風祭不運秘話

 

「う〜ん、坊や今日一日外に出ないほうが良いよ。出たら死んじまうよ?」

ここは九角屋敷の大広間。今ここには桔梗と風祭のふたりしかいない。

桔梗は常に三味線を持っており、艶やかな女性である。一見花魁のような華やかさを持っていた。

風祭は子供の様に幼く見えるが本人はそれを大変気にしている。うっかり本人の前で背が小さいだの、子供だのいうと平気で殴りかかるので注意なのだ。

「出たら死ぬだ?ふざけんな!!お前の占いなんか信じるもんか!!」

「うふふ、昔からいうだろ?当たるも八卦当たらぬも八卦というだろう?どうせあんたは丈夫だからめったな事じゃ死なないよ。安心しな」

「なんだよ、めったな事じゃ死なないって!不吉なこというなよ!!」

今風祭は桔梗の占いを聞いていた。桔梗は素性は知られてないが陰陽道や様々な術の知識が豊富であった。占いもそのひとつである。

「まあ、今日一日ここから出なければ安心さ。幸い今日は特に重要な任務はないし、安心して篭りな」

「奥継、滝の祠の掃除を頼む」

いきなり屋敷の主である九角がやってきた。風祭はこけた。

「どうした奥継。顔色が悪いぞ?」

「……。明日にできませんか?」

「だめだ。今すぐ行け」

「あらあら、御屋形様の命令じゃしょうがないね。さっさと済ませてくるんだね」

桔梗はくすくす笑いながら、ほうきを持つ風祭の後姿を見送った。

 

那智滝は鬼哭村のはずれにある滝である。そこに祠があるのだ。

「くそっ、まいったな。だが桔梗の占いなんざ気にしないぞ、うん、気にしないんだ」

ぶつくさいいながら、心の中では占いの内容が反復していた。

「今日一日外に出ないほうが良いよ。出たら死んじまうよ?

今日一日外に出ないほうが良いよ。出たら死んじまうよ?

今日一日外に出ないほうが良いよ。出たら死んじまうよ……」

「だ―――!!むかつくー!!あのやろうでかいのは背だけにしろー!!」

わけのわからないことを叫びながら風祭は祠に向かった。

「ぐるるるる……」

後ろに誰かいる。誰だ?恐る恐る後ろを振り向くとなんと狼が十頭以上いるではないか?

こいつは驚いたものではない。しかし、それを恐れる風祭ではなかった。彼は拳を構えると狼一頭一頭殴り飛ばした。半刻後狼たちは殴り倒されのびていた。

「ぐるる…」

「け、ざまあみろ。まったくふざけやがって、これが生死に関わる事か?桔梗の占いなんざあたんないな、ははははは」

すると茂みの中から熊のような男がのっそりと現れた。この男は鬼道衆の一人、泰山であった。彼はきこりでいつもこの山に住んでいた。

泰山は悲しそうに狼たちを見ると風祭に近づいてきた。風祭の背丈は泰山の腰までしかない。見下ろされると嫌な気分になる。もっともほとんど彼は見下ろされるが。

「おお、ぼうずぅ、おおがみだちをなぐっだなぁ〜?いかんぞぉ、いかんぞぉ?」

すると泰山は風祭を抱き上げると高い高いした。

「うお〜たかい、たかいぞぉ〜。こどもはあやさねばなんねぇ、どうだぁ、たのじいが〜?」

「や、やめろぉ、ばか!!楽しくねぇし俺は坊主じゃねぇ、離せ離せ」

「わがっだ〜、ほれぇ」

すると泰山はぱっと離した。すぽっと抜けるとぽーんと風祭は吹っ飛んだ。

どぼーん!!

風祭は那智滝の滝壷に落ちてしまった。

「おお〜ぎもぢよさそうだのぉ〜。おで、泳ぎうまぐねぇからいげねぇど〜」

 

「はーっくしょん、はーっくしょん!!」

風祭は風邪を引いた。今どてらを着て暖をとっていた。

「やれやれ、春だからと言って滝に飛びこむなんて酔狂だねェ。いくら若いからと言って無茶はよくないねぇ」

桔梗は笑った。ここは九角屋敷の大広間。ここには今桔梗と風祭、九角がいた。

「ぶぁーくしょい、はーくしょい!!だ、誰が好き好んで飛び込むか!!泰山のやろうが俺を放り投げたんだ、悪いのはあいつなんだよ」

「ほう、悪いのは泰山か。奥継」

「そうなんですよ、御屋形様。後であいつに言っておいてくださいよ」

「しかし、山の狼たちをぼこぼこに殴ったから、泰山はお前をあやそうとして偶然滝に落としてしまったと言っているぞ?現に狼たちは滝の付近でのびていた、あれはお前のしわざではないのか?」

ぐぅのねも出なかった。

「あとで泰山に謝りに行くんだ。いいな?」

「ええ〜今日はもう暗いですよ!?明日にできませんか?」

「だめだ。今すぐ謝りに行け。謝れば狼たちも噛まないから安心しろ」

「うふふ、御屋形様に言われたらしょうがないねぇ。怖いならあたしがついてってあげるよ?お礼はそうさね、風呂で背中流してもらおうかい?」

桔梗は人事の様に笑っている。まったく忌々しい笑みだ。

「うるさい!俺は子供じゃねぇんだ!!ひとりでいけらぁ!!」

風祭はぶつくさ言いながら一人山に向かった。

「怖かったらいつでも帰ってきていいんだよ〜

?

桔梗が後ろから叫んだが無視して駆け出した。

もう日は沈み月が上がっていた。今日は満月であったが、風祭にとってはどうでもよかった。

「ちくしょう、まいったなぁ。しかし、桔梗の占いはもう当たったからもう心配いらないな。うんうん」

風祭は楽観的に歩いていた。提灯は持っていない。下手に山の中で灯りをともせば相手に場所を知られるし、森の獣も怖がる。風祭は夜目を効かしながら歩いていた。

「さて泰山のやろう、どこにいるんだ?前にも来たけどあいつ村に住んでないから探すのも一苦労だ」

山の中に入りこむと風祭は適当に探した。一刻後、まったく見つからない。泰山の生活習慣はほぼ熊と一緒である。冬の間は熊と一緒に冬眠をしたことがあるから困り者だ。

このまま探すのやめて帰っちゃおうか?探したけど見つからなかったといえばいい。

後日泰山が来たら力一杯誤魔化そう。あいつはすぐほいほい信じるからな。

「よーし、それにしよう、それに決めた!!」

風祭はうっかり大声を上げてしまった。

「なんだ、貴様?この山で何をしている?」

後ろから声がした。振り向くと鎧を着た男たちが数人立っていた。槍や火縄銃を手にしている。幕府の人間であった。この山を探索していたのだろう。

「へへ、てめぇら幕府だな?どうせこの山に住む鬼目当てだろうが、そうはいかねぇ。このまま皆殺しにしてやるよ」

風祭は構えた。しかし一番身なりのよい男は身構えるどころか心配する様に見た。

「貴様、子供だな?子供はさっさと家に帰るがいい。さては道に迷ったのだな?よろしい一緒に帰ろうではないか。おい、この子を馬に乗せてやれ」

すると図体のでかい兵士が風祭をひょいと抱くとそのまま馬上に上げてしまった。

「な、なにすんだよ、鬼にこんなことしていいのか、鬼だぞ、鬼!!離せ、離せよ!!」

「そうか、おにごっこで迷子になったのか。かわいそうに灯りもなしでさぞ心細かったろう。安心するがいい、わたしが責任を持って家まで送ろう」

「うわ〜、違う、違うんだ〜!!離せ〜!!」

こうして風祭は幕府の兵士に強制的に連れていかれたのであった。

 

「あら、坊やじゃない?どうしたの。子供の時間はとっくの昔に過ぎたわよ」

風祭に声をかけた女性は遠野杏花という名前で、たったひとりで瓦版を作っている女性であった。髪は短く切り、切れ長の目が冷たい印象を与えるが、根は気の良い女性である。

町の噂話やなんやに詳しいのでよく探索の際彼女に聞く事が多かった。もっとも上手く聞き出すのは桔梗だが。

「うるさい、坊やじゃねェ!!くそうあの旗本俺をむりやりこんなところに連れてきやがって……」

風祭を連れ出したのはとある旗本であった。彼は腐った幕府の人間と違い、あの山にはただの見まわりに来ていた。部下たちは毎日嫌な顔せず彼に付き合っていた。

旗本は風祭を内藤新宿まで送り届けると、おみやげにとお菓子をくれたのであった。

さすがに腐っていない旗本を殴り殺すのに気が引けたし、第一彼の部下は武器に頼りきった者ではなく、武人故に風祭も手を出しかねたのである。

むろん杏花にはそんなことをいえるはずがなかった。

「ふふふ、見たわよ。あんた、旗本の今井秋衛門さんに馬に乗せられ、帰りにお菓子もらったでしょう?ああ、いいわねぇおこちゃまは」

「おこちゃまなんて言うな!!あのやろう、まったくむかつくぜ」

「まあ、あの人は幕府の中でも好評な人だからね。ところであんた、本当にこんな時間、なにしているのよ」

「け、なんだっていいだろ?俺は帰る。じゃあな」

「まちなさいよ。ここであったが何かの縁。飯がまだならおごってあげるからさ、ね?」

飯をおごってもらえるなら断わることはない。ちょうど腹も空いている。

「いいぜ、どこにすんだ?」

「そうね、あそこの蕎麦屋がいいわ。いいでしょう?」

「ああ、いいぜ。さっさと行こう」

杏花は薄く唇で笑った。

 

ずばばばば。風祭は盛り蕎麦大盛りを食べていた。今この店では特製大盛りを食べれば賞金がもらえるのである。しかし、今まで成功したものはおらず、みな途中でやめざるを得なかった。

蕎麦は風祭の身体ほどの量で、どこにそんなに入るのかと疑いざるを得ない蕎麦を風祭は食べていた。

事の次第はこうである。杏花がおだてたのだ。あんたこれ食べれられる?と。

無論風祭は嫌がったが、あんたは子供だから無理ねと言われれば黙っていない。自然の成り行きであった。無論杏花もそれを計算に入れていたのだろう。彼を子供呼ばわりすればやりかねないと思ったからだ。

「ぷはぁ〜、ごっそさん!!」

風祭は見事蕎麦を平らげた。おなかは蛙の様にぱんぱんである。それを見た客たちは驚いた。

「おお、あの蕎麦を平らげたぞ。あの坊主が」

「いや〜たいしたもんだ。あんなちっこいのに」

「子供のくせによくあんだけ入るもんだ。子供のくせに」

ぶぶぶー!!

風祭は蕎麦湯を吹き出した。

「うわ、きたねぇ!!」

「俺は坊主でも子供でもねぇ!!風祭だ〜〜〜

!!

店主が風祭の名前を書いた張り紙を貼った。

「やったね、あんたすごいじゃない。じゃあ、あたしの勘定はあんたの奢りね。お金あるんだし。おじさ〜ん、掛け蕎麦ちょうだ〜い」

はじめからこれが目的だった様だ。

 

二刻ほど経ってやっと杏花に解放された風祭はかなりの千鳥足であった。なにしろ杏花は風祭に散々奢らせ、散々面白がって酒を飲ませたのである。

「うわ、くせぇぞ、近寄るな!!」

「ああ〜ん、これだからおこちゃまは。これからは大人のじ・か・ん〜。じゃあ、あたしを送ってってよ。お礼にあたしをあ・げ・る?」

「うわ〜やめろ〜!!吹く脱ぐな、服脱がすな〜!!」

風祭は逃げ出そうにも杏花ががっしりと腕を掴んでいるので離れない。杏花をぐでんぐでんに酔わせ、やっと逃げてきたのだ。蕎麦屋の賞金はすっからかんになったが、気にしてなかった。

「まったく、酔っ払いにはまいるぜ。桔梗も酔うと俺に絡むし、さっさと帰ろう。あ、あれ?」

うまく走れない。酔いが身体中回っているせいか、世界がぐにゃぐにゃに歪んでいた。途中通行人にぶつかり怒鳴られた。

「く、あのやろう。おもしろ半分に酒飲ませやがって……。だめだ、目が回る。ここはひとつ一休みだ」

そう言って風祭は近くに置いてあった樽に潜りこみ、寝てしまった。無意識に蓋をした。

すると店の外から誰かがやって来た。若い男が数人やってきたのである。ここは酒問屋のようであった。

「さて、この樽を今井さまのうちに持っていくんだよな」

「ああ、今夜大事な宴があるんだとさ。さっさと運ぼうぜ」

男たちは樽を荷車に積みこむと、荷車を走らせた。

あわや風祭を入れた樽も一緒に積まれたのであった。

 

「おや?少年こんな樽の中に隠れてなにをしておるのだ?」

風祭が目覚めたのは旗本今井秋衛門の屋敷の中であった。今彼は屋敷の主と対面していたのである。

「むにゃむにゃ、もう、くえねぇ……、え、ええ!?こ、ここはどこだ!?」

「ここはわたしの屋敷だよ。お主はこの樽の中で眠っておったのだ。坊主宿無しか?」

「違う!!ああ、今何刻だ?」

「もう草木も眠る牛三つ刻よ。今宵は宴であったが今は少し立て込んである」

「立て込む?どういう意味だ?」

「今井秋衛門ここにいたかぁ!!」

突然声が上がった。刀を持った男たちが旗本に刃を向けているのだ。

「だ、誰だ?あいつら?」

「うむ、あやつらはわたしに敵対する幕臣が雇った刺客よ。わたしが旗本の給金を下げ、民衆の負担を軽くしようと上様に忠言されることを恐れた者のしわざよ。やつらめ、民の生活より自分たちの贅沢の方が大事と見える。少年、君は逃げなさい。ここはわたしがなんとかしよう」

そういって旗本は暴漢に対し刀を抜いた。

「お、おい!!相手は複数だぞ。手下はどうしたんだ!?」

「やられたよ。酒の中に眠り薬がいれてあった様だ。わたしは飲まなかったからよかったが……」

「どけよ、こいつらは俺が殺してやる」

風祭は樽から出ると拳を構えた。

「いかん。子供が人を殺すなどと言ってはいかん。早く逃げるのだ」

「そうだ、坊主。死にたくなければ逃げちまえ。若い身空で死にたかねぇだろ?」

がす!!

「ぐはぁ!!餓鬼なにしやがる!!」

「坊主も餓鬼も言うな!!言ったら殺す。さあかかってきな!!」

風祭は刀を持つ暴漢の前に立ちふさがった。

ばき!、ばき!!

風祭の拳が脇腹にめり込んだ。胃液を吐く男たち。

「つ、強い……。君は一体?」

「一体誰だろうなァ?そんなことは気にしてねぇでこいつらをなんとかしろよ!!」

突き、蹴りを繰り返す風祭。しかし男たちはどんどん沸いてくる。おそらく奴らを雇った幕臣はここの屋敷の人間を皆殺しにしようとしているのだろう。

「げほ!!蕎麦がまだ貯まってやがる。それに酒も抜けきっていねぇ……」

拳の速度が若干遅れた。その瞬間を逃さず男は風祭の頭上に刀を振り落とした。

「餓鬼、これでしまいだ―――!!ぐ?」

振り落とす刀の速度が落ちた。

かきぃん、右手の手甲で受け止めると、膝蹴りを食らわした。どかっと吹っ飛ぶ。

「誰だ!?」

「おやおや、坊やあたしをお忘れかい?薄情だねぇ」

それは屋根の上からであった。満月を背に二人の影が鮮やかに映る。

「桔梗、御屋形様!?どうしてここに!?」

「それはこちらの言う事だ。今夜旗本の中で民衆の味方である男を殺す計画を知ったのだ。それで来てみればお前がいる。どういうことだ?」

はしっと九角と桔梗が屋根から飛び降りた。

「まあよい。今井秋衛門と言ったな?我等は鬼道衆、本来徳川幕府の敵であるが貴様は別格よ。この場は助けてやる。奥継、早くしろ!!」

 

半刻後風祭と九角、桔梗は家路に帰る途中であった。

あの後襲ってきた男たちはみんな倒してしまった。

今井は今宵の事は一切口出ししないと約束し、自分を襲った幕臣の名を暴漢から聞き出した。後日彼自身で問題を片付けると言った。

そして帰り際風祭にまたお土産としてお菓子をくれたのである。

「まったくあのおやじめ、俺を子供扱いしやがって」

もらったお菓子の袋をぽーんぽーんとお手玉のように投げた。

「まあ、お前は見た目が子供だからな。精々背を延ばすこと忘れぬ事だ」

「そんな〜」

「しかし、奥継。お前今まで何をしていたのだ?今日泰山が屋敷に来たが、お前には会っていないと言うし、町でお杏に会ったら蕎麦の大食いに酒を飲んでいたと言うではないか。しかも、酔ったお杏をむりやり押し倒そうとしたようだしどういうことだ?」

「げげ!!ちがいます、ちがうんです御屋形様。蕎麦と酒はともかく瓦版屋をどうこうしたわけじゃなく……」

「坊や、あたしゃ責めてるわけじゃないんだよ?むしろ最後まですませないのはお杏に失礼じゃないのかい?」

「うむ、女性に恥をかかせるのはいかんな。いくら大人になりたいからといって事を早めるのはいかがものか……」

「ちがう、ちがうんです、御屋形様〜!!桔梗俺は坊やじゃねぇ!!ちくしょう、なんでこんなことになるんだ〜!!」

ぽこり。薪が飛んできて風祭の頭に当たった。

「おお〜?まき、ぼうずの頭にあたったな〜?よがっだな〜ぼうず。背がのびだぞ〜?」

見ると風祭の頭にぽっこりとたんこぶができていた。

 

終わり


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今回は風祭のお話である。

珍しくギャグを意識して書きました。

風祭と桔梗を絡ませると話がぽんぽん浮かんでくるのです。

剣風帖で京一と小蒔のようなものです。

 

オリジナルキャラの旗本は魔人学園の監督、今井秋芳監督から取りました。

この人を悪人にするわけにはいかなかったので、いい人になったので

ちょいといい人過ぎたかもしれません。

 

この小説は二時間ちょいで書き上げました。

では。

 

平成14年3月3日

明日今年初めての交通誘導の仕事に行く江保場狂壱