『アン子さん事件ですよ』

 

真神新聞で掲載されなかった没記事。

 

1999年1月某日。遠野京子は某暗殺組織のトップと銀座にある料亭で対談が始まった。

午後1時。暗殺組織のトップ、仮名で館長と呼ぶことにする。館長と他に4人の男性が部屋に入ってきた。男たちは部屋の四方に陣取り、正座した。まるでお地蔵さんのように固まったように見えた。

館長は座布団の上にあぐらをかいた。容姿は素人の私でも只者ではないことがわかる。一種の風格というか、オーラと呼ぼうか。物静かな仕草に内側からは陽炎みたいなものがゆらゆらとゆれているように思えた。

眼もにらみつけているというより、ただ澄んだ眼をしていた。その眼を見るとブラックホールのように吸い込まれそうなそんな錯覚を覚えた。

――本日は忙しいところをすみません。

「いや、構わない。仕事もひと段落したからね。いい気分晴らしだと思っているよ」

――ところで本日はインタヴューに答えてもらいますがどこまで掲載してよろしいですか?

「固有名詞は勘弁してもらいたい。個人情報も勘弁してもらいたい。それ以外なら掲載してもかまわない」

――それでは質問です。なぜあなたは暗殺組織を作ろうと思ったのですか?

「この世には悪が多すぎる。悪人が甘い汁を吸い、善人が踏みつけにされる世界を変えたかった。私自身幼少時からそういった悪を見て育ったからね」

――具体的に悪人はどうやって屠るのですか?

「基本的に社会的抹殺だ。悪人のために泣き寝入りしただけならまだしも、一家心中まで追いつめられたものもいる。そんな彼らのために安直な死より、生き地獄を味あわせる必要がある。殺人はあくまで最終手段に過ぎない。悪人といえど個人でできることはたかが知れている。組織を潰すには組織を動かすシステム、歯車を止めればいい。

スキャンダルを暴いて失脚してくれるなら無駄な血を流さずにすむというものだ。

もっとも愛するものを殺され、すぐにでも犯人を処刑したいと依頼人が希望すればそちらを優先する。」

――報酬はどのように使っているのですか?

「基本的に組織の運営費だよ。あとはビジネスと、カウンセラー育成に金を注いでいる」

――ビジネスはわかりますが、カウンセラーとは?

「依頼人の中では心を病んでいる人もいる。悪によって人生を狂わされた人も大勢いるのだ。そんな人たちを私が経営する自然豊な土地で作られた工場とかで働いてもらう。過去を知る人がいない場所でね。そして時々カウンセラーに診療してもらう。依頼人を救うのもうちの仕事だよ。もちろん、依頼の裏は取る。騙されたことは過去で3回しかない。

暗殺者たちの報酬は生活費程度だ。これには理由があるのだが聞かないでほしい。時期がたてば正当な報酬を彼らに与えているのだよ」

――昨年、元建設大臣が暗殺された件ですが、あれをどう思いますか?

「あれは副館長の独断だ。刃物の傷を拳銃の流れ弾に変えるなど言語道断だ。

たぶん、組織の影響力を知らしめたかったのだろう。わが組織はこれほどまでに強大なのだぞと。普段なら事故死か病死に見せかける」

そのとき館長は箸を手に取った。そして、それをふすまに目掛けて投げた。目には追えない早さだった。

絶叫が響き渡った。男たちがふすまを開くと廊下に男がひとり倒れていた。箸は男の両目に突き刺さっていた。手には拳銃を持っていた。

「副館長派の刺客だな。白昼堂々拳銃をぶら下げるとは、よほど追いつめられたとみえる」

――あの、副館長派とはいったい・・・。

「副館長は私が仕事で出張している間に留守番している人間だ。本来、気は弱く、私の組織を乗っ取るというより、甘い汁を吸って自分の老後の生活費を工面している男だ。私が留守の間誰かにそそのかされたらしい。暗殺組の一部が副館長派についていた。これはある仕事を遂行するための布石だったが、済んだことなので言及しないでおく。ちなみに副館長は・・・」

――いえ、聞きたくないです。聞いたら深みにはまりそうですから。

館長が命じると男たちは暗殺者を引きずっていった。男は大声を張り上げたのに、従業員はひとりもやってこない。

「この店は私の兄弟子が経営しているのだよ。組織のものが従業員として働いている。多少の揉め事では動じないよ」

――はぁ・・・。ところでさっきの人はどうなるのでしょうか?

「知らないほうがいい。しいて言うなら彼の手の指は数本折られることになるだろうな」

――それでは最後にこれからも正義の暗殺を続けられるのですね。

「君は私のことを正義の味方と思っているようだが、それは違う。正義の名を挙げているが、私たちのやっていることは紛れもない悪だ。正義のためにあるべき命を散らす。人間としてあるまじき行為だ。

今はまだしも、いつの日か私たちが殺したものたちの家族や親友が私を殺しに来るかもしれない。それは自業自得、因果応報なのだ。それでも私は立ち止まることなど許されない。私を慕うものたちのためにも私は前に進むことしか許されないのだ。

私は結婚していない。子供はほしいとは思わない。血塗られた両手で精一杯命の光を照らす赤ん坊を触ることなど許されないからだ」

 

こうしてインタヴューは終わった。

正義の暗殺組織。その頂点に立つ男の対話は私に大きな影響を与えた。

館長。彼は暗殺という負の部分を受け持つ男だ。だからといって嫌な感じはしなかった。むしろ、聖人君主に近かった。

この記事を読んでいる悪人よ。自重せよ。

館長の目は千里眼だ。立小便とかゴミをポイ捨てするとか細かい悪事も見逃さないぞ。

 

 

「…で、これがなんで没なんだ?」

真神学園新聞部部室。京一が立ったまま新聞を読んでいた。アン子は椅子に座っていた。

「学校側に許可を求めたら、だめだって言われたわ。あいつら左翼なのよ!!都合の悪い情報は隠蔽しないと気がすまないだわ!!自分たちの地位が大切なんだわ!!せっかく緋勇君の紹介で取材できたのに!!」

アン子はおかんむりであった。しかし、京一は思う。

(つーか、学校新聞で扱うネタじゃねぇだろ。地位より命のほうが大切だろう)

「あー、もう腹立つ!!鳴瀧さんみたいな人を紹介できないなんて、今の教育現場はどうかしているわ!!」

京一の心の突っ込みも無視してアン子は吼えた。

その頃校舎の裏では3人の男たちが地面に倒れていた。手にはナイフだの持っている。どちらも顔つきは普通じゃない。闇世界の住人だ。倒れた原因はわかっている。彼らは細身の少年によって倒されたのだ。彼は素手だった。

「やれやれ・・・。遠野さんの身柄を捕獲すれば館長に対して人質に取れると思っただろうね。だから取材など受けないほうがいいといったのに・・・」

倒れた男が呻いた。少年は天高く足を上げると、一気に男の頭部を踏みつけた。

「とはいえ、散り散りになった副館長派たちをおびき寄せることができた。館長はそれを見越してのことだったね」

宅配便のトラックがやってきた。運転席からふたりの男たちが降りてきて、倒れた3人をトラックの中に運んだ。手錠をつけて身柄を拘束した。彼らは館長派の人間で都合の悪いものを持ち去るのが仕事なのだ。

少年は走り去るトラックを眺めていた。

「さて、卒業までに何人副館長派の暗殺者たちを捕まえることができるかな?」

細身の少年、壬生紅葉はうんざりとも嬉しそうな顔で沈む夕日を眺めていた。

 

終り

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その日に書いた作品です。

知られざる拳武館の実情を書いたドキュメントタッチで書きました。アン子は作中でも拳武館の取材をすると言ってましたから、実現したらどうなるか、想像しながら書きました。

2009年3月8日