしておくと、そのあたりは球根だらけになってしまう。昨年はかたまっていたのを掘り出して、ちっぽけな花壇の縁に沿って埋めた。だから今のところは、行儀よく並んで咲いている。



ステラ

ステラ (Sutera spp.)

比較的新しい園芸種ではないかと思う。昨年秋、園芸店で苗を買ったもので、スケッチの品種名は、ステラ・コスモブルー(株式会社ハルディン)となっている。別名としてバコパ・コピアとも書いてある。今は普通の素焼鉢に植えてあるが、冬の間もずっと花が咲いていた。花が咲きっぱなしだから、今のところほとんど栄養成長していない。花期は2月〜6月および9月〜12月と説明されている。夏場になれば、大きくなるのだろうか。ほとんど1年中さいているのだから、早春の花とは言い難いが、ここに一応入れてみた。



大杯ズイセン

大杯ズイセン (Narcissus spp.)

わが家の庭には、ときどき植えた記憶のない植物が出てくる。勤務の都合で10年あまりここの家を人に貸していたので、その間に住んでいた人が植えておいたものかもしれない。ここに戻ってかなりになるが、何年も見たことがないのに、ある年ひょっこり現れる植物がある。このスイセンもその一つである。この花を認めたのは昨年で、今年もまた咲いた。昨年はラッパズイセンだと思っていたが、ラッパズイセンなら副花冠がもっと長いはずであるから、これは大杯ズイセンとよばれているものの一品種であろう。品種名は不明だが、美しければそれでよい。



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