パワー
ここは東京都内にある私立青春学園中等部。通称青学と呼ばれている。
特にテニス部に力を入れており、全国決勝まで上り詰めたこともあるのだ。
今日も今日とて部員たちは練習に余念がない。
部員たちが練習しているところを一人の女性がやってきた。年齢は60を超えたか微妙なところだ。ジャージを着ていて、髪はポニーテール。彼女の名前は竜崎スミレである。青学テニス部の監督兼コーチを務めている。
「お前たち。今日は面白い練習相手を連れてきたよ」
竜崎の銅鑼にも似た声がテニスコートを響かせる。部員たちは下級生と思しきものはビクっとウサギみたいにおびえたが、冷静なのは上級生なのだろう。竜崎の周りに部員が集まると、彼女は練習相手を紹介した。
「俺様の名前は蓬莱寺京一。よろしくな」
その男は赤毛で美形だが、どこか粗暴な部分が浮かんでいた。歳は大体高校生くらいで、手には細長いものを入れた袋を持っていた。どう見てもテニスラケットには見えない。
「袋の中身はなんですか?」
一年生らしい部員が質問した。おかっぱ頭の気の弱そうな少年であった。
「コイツの中身は木刀さ」
京一はきっぱりと答えた。すると部員たちに不安の空気が広がった。テニスと関係のない部外者を連れてきて監督はどうするつもりなのか?
「先生。蓬莱寺さんとはどういった経緯で知り合ったのですか?」
細目で線の細い少年が手を上げて質問した。彼の名前は不二周助である。
「去年、こいつがラーメンを食べていたら財布を落として困っていたのを助けたのさ」
再び部員の間に不安の空気が広がった。今度はどんよりと空気が重くなった気がした。不二はなるほどねと感心していた。
「コイツはテニスに関してはど素人だが、必ずお前たちのためになると思うね」
竜崎は、にやりと笑った。
「先生。実際のところ、彼は何者ですか?」
竜崎はベンチに座っていた。京一はテニスコートに立っている。ルールはもちろんシングルスだ。5セットマッチで先に3セット取ったほうが勝ちである。竜崎の隣にはメガネをかけた理知的な少年であった。彼はテニス部部長の手塚国光であった。おそらく初対面の人間なら彼が顧問の先生と勘違いしてしまうだろう。中学生らしからぬ貫禄に満ちていた。
「わかるかい?」
「はい。彼の身体から溢れる力を感じます」
京一と対峙しているのは、髪を立たせている少年であった。彼の名前は河村隆。右手にラケットを持って構えている。
竜崎はまず河村と試合させることにした。手塚や不二では京一も戸惑うからという理由である。
「彼はね。剣術使いなのさ。幻の流派、法神流のね」
「法神流・・・。ですか」
そのとき、試合開始の笛の音が響いた。
「バァァニィィィング!!」
河村はコートに立つ前は気の弱そうな少年であった。しかしラケットを握った瞬間、性格は豹変した。血の気の多い熱い性格になった。ぶんぶんとラケットを力いっぱい素振りしている。
河村のサーブは軽く200キロを越えていた。京一は動くこともできず、点を取られる。
あっという間に1セットを取られてしまったが、京一は余裕の笑みを浮かべていた。
「なるほどな。もう球の軌道は見抜いたぜ」
京一はラケットを構えた。ただし、剣道のように剣の構えである。テニスのルールをよくわかっていないようだ。
「球を外まで飛ばしたりしたらアウト。コート内に球を決めれば得点になる。ルールも理解したぜ」
部員たちは呆れた。この男はテニスのルールを知らないのか。竜崎は何のために彼を練習相手に呼んだのか?1・2年生は不安がっていた。逆に3年生は面白そうだとにこにこ笑っている。
「バァァニィィィング!!」
河村がサーブを打った。常人では目で追いきれない速さである。
ぱこぉぉん!!
京一が河村のサーブを打ち返し、サービスエリアに叩き込んだ。
「え?」
河村は唖然となった。今まで素人の男が見事に自分の球をリターンしたのである。これには他の部員たちも目を丸くした。
「矢落とし」
竜崎がぼそりとつぶやいた。
「矢落としですか?」
「法神流の技のひとつだ。本来、飛来する矢撃等を瞬時に叩き落す技だ。もっとも意識してやるというより、超反応で行う技だそうだ」
「確かに河村のバーニングサーブを返したのですから、本物でしょう。ですが、竜崎先生はどこで彼と知り合ったのですか?」
「実際、彼とは直接知り合いだったわけじゃない。彼の師匠と知り合いなのさ」
「師匠ですか」
「ああ。十数年前、蕎麦屋でお金を落として困っていたのを助けた縁でね」
それを聞いた一年生の表情が暗くなった。4人中、帽子を被っている少年だけどうでもよさげであった。
師匠と弟子は似た者同志だなと思った。手塚は真剣に竜崎の話に耳を傾けている。
「当時、そいつから法神流の事を聞いてね。テニスに応用できないかと思っていたんだ。過去にも青学でそいつをコーチに招いたことがあるよ。ただそいつは根っからの風来坊でね。もう10年近く会っていない。まあ、毎年年賀状はもらっているがね。それが去年、ラーメン屋でそいつの弟子と出会えたんだ。何かしらの運命を感じるね」
竜崎が話している間、京一と河村の試合は続いていた。
京一は慣れてきたのか、河村の球を次々と打ち返した。しかし、河村も負けていない。力は京一のほうが上だが、テニスの腕は河村のほうが上である。
「へへへ!中国に渡る前のウォーミングアップにちょうどいいぜ!!」
京一が河村の球を打ち返す。球の衝撃がラケットに伝わり、全身がびりびり震えてくる。骨まで震動が伝わってくるようだ。
「地区予選のウォーミングアップにちょうどいいぜ!!」
河村が京一の球を打ち返す。球の衝撃がラケットに伝わり、全身がびりびり震えてくる。腕の筋肉がぷるぷると踊るようにはじける感覚であった。
俺の力。
俺のテニス。
どっちも譲れない!!
「剣掌・旋!!」
京一は熱くなりすぎた。そのせいで彼は力を使ってしまった。河村の身体は旋風に捕まり、天高く飛ばされていった。天気は曇りで太陽は見えないが、ぽっかりと丸い穴が開いた。河村の開けた穴だ。
「飛んじまったねぇ」
「飛びましたね」
竜崎と手塚は空を見上げてのんきそうであった。
「タカさん、今日はよく飛ぶねぇ」これは不二。
「でも、ちょっと飛びすぎじゃないの?」明るそうな少年が空を見上げた。
「確かに。だが気絶していなければ、落下しても大丈夫だろう」分厚いメガネをかけた借り上げの少年が答えた。
こいつら、仲間が天高く飛んでいったのに心配じゃねえのかよ!!京一は心の中で毒づいた。
だが、彼らは人が信じられない高さまで飛び去った事を疑問に思わないことを、京一は疑問に思うべきであった。
河村は雲海を突き抜けた。空気が薄いので意識が朦朧としていた。
どすん。
河村は雲の上まで飛んでいき、飛行中のジャンボジェットの底にぶつかった。全身の筋肉に骨たちが悲鳴をあげた気がした。そして、そのまま落下していった。
ああ、落ちる。ぶつかった衝撃で意識ははっきりしていた。
このまま、落ちたら死ぬかな。
でも、同じ死ぬにしても、テニスの素人である蓬莱寺京一には負けたくない。
自分は高校に入学したら、実家の寿司屋を継ぐために修行をしなければならない。テニスは中学でおしまいだ。
レギュラーは3年生になってからだ。
地区予選にも出ないでここで果てるのは嫌だ。
青学レギュラーの意地を見せてやる!
河村はラケットを握り、今だか移転を続けるテニスボールを押さえると、落下していく。
自身が200キロ以上の加速を続け、青学のテニスコートを目指し、落ちていく。
河村の身体は赤くなる。身体が燃えそうだ。
文字通り、河村はバーニングとなった。
「来たな」
京一は空を見上げていた。部員たちも京一に釣られて空を見上げる。そこへ何やら赤いものが空から落ちてきた。
それは河村であった。彼はラケットを構えていた。
「ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
河村の掛け声と共に隕石のように飛んできた。
「お前たち、身体を伏せな」
竜崎がつぶやくように言った。一年生は理解できなかった。ただ一人帽子を被った少年だけが木の陰に隠れた。
そして、落下直前に彼はサーブを打つ。落下のエネルギーを蓄えた、超バーニングサーブである。マッハ3を越えたこのサーブを京一はリターンできるか?
「俺の力を見せてやるぜぇぇぇ!!」
京一は河村の球を打ち返した。あまりの強力な威力に、コートの周りは力の風が吹き荒れた。まるで核爆発の熱風の中にいる感覚であった。一年生の3人は身体が吹き飛び、茂みの中に飛ばされた。
「届け!俺のバーニィィィ!!」
「うりゃああああああああ!!」
二人の身体は赤く輝いていた。
どぉぉぉん!!
空気が劈く音がした。一瞬、光で目がくらみ、部員たちのほとんどは眼を瞑った。竜崎と手塚は目を開いたままであった。
一年生たちが目を開くと、河村と京一はコートに立っていた。しかし、彼らは微妙だにしなかった。彼らは気絶していたのである。
竜崎はベンチから立ち上がった。
「この試合。ドローだね」
「結局、どうなったんや?」
ここは中国。京一は緋勇龍麻と劉弦月と共に修行の旅をしていた。
「あいつらはすごかったぜ。特に部長の手塚は特殊な回転をかけて、相手が打ち返した球が自分のところに戻ってくる手塚ゾーンなんてものがあるんだ。まったく大した奴らだぜ」
京一はしきりに感心している。しかし、龍麻と劉は笑っていない。あまりに荒唐無稽な話に半信半疑なのだ。
「手紙をもらったんだが、俺と最初に試合した河村ってヤツがいるんだ。全国大会では大阪代表と戦ったそうだが、そのとき相手のサーブ波動球で観客席まで吹き飛ばされたって話だ。もちろん、苦戦の末勝利したそうだがな」
「吹き飛ばされたって、球がかいな?」
「何言ってんだ?河村本人が吹き飛んだんだよ」
劉の目が細くなった。人間が吹き飛ぶほどのサーブを打つなど人間業ではないからだ。選手はもとより、観客は不信に思わなかったのだろうか?
「まあ、いいんじゃないか?」
龍麻が劉の肩をぽんと叩いた。
「死人は出てないからいいじゃないか」
終り
あとがき。
この小説は大体2時間くらいで書き上げました。
テニスの王子様と剣風帖のコラボレーションです。
なんでテニプリなんだよ!と突っ込む人も多いでしょうが、テニプリ読者なら今回のコラボに違和感を覚える人は少ないでしょう。
テニプリは前半はテニスの試合をしていますが、後半になると荒唐無稽な必殺技が多くなり、彼らは人ならざる力を持つ者ではないかと、疑ってしまいます。
時期的には京一は真神学園を卒業した後、すぐには中国に渡らず、青学に寄り道した設定です。
矢落としでテニスができると決め付ける竜崎先生はすごい人だと思います。
河村を選んだのは、純粋な力勝負を書きたかったからです。
私の強みはある日思いついたネタをこうやって一気に書くのが合っているかもしれません。
2008年2月13日