こんにちは藍さん

 

原作:東京魔人学園外法帖。今井秋芳。

 

出演。

 

緋勇龍斗:藤原竜也。

美里藍:仲間由紀恵。

藍の父:渡哲也。

藍の母:松阪慶子。

乳母:菅井きん

 

青い空。雲ひとつないすっきりした空の下を緋勇龍斗と美里藍がふたり仲良く歩いていた。

龍斗の両手は風呂敷包みの荷物で塞がれていた。

「龍斗、重くない?」

龍斗は首を横に振り、そんなことはないと言った。すると藍は口元に手を当ててくすっと笑う。

「でも助かったわ。ひとりじゃ持ちきれないから困っていたの」

「ははは。今日は京梧と雄慶は時諏佐先生の用事でいないからね」

龍斗と藍は内藤新宿を歩く。途中には馬を連れた商人に、籠に野菜を載せて売り歩くもの、5人ほど鬼ごっこで遊ぶ子供たちとすれ違った。

やがてふたりは人通りの少ない路地に回る。そしてある屋敷に辿り着いた。ふたりは門をくぐると藍がただいま戻りましたと声をかける。ここは藍の家であった。

江戸時代の医者は武士未満庶民以上という不思議な待遇で名字帯刀が許されている。この時代、医者はなろうと思えば誰でもなれた。もっとも評判の悪い医者は廃れるものだ。

美里家の門には人が行列を作っている。処方薬を取りに来たのだろう。美里家が名医の証拠だ。

藍と龍斗は座敷に上がる。庭は石畳に池には猪脅しがあった。木もきちんと形が整っており、家主の心境がわかる庭だ。部屋に入るとひとりの老人が薬剤を薬研で粉末にしていた。

「お父様。藍、ただいま戻りました」

老人は手を休めない。しばらく無言のまま作業を続ける。そして作業が終わるとやっと藍に顔を向けた。

「お客様か?」

むすっとした表情で言った。藍は父親の無愛想はいつものことなので気にしていない。笑みを絶やしていない。

「はい。緋勇龍斗さんです。いつもお話している」

藍の父親は正座し、龍斗に頭を下げた。

「藍の父、美里天膳(みさと・てんぜん)と申します。娘が、いつも世話になっています」

そして龍斗も正座し、頭を下げる。

「いえ。こちらこそ藍さんにお世話になっております」

そこへひとりの女性が現れた。50代の上品そうな女性であった。

「お母様。ただいま戻りました」

「あらまあ、藍さんおかえりなさい。あら、あなたはお客様ね?私は藍の母親、由衣(ゆい)と申します。

今、お茶を用意しますのでお待ちください。藍さん、あなたも手伝ってくださいな」

「はい」

そういって藍は由衣と一緒に座敷を出て行った。部屋に残るのは龍斗と天膳のふたりだけであった。

天膳は煙管に火をつけた。そしてふぅっと噴出す。静かな空気が流れていた。静寂を破ることに躊躇しそうな雰囲気であった。

やがて龍斗が口に出そうとしたが、天膳が先に制した。

「あなたが言いたいことはわかります」

再び煙管を吹かす。そして煙を吐き出した。

「私と家内、ふたりとも藍に似ていないとね」

龍斗は内心驚いた。そして目を丸くする。ふたりは端整な顔立ちだ。しかし、藍に似ていないのである。

「あれは、十数年前に拾った子供です・・・」

 

 

天膳と由衣、女中の老婆卯月と一緒に夜の道を歩いていた。等々力渓谷の近くで由衣は長い間療養のために留守にしていた。彼女は石女(うまずめ)であった。石女とは子供が産めない女性のことだ。この時代、女性は子供を産むのが当たり前であった。もっとも現代でも子供を産めない女性は敬遠される。由衣は月のものがまったくこないのだ。子供が産まれるわけがない。

ふたりは大の仲良しだが子供を産めない女はいづれ美里家を追い出されるだろう。そう考えると二人は鬱であった。女中の卯月は二人の味方だが所詮は使用人なので強くは言えなかった。

3人が歩いていると、茂みの中から何かが飛び出した。卯月は二人の前に立ち、両手を広げ、護ろうとした。歳は取っているが、忠誠心は高かった。

それは女性であった。粗末な着物を着ている、貧相な女性であった。その顔は半分焼け爛れていた。着物も焦げ目がついており、肉の焼ける匂いで息が詰まりそうだった。

天膳はすぐに彼女を介抱しようとした。しかし、女性は奇声をあげる。彼女の両腕には白い布にくるまれた赤ちゃんを抱いていた。玉のような赤ちゃんであった。

「あお、藍様、藍様を・・・」

「しっかりなさい!今、手当てをするから動かないで」

だが女性は藍様とオウムのように繰り返す。赤ちゃんの名前は藍というのだろう。女性は天膳の着物の裾を力強く握り、呻いた。由衣は赤ちゃんを抱きかかえるとこう言った。

「この子は私が責任を持って育てます。だから安心してください」

すると女性は涙を流し、そのまま糸の切れた人形のように倒れた。その表情は先ほどまで苦悶に歪んでいたのだが、今は菩薩様のように穏やかなものになっていた。

この女性は迫り来る死に恐怖していたわけではない。赤ちゃん、藍の行く末を心配して死ぬに死ねなかったのだ。それほどまでにこの女性にとって藍は大切な存在だったことがわかった。

「卯月。この子は私が産んだ子供です。わかりましたね?」

由衣は卯月に念を押すように言った。卯月は首を縦に何度も振った。

「もちろんでございます。奥様。藍様は奥様がおなかを痛めて産んだ子供でございます」

由衣はにっこりと笑った。抱かれた赤ちゃん、藍も釣られて笑う。

「こんばんは藍さん。私が母親ですよ」

 

 

「そんなことがあったのですか」

一通りの話を聞き、龍斗は驚いた。

「あの後、等々力渓谷で調べてわかったことだが、あそこには九角家の屋敷があり、当主が徳川幕府に逆らったためにお家取り潰しになったと聞く。藍は九角の遺児かもしれないな。もっとも私には関係のない話だが」

天膳は再び煙管を吹かす。

「あと藍の力だが、あの子は切支丹の力と信じているようだが、私は違うと思っている」

藍の力は治癒の力のことだ。彼女は切支丹の妖術だと思って使っている」

「それはなぜですか?」

「家内も切支丹だが、あんな力を使うものは観たことがない。そもそもあれの力は家内がある日傷ついた猫を治癒の力で癒したのを見た。そして、その力は人に見られてはいけない力といったのだ」

「それはそうでしょうね。いまだ切支丹狩りは続いていますから」

この間、小石川診療所の患者が、切支丹屋敷に連れて行かれ、拷問されていたことを思い出した。こちらは特別な例だ。

藍は自分の力が神様からもらった力だと信じている。だからこそ、母親が信仰している切支丹の力と思い込むことで力を使っているのだ。人間は思い込みで幽霊が見えたり、怪我をしていないのに目が見えなくなったり、足が動かなくなったりするのだ。

「藍は心優しい子だ。困っている人間を見捨てることはできない。力は私と家内の見ている前でなら使っていいと教えている。今はあなたたち仲間の前で使っているようだ」

天膳は煙管を置いた。

「私たち夫妻はあれと血が繋がっていない。血は繋がっていないが心は繋がっていると信じている。藍が道を誤らぬよう見守っていてくれないか」

天膳は深々と頭を下げた。それを龍斗が制す。

「頭を上げてください。あなたが頭を下げる必要はありません」

天膳はゆっくりと頭を上げる。

「藍さんは私が、いえ、私たちが護ります。藍さんは私たちの大切な仲間ですから」

「ありがとう」

そういって天膳はまた頭を下げた。

「時間がかかりましたが、お茶が入りましたよ」

藍と由衣が部屋に入ってきた。両手はお茶を乗せた盆を持っている。

「あらお父様。どうなさったの?」

頭を下げている父親を見て、藍は首をかしげる。天膳は頭を上げ、立ち上がった。

「なんでもない。それでは緋勇さん。お茶をいただこうではないか」

天膳はにっこりと笑った。

庭の外では猪脅しがカコーンと音を立てていた。そして藍の親子の談笑が続いた。

 

終り


戻る

トップに戻る

 

あとがき。

 

外法帖小説は鬼道忍法帖を最後に約4年ぶりです。短編物だと約7年ぶりです。

冒頭のイメージ俳優は私の趣味です。

2004年血風録が発売され、ファンブックのネタ集めに誰が魔人キャラを演じてほしいかという企画がありました。

当時私は深作欣二監督のバトルロワイアルの俳優に影響されてました

私のイメージは龍斗が藤原龍也で、京梧は安藤政信。雄慶は山本太郎で、藍は前田亜紀。小鈴が前田愛です。亜紀と愛は姉妹です。愛が姉ですけどね。今回は仲間由紀恵のほうがいいなと思いました。

ちなみにタイトルは梓みちよさんが歌う『こんにちは赤ちゃん』から取りました。

 

2009年2月14日