生徒会長の教室
「・・・で、ここが、こうこうで・・・」
しーん。
教室が静まりきっていた。普段はおしゃべりする生徒もいるが、今日はそれがない。いや、特定の日だけ、静かになることがあった。
「今日はずいぶん静かね」
雛川先生は不思議がった。生徒たちの表情は凍っている。まるで教室の中に原爆でも置いてあるみたいに。
だが雛川はある疑問を抱いた。それは。
「阿門くん・・・」
天香学園生徒会長、阿門帝等である。彼は一番前の席に座っていた。彼は腕を組んで、じっと目の前の黒板をにらんでいた。
「どうして阿門くんは一番前の席なの?後の席の子が黒板見えないと思うの」
どかぁん!!
教室の中が爆発したように思えた。時限爆弾を解体中に間違って線を切りそうになった爆弾処理班の気持ちであった。
阿門は身長が186cmだ。阿門より2cm背の高い、取手鎌治は一番後ろの席なのに。
「・・・俺、いや私もそう思うのですが、みんな私を一番前の席にしたがるのです」
「そうなの?どうしてかしら?」
「どうしてでしょうか・・・?」
雛川も阿門も頭をひねっている。クラスのみんなは彼らの様子を見て、びくびくしていた。
「阿門様。雛川をどうします?」
生徒会室で双樹咲重が話しかけた。
「雛川だと?彼女が何をした?」
「あの女、教師の癖に阿門様にえらそうな口を聞いたじゃありませんか。聞けば職員室でも生徒会のあり方に異議を唱えていると聞きますし、始末しましょうか?」
阿門は電子レンジで温めたミルクを飲んだ。
「・・・生徒会はともかく、授業では俺は生徒、雛川は教師だ。授業は教師のもの、俺はあくまで学園の平和を守るだけだ」
「ほうっておけというわけですね。わかりました」
双樹は納得できない様子だが、阿門に言われてあきらめた。
「しかし、なぜクラスの連中は俺を一番前の席にしたがるのか、さっぱりわからんな。やはり生徒会長が恐ろしいということか」
「いえ、たぶん、阿門様が後だと、にらまれて怖いのだと思います」
「にらむだと?なぜ関係のないものをにらまねばならぬ?」
「というより、阿門様が怖いのです。学園に君臨する阿門様が・・・」
天香学園において生徒会が法律、その法律を取り仕切るのが生徒会長である。生徒会長はまともな人間には務まらない。阿門家に認められなければ、そいつは半年も経たずに廃人になるか、自殺するかのどちらかだ。天香学園のOBには衆議員などが多い。黒い砂によって眠っていた人間の力を引き出されたからだ。
学園内のトラブルも黒い砂によって、警察やマスコミの記憶を捜査したからだ。
「しかし、クラスのみんながまともに授業を受けれないのは問題だな。何か言い策はないだろうか?」
阿門はカップの中のミルクを飲み干した。げっぷが出そうになり、手で押さえる。
「そうですねぇ。何かいい考えはあるでしょうか・・・」
双樹はおやつの杏仁豆腐を口にした。
「お姉さま~、編み物しましょう~」
生徒会室に椎名リカが入ってきた。彼女も阿門と双樹と同じクラスである。手には紙袋が握られており、袋の中にはカラフルな毛糸玉などが詰まっていた。
「あら、リカ。何しに・・・、そうだわリカ、実は・・・」
双樹はさっきの話を椎名に話してみた。すると椎名はにっこりと笑い、いい案があると微笑んだ。
次の日、教室の温度は低かった。皮膚に霜がつきそうな寒さだ。スチームストーブが焚かれているが、全然機能してないも同じである。その原因はこれだ。
「あの、阿門くん・・・」
雛川は恐る恐るたずねた。
阿門は大きくて真っ赤なリボンをつけていた。左の席には椎名リカが座っており、にこにこ笑っていた。
「何か?」
「え、ええ・・・。阿門、そのリボンだけど・・・」
教室中の一部の生徒たちがごくりと喉を鳴らした。
「そのリボン大きすぎると思うの。ますます後の席の人が、前を見れないと思うの・・・」
「そうですね。少し見えにくいです・・・」
七瀬が言った。
がたん!
一部の生徒以外、全員こけた。
先生、七瀬!つっこむところが違うでしょ!!全員、心の中で突っ込んだ。
「失敗しましたね」
「うむ。もう少し控えめのリボンをもらうべきだったな」
「いえ、それはちょっと・・・」
生徒会室で二人は悩んでいた。
「・・・阿門様。いい案があります。少しお顔を拝借させていただきますわ」
「構わんが、ナニをする気だ?」
次の日、教室の温度は低かった。昨日よりさらに温度が低い感じがした。真っ裸で外に出ても、これほど寒くないと思った。その中でエジプトの留学生、トトが一番後ろの席で普通に授業を受けているのが納得いかないと思った。
「あの阿門くん・・・」
雛川が恐る恐るたずねた。
阿門は化粧をしていた。真っ赤な口紅はにっこりと笑っているように見えた。アイシャドーはにっこり微笑んでいるように見える。そして体には香水の匂いをぷんぷんさせていた。双樹特性の香水で、周りに安心感を与える香りが立ち込めていた。
が、他の生徒はまったくそんなにおいに気づいていない。
「なぜか、今日の生徒会長さん、とても安心できる匂いがしますね。勉強がはかどります。
阿門の後の席では七瀬月魅が座っていた。
がたん!!
安心できるのかよ!!
教室の、一部の生徒以外が盛大にこけて、突っ込んだ。
「私も七瀬さんと同じ意見なのだけど、阿門くん、ちょっと化粧が濃いと思うの。もう少し薄くしたら似合うと思うのだけど・・・」
似合うのかよ!!薄くしても意味ないよ!!
教室の一部以外の生徒全員が突っ込んだ。もちろん口には出さず、心の中で激しく突っ込んだ。
「どうもうまくいかんな・・・」
「世の中、簡単にはうまくいかないものですよ。たとえば墓場に侵入するトレジャーハンターとか」
「確かにな・・・」
トレジャーハンターという単語を耳にしても、阿門は冷静であった。トレジャーハンターはすでに学園にいない。目的を終えて帰ってしまったからだ。
阿門は電子レンジで温めたミルクを飲んだ。一気に飲み干すのは体に悪いと、双樹に注意された。
「思い切ってもう授業に出ないほうがいいのでは?」
「いや、俺はもう出席日数がぎりぎりなんでな。もう休むことはできん」
「そうですか・・・」
はぁ・・・。
二人はため息をついた。
「お姉さま~。お料理しましょう~」
生徒会室に椎名が入ってきた。紙袋には食材などが入っていた。それを重そうに抱えている。
「あらぁ?お姉さま、どうしたの~」
「ええ、実は・・・」
双樹が椎名に今までの経緯を説明した。すると椎名はにっこりと笑い、いい案があると微笑んだ。
その日の教室の温度は普通だった。スチームストーブもきちんと機能している。阿門のいる教室は心が休まるときがないが、あんまり奇抜なことをされても困る。
「ええと、阿門くん、次はここを読んでほしいの」
雛川に当てられ、阿門は教科書を手に席を立った。
「わかったニョ」
がたん!!!
一部の生徒以外、全員盛大にこけた。吉本新喜劇ですぐ舞台に上がれるくらい、すばらしいこけっぷりだ。
「阿門くん・・・」
雛川が顔をしかめた。
「どうかしましたニョ?」
びゅうぅぅぅ!!
教室の温度が低くなった。絶対零度まで下がったと思った。バナナがあればすぐに釘が打てそうだ。
「阿門くん、ずいぶん砕けた口調になってるわね。先生、とてもいいと思うわ」
隣の席の椎名と双樹はにっこり笑っていた。七瀬も感心していた。
「そうですね。私も生徒会長さんがずいぶん身近に感じました」
違うだろ!砕けたとか違うだろ?身近になんかならないよ!!
一部の生徒以外、全員突っ込んだ。突っ込みすぎて、突っ込み村の住人になってしまわないかと心配であった。余計な心配だが。
その後卒業式まで、生徒会長の語尾に「ニョ」がつけられたそうな。もちろん3-Aは一部の生徒を除き、全員胃潰瘍になった。
終わり
あとがき
前から考えていた九龍のギャグ物です。
あまり個人名を出さずに、九龍のキャラを極力崩さず、素材を生かしたギャグを書いたつもりです。あくまでつもりなので、実際は生かしきれてないと思う。
まぁ私にとって阿門はまじめな男だと思うのですよ。
双樹も椎名も悪意などなく、心の底から阿門のためを思ってるんです。
雛川先生も七瀬もね。では。
2006年3月27日