与助吉原物語

 

「てぇへんだ〜てぇへんだ〜!」

今日も今日とて岡っ引の与助の叫び声が江戸の町に響き渡った。

「いて」

こけた。

周りの町人がくすくす笑った。

「まったく、情けないぞ与助」

声をかけたのは上司である、火付盗賊改め方同心の御厨惣洲であった。彼は腐り気味の同心と違い、毎日きっちり働いていた。与助はそんな御厨に惚れ、岡っ引になったのである。

彼は元々ヤクザであった。もちろん下っ端である。

彼はよく半丁賭博に凝っており、よく無け無しの銭を集めてはすっからかんになっていた。

弱いくせに博打にはまり、よく自分より弱い人間からたかっていたのである。

彼が御厨に会ったのは破落戸に殴られ、痛めつけられていたところを御厨に救われたのである。

岡っ引はもともと過去に罪状があるものがほとんどであった。

だから与助は御厨と違い、名字がないのである。十手も御厨と違い、手製である。

罪状深いものほど優秀な岡っ引だと言われているが、そういう性質のものが多いため、よく町人や商人によたり、たかりが多かったといわれている。

もっとも与助にはその心配はなかったが。

 

さて与助はこのところ吉原に足を通わせていた。

「御厨さん、与助のやつは何をあんなに嬉しそうにしているのかしら?」

彼は御厨の上司、与力の榊茂保衛門であった。榊は歌舞伎の女形のような男でいつも自分の容姿を気にしており、部下である御厨にも日頃から身だしなみは整える様に口をすっぱくしている。しかし、仕事は真面目で優秀なので人望は厚い。

「そういえばそうですね。与助も真面目になったというところですか」

「あ〜ら、あの手はそう簡単に真面目にはならないわ。どうせ女性がらみね」

「そういわれればそうですね。この間も吉原で知り合いの女性に猛烈に当たっていたし、この間は浅草寺の見世物小屋で件の魚女に惚れた始末。惚れるだけならいいのですが…」

「そうね、なんか問題を起こさなければいいのだけれど。それよりもこの人相書きをばらまいてちょうだい。こいつは殺しの下手人で……」

御厨たちの悪い予感は当たっていたのだ。知らぬは与助ただひとり。

 

与助はこの頃ある遊女に惚れていた。

間屋(はざまや)の遊女で名を夢と言った。

彼女はかむろとして働いており、まだ座敷に上がれる身ではなかった。

「おーゆーめーちゃーん」

与助は底抜けの笑みを浮かべた。

夢は今洗濯をしていたのである。

「あら、与助さん。今日は八丁堀の旦那とは一緒ではないの?」

「へへへ、よしてくれ。いくらおいらでも四六時中おやびんと一緒じゃたまらねぇよ。

今日はお夢ちゃんに贈り物があるのだ」

そういって与助は懐から紙包みを夢に差し出した。

紙包みを開いてみると中身は三味線の糸であった。

「あら、うれしいわ。調度練習用の三味線、音の調子が悪かったの。ありがとう与助さん」

「へへへ、いいってことよ」

与助は内側から溢れる笑みを抑えず、にたにた笑っていた。

「でも不思議ね。与助さんだったら贈り物は食べ物かと思っていたけど、三味線の糸をもらえるなんて」

「へへへ、そいつをいわれるとつらいぜ」

心の中で以前、化け物寺に住みこんでいる、剣士に少しだけ感謝した。

「与助さん喜んで。あたしいよいよ座敷に上げてもらえることになったの」

「ほほう、そいつはすごいな。いつ上がるんだい?」

「7日後よ」

「よぉし、7日後か。なんとしていでも行くからね。お夢ちゃん」

「うれしいわ。でも、ごめんなさん。先客がいるの」

夢は申し訳なさそうにいった。がくっと、くずれる与助。

「あはは、いいってことよ。あはは……」

「……」

「与助、こんなところで油を売っていたのか!?早く見回りに戻るぞ!」

いつのまにやら御厨が立っていた。かなりいらいらしているようだ。

与助はぺこぺこ夢に頭を下げながら別れた。御厨は夢に広場で殺しの下手人の人相書きを貼ったから後で見るように言った。

さて、この日も見回りに時間を費やしていた。

長屋を中心に火種を探して歩きつづけた。夕食の仕度をしている女性に火には気をつける様にと注意したりもした。

特に江戸だけでなく、火事というのは恐ろしいものである。家を焼き払い、多くの命を奪うのだから。

過去に振袖火事やお七火事で多くの家屋が燃えたというから、御厨たち火盗改めの責任は重大であった。特に吉原も火事にあい、たくさんの遊女が死んだのだ。

与助は毎日毎日同じ場所を見て回る事に苦痛を感じてはいなかった。

彼は自分の仕事に誇りを持っていた。自分が江戸の町を護っているという自覚があった。

さて歩きつづけて少し一休みしようと近くの茶屋に寄った。

内藤新宿で団子がうまい店であった。

「娘、茶と団子を二人前頼む」

「へぇ〜い」

目が前髪に隠れている茶運び娘で花音といった。むろん御厨たちとも知り合いである。

「ようおはな、元気か?」

「へぇ、おかげさまで〜、最近は花たちも元気だ〜」

「そうか。最近はとかく物騒だからな。この間女衒の男が殺されたり、吉原には遊女の幽霊が出たりしてな。与助お前最近ひいきの遊女がいるそうだが、その女は大丈夫だろうな?」

「だ、大丈夫って、お夢は生きていますよ。もうぴんぴんに」

「うむ、それならいいのだがな。あまり不可思議な事件は龍閃寺の者に任せたいが、同心の俺がこんなことをいうのは不謹慎だな」

あっはっはと笑った。

「だんなさま〜、おら最近聞いたども、だんなさまもひいきのお人がいると聞いただよ〜。え〜っと名前は確かおりんとか……」

ぶはぁ、御厨は茶を吹き出した。

「げほ、げほ。お、おはな、冗談は言うでないぞ?」

「うふふ〜、わかっただよ〜」

花音は普段はとろくてにぶいんだが、時折するどい言葉を投げかける時がある。

与助はその様子を笑って見ていた。

「ほう?これはこれは御厨どのではございませぬか。こんな茶屋で一服とは結構なご身分で」

三人組の男がやってきた。立派な羽織りに脇差を差していた。御厨と同じ火付盗賊改め方である。

彼らは御厨を嫌っていた。彼らはいつもさぼり、仕事は主に岡っ引にまかせ、手柄はすべて自分のものにしつづけていた。茶屋では同心の肩書きを盾に代金をごまかしたり、吉原で遊女をくどいたりとしていた。

むろん、御厨はそんな真似などせず、真面目に働いていた。

彼は町人に人望が厚く、慕われていた。彼らはそんな御厨が気に食わないのである。

長官に進言したくとも真面目にやっているものを罰することなどできず、それに与力の榊が気を廻してくれるおかげである。

町人が自分たちを尊敬しない。彼らはいらいらしていた。

「ふ、そういう貴殿たちこそ今までどこにいたのですかな?ほんのり酒の匂いがしますが、吉原にでも足を運んだのでは?」

御厨も負けてはいない。与助はその様子をはらはらしながら見守っていた。

「く、ふ、ふん!!そういう貴様もよく吉原に足を運ぶではないか。ひいきの遊女がおるのだろう、そこの目明しもよく見るがこやつはよいのか?」

「ほう、与助。ここのところ毎日真面目に見回りに行くと思っていたが、吉原に行っておったか。そういえば今日も行っていたな?」

「おやび〜ん、それは誤解ですよ。今日はたまたまですよ、たまたま。そう毎日行っているわけじゃあないんですよ〜」

「まあいい。さて見回りに戻るとしよう。では諸君らも」

御厨は代金を置くとそのまま去っていった。同心三人組は腰抜けだと大声で笑った。

彼は無駄な争いが嫌いなのだ。言いたい奴にはいわせておけばよいと思っている。

与助は少し不満だったが、気を取り直して見回りを続けた。

「そういえばさっき同心の中に、若手だが出世を遂げた者がいたな」

「え、そうなんすか?」

「ああ、確か親の跡目を継いだとか……、名は確か丁助と言ったな。お前も少しは偉くなって嫁さんをもらったほうがいいぞ?」

御厨はあははははと笑った。

与助もつられて笑った。

 

「おや?与助ではないか。八丁堀の旦那はどうしたんだい?」

次の日、与助はまた吉原に来ていた。もっとも今日は仕事でなく、買い物などを頼まれ駄賃をもらうためであった。

岡っ引は無給である。たまに岡っ引以外の仕事をして稼ぐ必要があった。もっとも御厨が雇っているから飯代はもらっているが、酒代を稼ぐため副業であった。

「しかし、普通の岡っ引はたかりだ、なんだで食べているが、さすが御厨の旦那、しつけがきちんとなってるねェ」

「あっはっは、お燐さんそりゃああんまりだ。まるでおいらを犬みたいな言い方ではないすか」

「ああ、悪かったね。犬ではなくて腰巾着だ。うっかりすればそこがやぶれて物が落ちてしまう、な」

今与助と話をしているのは、吉原の花魁で名前はお燐。

気風のよい姉御肌でよく若い遊女の相談役である。

彼女は花魁だけあって色々な情報に詳しいのだ。豪商や幕臣などが主な客である。

もっとも彼女にはいやな客を断わることができる。気に入らないやつには金を積まれても跳ねっ返す。そんな女性である。

彼女は御厨に感謝していた。彼は怠け者の同心に比べ、真面目だし、頭もよく回る。

「だから、一辺座敷に上がって欲しいが、うんとは言わない。与助なのかいい知恵はないかい?」

「そうすねぇ、おやびんは見ての通り真面目一徹石頭、天地が裂けても勤務中に酒など飲みやせんからねぇ。あっしならいつでもよござんすよ?」

「おまえはお呼びでないよ。それにあんたにゃもっと別な娘がいるだろ?間屋のお夢」

「ええ、なんでお燐姐さんがそんなことを!?」

「あたしゃ、吉原の花魁だよ?いやでもここの噂話は耳に来るのさ。まあ、愚痴の聞き相手としてよく聞かされるのが本当だがね。でも与助、お夢はやめたほうがいいよ。それはおまえさんのためさ」

「へ?そりゃあどういうこって?」

「お夢にはね他に男がいるのさ。しかも相手は御厨の旦那と同じ同心よ。身分なのかお前さんの比ではないよ」

「へ、へへへ……、お、男は位ではなく中身よ。江戸っ子は気風のよさと喧嘩っ早いのが売りよ、へへへ……」

笑みを浮かべているが、顔中油汗が流れていた。足もかくかく震えている。

それを見たお燐はあわれっぽく話を続けた。

「その同心がね、今度お夢を落札するのさ。お夢も喜んでいたよ。今度初めて座敷に上がるのだけどすぐ吉原を出ることになっているのだ。悪い事は言わない、お夢のことは忘れちまいな。いい女は吉原だけじゃあない、他にもいるからね」

与助は何も聞いていなかった。もう魂が抜けてしまったかのようにふらふらであった。

帰りにお燐はお夢を落札する同心の名前を丁助と言ったが、与助は聞いていなかった。

与助は日も沈んでも昼間のように明るい吉原の通りを歩いていた。

いや歩いていたと言うよりふらふらとぼうふらの様にさまよっていた。

お夢ちゃん、所詮おいらは岡っ引、同心なんかにゃかないやしない。

それならおいらは横目でお夢ちゃんの幸せを見てやろう。お夢ちゃんお幸せに……。

「火付だ!捕まえてくれ!!」

突然誰かが叫ぶ声がした。与助はまだぼーっとしていた。人ごみの中脱兎の如く走ってきた男にぶつかり、こけた。

「いてててて、なんだよ一体……。ひつけ、火付だと?火付かぁ!!ゆるさねェおいらがふんづかまえてやる、どこだ、どこに行った!!」

与助はやっと現実に戻ってきたが、時すでに遅し。下手人は逃げてしまった後であった。

「まったく情けないぞ。ぼーっとしているからだ」

半刻後、御厨がやってきた。彼は火付があった場所を調べていた。場所はなんと。

「与助、この見世はお前がひいきにしていた遊女のいるところだな」

「へ、へぇ。あっしも驚きやした。お夢ちゃんのいる見世だったとは……。大丈夫でしたかい?」

「なんとかな、ぼやで済んでよかったよ。ちょうどそこに同心が通りかかってな。ほれ昨日茶屋で揉めた連中の一人にいただろう。若手の同心が」

「丁助でしたね。まったく忌々しいや。あの野郎偶然火付を発見したからって遊女たちが感謝しているんですぜ・たまりやせんや」

「あっはっは、そう腐るな。さて検分を早く済ませてしまおう。与助、お前は周囲の聞き込みだ」

与助は聞きこみに行った。しかし、目撃者はいなかった。往来の真ん中を走ったのにもかかわらず、皆遊びに夢中でそんな男など気にしていなかったのである。

丁助にいたっても頭から頭巾をかぶっていたからわからなかったと言う始末。八方塞であった。

与助はへとへとになり、どかっと路上に座りこんだ。そして新造を呼び、水をもらって飲んだ。乾き切った喉が潤う。汗が引っ込むまで座っていようと思ったとき、後ろから声がした。

「おやおや、息抜きかい?精がでるねぇ」

お燐であった。今はひまなのであろう。

「早く捕まえておくれよ?火付がうろうろしていたんじゃ、あたしら心配でしょうがないよ。火事になっても吉原大門は女を一切出しやしないからね。炎が肌をあぶろうとも男以外は絶対出してくれないんだ」

「へぇ、わかっていやす。おやびんも必死になって探していますが、どうも犯行を目撃した奴がいなくて……」

「丁助が最初に見つけたのだろう?あいつは言わなかったのかい?」

「へぇ、なんでも頭を頭巾ですっぽり隠していたから見ていないと……、なんで知ってるんでやんすか?」

「あたしは花魁だよ。吉原の良いも悪いもみんな知ってるさ。しかし、偶然てのは恐ろしいねェ。お夢がいる見世に火が付くとは……。これで丁助のお株が上がったも同然だね」

「丁助が?そりゃあどういうこって」

与助は不思議そうに聞いた。

「お前さん聞いてなかっただろう。お夢を落札するのが同心の丁助って言ったの忘れていただろう。少しは落ち着きがあればブサイクでももてるんだがねェ」

やれやれとお燐は首を振った。

 

翌朝検分が終わった御厨は軽い仮眠を取っていた。

与助は朝飯を食べていた。

そこへ榊がやってきた。

「あら、与助、朝食を食べているのね。御厨さんは?」

「へぇ、おやびんは少し寝ていやす。帰って来たのが朝六っ刻でしたから」

「まあ、いいわ。少し休ませてあげなさい。ところで与助この男を知らないかしら?」

そう言って榊が差し出したのは何日前かに張り出された殺しの下手人の人相書きであった。

「誰ですか、こいつは?」

「このブサイク男はね、とある田舎で娘をさらった後親二人を刺し殺した罪人よ。名前は米蔵と言うんだけど、名前負けしてるわね。

もとはそこの村に住んでいたんだけど、村八分なもんだから、みんなに嫌われていたのよ。それが女衒になって娘を売って歩くようになってから羽振りがよくなってね。自分がもといた村へ舞い戻り、娘たちを甘言で惑わし証文を書かせ娘を二足三文で売り続けたの」

「なるほど、見れば見るほどブサイクですね。おいらの方が一枚上でやんすが」

「あんたと変わらないわよ。ところがある家族だけががんとして売らないのよ。どんなに甘い言葉をかけても脅してもね。それに腹を立てた女衒がむりやり娘をさらい、親を刺し殺して江戸に言ったのよ。そして娘を吉原に売ったの。でも人攫いはともかく殺しの現場を村人に見られてね。それで江戸にいることがわかったからこうやってお触書を書いたの、わかる?」

「へぇ、とんだ大悪党ですねぇ。見れば見るほど腹が立ってきやす。おや?」

「どうかしたの?」

「いえ、ちょいと。昨日あっしが吉原でぶつかった男によく似ているなァとおもいやしてね」

「なんだと、それでそいつの容姿はどんなんだった!!」

いきなり御厨が目を覚まして与助に詰め寄った。御厨は事件のことになるとすぐ目が覚める体質なのだ。

「え〜とたしか頭巾をかぶってやした。顔をはっきり見たわけじゃあありませんが、こいつの口元のほくろや顎鬚、この人相書きと同じなんですよ。それに体格もここに書かれているように腹が出ているずんぐりむっくりでしたし、たぶん」

「そうか。榊さんもしかしたら昨日の火付はこいつの仕業かもしれません。すぐお触書に火付の事も加えさせて下さい」

「ええ、わかったわ。じゃあふたりとも早く見回りに行きなさい」

 

「しかし、米蔵のやつめ、殺しの下手人がわざわざ人気の多い吉原に放火するとはどういうことだ?」

「きっといらいらしていたに違いありませんぜ。人間不安になると鬱憤晴らしがやりたくなるもんです」

「だとしたらゆるせんことだ。殺しだけでも重罪なのにさらに火付とは見下げ果てた奴。一刻も早く捕まえなくては」

その日も御厨と与助は見回りと聞きこみに1日を費やした。

しかし、一向に手がかりがない。こうしている間に米蔵は次の犯行をこしたんたんと狙っているのではないだろうか?

この日も成果がなかった。もう夕六つ刻である。ちょうど吉原の前を通ったので与助は間屋によって見た。

「おや、与助じゃないかい。今日も元気にお勤めしとったかい?」

声をかけたのはお燐であった。

「聞いたかい?今日昼頃お夢が襲われたそうだよ」

「な、なんだってぇぇ!?どこのどいつだその不貞やろうは!?」

「まあまあ、落ち着きなよ。襲われたといっても辻斬りや物取りの類じゃない、もっと性質の悪い奴さ。金も払わず吉原で夜鷹や船饅頭の真似をしようとしたから男衆も黙っちゃいないよ。もっとも逃げちまったけどね」

夜鷹や船饅頭は遊女より格下である。ゴザを持って男を誘い橋の下でしたり、川に船を出して思いを遂げたりするのである。無論銭は安かった。

「ふぅ、安心したぜ。お夢ちゃんはこれから幸せになってもらわなきゃあ、困るんだ。しかし、どこのどいつだ?お夢ちゃんをかどわかそうとした奴は?」

「そういやその男頭巾をかぶっていたね。あたしもその現場を見たんだよ。顔は隠れていたがありゃあ、体つきはだめだね。ずんぐりむっくりぶよぶよの肥満体さ。背も低かったからさぞかし女にはもてないだろうよ」

ずんぐりむっくり?もしかしたら?

与助は米蔵の人相書きをお燐に差し出した。

「ほう、こいつがねぇ。男衆に言っておくよ。こいつが来たら番頭へ引っ張り出す様にね」

与助はお燐と別れるとそのままお夢の見世へ向かった。

しかし、そこには先客がいた。お夢は同心の丁助と抱き合っていたのである。

そしてふたりは甘い言葉を投げかけながら、将来の約束を誓い合っていたのだ。

自分は負けた。完璧に負けた。もう未練はなかった。諦めて二人の幸せを改めて祈った。

切支丹ではないが、神頼みをせずにはいられなかったのである。

 

朝八つ刻、今日はお夢が座敷に初めて上がる日であった。しかし、与助の心の中は透間風が吹いていた。何をやってもやる気がしなかった。

しかし、事件は待ってはくれなかった。与助は御厨に連れられてとある長屋に来ていた。

たれこみがあり、米蔵がこの長屋に潜伏しているとの情報であった。

御厨は与助と供に米蔵の長屋に近づいていった。

下手に大勢だと行く前に感づかれ、すぐ逃げられてしまうからだ。

無論榊には長屋の周りを岡っ引たちに囲ませる様頼んである。

さて戸を開けると中は四畳半で釜戸と蒲団があるだけである。

あとはとっくりが無造作に散らばっていた。住人の話によれば米蔵はよく女を売っては酒を買って飲んでいたという。金は天下の回りものと言うが、この場合悪銭身につかずが正しいのである。

さて御厨は何かないかと探し始めた。そこに同心の丁助がやってきたのである。

彼はたまたま通りかかったというが、御厨は気にしていなかった。与助と三人で部屋を捜索したところ、与助が水瓶から妙なものを発見した。

それは小判で全部で三枚。こんな貧乏長屋の住人にしては大金であった。

なぜこんなところに小判が?御厨は思った。住人に聞いてみると米蔵は大金が入ればしばらく水瓶に沈めて隠しているとのことだ。むろんすぐ羽が生えた様に消えていくが。

住人の話はまだ続く。このところ米蔵は女を売った話を聞かないとのことだ。大抵売る前に自分が味見するためである。そして一晩楽しんだ後吉原に売るのだが、その時の金をすぐ酒に変えてしまうのだと言う。もし米蔵が女を売ったらすぐ金など消える、小判が三枚も残すなんて考えにくいと付け加えた。それに米蔵はここしばらく酒を買っていないとの事である。

「しかし、親分。なんでまた米蔵はああもしつこくお夢ちゃんを追うんでしょうかねェ

?

「なんだ与助、聞いていなかったのか?まあ、俺も今日榊さんに聞いたから知らなかったが、米蔵が殺しまで発展させ、売った娘が夢なんだ」

ええ!?与助はいきなり大声を上げた。耳がキーンと鳴り、御厨は耳を抑えた。

「どどど、どういうことなんすか!?」

「ああ、夢は米蔵にさらわれたのさ。もともと夢は少し家が裕福だった、だから親も娘を売る必要がなかった。米蔵は腹が立った、弱みを突け込んで娘を買い続けたからな。

頭に来た米蔵は破落戸を雇って親を殺し夢をさらったのだ。

もっとも夢自身は殺しの現場を見ていない。夢が親の死を知ったのは売られてから1週間後だった。たまたま故郷の男が遊びに来て教えたんだ。

それで米蔵の犯行がわかった、雇われた破落戸はすぐ捕まってな」

「ええっと、それでどういうことなんですかい?」

「逆恨みだよ。今まで女衒で稼いでいたんだ、しかし殺しの容疑がかかった。奉行所も女衒には興味なかったのに、さすがに殺しは見逃せない様だ。

米蔵はもう追い詰められたネズミなんだ、ご用提灯に追いかけられ、前のように売りに出せない。吉原にも入れない。

それに夢はもうじき丁助に落札される、吉原を出る事になるんだ。もし吉原に出たら吉原の苦汁は

2度と味わわない、苦しまない。

丁助に手を出さないのはさすがに同心だからだ。つまり米蔵は卑劣にも弱い夢をいじめる、いや殺そうとして憂さを晴らそうとしているのだ。自分が蒔いた種とは言え、あきれ果ててものもいえん」

「な、なな、た、てぇへんだ〜!!早く、早く夢ちゃんに知らせないと!!」

与助がおたおたしている間に丁助はすぐさま走り出した。顔を真っ赤にしていた、おそらく夢の身を案じているのだろう。長屋の住人から米蔵はつい半刻前に出かけたと言う。しかも何か包んだものを持っていたからさぁ大変。

御厨親分と与助は果たして間に合うのでしょうか

?無事米蔵の暴走を止められるのでしょうか?

 

夕六つ刻、吉原の通にも遊びに来た男たちで溢れていた。

ちょいと恰幅のよい商人は馴染みの遊女に会いに行き、かみさんの尻にひかれたうっぷん晴らす。神が真っ白な老人は夜の寂しさから遊女の膝枕で心を癒す。そんなものもいた。

むろん、大勢で楽しみに来るものもいた。わいわいと大声で叫び暴れたりもする。

喧嘩が起きれば男衆が制裁する。基本的に吉原の事は吉原で解決するのだが、御厨は毎日火附けの見まわりに来る。そしてそれとなく男衆に教えるのだ。彼はでしゃばった真似は絶対しない。手柄を得るために働いているわけでもないのだ。

さて御厨と与助は急いで米蔵を探した。しかし、なかなか見つからない。丁助はもう来ているはずだが、まだ会っていない。

夢のいる見世にいるかもしれんと、駆け寄るが、吉原はもう遊びに来た男たちの川と化している。

しかも、上流に向かって泳ぐのは至難の業。与助は川を上る魚の気持ちを知った。

さてさて、間屋にやっとのこと辿り着いた御厨、与助はそこで丁助と夢が二人であるのを発見した。幸い怪我などはしていない。一安心だ。

しかし、人ごみの中いきなり飛び掛った男がいた。それを米蔵と認識したのは丁助が米蔵を取り押さえた時であった。

「親分、間違いありません。この間、ぶつかった男にまちがいありやせん!!」

米蔵は哀れ男衆にとっ捕まってしまった。頭巾を剥ぎ取ると人相書きのように醜い男であった。歳は三十路だろう。髪の毛もひげももじゃもじゃ生やし、唇は厚かった。目はぎょろぎょろとしており不快感が沸いた。体つきもぶよぶよと腹が出ており、文字通りずんぐりむっくりであった。

「夢ちゃん大丈夫だったかい?心配したぜ」

「ありがとう与助さん。あたしも驚いたわ。丁助さんがあたしを落札して外に出ようとしたら、いきなりこの男が突っ込んで来たの」

「夢、こやつはお前親を殺した仇だぞ?どうするこいつを殺すか?」

御厨は訊ねた。明治維新後は廃止されたが、当時は仇討ちというものがあり、家族が殺されたらその敵を討ってもいいと言う事である。

「あ、あたしはいいです。どうせ仇をとってもおとっつあんは帰ってやきません。だから親分さんが番所に連れてってくださって結構です」

「それはむりだ。同心の俺でも吉原の罪人は吉原が決める。男衆は簀巻きにして大川に流すというからそれでよかろう、おや?丁助なにをする。何?夢の仇討ちだ?今の話を聞いていなかったのか?おい、やめろ」

丁助がいきなり脇差を抜き米蔵に振り上げた。

米蔵はばっさり斬られ、死んだ。道に米蔵の身体から吹き出る血で真っ赤になった。顔は恐ろしい形相で、白目を剥き、口からとろとろ血の混じった泡が垂れた。

丁助は刀を何度も刺した。嫌な音を立て、その度に米蔵の血が飛び散った。罪人め、罪人め。夢の苦しみはこんなものではないぞと、お経のように叫びながら米蔵を刺し続けた。御厨と男衆が丁助を取り押さえるまで丁助は刺し続けた。まるで針のむしろのようにだ。米蔵はとっくの昔に絶命していた。身体中穴だらけで道を歩いていたり、見世の中から通りの様子を見ていた遊女はぎゃっと気絶した。

丁助の両手は米蔵の血で真っ赤であった。羽織りもべとべとと血がこびりついた。その有り様はまさに悪鬼羅刹であった。修羅であった。

夢は与助の背中に隠れていた。じっと様子を伺っていたが、あまりの出来事に恐ろしくなった。

丁助の顔は常人のそれではなかった。血に飢えた獣のように夢を見た。視線がねっとりと蛇のとぐろのように蒔き付いた感じがした。

口についた血をぺろりと舐め、その味を楽しんでいた。丁助は夢に近づいていった。ゆったりゆったりと歩み寄った、押しつぶされるような圧迫感を与助は感じた。

与助の様に鈍い男でも今の丁助は尋常ではない。あきらかに丁助は夢を狙っている。そして米蔵にしたようなことを夢にも試そうとしているのだ。丁助の心の中は殺人の感触に酔っていた、米蔵だけでもこんなに楽しいのだから、女を殺すのはどれだけ楽しいだろう。心は踊っていた。

丁助の二つの瞳は与助と夢を捕らえていた。しかし、実際は夢以外写っていた。殺したい、殺したい。沸きあがる殺意を抑える事ができなかった、あの殺戮の衝撃をもう一度味合わなければ気が済まなかった。今この刀を夢に振りたかった、与助など問題ではない。

見たところ弱そうな奴だ、しかも腰が引けている。典型的な臆病者だ。

前菜に殺してやる、頭からたたっ斬ってやろうか、肩からばっさり斬ってやろうか。子供の頃、どのおかしを選ぼうか迷っていた感じと同じであった。わくわくしていた、同心になってからこんな気持ちはひさしぶりだった。

もうどうにでもなれ、火附盗賊改めなんか糞くらえだ。

みんな俺をばかにしやがって、俺が同心になったのは親のこねじゃない、実力だ。

それを無能な親父どもめ、表で俺を褒め称えるが裏でなんて言ってるのか知らないと思ってやがる。岡っ引どももそうだ。俺を親分だ若旦那だと言っているが影でこそこそばかにしているんだろう、わかってるんだよ、俺が知らないと思っていい気になるなよ。

しかし、米蔵を見かけたのは本当に偶然だった。お触書が広がる前のことだった。

女衒であることしか知らなかった。だからあいつを捕まえて手柄にしてやろうと思った。住処を見つけて奴が娘を売ったらふん捕まえようと思った。

ある日、吉原でかむろの夢と出会った。ひとめぼれであった。

夢は自分に好意を持ってくれた。彼はよく会いに言っていた。同僚に誘われたフリをして、偶然を装った。

彼女は美しかった。花魁のお燐のような艶やかさはなかったが、内側から女の魅力が溢れていた。なんとしてでも彼女を手に入れたかった。

幸い金はある。なんとか夢を落札できる、夢にこの話を持ちかけたら快く承知してくれた。

それからというもの毎日が楽しかった、うきうきしていた。もうじき夢が自分のものになるのだ。だがこれが間違いの元であった、上司から同僚までばかにした。

仕事をろくにしていないくせに、

1丁前に女を買うと言うのだから呆れた。父親もろくに手柄を立てていないくせにと言われた。妾は構わないが、せめて与力になってからにしろと。

それ以来うきうき気分が台無しになった。前よりますます気分が悪くなった。職場でも家族にも攻められぐうの音も出なかった。

彼の唯一の拠り所は女衒の米蔵を捕まえる事であった。なんとか自分の手で捕まえたかった。

次に米蔵の姿を見たのは吉原であった。また女を売りに来たのだろう、この機会は逃せない、米蔵の後を追った。追って見たがどうも様子が違う、娘を売りに来た様ではなかった。第一米蔵は娘を連れていない。どういうことか?

追っていく内に米蔵は間屋へやってきた。店に入ろうとせず物陰に隠れてあるものを見つめていた。米蔵が刺すような視線の元は以外にも夢であった。彼女は道の水撒きをしていた。毎日米蔵を尾行し続けたが、なぜか奴は毎日夢を追いまわしていたのだ。

米蔵が夢の両親を殺し、夢をさらったことを知ったのは後日であった。

そうか、米蔵のやつめ、殺しの逆恨みで夢を付け狙っていたのだな。なんと根性の腐った奴だろう。

だが、この時突然頭が雷鳴のように素晴らしい考えが浮かんだ。

それが米蔵だ。奴を使い夢の関心を奪うんだ。変装して米蔵を操ってやれ、どうせ捕まれば獄門、磔よ。どうせなら人の役に立つ様に殺してやるさ。

まずは奴に火附けをそそのかした。間屋を燃やして夢を蒲焼にしてやれと言った。むろん顔を隠し、小判を与えた。米蔵は頭がよくないから簡単に騙せた。会う時は頭巾をかぶっていたから正体はばれていない、第一米蔵は金蔓にあったことがうれしく、相手の素性など気にしなかった。

奴が間屋に火をつける寸前に見つければいい。もちろんすぐには捕まえない、米蔵にはまだまだ働いてもらわねばならない。

計略は成功した。後日間屋に感謝された、もちろん夢も喜んだ。

よく夢は与助と言う岡っ引の話をした。御厨のもとで働くと言うからなかなか真面目だと言っていた。この間茶屋で二人を見たが、御厨はさすが熟練というか、目つきも体つきも同僚たちとは違っていた。与助は問題にはならなかった、顔も家柄も多いに差がある。相手にならない。そう思った。

しかし、夢の話では好感のある男だと言っていた。三枚目で頭がよくないが気のいい人物だと言っていた。この間三味線の糸をくれたと喜んでいた。以前高価な鼈甲の簪を贈ったが断わられた。こんな高いものは受け取れないと。

最早一刻の猶予もならなかった。なんとか自分のよさを見せつけなければならぬ。

一回夢を店の外に連れだし、米蔵に襲わせた。むちろん追い払った。

そして夢を落札し吉原を出る時が最後の機会であった。

もっとも御厨たちが米蔵の部屋を調べられたのは焦った。米蔵はいつも大金が入れば水瓶に沈めておくことを知っていたから、それを与助が先に見つけてしまったのだから、事を急がねばならない。その小判は米蔵に仕事代と言って渡したものだった。あの男すぐ使わなかったのか、夢を殺すまで禁酒でもしていたのか?ばかばかしい。ばかのくせに願掛けかよ、余計な事をしやがって。

その小判は特別なもので父親から最近もらった新しく作られたものである。

しかもまだ数は出回っていない。小判を調べられれば自分の足がわかってしまう。博打ですってくれたら一生出回らなかった、酒代にしてもまさか米蔵が使った金など調べたりしないだろう。しかし、とっておいたとは…。

最早一刻も猶予はない、今日吉原で米蔵に夢を襲わせ、捕まえる予定だった。そして米蔵を事故と偽り殺そうとした。口封じであった。

だが邪魔が入った。御厨と与助が予想外に早く現場に来てしまったのである。

頭に来た。殺してやる。米蔵め!!

 

「丁助、やめろ、やめるんだ。火盗改めの泥を塗る気か?」

御厨はなんとか丁助をなだめようとしたが、気が違った丁助にはなにも聞こえていなかった。取り巻きは鬼神と化した丁助を恐れ、誰も近づけない。

与助はなんとか夢を護ろうとした。腰が引ける、とても怖い。この場から逃げ出したい。

しかし、与助は逃げなかった。以前ぼろ寺の居候たちに言われた事があった。

「おまえにはなにか護るものはないのか?大切なものはないのか?」

大切なものはある。この江戸の町と御厨の親分、片思いだが桔梗さんに惚れている。

今夢は大切な人だ。例え心の中に丁助しかいなくとも、彼女を見捨てるわけにはいかない。

そんなことは許される事じゃない。おいらは護る、お夢ちゃんを命を賭けても護る。

丁助は一気に駆け寄った。刀を頭に振りかざした。きらりと刀身が提灯の灯りで紅く光った。死神の鎌にも見えた。丁助の表情はこれから殺人を楽しむ辻斬りそのものであった。

十手で抵抗できるか!?いざとなったら突っ込んでやる。この命に代えてもお夢ちゃんを護るんだ!!

振りかざした刀が与助の頭上を割ろうとした。が――

!?

ジュ!

丁助の頭に鈍い激痛が身体中を襲った。利き手の右手で頭を擦ったが、それが与助の歳後の機会であった。

「今だ、与助、やれ

!!

御厨が喝を入れると与助は十手を丁助の頭にがずんとかました。

丁助は目から星が出た感触がしたと思ったが、それが丁助の最後であった。

丁助はその後頭の傷がもとでぽっくり逝ったのだ。

 

「ということはすべて丁助の謀ですかい、親分はいつから気づいてやした?」

ここは詰め所である。ここには今御厨と与助、榊がいた。

「うむ、もっとも俺は丁助が心配だった。若手の出世頭だったからな。それにろくに手柄を立てていなかったから、同僚が影口を叩いているのだと自分でひがんでいたのだ」

「あたしもそうだけど、出世はとかく怨みを買うわよ?とくにあたしのような美しい人はいわれのない妬みを買いますからね。おーほほほほ」

榊の高笑いを無視して御厨は話を続けた。

「手柄を欲しがる者は手柄になるような事件を探すものだ。しかし、火附けや盗賊が簡単に起きるわけがないし、それを未然に防げずになんと火盗改めか。だが丁助は追い詰められたのだろう、だから吉原の夢にそのうっぷんを晴らそうとしたのだ。

しかし、これまた火種をばらまく結果になった。興味がない俺の耳にも入る始末だからな」

「そうですよねぇ、若手の同心がいきなり遊女を落札するなんて。舐めてますよ。仕事より女がいいんでやんすかね?」

「うむ。与助がそう思うのだから丁助はさらに追い詰められたのだ。そして不運にも米蔵に出会ったしまった。ここからが丁助が地獄に落ちる羽目になったのだ」

これ以降は丁助の心の声と同じなので省きます。

御厨は米蔵の部屋を探索した際、与助が見つけた小判三枚に見覚えがあった。以前榊がおごりだと勘定の際に差し出した小判と同じだった。これはまだまだ出回っていないものだと教えてもらったのを覚えていたからだ。

ああ、あの時部屋を出たのは夢の心配ではなく、自分の策略がばれることを恐れていたから、顔が紅くなったのだろう。丁助はなかなかな悪人であった。

「しかし、丁助の奴鬼のようでしたね。あっしは小便がちびりそうでしたよ」

「あっはっは。与助後で吉原に見まわりに行くがお燐に感謝しろよ?なにしろあの時丁助の頭にキセルの灰を投げてくれたおかげで、丁助に油断が生じたのだからな」

「へへへ、勘弁してくださいよ。あっしは当分吉原はけっこうです。夢ちゃんもあの後尼寺にいってまったんですから」

「おほほ、そうね。男の浅ましさを見せつけられたらどんな女性も男性不審になるわね。幸い落とされた後だったからよかったものの、これから彼女は死んだ両親のために生涯独身でいることを決めたそうだわ。彼女は自由だもの、自由な人生を選ぶべきね。与助、あんたは落ち込んでいるひまはないわよ。今日も大川でどざえもんが上がったそうだから先に検分しやすいよう、野次馬をどかしに行きなさい」

「ええ〜、まだ飯食ってやせんぜ?食ってからでも……」

「だまらっしゃい!!早く行かないと長命寺の井戸水で顔を洗いにつき合わせますからね!!」

「ひぃ〜それはご勘弁〜」

与助は仕方なく走り去っていった。

「榊さん、ありがとうございます。与助を励ましていただいて……」

「おほほ、今は忙しいですからね。うちには休ませる岡っ引はいないんですのよ。さあ、御厨さんあなたもいってちょうだいな」

「はい、わかりました」

御厨は深く頭を下げると颯爽に与助の待つ現場へと向かった。

今日も江戸の町に与助の声が響き渡る。

「てえへんだぁ〜てえへんだぁ〜」

どてり、こけた。

「へへへ……。お、お嬢さん。おいらに惚れちゃいけないよ?」

 

終わり

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あとがき

今回は与助の恋の物語にしました。しかし、途中推理物を入れたから飽きずに楽しめれば幸いです。

今回参考になったのは横溝正史著人形左七捕物帳が影響しています。

横溝正史は名探偵金田一耕助の生みの親でもありますが、時代小説も着手していたんです。

外法帖は幕末、江戸時代がベースですから小説を書くファンには難しいと思います。

わたしが結構なペースで書けたのはこの人形左七が大変参考になったからだと思います。

今度は誰にするか……、お楽しみください。では。

 

平成

14228日 午後九時半くらい。

江保場狂壱(最近オリジナルが書けなくなった。しばらく外法小説を書いて頭を冷やします)