東京魔人学園外法帖
大宇宙党結成秘話
弁天堂で武流は花火を作っていた。赤色の花火だけでなく、青や黄色の花火を作ろうとしていた。毎日工房にこもり、思考錯誤していた。
「へへへ、よし、これで…」
武流は紙に包まれた火薬をさらさらと筒に入れた。
どどぉぉん。
工房が吹っ飛んだ。
「な、なんだ、なんだ?」
「武流だ、また武流の仕業だな!」
弁天堂の花火職人たちが駆け寄ってきた。幸い衝撃のみで火は上がらなかった。
「ううん、いてててて。また、失敗したのか…」
ごす!!
初老の男が武流の頭を叩いた。弁天堂の親方である。
「まったくおまえってやつは何度工房を吹き飛ばしやがって、飽きないもんだ。おい、命があってめっけもんだが、工房の片付けはおまえがするんだぞ。いいな」
宵の口、武流は吹っ飛んだ木片を片付けていた。そこへ一人の女性が彼の後ろにやってきた。彼女はこの弁天堂の娘で、名を美弥と言った。
「武流、ほら夜食だよ、食べな。そして早く片付けるんだ」
「あ、お嬢さん。あ、ありがとうございます。ああ、梅茶漬けですね。ふぅふぅ」
「まったく、これで何度目だい?ひぃふぅみぃ、数え切れないね。そのくせこりずにまた花火を作ってる。かわりもんだよあんた」
「へ、へぇあっしはこれしか能がないんで、親方に拾ってもらった恩もありますから」
「工房を何度もふっ飛ばして恩返しもないでしょう?まあお父さんは気にしてないからいいけどね」
武流は一晩かけて後片付けを終えた。そしてまた火薬の調合を始めた。
こんこん、戸を叩く音がした。武流は戸を開けると男が一人立っていた。
「よう、武流。昨日またふっ飛ばしたってな。聞こえてるぜこの界隈じゃあ知らないやつはいないぜ」
髪の毛をぴんぴんにはりねずみのように立たせ、念仏のような文字が書かれた着物を着ていた。飛脚である。名は十郎太と言った。
「なんだ、十郎太か。悪い噂は一晩で百里走ると言ったところだね」
「ははは、それでまた実験の繰り返しか。懲りないなお前は。普段は気が弱いくせにな」
はははははと笑い声が響いた。彼らは友人同士である。彼らは町の蕎麦屋で知り合ったのである。他に女の子もいるが、彼女は今茶屋で働いていた。
武流は生まれ故郷を知らなかった。というより忘れてしまったのである。
彼は両親が病気で亡くなったのを気に、江戸へ向かった。
しかし、世の中は甘くない。それはわかっていたはずなのに、なぜか行かずにはいられなかったのである。彼は浮浪者と同じように橋の下でゴザに包まれねっころがっていたのを、弁当堂の親方に拾われ、現在に至る。
「それより俺は仕事が忙しいからもう帰るぜ。そうだ、瓦版を買ったからやるよ、面白い事が書いてあるぜ」
そういって十郎太は武流に瓦版を差し出すと、そのまま仕事へ戻った。
瓦版にはこう書いてあった。
『大宇宙党またしても悪徳商人から千両奪い、傘張り長屋の病人に分け与えた』
と記してあった。それを見た武流はふぅっとため息を付き、腰を下ろした。そこへ娘がやってきた。お盆には渋茶と饅頭が乗っていた。
「なにため息ついてるんだい?おや?その瓦版義賊大宇宙党のことが書いてあるね。あたしの知り合いの子が病気だったんだけど、大宇宙党の小判のおかげで峠を越したって言うからありがたいねぇ。ちまたじゃ、江戸を騒がす鬼の一味とも言うけど真相は闇の中だって言うからね。おや?武流どうしたんだい?顔色が優れないけど?」
「いえ、なんでもありません。おや饅頭ですか。これは今井屋のですね。あそこは餡がうまいですから」
そう言って武流は饅頭を食べた。もしゃもしゃと。その横に娘が座った。
「ねぇ武流。あんた、あたしのこと好きかい?」
ぶはぁ!!武流は饅頭を吐いた。けほけほとむせた。
「あはは、冗談だよ冗談。でもねお父さんがいつも聞くのさ。武流のことどうだって。あたしは好きでも嫌いでもないっていったよ。でもね、お父さんたらあいつとならお前をくれても良いって言ってんだ。あはは、照れちゃうね」
武流はぷるぷる振るえていた。
「おや?照れてるのかい?だから冗談だって言ってんだろ?でもあたしはまんざらでもないんだ。お前となら…」
「できません」
「だから、冗談だって言ってんだろう?間に受けるんじゃ…」
「僕にはお嬢さんにそんなことを言われる資格がないんです!!僕は最低な男なんです!!」
そういうと武流は工房を飛び出した。あっけにとられる。
「なんだってんだ、最低?工房をふっ飛ばすくらいどうってことないのに。変なの」
王子稲荷で武流は参拝していた。パンパンと柏手を打った。
「ああ、僕はどうしたらいいんだ。幕府にたてつきながら生きていくなんて無理なんだ。ああ、どうしてこうなったんだろ?どうしてあんなことしたんだろう」
武流は大宇宙党結成の時を思い出した。
あれは茶屋で団子を食べていた時、茶運び娘の花音に会った時であった。
はじめ、僕と同じとろい人種だなと思ったな、としかね。
そしてその夜、親方の使いで茶屋の横を通りすぎた時だ、たぁーとか、とぉーとかの叫び声が聞こえてきたのだ。
武流は恐る恐る茂みを越えてみると、一人の少女が丸太相手に刀とも違う西洋の剣を振りまわしていた。妙な衣装を身にまとっていた。桃色で仮面を付けてる。
なんであんなことをしているんだろう?武流は恐る恐るもっと近づいてみると、ぽきりと枝を踏んでしまった。
「誰!」
見つかった!!逃げよう!!そう思ったが腰が抜けて動けない。早く逃げないと!!
「あら?今日茶屋で団子食べてた男じゃない、なにしてんの?」
え?茶屋?なんでそんなこと知っているんだ?あわあわと声にならない。
「ふふふ、今日会ったでしょう?あんたにお茶運んだ」
お茶?運んだ?そういえばとろそうな娘が運んでいたが。
「ふふふ、それはあたしよ。あたしは花音。あんたは?」
「え?ぼ、僕は武流、武流です。それにしても驚きました。昼間はとろそうだったのに、夜はすごいんですね」
「ふふふ、とろそうはよけいよ。あんたもあたしと同じ人種だと見受けしたわ。そうだわあんたもあたしの仲間になりなさい、これは命令よ」
「はあ?」
武流はなにやなんだかわからなかった。
「今、飛脚の十郎太と一緒で義賊をやることにしたの。衣装の事は心配しないで、知り合いに用意させるから」
「ふぅ、まさか、その知り合いがうちによく出入りする支奴さんだったとは、世の中広い様で狭いものだな」
あれからというもの武流は義族大宇宙党の紅影として活躍することになった。
悪徳勘定奉行や商人たちから、不正金を奪って、貧しい人に分け与えた。
瓦版で自分たちを褒め称えているかと思うと、武流は嬉しかった。
なにより自分が仮面を付けただけでああも変われるとは思っていなかった。
花音もそうだといっていた。はじめに持ちかけて来たのは飛脚の十郎太であった。
彼は南蛮かぶれで会話に時折えいごなるものを混ぜながら話す事が多かった。
飛脚をやっているだけあって、彼は足が速く(飛脚は長い距離を走るため、途中で水分を取りながら走るので、基本的はマラソンと一緒。短距離走のように俊発的に走るのとは分けが違う)性格も極めて短絡的だった。
もっともはじめは十郎太も支奴に衣装をもらっただけで、あとはどう使おうが十郎太の勝手であった。
十郎太は正義の味方に憧れていた。かつてねずみ小僧は貧しい人々に小判をばら撒いたと言うし、(実際はほとんど博打に注ぎ込んでおり、残りをばらまいたのが正しいのである)
彼もそういった絵草紙に恋焦がれていたからである。
彼はまず仲間を集めようとした。もちろん、泥棒をやるから協力しろなどとは言えなかった。当たり前ではあるが。
花音を仲間にしたのは偶然であった。十郎太は森で飛び道具を投げて練習していた。それを彼女に見られたのである。ここのところは武流と一緒である。
彼女曰く森の木が痛い、痛いと泣くからやってきたのである。彼女は植物の言葉がわかり、植物も彼女の頼みを聞いてくれるのだという。
「おら、やってみるだよ。どろぼぉはいけねぇけども、悪いやつならええべ」
と説得し、彼女を仲間に引き込んだ。
実際彼女は仮面を付けると人が変わるタイプだった。
こうして武流を加え、義賊大宇宙党が結成されたのである。支奴も三人分の衣装を用意してくれたのだ。
「だけど、悪い事は悪いんだよなァ。もし幕府にばれたら、引き回しの上獄門だよ。ああ、どうしよう」
武流が両国の道を歩いているとどんと誰かにぶつかった。
「いてぇぞ、なにやってんだ、このやろう」
ぶつかったのは同じ花火職人で、柄の悪い性質の持ち主であった。容姿は破落戸(ごろつき)にしか見えない。三人程いて、武流を囲んでいる。
「ん?てめぇは弁天堂の武流だな?調度いい、てめぇに焼きを入れてやる」
「え、ええ!?あ、あの、ぶつかったことはあやまります。で、でも、どうして焼きを入れられるのですか?」
武流はかわいそうに子ウサギの様にちぢくまっていた。
「なんでだとう?そいつはな、俺たちが気にくわねェンだよ」
「そうだ、そうだ。おまえら弁天堂が出なければ俺たちの花火だけ上がるんだよ。そうすれば金が儲かるんだ。俺たちの取り分取られたらたまったもんじゃねぇんだよ」
「御上はなんでも弁天堂に期待かけているって聞くぞ?てめぇが珍しい花火を打ち上げようと努力したのがいいってな」
「ぼ、僕はただ珍しい花火を、う、打ち上げたいだけです」
「それが気にくわねェンだよ!!」
ばあん!!と武流の後ろにある柱を殴った。ぱらぱらと埃が落ちる。
「そんなことされてみろ、俺たちにも努力しろと言われてんだよ。ふざけやがって、なんでそんな面倒なことしなくちゃならねぇんだ。俺たちに余計な仕事増やすんじゃねェよ、いいか?今度でしゃばった真似してみろ?てめぇはおろか、弁天堂がどうなるかわかってるんだろうな?」
「は、はいぃぃぃ!!」
「ひゃはははは、声が裏返ってるぜ、ひゃはははは」
「そうだな、おもしれェや、おい武流、もう一度やれ、面白いからよ」
「ほれほれ、早くやれよ。痛い目見るぜ?」
「は、はいぃぃぃ!!」
「ひゃはははは、声が裏返ってるぜ、ひゃはははは」
「そうだな、おもしれぇや、おい武流、もう一度やれ、面白いからよ」
「ほれほれ、早くやれよ。痛い目見るぜ?」
武流は泣いてしまいたかった。通行人たちが通るたびにくすくす笑っていった。
でも、泣くわけにはいかなかった。泣けば弁天堂の看板に傷がつくからだ。自分一人馬鹿にされれば良いんだ、それでいいんだと、武流は自分に言い聞かせた。
「おい、てめぇなに黙ってんだよ。もう一回面白い声上げろよ、こぉら!!」
花火職人の一人が近くに落ちていた切れ端を、武流に振り下げようとした。しかし、
がす!!
「ぎぇぇぇぇ!?」
「あん?誰が悲鳴上げろといった?誰が…」
ぼこぉ!!
「ぐへぇ!!」
「な、なんだお前等!!」
武流がちらりと見るとそこには、数人の男が立っていた。
一人は坊主でもうひとりは剣士であった。助けてくれたのは、無手の人らしかった。
「へへへ、てめぇら、一人を数人でいたぶるのはどういうわけかい?」
剣士が爪楊枝を咥えながら、鞘を花火職人の顔に突き出した。
「て、てめぇら、こいつは、お、俺たちの問題なんだ、他人に口出しされたくないよな、なあ?」
にやにや笑いながら、仲間に同意を促せた。
「武流もな、そうだろ?な!!」
「は、は…」
声を上げようとしたら、無手の人が口をふさいでしまった。
そして彼はこう耳元に囁いた。
「男だったら自分の意思を貫け。簡単に人に同意するな」
「確かに我々には関係ない事だが…、その少年に加勢するのも我々の勝手というわけだ」
坊主が言った。山ほどの体格のある坊主だった。
「はああああ!!!!」
びりびりびり、坊主が喝を入れた。人はおろか周りの建物も振るえていた。
「く、くそぅ覚えてろォ!!」
「ま、まってくれぇ!!」
「べぇーだ、お前のかアちゃんでべそー!!」
すると無手の少年が近くに落ちていたしゃくを拾うと、ひょいと花火職人たちに投げつけた。
かん、かん、かかん!!
「がぎ!!」
「ぐげ!!」
「ごご!!」
しゃくは三人の頭に当たり、どてどてと倒れた。
「ち、ちくしょぉぉぉ!!わぁぁぁん!!」
泣きながら走り去っていった。
「へへへ、お前平気か?大丈夫か?」
剣士が手を差し伸べた。
「あ、ありがとうございます、あの、その…」
上手く言葉にならない。武流はその場を逃げ出した。
「あ、おい!!」
関わり合うとあの人たちに迷惑がかかる、武流はそう思いながら、弁天堂へ一直線に走っていった。
だが、武流は知らなかった。のちに彼らが美弥を助け、弁天堂に来る事を。
彼は大宇宙党の衣装を焚き火にくべている時、考えも及ばなかったのである。
終わり。
あとがき
今回は大宇宙党結成秘話みたいな話にしました。
しかし、まとまってないな。反省、反省。
外法帖は剣風帖のように生活臭がありませんが、わたしのように想像して書く事もできます。
しかし、大宇宙党は意外でした。彼らの先祖が出るとは思いも寄りませんでした。
こういう意外な面が外法帖の楽しみ方なんです。ではまた。
平成14年2月11日 午後11時42分 江保場狂壱