ネギま脇役列伝:新田の憂鬱

 

新田先生は憂鬱であった。

彼は学園広域生活指導員で、いつも元気いっぱいな麻帆良学園の生徒の相手をしていた。

もっとも同僚の高畑先生がいるので、そんなに苦労はしていない。彼はたった一人でいくつもの抗争、バカ騒ぎを鎮圧しているのだ。

ついたあだ名がデスメガネ。

おだやかな顔つきとは正反対である。

彼はNGO団体、悠久の風に所属し、今も世界中を飛びまわっているのだ。そのため、よく授業を休んでいるのである。

問題は彼が担任しているクラスの生徒たちだ。女子中等部二年A組である。

いつもバカ騒ぎをして騒動が絶えない。

雪平財閥の次女、雪平あやかと、同級生の神楽坂明日菜はいつも喧嘩している。小学生の頃からの付き合いでもう7年も経つ。

彼女らは互いの趣味を貶しあい、運動会でも妨害しあう犬猿の仲であった。そして、彼女らの喧嘩を周りの生徒たちが賭けをするのだから、始末に悪い。

しかもテストの成績は学年最下位だ。5人ほど赤点を取る生徒がいるので、足を引っ張られているのだ。もっとも、クラスのみんなは彼女たちを責めない。

双子の生徒らはよくいたずらをして、クラスメイトや教師たちを困らせていた。

このように2年A組は問題の絶えないクラスであった。

「お前たち、全員正座!!」

今日も新田の怒鳴り声が校舎に響いていた。

 

 

新田は真面目な性格なので、不真面目なことが許せないのだ。昔と比べると、学校という場所が変わってしまったと思う。

戦争を体験したわけではないが、新田の小学生時代は貧しいものであった。

3食、腹いっぱい食べられたわけではなかった。カレーライスには肉は入っておらず、代わりにかまぼこが入っていた。運動会でお昼のお弁当で、ゆで卵とバナナはご馳走であった。もっとも、新田だけが特別というより、当時はそれが普通であった。

学校の先生も当時は尊敬されていた。人より多く勉強し、難しい学校を卒業した先生は生徒たちや保護者の尊敬の的であった。

新田も毎日猛勉強し、バイトをしながら学費を稼ぎ、やっと大学を卒業したのである。

しかし、時代は変わった。

今の子供は好きなものを好きなだけ食べることができる。昔は祝日だと店は開いてなかったのに、24時間営業の店が増えた。子供の頃だと高級品だった紅鮭やハムが気軽に食べられるようになったのは嬉しいが、反面、子供たちの好き嫌いが激しくなるのは困りものだ。もっとも、特定の食べ物が嫌いという人もいた。

大学も合格基準が甘くなり、誰でも卒業できるようになった。しかも、目的もなく、ただ学歴に箔がつけばいいやと思う若者が多かった。

生徒は教師を馬鹿にし、教師も生徒を馬鹿にしている。

新田は尊敬されたくて教師になったのじゃない。子供たちに学問を教えるために教師になったのだ。

新田は自他とも厳しく、学園の風紀を取り締まっている。最近は給食費を払わず、催促すれば怒り出したり、教師に無理難題を押し付ける親が増えたが、そんなものは関係ない。自分は毅然と教育者として振舞うだけだ。

ただ、麻帆良学園にはそういった親は皆無で、平和なものであった。

 

 

今日も職員室で自分の机に座り、書類を見ていた。

「新田先生、ご苦労様です」

後ろから声がした。首だけ振り向くとそこには高畑先生が立っていた。手にはコーヒーカップを持っており、湯気がふわりと浮いていた。

「これでも飲んで、休んでください」

高畑は机の上にコーヒーカップを置いた。中身はブラックであった。ソーサーには砂糖とミルクが備えてあった。新田はありがたく飲むことにした。

「悪いですね。高畑くんにコーヒーを淹れてもらうなんて」

香りからしてインスタントではなく、ドリップだろう。味もインスタントと比べると格段によい。

「ところで悠久の風の活動はどうですか?」

「ええ、ぼちぼちですね。春休みになったらまた海外へ行く予定です」

高畑はもうしわけなさそうな顔であった。

「はっはっは。先生は遊びに行くわけではないから、気になさらないように」

「恐縮です」

高畑はぽりぽりと右頬を掻いた。

「そうそう。もうじき新任教師が来ます。ボクの友人なのですよ」

高畑は照れくさそうに言った。

「ほう、高畑先生の・・・。これは期待ができますな」

新任教師の話は学園長から聞いている。ただし、それが10歳の子供と聞いた時は驚いたが。

 

 

新田が廊下を歩いていると、玄関辺りで言い争う声がした。新田はこっそり覗いてみると、複数の女子生徒が二人の女子生徒に文句を言っているようだ。

言いがかりをつけられている女子生徒は2年A組の生徒、和泉亜子と神楽坂明日菜だ。和泉はおどおどと神楽坂の後ろに隠れている。

「アンタたち、生意気なんだよ。いい気になってんじゃないわよ!!」

「そうよ、そうよ!!」

リーダー格の女子生徒が文句を言うと、取り巻きの生徒たちもはやし立てた。彼女らは別のクラスの生徒だ。

2年A組は他の生徒よりズバ抜けた生徒が多い。

学年トップの超鈴音に葉加瀬聡美や、運動神経抜群の古菲に長瀬楓。財閥子女の雪平あやかに学園長の孫娘、近衛木乃香など、粒ぞろいだ。他のクラスにしては面白いわけがない。

「うるさいわね〜。和泉いくわよ」

「うっ、うん。待って〜、明日菜〜」

神楽坂は相手にせずさっさと場を去ろうとした。和泉もその後を追うが、女子生徒たちは黙っていない。神楽坂たちを逃がすまいと取り囲んだ。

「逃げるんじゃないよ!あたしらの話はまだ終わっていないんだよ!!」

「鬱陶しいわね〜。あんたたち何がいいたいわけよ・・・」

「でしゃばるなって言ってんだよ!!あんたたちが目立つせいで、あたしらが日陰に追いやられているんだよ!!」

完全な言いがかりであった。彼女らは自分たちの活躍が2年A組のせいでかすむことが気に入らないようだ。

「別に目立ちたくて目立っているわけじゃないわよ。ほんと、鬱陶しいからどいてよね」

神楽坂は輪を抜けようとする。彼女の馬鹿力はそこらの男より強い。あっという間に輪を抜けてしまった。

「さっ、行こう。もたもたしているといいんちょのヤツがヒステリーを起こすから」

「うっ、うん・・・」

二人はすたすた歩いていこうとした。

「・・・ふん。あんたなんか捨て子のクセに!!」

女子生徒たちが吐き捨てた。神楽坂は両親がいない。亡くなったそうだ。高畑が親代わりであった。今は近衛と同室で暮らしている。学費を返そうと毎朝新聞配達をがんばっているのだ。そのため、学校の成績はよくないのである。

それでも神楽坂は無視した。和泉はあたふたうろたえている。さらに女子生徒たちの言葉が矢となり襲い掛かった。

「和泉ぃ!!お前の背中の傷、気持ち悪いんだよ!!」

和泉は泣きそうな顔になった。和泉の背中には目立つ傷がある。本人は気にしているが、2年A組の生徒たちはそのことについて、言及しない。

「そのくせ色素の薄い髪の色。赤い目。お前って本当に化け物だよねぇ。あはははは!!」

女子生徒たちが悪意を含む笑い声を上げた。和泉はすでに涙目になっている。

神楽坂の手もぷるぷる震えていた。それを見た女子生徒は畳み掛けるように続ける。

「お前はなぁ、学園長の世話になってるけど、それは同情なんだよ。可哀想なお前に恩を売っているんだよぉ。可哀想なお前を育ててみんなに偉いと思われたいんだよ。勘違いしてんじゃねぇぞぉ!!」

これはいけない。生徒同士の喧嘩なら無視するところだが、こんな一方的な苛めは許せない。新田はすぐ止めに行こうとした。

「あら、明日菜さん。こんなところにいましたの?」

雪平あやかであった。右手に紙コップを持っていた。他にも数人の生徒たちがついていた。帰りが遅い神楽坂たちを迎えに来たのだろう。

「へへっ、えっへっへ。これはこれは、雪平財閥のお嬢様。本日もよい日和で・・・」

急に女子生徒の態度が軟化した。もみ手をしている。彼女らは自分たちより上の人間には逆らわない。格下の相手には威張り散らしているのだ。

「この暴力女に、背中に傷の女に注意をしていたのですよ。こいつらはお嬢様の足を引っ張るクズでしてねぇ、本当、こいつらがいるだけでクラスの士気が下がりますねぇ。えっへっへ」

見苦しいほど、媚を売っている。後ろの2年A組の生徒たちは憤慨しているが、雪平は冷静なままであった。上品な笑みを浮かべつつ、彼女に近づく。

「明日菜さんが暴力女で、和泉さんが傷女ですか。そうですか」

「そうですよ、そうですよ。えっへっへ・・・」

ばしゃ。

雪平は手にした紙コップの中身を女子生徒の頭にかけた。アイスコーヒーだったようで、女子生徒の髪の毛に氷がついていた。

「・・・え?」

女子生徒は呆然としていた。他の生徒たちも呆気に取られていた。

「うちのクラスには問題児は多いです。みんな、個性が強すぎて委員長であるわたくしは一苦労ですわ。ですが・・・」

びしっと、雪平は女子生徒の顔に指を突き刺す。

「クラスメイトを中傷する人間は一人もおりませんことよ!!」

それを合図に2年A組の生徒たちが沸く。

「そうだそうだ!明日菜は暴力を振るうけど、いいんちょの喧嘩以外使わないよ!!」

「亜子の傷は好きでつけたんじゃない。自分も中傷されたら傷つくでしょう!?」

「しかも、いいんちょに媚を売るんだから始末に悪いね!!」

椎名桜子(しいな・さくらこ)

柿崎美沙(かきざき・みさ)

釘宮円(くぎみや・まどか)

まほらチアリーディングの3人が吼える。大河内アキラと明石裕奈が和泉を庇う。大河内は普段は無口だが、怒ると一番怖い生徒だ。和泉を罵倒した生徒をにらみつける。

「お前らぁ!!ふざけた真似しやがってぇ!!許さないぞぉォォ!!」

女子生徒は本性を表すと、他の生徒たちに指示し、戦闘体制をとらせる。2年A組も臨戦態勢だ。

「こらぁ、お前たち、なにをやっとるかぁ!!」

ここで新田の登場だ。

「えっへっへ・・・。あたしたちは全く悪くないんだよ。悪いのは2のAで、あたしたちは全然・・・」

「なら、この場にいる生徒たち全員正座だ!!」

生徒たちから「え〜」という声が上がった。

「そんな!!悪いのはあいつらなのに、なんであたしたちまで・・・」

女子生徒が反論する。だが新田はそれを許さなかった。

「お前たちが神楽坂や和泉の悪口を言っただろう。ちゃんと聞いていたぞ!とにかく全員正座!!」

 

 

正座は一時間ほど続いた。2年A組の生徒たちはいつものことなのでおとなしくしていたが、他のクラスの生徒たちは互いを罵り合っていた。お前が悪い、いやお前が悪いと。

神楽坂たちはうんざりそうにしていた。

そうだ。2年A組は確かに問題の多いクラスだ。

だがその分彼女たちの絆は深い。

互いが互いを思いやる生徒たちだ。

テストの成績がよければすばらしい人間だろうか?そうは思わない。

彼女らのように仲間を想う人間は少なくなっている。だからこそ、教師達は彼女らを守らなければいけないと思う。

教育に流行は関係ない。子供たちを正しい道に導くのが使命なのだ。

新田はそう思った。

 

 

おまけ

 

「あいも変わらず馬鹿揃いだな・・・」

金髪で人形みたいな少女が声をかけた。彼女も2年A組の生徒『エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル』だ。アタナシアとキティは略してAKと呼んでいる。

彼女の隣には絡繰茶々丸という生徒が立っていた。緑色の長髪に、耳には変わった飾りをつけた少女だ。たまに足の裏からジェット噴射を出し、空を飛ぶこともある。

「そういえば、マクダウェル。前々から思っていたのだが、君とはもう十数年くらい女子中等部で授業を受けている気がするのだが・・・」

新田は長年この学園で教師をしているが、エヴァンジェリンのような生徒は初めてだ。彼女が中学生なのはわかるが、学年がなんだったのかわからなくなるのだ。

「気のせいだろう」

彼女はキッパリ言い切った。

どこかしら歳に似合わず高貴な感じがするのだが、それも気のせいだろう。

 

終り

 

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あとがき

 

ネギま脇役列伝いかがだったでしょうか?

今回は魔法とはまったく関係ない新田先生を主役に書いてみました。もうネギまファンに悪意があるとしか思えない選択です。

このネタは昔から温存しておりましたが、今回やっと果たせました。

実はココネの話を書いた後、葛葉刀子の話を書こうと思ったのですが、全然筆が進まず、諦めてしまったわけです。

この話はネギまらしくないと思いますがご愛嬌。

 

2008年3月15日