みなしご真那

 

「よっしゃあ〜、終わったでぇ〜!!」

龍泉寺に元気な声がこだまする。声をあげたのは真那という少女であった。彼女は大川の橋の下で暮らしている無宿人の少女だ。以前は盗みをして生計を立てていたが、龍閃組と関わるようになってからは盗みをやめた。

彼女は龍泉寺の拭き掃除を終えたのである。

「おお、よくできたねぇ」

寺の主、時諏佐百合が来た。彼女は床に指を当てる。そしてすぅっと引いた。指には何も付いてない。ピカピカに拭かれていた。

「あいかわらずいい仕事をしているねぇ。これはお駄賃だ」

そういって百合は南瓜をひとつ差し出した。内藤新宿で取れた内藤南瓜だ。西洋南瓜は甘くてホクホクしているが、内藤南瓜はねっとりとしており、煮物に適している。

「こいつは前に料理したからわかるだろう。真由ちゃんと一緒に食べるといい」

「おおきに!!みんなと一緒に喰うわ!!」

そういって真那は南瓜を手に、寺を出て行ったのであった。

 

 

「最近、先生は真那殿に仕事を教えているようですな」

その日の晩、龍泉寺に寝泊りしている男衆、蓬莱寺京梧と醍醐雄慶は百合と一緒に夕餉を取っていた。おかずは納豆と、練馬大根入りの味噌汁であった。

「そうそう、おかげで俺たちは楽できるけどな」

「お前は楽しすぎだ。毎日毎日飽きもせず蕎麦を食い、吉原に通う。真那殿の爪の垢を飲ませてやりたいな」

「なんだと生臭坊主。吉原はともかく、蕎麦は関係ないだろう!!」

「他にも食べるものはあるだろうが。ひとつのものに偏執するのは視野が狭すぎる。もう少し世の中を広く見ることだな」

「表に出ろクソ坊主!!てめぇの説教ばかり口にする頭を瓜のように叩ききってやるぜ!!」

「面白い。拙僧もただでは切られんぞ。お主の曲がりくねった性根をぴんと引き伸ばしてやろう」

がたん!!

おわんを叩きつける大きな音がした。音は百合が出した。

「ふたりとも今は食事中だよ。おとなしくしてないと・・・」

ぎろり。

ふたりは蛇ににらまれた蛙状態であった。大人しくなる京梧と雄慶。

「そういや真那に仕事を教えていると言ってたっけ」

京梧は話をそらそうとして先ほどの話題を口にした。

「ああ、真那はね、近々秋月家の養女に入る予定なのさ。もちろん真由も一緒だよ」

秋月。未来を予知する一族である。秋月の当主、秋月真琴は以前俳諧師霞梅月と名乗っていた。彼はとある事情で名前を変え、江戸に住んでいた。龍閃組と真那と関わるようになった。

「ほう、それはいいことですね」

「いいことなんだが、真那が承知しないのさ」

雄慶が感心していると、百合は首を横に振った。

真那は今までひとりで真由の面倒を見ていた。道に落ちている小銭を拾い集め、いつの日か長屋で暮らすことを望んでいた。自分ひとりならずっと無宿人たちと暮らしているだろうが、真由がいる。彼女のために綺麗な家に住ませてやりたい。それが真那の願いであった。

ところが秋月家の申し出は真那にとって今までの自分のしたことを無にしてしまうようで怖いのだ。今までひとりで真由の面倒を見てきた真那にとってささやかなプライドに固執しているのである。

「とりあえず真那を働かせているのさ。盗みを続けたらいつか捕まっちまう。10両越えたら打ち首になっちまうからね」

江戸時代では10両以上盗めば打ち首になる。かの鼠小僧次郎吉は3000両以上盗んだために市中引き回しの上、獄門となった。百合は真那の盗み癖を治すためにわざわざ働かせて対価を得ることを教えているのである。

「寺の掃除に草むしりをしたら野菜をあげている。かまどの灰を掃除させて、その灰を灰屋に売って得た銭は真那にあげているのさ。もちろん、野菜の料理の仕方も教えているよ」

ちなみに江戸時代の灰は灰買人が灰を集め、灰屋に売るのである。

主に農家や造り酒屋、和紙製造に染め物屋が買い取っていた。

灰の主成分は炭酸カリウムで、水に溶けると強いアルカリ性になる。苛性ソーダと炭酸ソーダの代用品に使われていたのだ。

農家は土壌の改良や肥料にした。造り酒屋ではすっぱくならないよう酸の調整をするのである。

「うむ。ますます感心ですな」

しきりに感心している雄慶を横に、京梧はふて腐れていた。

「ただひとつ問題があるのさ」

百合がぼそりとつぶやいた。

 

 

「真由〜。ただいま〜」

大川の橋の下、ボロで作られた小屋のひとつが真那の家だ。

「あ、お姉ちゃん。おかえりなさい」

中には妹の真由がボロ布団に包まって寝ていた。彼女は心臓が弱い。近頃は美里藍の治癒の力と、梅月の言霊を宿した札のお陰で楽になっている。

「真由!今日はかぼちゃをもらったんや!!さっそく煮物にして食わせたるさかいな!!」

そういって真那は小屋の中に置いてあるボロ鍋を取り出すと、川から水を汲みに行った。

「よぉ真那ちゃん」

無宿人の老人が声をかけた。

「やぁ真那ちゃん」

「真那ちゃん」

「真那ちゃん、飯の仕度かい?」

真那は大勢の無宿人たちに囲まれた。みんな真那に笑顔を向けている。彼らは真那の家族なのだ。血のつながりはなくとも、心は繋がっているのだ。

「そうや。今日はかぼちゃもろうたんや。これ煮物にしてみんなで喰お!!」

真那は屈託のない笑みを浮かべた。すると無宿人たちの表情が曇った。

「なんや?みんなかぼちゃが嫌いなんか?」

「いや、そうじゃないが・・・」

「ああ、それを酒の肴にしようじゃないか。混じり物だが結構集まってきたしな」

真那はくえすちょんマークを頭に浮かべたが、真由が待っているので料理の仕度を始めるのであった。

 

 

「真那はね。大川に住む無宿人たちを離れたくないのさ」

百合がため息混じりに言う。

「前にあたしが真那の家に行ったとき、無宿人たちに頼まれたのさ。なんとか真那たちをここから連れ出してくれないかとね」

「あいつらを?ふたりを家族だっていってたのに、薄情な連中だな」

京梧は外にツバを吐いた。無宿人たちが不人情だと罵っているのだ。

「家族だからさ」

百合がきっぱりと言った。

「自分たちはもうもとの生活には戻れない。無宿人の生活にどっぷり肩まで漬かっているからね。だけど、真那たちは違う。まだ普通の生活に戻れる。

そりゃあ、真那たちがいなくなったら寂しいと思っている。あの子達の笑顔があるから日々の辛いことも我慢できる。だけど、自分たちの都合でせっかくやってきた宝船に乗り遅れて欲しくない。だからなんとかして大川から連れ出してほしいと頼まれているのさ」

「うむ・・・。難しいですな・・・」

雄慶は難しい顔になった。真那と無宿人たちはかけがえのない家族である。

彼らは自分たちの欲で真那たちを追い出したいわけではない。むしろ彼女らのためを思ってのことだ。

「それなら簡単だぜ。要は真那が大川に住むわけにはいかなくすればいいんだろう?」

京梧が言った。

「もちろん、後腐れはないぜ。こいつが一番だと思うがね」

京梧のアイディアはいったいなんなのか?それは次へのお楽しみに。

 

 

「真由〜。今日は泥鰌をたくさんもらったで〜。一緒に食べよ〜」

真那が泥鰌を入れた魚籠を持って、真由のいる小屋へ戻ってきた。

「おお、真那。随分遅かったねぇ」

そこには寝たきりの真由はいなかった。代わりに百合が座っていたのだ。手元には割れた茶碗にお茶が入っていた。無宿人の一人が淹れてくれたのだろう。

「真由はここにはいないよ。真由は龍泉寺へ連れて行った。藍が来たときには熱がひどくてね。清潔な場所で治療したいから連れて行ったんだよ」

それを聞いた真那はへなへなと座り込んだ。

「よかった〜。真由に何かあったら、うち生きていけへん」

「その通りさ。今回はたまたま藍が来たから良かったものの、下手すれば真由はどうなっていたかわからない。これを機会にここを出るべきだね。真由が安心して暮らせるところへ住ませるべきだ」

それを聞いた真那はピンときた。前から霞梅月の家に養女になれと言われていたからだ。元々真那は長屋を借りるために金を溜めていた。無宿人でも金さえあればなんとかできるのである。

ところが梅月の申し出は今までの自分のしてきた努力を無駄にしてしまうものであった。

真那は百合の目を見る。彼女の目は真っ直ぐ自分を見据えている。真那を子供ではなく、一人前の人間として見ているのだ。

やがて小屋の外が騒がしくなった。小屋の周りには無宿人たちが集まっていた。

「真那ちゃん。俺たちのことを気にしているならお門違いだぜ。俺たちはむしろ真那ちゃんが心配なのさ」

「儂たちは無宿人だ。農村にも住めない、江戸ですら迫害を受ける。すさんだ毎日だった」

「それでも心が豊だったのは真那ちゃんたちの笑顔だ。それがあるからおでたちはめげずにがんばれた」

「だからこそ真那ちゃんたちには俺たちの世界から足を洗ってほしいんだ。俺たちのわがままでいつまでもここにいちゃいけない」

真那は涙があふれ出た。家族に拒絶されたからではない。彼らが自分たちをどれだけ想っていたのか改めて理解したのである。

「真那。秋月家の養女になっても彼らには会える。彼らの気持ちも考えてみるんだね」

真那は涙を拭くと、無宿人たちを見た。そして。

 

 

睦月。旧暦で一月を意味する。柳生宗嵩との戦いが終わり、ひと段落していた。

「そういや真那は梅月んとこの家に養女になったんだよな」

「ああ、真由殿も毎日医者にかかれて、健康を取り戻しつつある。よいことだ」

京梧と雄慶は龍泉寺の縁側でだべっていた。京梧はしばらく経ったら旅に出る。雄慶は円空とともに高野山に帰る予定だ。龍泉寺も来年の卯月(4月)を目処に解体され、巨大な寺子屋を造るとのことだ。百合はその準備に大忙しである。

「しかし昨年真由殿の体に異変が起きたときは肝が冷えたぞ。お主、いったい何をしたのだ?」

「なぁに。真由ちゃんをくすぐらせてやったのさ。あの子は沈みがちだ。少しでも笑わせてやりたかったのさ。そのせいで肺に息が詰まって死に掛けたけどな。美里がいなかったら本当に死んじまうところだった」

京梧はさすがに悪いと思っていたのか、うなだれていた。雄慶も呆れかえっていた。

「にゃるほど。そうやったんか」

突然どこからともなく声がした。どこだろう。庭か、それとも部屋の中か?二人はあたりを見回した。

「ここや、ここ」

声は屋根の上から聴こえてきた。京梧が庭を飛び出すと屋根の上に真那が猫のように座っていたのだ。以前のボロとは違い、綺麗な着物を着ているが、どうも似合わない。隣には猫が数匹集まっていた。相変わらず動物とは仲良しである。

「話は聞いたで。よくも真由をいじめたな〜、天誅をくだしちゃる!!」

真那は口笛を吹くと、大空から巨大な鳥が飛んできた。そして京梧をわしづかみにすると、そのまま飛んでいってしまった。

「神の使いや!!真由の受けた苦しみ、存分味わえ!!」

「因果応報だな」

真那と雄慶は神の使いである鳥に捕まったまま飛んでいく京梧を見送っていた。そして京梧はそれっきり姿を見せなくなったのである。

 

終り

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真那の話です。淡白すぎますね。こいつは確か5日前に半分書いて、今日完成させました。

ひさしぶりの外法帖小説は書いていて楽しいです。

最初に書いた魔人小説は外法帖だったから尚楽しいです。