妖都美食家その13

 

桂木弥子魔界探偵事務所。ネウロはいつもそこにいる。ここ最近はろくな謎が食えずにいたが、今一番気になるのはパソコンの電脳世界に存在する謎だ。最初は簡単に事が運ぶと思ったが、相手に反撃され、見失った。以来、ネウロはその謎を毎日探している。警戒して奥深く潜り込んだようだ。

姉守密の件はもう忘れた。彼の謎を食うことは不可能になった。だからネウロは気にもかけていないし、彼の名前も忘れてしまった。後日、弥子は壬生に聞いたが、詳しくは教えてくれなかった。

「しつこいことだ・・・」

ネウロはパソコンから離れた。しつこいといったのは、壬生のことではない。
ネウロは窓の外から自分を狙う者の気配を察している。サイではない。サイはこの間躾と称してこてんぱに全身の骨を砕いてやった。すると別の人間の仕業だろう。それも2・3人ではなく10人くらいこのビル、この事務所を見張っているのがわかる。

「壬生の言っていたM+M機関の異端審問官か・・・。我輩は平和主義者だというのに迷惑な話だ」

実際ネウロは地上で目立つつもりはない。あくまで桂木弥子を名探偵として名声を上げ、定期的に謎を食える環境を作りたいだけなのだ。人間の脳が生む謎は魔界の単純で小さい謎より量も多く味もよい。絶好の食料の宝庫なのだ。それなのにM+M機関は自分を危険人物扱いしている。目立つのは不本意なのだ。

「あの手は前に廃人にしたマスコミとはわけが違う。ちょっとやそっとでは諦めないだろう。我輩より数段上の化け物がいればそちらに向くと思うが・・・」

「やっほー、ネウロ〜」

弥子が入ってきた。手にはコンビニ袋をぶら下げている。弁当が10個ほど入っていた。さっそくそれを食べ始めた。あかねはお茶を用意して弥子に差し出した。

「ふむ」

ネウロはにやりと笑った。悪巧みを思いついた顔であった。

「弥子、そんなに飯を腹いっぱい食べたいなら、我輩がいいものをやろう」

ネウロが右手を握り、開いたらそこに一枚の紙切れが出てきた。それは宝くじのようであった。

「魔界777ツ能力のひとつ、イビルファントム(自己中心派の賭博王)だ。こいつは当たりの宝くじを見つけ出す魔界の虫だ」

そういうと宝くじから一匹の虫が飛び出た。全身ドルマークでびっしりで、目の部分がサングラスみたいだ。口はタバコを吸っているように見えた。ネウロはパソコンを使って宝くじの当選番号を調べた。

「こいつの金額は一千万くらいだな。弥子よ。お前に食事を一千万分おごってやろう」

「えー、うっそー!!ネウロってば超やさしー!!見直しちゃったよ!!」

弥子は歓喜の踊りを踊った。彼女はネウロの突然の申し出に有頂天になっていた。

一方、その宝くじはどこから手に入れたのだろうか?

「あれ?この間買った宝くじがなくなってるな。まぁいいか、どうせはずれに決まってら」

吾代は財布の中身を見ながらつぶやいた。

 

ネウロと弥子は新宿に出来た今流行のレストラン街、『美味しん坊(おいしんぼう)』に来ていた。ここでは和食、洋食はもちろんのこと中華やイタリア料理など様々なレストランが立ち並んでいるのだ。ここでのルールは邪道食いで、早食いのためにどんぶりの中に入れて、水を加えたり、握りつぶして食べやすくしたりすることを禁じていた。
その中でもマスター味男(あじお)の味賄
(あじわい)食堂や、銀鍋の醤(しょう)こと春川醤(はるかわ しょう)の店など有名店が並んでいるのだ。

マスター味男の料理は食べたものに幸せをモットーにしているが、鉄鍋の縄は、料理は勝負であり、勝てばいいんだというわけのわからない理屈をモットーとしていた。それでいて両店の値段はリーズナブルで一般人でも気軽に食べにこられる店なのである。

今日も「うまいぞぉぉぉ!!」とマスター味男の料理を食べて歓喜に振るえ、目からビームを出し、口から炎を吐く客が後を絶たない。彼は別名『闘食不敗(とうしょく・ふはい)』と呼ばれており、アジア方面ではかなりの有名人だ。少年のようにあどけないが、実際は30過ぎのおっさんである。若いのに髪は真っ白でお下げにしていた。声は身体は子供、頭脳は大人な感じの声であった。しかも娘が一人いて、名前はリーサ。魔法少女の格好が大好きな女の子であった。

銀鍋の醤の店では「食べても食べても止まらな〜い」と銀鍋の醤の料理を手づかみで無理やり口に押し詰める客も後を絶たなかった。脚にとって性格は悪くても料理がうまければそれでいいのである。目つきが異様に悪く、常に「くけけけけっ!!」と笑うのだ。そして巨乳の女性が大好きなのである。

そこへ桂木弥子がやってきた。ネウロは銀行で宝くじを換金して、ビニール袋に入れていた。あまりにも無頓着すぎるが、ネウロは無頓着であった。。

「ここに1千万があります。これで先生の胃袋を満足していただけませんか?」

ネウロはテーブルの上に札束をどばどばあげた。店主たちはごくりと喉を鳴らした。

「ここの店舗は全部で20ある。ひとつの店に50万づつもらえば店の食材は全部なくなるが、あんた本当に食べきれるのかい?」

良識派の食キングパパが訊いた。2メートル近い巨漢で、顎がすごい男であった。まるで熊のような威圧感だが、彼は愛妻家であった。気は優しくて力持ちなのだ。彼の料理は安い材料で安い料理を提供している。客の誰もが「うん、うまい」としか言わない店だが、落ち着いて食べられる店だと評価されている。ちなみにマスター味男は彼を尊敬しているが、銀鍋の醤は彼を嫌っていた。

「先生の胃袋を舐めてはいけません。それに一千万で足りるかどうか・・・」

ネウロは料理人たちを小ばかにした笑みを浮かべた。それにむっとしたのか、料理人たちは弥子に料理を出し始めたのである。

「腹を壊しても知らないよ?」

食キングパパは弥子の体を気遣った。しかし当人の弥子はうっとりとしていた。

「ここの料理を腹いっぱい食べられる。今日はなんて最良の日なんだろう」

 

「さて部活で腹もすいたことだし、ラーメンでも食べて帰るか」

瀬能迅であった。萱野あずさと乃木坂恵も一緒であった。ちょうど『美味しん坊』の近くまで来たので、ここにある『ラーメン八犬伝』に寄ることになったのだ。ここの名物は8つの具を絶妙なバランスが売りの伏姫ラーメンが売りであった。あとは狸と狐のスープを使った玉梓ラーメンも人気があった。

「あの、瀬能くん・・・。身体の調子は大丈夫なの?」

乃木坂が心配そうに尋ねた。

「ああ、全然平気だよ。あの先生の腕がいいからなか。身体のだるさがすっかり抜けきった」

「・・・そう」

乃木坂の表情は重かった。彼女は瀬能を心配していた。彼が壬生に対し複雑な気持ちを抱いていることを知っていた。壬生は強い。迷ったことなんか一度もないと思えるほど、彼は強かった。空手ではなくもっと危険な闇の世界で鍛えたのは明白であった。それは誰もが足を踏み入れる世界ではない。たぶん足を突っ込めばどっぷりと底なし沼のようにはまってしまうだろう。乃木坂はそれが怖いのだ。瀬能がどこか遠くへ、深い深い闇の海へと二度と這い上がれない、そんな気がするのだ。

「心配するな。俺は俺、壬生は壬生さ」

瀬能の表情は明るかった。まるで太陽のようなさわやかな笑みであった。それを見た乃木坂は今までの不安の雨雲が晴れた気分であった。

「ねえ、迅。乃木坂さん。なんか賑わってないかな?」

あずさが『美味しん坊』に指を刺した。確かに騒がしい。普段は様々な客でにぎわっているが、今日はお祭りが開催されたように騒がしかった。

瀬能たちがそこへ行ってみると、彼らの目に信じられないものが写った。

それは出された料理を片っ端から食べていく弥子の姿であった。

彼女はまず『ラーメン八犬伝』のラーメンを食べつくした。汁も残さず、きれいさっぱりにだ。食キングパパの食材も底を尽いた。彼女は一切残さないので、ゴミは出なかった。すでに18店目の食材が尽きた。残るは味賄食堂と鉄鍋の縄の店だけである。弥子の腹はまったく膨れていなかった。早く次の料理が来ないかなと楽しみにしているのだ。

「くけけけけ!!マスター味男!!どっちの料理が一番か勝負や!!」

春川醤であった。ひさしぶりの強敵に春川は嬉しそうであった。

「何を言ってるんだい。僕らは料理でお客様を幸せにするんだ!!だから君はあほなのだ!!」

それに反してマスター味男はあくまで料理人として彼女に料理を出すつもりだ。二人は水と油、互いに相容れぬ関係なのだ。

「さぁ、僕の料理で幸せになっておくれ!!」

マスター味男はトリプルカツ丼や納豆ステーキ、キャベツハンバーグを出した。

「やかましいわ!!料理は勝負や!!勝てばええんや!!」

対する春川醤の料理はダチョウの肉に蛆虫びっしりの料理や、犬の肉を使った鍋などを出した。

 

「ぷはぁ、ごちそうさま!!」

弥子は平気でそれらを平らげた。マスター味男も春川醤も呆然と弥子を見ていた。それは周りの客も同じであった。『美味しん坊』の店の食材をみんな弥子が平らげてしまったからだ。しかも漬物もひとつ残らず食べてしまった。この日の生ゴミは一切出なかった。清掃局も驚いていた。

「でももう少しほしいな。あとでコンビニに寄ろっと」

弥子はまだ食べたりないというのか!!客たちは弥子の底なしの胃袋に恐怖を覚えた。彼女の体型はまったく変わっていないのだ。あの華奢な身体に自分の体積以上の食材をどう消化しているのか不思議でならなかった。

弥子の横ではマスター味男と春川醤が惚けていた。自分たちの料理をあっさり食べてしまったのにも関わらず、コンビニに寄りたいと言われたのだ。それ以降マスター味男はアメリカへ、春川醤は中国へ武者修行の旅に出かけたのであった。食キングパパは生ゴミが出ないなんてすごいなと、素直に感心していた。彼は弥子がおいしそうに食べているのを見ていたので、満足していた。

「まったく君には呆れるね。さすが如月骨董品店でピザと菓子パンをみんな平らげただけのことはあるよ」

壬生が現れた。片手には紙袋を抱えており、中には編み物の道具と毛糸が入っていた。

「まったく呆れるな。さすがの我輩でも引いてしまったぞ」

ネウロも呆れていた。

「だがこれで我輩ではなく、弥子に目が向いたというわけだ」

「え?何が?」

弥子は何のことだかわからずにいた。

「こちらの話だ」

ネウロは答えなかった。壬生は知っていた。M+M機関はネウロを第1級ターゲットに指名していた。しかし異端審問官たちは桂木弥子のあまりの貪欲ぶりに彼女こそ魔物ではないかと、腹の中に餓えた鬼、餓鬼を飼っているのではないかと疑った。弥子もネウロと同じターゲットに指名したのである。もっとも壬生も彼女の食欲に呆れていた。彼女は何の力を持っていない。普通の人間だ。怪盗サイでも彼女の食い気をまねすることはできないのだ。知らぬは弥子ばかりであった。

「よお壬生。奇遇だな」

瀬能たちがやってきた。

「すごいなぁ、桂木さん。あれだけの量をあんなに食べられるなんて。僕は少食だから感心しちゃうよ」

「あれは感心しなくてもいいと思うな」

あずさは純粋に感動していたが、乃木坂は少しばかり弥子が怖くなった。普通の人間なのに1千万分の量をぺろりと平らげた彼女に畏怖を感じているのだ。

「結局、一番怖いのは人間というわけだな」

壬生が誰に聞かせることなくつぶやいた。

東京は相変わらず平和であった。少なくとも表面の上では。中身は人間の憎悪、恨みが適度にブレンドされたどろりとした悪意のマグマがぐつぐつと煮えているのだ。そして妖怪たちも今も尚生み出されている。壬生が知らない間に無関係な人が犠牲になっているかもしれないのだ。

(妖怪を狩る。それが僕の仕事だ)

 

終わり


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あとがき

 

やっと完結できました。最後は弥子の食いしん坊ぶりを思い存分見せ付けた形で終わりました。料理人たちはある漫画を参考にしてますが、モデルが何かわかる人はいるでしょうか?
『美味しん坊』美味しんぼう+喰いしん坊。
『マスター味男』ミスター味っ子とGガンダムのマスターアジア。
『春川醤』鉄鍋の醤。
『食キングパパ』クッキングパパ+食キング。
『ラーメン八犬伝』ラーメン発見伝。
マニアックな部分も多いですね。

正直、この作品は未完の妖都鎮魂歌を私なりに完結させるために書いたのですが、はっきり言って素人にできるはずもありませんでした。

しかもネウロは推理漫画ですが、こいつは推理漫画の皮をかぶった娯楽漫画です。シリアスな空気は消えちゃってますね。しかもボーボボまで登場させてますし。

それに妖都鎮魂歌の舞台は2000年で、ネウロの連載は2005年なんですね。時間がまったくかみ合ってません。コラボだからといえばそれまでですけどね。

コラボ小説としては13話も書いてしまいました。ネギまと違いキャラが少ないですから、ひとりひとりのキャラを掘り下げることが出来たと思います。

長い間ありがとうございました。

 

2007年1月3日