長州征伐裏話

 

火邑は鬼道衆の命を受け数人の下忍と供に長州へ来ていた。

目的は幕府軍の壊滅的被害を与えることであった。幕府は第二次長州征伐のためここ長州に砦を構えていた。

下忍は幕府に村を焼かれ、家族を殺された者たちで編成された。彼らの復讐を成し遂げる事が第一なのである。

火邑は元冶元年(

1864年)に起きた禁門の変により、仲間と両腕を失ったのである。別名蛤御門の変とも呼ばれていたこの戦、池田屋事件を契機に京都に攻め寄ったのだが、彼らは図られた長州藩の兵士をいけにえにされたのだ。

薩摩、会津、桑名の諸藩兵により、皆殺しとなった。

「まったくあの時はひどかったな。薩摩の奴らが俺たちを待っていやがった、そして、俺たちを皆殺しにしようとしたがそいはいかねぇ。俺は両腕を犠牲にしてなんとか勝ったがな、さてもうじき幕府の根城だ。まずは下見だ」

火邑は長州(今の山口県の萩を中心とした土地のこと)へ行く道中旅芸人として馬車の中に隠れていた。船の中で今下忍と話をしていた。

「そうですか……。わたしは幕府に家を焼かれましたが、家族は生きています。火邑様と違ってすべてを失ったわけではありませんから」

「なにいってんだ。家族がいるならそれに越した事じゃねぇ、気にするな」

さて船の中を探索していた下忍のひとりが戻ってきた。

「火邑様。行商人たちから聞いた噂ですが、幕府の連中兵糧をところかまわず集め始めたそうです。その上兵も集めて砦の建設に急いでいるそうです」

「長州征伐軍もまったく歯がたたないようです。中国や四国、九州の21藩すら勝てなかったんですから。討幕派の高杉晋作が長州藩の実権を握ったそうです。この男がなかなかのもんでして、この男が編成した騎兵隊ってのがすごいそうです」

「ほう、そんなにすごいのか、高杉って男は。会ってみたいものだな」

そんなこんなで鬼道衆は長州へ辿り着いた。とりあえず彼らは芸人として小屋を建て芸をすることになった。

鬼道衆は身体を鍛えてあるので、芸を見せた。

火邑は火男(ひょっとこ)の仮面をかぶり、おどけて見せた。

「さあさあ、よってらっしゃい、みてらっしゃい。かの火男は唐の国から泳いで来た世にも珍しいお猿でござ〜い、泳ぎすぎて手が擦れて減っちゃったから鉄の爪をつけたこのお猿、さあ、宙返りに綱渡り、さらに玉にも乗りましょう、とくらぁ」

下忍が叩く太鼓の音が響く。火邑が芸をするたびに小屋いっぱいの観客がきゃっきゃ、きゃっきゃと喜んだ。長州は禁門の変から生活が苦しくなっていた。ただ同然の代金で見られるとなると水飲み百姓などが大勢に集まった。

「ありがたや、ありがたや」

「まったくこんないい芸が見られるとは嬉しいねぇ」

「あはははは、おっとう、たのしいや」

大盛況に開演が終わると下忍が銭を勘定していた。火邑は汗を拭いている。

「ただ値のようなものなのに、大勢集まりましたね火邑様。これなら御屋形様のおみやげが買えますね」

「はっはっは、それはいいが御屋形様にはみやげはいらぬ。いるのは俺たちが作戦を遂行することがなによりのみやげよ」

この夜は酒を飲んで寝た。

翌朝、下忍たちは街中で芸を見せ歩いた。そして情報を入手するのである。

街中はあまりいいものではなかった、なにしろ一揆が激しいので農民にしろ、武士にしろ、まともに食事がとれない。ところが最近薩摩藩から米を武器と引き換えに取引しているため、以前よりはましであった。

それも坂本竜馬や勝海舟が裏で活躍したからだといわれているそうだ。

それと長州征伐に薩摩藩は参加しないというから幕府もやりにくくなっていたそうだ。

 

「火邑様、幕府の砦を調査しましたがあれはいけませんね」

下忍が調査から戻ってきた頃にはもう日は沈みかけていた。

「やつら長州征伐に砦を建てているのですが、あいつら不眠不休で働いてます。旗を上げ、堀を掘り、武器と人を集めてます。これは薩摩を除いて紀州や新宮が参加してます。しかし幕府の連中兵士をこき使ってますから、もう疲労しきってます。そのくせ指揮官は毎日酒飲んで寝てますから、士気なんかもう低いものです。あれは幕府の威を借りて脅迫しているに違いありません。これは今が絶好の機会ですよ」

「うむ、それはいいな。よし、明日の朝攻めるぞ。朝方は日がまぶしくて頭がくらくらするはずだ、第一寝てねぇならなおさらよ。その隙に指揮官を殺してやるのさ」

「御意、囮は我らが……」

それを火邑が手を差し出して止めた。

「囮は俺がやる。お前等は逃げ惑う幕府の連中を後ろから斬ってやれ、いいな?」

「そ、そんな!!危険すぎます、いくら朝方でも兵は多いのです。殺されてしまいます!」

「ばかいえ、俺が簡単に死んでたまるかよ。それにこの腕がある、これさえあれば幕兵百人殺せるもんさ。はっはっは」

火邑は大笑いした。火邑が禁門の変によって仲間と両腕を失った事は知っておろう。彼はのちに鬼道衆に拾われたのだ。

その時鬼道衆頭目、九角天戒第一の配下嵐王が火邑のための腕をこしらえてくれたのである。鉤爪に大砲が付いた腕は、はじめ、なにかと不便であったが慣れれば問題ではなかった。むしろ前の腕よりよっぽどいいのだ。彼はこの腕を振るい幕兵を引き裂いた。仲間を見捨てて自分たちだけ逃げようとした奴らを後ろから狙い撃ちし、砲弾が彼らをふっ飛ばした。

「いやだぁ、死にたくないぃぃ!!」

「痛い、痛いよぉぉ!!」

「ばか、俺より逃げるな、お前なんか死んでしまえばいいんだ!!」

醜い連中だ。俺はこんな奴らに仲間を、腕を奪われたのか?下忍たちなど敵に敵わずとも決して逃げない、仲間を絶対見捨てない。

「ですが大分腕が傷ついてませんか?がたが来てますよ?」

「ん〜?そうだな。この作戦が終わったら嵐王殿に修理を頼むか。おい、お前。江戸の情報はどうなっている?」

「はい、裏の話だとあまりかんばしくないようです。なんでも龍閃組と言う幕府の犬が手強いとか、御神槌殿や雹殿がそいつらに負けたとか」

「おいおい。あいつらは俺よりおとなしいもんだが弱くはねぇぞ?そいつらは何人ほどいるんだ?」

「えぇと、確か五人以上だとか。それに御神槌殿たちは死んではおりません、そやつらは絶対止めを刺そうとしないのです」

「止めを刺さないだァ?ばかだなそいつら、敵に情けをかけるとはなめた奴らだ。ああ、御神槌たちに死んで欲しいわけじゃないぞ?」

火邑と下忍たちはあはははと笑った。

そこへ数人が小屋の中に入ってきた。全員男で兵のようだった。

「ん?誰だ?」

火邑は爪をそいつらに向けた。下忍も懐に隠した小刀に手をかけている。

「まあまてや、わしらは敵やない。おまんらにはな」

兵の中から一人の男が現れた。歳は二十代半ば。髪を結っておらず、頬はこけていた。しかし、目はらんらんと鋭かった。

「おまんら、江戸の町を騒がす鬼じゃろが?こんな端の国でも噂は聞くぞ、まさか、その鬼がここに来るとはなァ」

「誰だお前?」

火邑は聞いた。男は答える。

「わしの名は高杉晋作ちゅうもんじゃ、名前くらいは聞いた事があろう?」

「高杉だと?現在長州の実権を握っている、あの高杉晋作かよ?随分痩せこけているもんだな、目は死んでないがな」

「ぬはは、誉め言葉として受け取るぞ。さてお前等明日幕府の砦を襲うのじゃろう?わしら騎兵隊も手伝いたいがどうじゃ?」

火邑は胡散臭そうな顔で見た。こういう奴こそ油断がならぬ、口八丁で相手を騙そうとする言葉つきだ。

彼がそんな考えを浮かべている時、高杉は一瞬顔を曇らせたが突如にかっと笑った。

「わしがおまんらを調べたのは、確かそこの紅い髪の男じゃな?名前はほ、ほむらちゅうんやろ?おまんの知人が教えてくれたんじゃ」

「俺の知り合いだぁ?誰だそいつは?」

「う〜ん、名前は白、お白じゃったな。おまんと同じ村の出だそうな」

「白、お白だと!?どこだ、どこにいるんだ!?」

「わしが騎兵隊に寝泊りさせとる家におるよ。会いたいならあうがええ、会わせちゃる」

 

高杉晋作に連れてかれ、火邑はある藁葺き家の前に立っていた。ここは騎兵隊の縁の東行庵である。白はそこでおさんどんとして働いているのだと言うのだ。

「お〜い白、いるか?」

大声を上げると中から一人の女性が出てきた。髪は結っておらず、ぼそぼそに垂れ下がっていた。口元には生気がなく歳は実際より老けて見える。

「白、ひさしぶりだな。お前すっかり変わっているな」

「あ、ああ。火邑は変わってないね。変わったのは腕くらい、ふふ……」

生気のない笑い声であった。しかし、ひさしぶりに知人に会えた事が嬉しいのか、顔が自然と笑みを浮かべていた。

「……高杉から聞いたよ。黒吉が死んだってな」

「うん、幕府に殺されちゃった……。軍の通り道に邪魔だと言われて問答無用に」

「ひでぇ話だ。黒吉は百姓だったのに殺しやがって……」

「あの人最後まで自分よりあたしに逃げろ、子供を連れて逃げろって言ってたのに……。あたしそれを無視しちゃった、だめだよね」

黒吉と白は火邑の幼なじみであった。子供の頃から遊んでいた。山を登り、野を駆け回り、川を泳いで遊んだ。三人とも百姓の生まれであった、生活は苦しいものだったが幸せだった。火邑は子供の頃からやんちゃでよく黒吉を子分としていたずらに明け暮れていたが、それを抑えるのが白であった。彼女は普段おっとりとして優しいが芯の強い女の子だった。

火邑の両親が流行り風邪に倒れると火邑は長州の兵士に志願した。黒吉は白と祝言を挙げ、家を継いだから火邑には付いていかなかった。彼はもともと優しい性格のためであった。

「火邑がいないとさみしいなぁ。でも、手柄を立てたら戻ってきてくれよ?」

「そん時はお腹の子も外に出ているからね」

「ああ、お前等親子と会える日を楽しみにしてるぜ、じゃあな」

それが彼らとの別れであった。後日火邑は禁門の変で亡くなった事になっていたからだ。白は偶然町の芸人小屋に火邑を見つけたので高杉晋作に頼んだと言う。自分では頼めないからと。

「それにお前等の子も……、いや、悪かったなこんな話して」

「ううん、いいの……。あれからもう一年、泣くばかりじゃだめだから。灰吉も喜ばないわ、笑顔でいるの」

灰吉とは黒吉との間に生まれた子供である。幕府は彼女から愛する夫を奪っただけでなく、邪魔だからと子供を殺したのだ。しかも火縄銃の的にしたのだ。それを目の前で見せつけられた後、彼女は兵士たちに蹂躙された。毎日毎日弄ばれた。夫と子供の骸を庭先に飾られ、それを犬に食わせ、蟲が沸くところと、肉の腐る臭いを嗅ぎつづけた白の頭は性の虜になった奴隷となった。それを騎兵隊により助けられた。

家族の骸は高杉の手により手厚く葬られ、墓を建てられた。

彼女はそれ以来医者に見てもらい、こんにちで回復したのだ。早く回復したのは夫と子供を殺した幕兵が目の前で銃に撃ち殺されたからだ。脳を頭から垂れ流し、助けて、助けてとうめく幕兵に止めをさせたので彼女は精神を保てた。

「つらいことがあったんだな。白。俺がいればなんとかなったのに。なあ白、黒吉の遺品ないか?江戸に怨みを晴らしてくれる術士がいるんだ、遺品に外法、外法で呪いをかけ無念を晴らす事が出来るんだ、どうだ?」

ぶんぶんと白は首を振った。

「ううん、遠慮しておく。あなた鬼なんでしょう?人ではないのでしょう?もう仇はとったからいいわ。気持ちだけもらってく」

「そうかい。復讐したくないならいいさ、強制はしない。ただ復讐したくなったらいつでも言ってくれ、手伝うからな」

「ありがと、ひさしぶりに火邑に出会えて嬉しかった。そうだ高杉様だけどね、あの人肺に病があるの。よく堰きをするしこの間も薩摩への出張中止にしたくらいだから。高杉様を助けてあげて?」

ああ、まかせておけと火邑は白と別れた。

黒、お前と子供の仇は討ったという。なら俺は幕府の砦をふっ飛ばして大川の川開きより派手に弔ってやろう。これが友としての線香だ。

 

朝方、幕府の砦はてんやわんやであった。兵はあっちこっちと走りまわり、堀を掘った土を運んだり、旗を立てたりしていた。遠眼鏡で覗いてみると兵の顔は疲労の色が出ていた。

それにくらべて指揮している上官たちは充分仮眠をとっているのですっきりしている。これでは士気など上がるはずもない。

彼らは兵糧を集めており、即席の蔵に米を蓄えていた。火邑はこの兵糧を一瞬の内に灰にすることが鬼道衆の狙いであった。騎兵隊はその間逃げ惑う幕兵を狙い打ちにすることであった。

「しかし、騎兵隊ってのはすごいもんですね。昨日まで畑を耕していた農民が今日はすっかり兵士の顔ですよ」

「ああ、高杉晋作てのはなかなかの策士のようだ。農民を金で雇って兵隊を作ったんだからな。しかも、持っている武器も西洋の最新式の銃だ」

それに比べて幕兵と来たら戦国時代の鎧に槍、火縄銃のみであった。これでは重くて行動が思うようにいかないはずだ。しかも戦意を高めるためにほら貝を首にぶら下げているからお話にならない。

「ぬはははは、みんしゃい。みなさん、鬼さんよ。あやつらの格好は笑えるわい。あやつら幕府の面子のみ先走って洋式の武器、戦術に耳を貸さん。わしらが得た西洋銃であやつらをぶちのめすんじゃ、大村もよいな?」

小声でおおっと言った。大村とは大村益次郎といい、高杉の右腕である。

火邑はすぐさま兵糧が積んである蔵に向かうと、どがんと砲弾をかましたのである。

蔵は吹っ飛んだ、米の雨が降った。

慌てふためくは幕兵で我が先だと門の外から逃げようとする。そこへ騎兵隊の銃が炸裂、幕兵は蜂の巣になって倒れた。

「ええい、静まれ、静まるのだ!!我らの後ろには幕府がある、将軍徳川が護ってくださる!!お前等は徳川のために死ねばよいのだ!」

上官がわめくが誰も耳に貸さない。貸したら死ぬ。

「く、糞!!おい鉄砲隊敵前逃亡を計るあいつらを撃て、撃ち殺せ!!ここで逃がせば我らの悪評が広がるぞ、さあ、殺せ、殺すのだ!?」

どがぁぁん!!

上官の身体が吹っ飛んだ。四肢はばらばらで吹き飛んだ腕や足が雨のようにぼたぼた落ちた。首が火邑の足元に転がった。生への未練がたっぷり残っている顔だった。火邑はそれを足で蹴っ飛ばし、壁に何度も叩きつけた。

上官の死に様を見た鉄砲隊は敵に後ろを向けて逃げ出した。鉄砲を撃てば今はたった一人の敵を倒せると言う考えが浮かばなかったのである。徳川幕府のために死ぬ人間は一人もいなかった。皆自分の保身のため、金のために幕府側に組していたに過ぎなかった。

火邑は彼らの背中にどずんともう一発砲撃を撃ちこんだ。

将棋倒しのように倒れ、肉片がぱらぱらと降り注いだ。門の前には騎兵隊が銃を構えている、八方塞がりであった。

その頃砦の最上階で指揮官が妾と寝ていた。しかし、騒ぎに気づいたのか起きて外を覗いてみると幕府が一方的にやられているのだ。これには驚いた。

「な、なんだよ、これ!?や、約束が違うぞ?長州は雑魚だけだから一方的に殺せるって、手柄は全部この俺様のものになるって言ってたのに!!ち、ちくしょう、に、逃げてやる。

あいつらが何人死のうが俺様が生きていればそれでいいんだ。?なんだおまえら!?」

そこには鬼が立っていた。いや鬼の面をかぶった下忍が三人、指揮官を取り囲んでいた。

「我等は鬼道衆。貴様の首は我等がもらう、覚悟しろ」

「ふ、ふざけるな!!俺を誰だと思っている!!幕臣悪井人衛門(わるいひとえもん)の長兄悪井八之進(わるいやつのしん)なるぞ!!俺がこの笛を吹けばたちまち兵がやってきてお前等を一人残らず殺すんだ!わかったらあやまれ、土下座しろ。ごめんなさい、もうしませんってな!!」

だが下忍は驚かなかった。

「吹けばいいさ、だが、外の混乱を見なかったのかい?笛を吹いたところで誰も来やしない、ましてや護りがいのないお前なんぞ誰が助けにくるものか」

「い、いわせておけば!!ひゅ―――!!」

竹笛の音が砦中を木霊した。しかし、誰一人耳を貸さない。聞こえたとしても無視するものがほとんどだった。

「ひゅ―――!ひゅ―――――!!なぜだ、なぜ誰も来ない!?俺は偉いんだぞ、偉い存在なのだぞ!?くそ、くそ、くそぉぉぉ!!」

「気が済んだかい?じゃあ、死んでくれ」

ずばぁぁ!!悪井八之進は肩からばっさり斬られ、絶命した。その血飛沫を妾が浴びた。真っ白い乳房が紅く染まる。

「あわ、あわわ…」

言葉が出ない。殺さないで、死にたくない。恐怖のために舌が凍りついたのである。

下忍の一人が八之進の首を刎ねると桶に入れ腐敗防止の塩を入れた、さらに風呂敷に包み背負った。

「女、今逃げれば巻き込まれるぞ?死にたくなかったら我等に着いて来い。妾とは言え無残に殺すわけにもいかんからな、どうだ?」

こくん、こくん。首を縦に振った。同意したのだ。

「さて火邑様が外で派手にやってるからさっさとここから出るとしよう」

 

砦は陥落した。もっともこれは幕府の一部に過ぎないが当分時間は稼げるであろう。

「あんがとさん。火邑殿。おかげで幕軍を簡単に倒す事が出来た、礼をいうぞ」

高杉晋作が手を差し出した。火邑も鉤爪を差し出すと、高杉はそれを握った。

「ああ、それは俺も同じよ。これでお別れだが会えたらまた会いたいもんだ」

「そうじゃのう、会えるといいのう」

「そうだ、印にこれをやるよ。砲弾の薬莢だが他にいいもんがないんでな」

火邑はそういって薬莢を差し出した。普通のより数倍大きい。

「そうか、じゃあわしは言葉を送ろう。今この国はおもしろくない、みんなつまらん人生を送らにゃならん。だからわしはおもしろきことなき世をおもしろく、面白い人生をみんなが送れる時代を作りたいんじゃ。竜馬や勝先生も動いちょる、おんしもがんばりや」

「ああ、俺は江戸の鬼としてがんばるぜ。お前みたいな奴と出会えてよかったぜ」

そういってまた手を握り合った。

翌日鬼道衆は船で江戸に帰っていった。高杉はそれをこっそり見送りながら呟いた。

「また、会えればいいんじゃがのう……」

 

1

年後彼は4月14日午前二時に肺病にやられ、この世に別れを告げた。29歳であった。

火邑の薬莢は騎兵隊縁の地である東行庵に遺体と供に埋められたと言う。

往年初代内閣総理大臣となる伊藤博文は高杉に対しこの言葉を残した。

「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し、衆目骸然として敢えて正視するもの莫し。

これ、我が東行高杉君に非ずや」

と残している。

高杉晋作と坂本竜馬。この二人はのちの文明開化の礎となったのだ。彼らは明治維新を迎える前に亡くなっている。彼らは自分の役割を終えると後腐れなくこの世を去っていった。

『おもしろきなきことなき世をおもしろく』

火邑に残した言葉は現代にも語り継がれている。

彼らはどこに向かおうとしたのだろう、そして、そこへ辿り着けたのか?

それはあの世に行ってしまった当人しかわからないことなのである。

 

あのあと白は騎兵隊の一人と結婚し子供を設けた。明治維新後蝦夷(のちの北海道)に移り住み、その後名字は保村にして家族と供に幸せに暮らしたそうな。

 

終わり


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あとがき

 

苦労した。今回のお話しは陰の十話をヒントにして書いたものである。

火邑が天戒に高杉晋作という面白い奴がいたと言ったところからネタを組み上げていったのです。

しかし、ここからが大変だったのです。なにしろ高杉晋作のプロフィールを調べねばならない。しかし、火邑は第二次長州征伐に関わったものとして、そこの部分だけ調べたのです。

参考資料は外法帖の限定版についていた、書本外法帖と外法帖オフィシャルガイドブック(発行コーエー)で書き上げました。

しかし、ところどころ矛盾しているところもあるのでご勘弁。

確かこの作品はシャーマンキング見たのが六時半くらい、今は十時半くらいだから4時間近くかかりました。(途中二十分くらいインターネットに接続しましたが)

 

ちょいと疲れちゃいました。すぐネタになりそうなのがあるのですが、それはまた後日。

お楽しみに。

 

平成14年3月13日 あと12日でわたしの誕生日です。 江保場狂壱