壬生狼後日談

 

壬生霜葉は那智滝にいた。止めどなく流れる滝の水飛沫が風に舞い上げられ、きれいな虹を作っていた。近くの木や草もしっとりと濡れている。時折り小鳥や山の獣が滝壷付近で水を飲みに降りてきている。その中に狼の親子がいた。子供に先に飲ませている。狼は情が深く一夫一妻を貫く。家族同士で群をなし、意味ない殺戮はしない。それが狼なのであった。

明治以降狼は家畜を襲い、人を襲う害獣として駆除されてしまった。俗にいうニホンオオカミのことである。狼が人を襲うのは住処を荒らされたから、家族のために家畜の肉を手に入れるためであった。江戸が東京に名を変えて以来戦はまだ続いていた。

各地では打ち壊しや一揆が多発し、百姓たちは血税一揆といい、新政府に立てついたりしていた。

「徳川が消えても、江戸が名を変えようと人は簡単に変われぬ。当然だがな」

壬生はごそりと呟いた。

「なんや〜、みぶりん元気なさそうやな〜もっと楽しそうにしいや〜

?

後ろから声がかかった。声の主は門天丸であった。彼は慶応三年京から一緒に鬼道衆に入った男である。眼帯をかけ、常に女性をはべらせ酒を飲む男で、壬生とは正反対だが不思議と馬が合った。おそらく同じ京を故郷とする仲であろう、門天丸が一方的にしゃべり、それを壬生が黙って聞きながら酒を飲むのが多かった。遠目では仲がいいのか悪いのかはわからないが、彼らが戦闘に参加すればその力を十二分に発揮してくれた。

「君か…。なんでもない」

ぷいっと興味なさそうに向いた。それを見てくすりと笑う門天丸。

「なんやなんやつめたいな〜。わいもうじき京に帰るねん。祇園にはわてを待っててくれるかわいこちゃんがあるし、そろそろ帰らんと太郎坊がうるさいんや」

「愛宕山の天狗か…。わからない奴だな、君は」

「う〜ん、わいのことわかってほしいんは、おなごだけやけどな〜。で、あんたは正直どないする?一緒に帰るん、それとも……」

「………」

「函館にでもいくんか?」

壬生のこめかみがぴくりと動いた。図星であった。

「京にはもう新撰組はおらへん、壬生狼は新政府軍に追われ逃げ惑うだけや。あんさんかて腐り切った壬生狼に愛想つかしたんやろ?」

門天丸の言う通りであった。新撰組は現在新政府軍に追われているのだ。

時はすでに明治二年三月。もうじき春が来る季節であった。

近藤勇は流山の戦いで新政府軍に降伏し、板橋にて斬首され、沖田総司は病に倒れて死んだ。土方歳三は新撰組の組員を率いて北海道は函館の五稜郭に逃げてきたのだ。

「これで京も静かになるわ。壬生狼どもめ人斬りの報いや、精々新政府軍に追いかけられ消えちまうがええわ」

「……」

「なんや、みぶりん文句あるんか?まあもと組員やからな、でもあいつら局中法度やゆうて殺しをたのしんどった。そいつらは死ぬのが嫌であっさり投降しよったわ、まあ、ただで済むはずあらへん。一生獄中やな、みぶりんももう忘れた方がええで?」

それだけではない、それだけではないのだ。抜けたから関係ないでは済まされない。

 

壬生ははじめただの霜葉であった。

新撰組は

18635月に結成された。芹沢鴨、近藤勇、土方歳三らが松平容保預かりとなったのである。もっとも新撰組という名前は同年「818日の政変」の功績により武家伝奏からつけられたのだ。ちなみに壬生に屯所をかまえており、壬生狼、壬生浪と呼ばれている。

霜葉はその中にいた。彼は近藤勇に拾われ新撰組に入ったのだ。彼の素性は誰も知らない。近藤は試衛館道場を運営していた頃彼は近くを散策していた。

その時宿無しの少年が近藤にかかって来たのだ。枝一本のみであった。

近藤は一瞬ふいをつかれた。

シュ!!

左側のこめかみを切られ血がにじんだ。近藤は腰に差した脇差を抜くと無礼な少年を頭から真っ二つにしようとした。

が、振りかざされた刀身を枝で受けとめた。ただの木の枝でだ。そして弾き返すと少年は近藤の足を払った。

しかし、近藤はがしっと少年の肩を掴み動きを止めた。少年の動きが止められた。

「ぼうず、何者だ?」

「そ、霜葉、しものはっぱと書いて霜葉だ!」

「なぜ、襲った?」

「お、俺を弟子にしてくれ!俺金ないんだ、通えないんだ。だから実力を見せようとしたんだ!!」

「そうか……」

近藤は少し考えてみるとこう言った。

「死んでも知らんぞ」

そう言って後ろを振り向くと試衛館道場へ向かった。

これが霜葉と近藤の出会いであった。

 

新撰組が京都壬生に本拠を構えたとき近藤が言った。

「霜葉、お前名字がない。今日からお前は壬生、壬生霜葉だ、いいな?」

その頃になると壬生霜葉は試衛館で沖田総司と並ぶ実力をつけ始めていた。

「そういえば壬生さん、近藤さんが六番隊伍長に昇進したようですね」

「そうらしいな。なんでもお前が一役買ったそうじゃないか」

壬生はいつの頃から口数が少なくなっていた。どことなく目が冷めているのである。

「大したことではありませんよ。酒に酔っていた井上さん(井上源三郎。後の新撰組六番隊隊長。試衛館の門下生でもある)と芹沢さんを小枝一本で止めたくらいですよ。それを芹沢さんに誰に剣を習ったと聞かれたから、近藤さんの名前を出しただけです」

「それでもかなりすごいことだがなぁ」

壬生は沖田や土方らと新撰組の仕事を繰り返していた。主な仕事は倒幕派の暗殺であった。京は血に染まったのだ。

これも京都守護職松平容保が作り上げたものだ。彼は保身より幕府と朝廷を思ってのことだったが、あまりに無礼な尊攘派の連中に腹を立ててしまったのだ。

「よう沖田に壬生。元気にしていたか?」

屯所に入ってきたのは芹沢鴨であった。彼は新撰組初代局長である。神道無念流免許皆伝の実力を持っているのだ。

「おかえりなさい芹沢さん。そういえば聞きましたよ、堺で力士を斬り殺したそうですね」

沖田が聞いた。芹沢は待っていましたといわんばかりににっこりと笑うと床にどかっと座りこんだ。沖田と壬生も座る。

「おうよ、町で暑苦しく往来を占拠してたんでな。むかつくもんだから殺しちまったよあっははは」

豪快に笑った。芹沢はその夜、その話を肴に酒を飲み交わした。

近藤たちもむりやり話を聞かされる羽目になった。もう丑三つ刻なのに。土方はあくびをかみ殺していた。沖田、壬生は表情を変えず話を聞いている。しかし、あまり面白くなさそうだ。

しかしそんな彼らの表情など気にしていなかった。酒をますますがぶ飲みし顔を紅くしていた。

「ふぁ〜、そういや芹沢さん聞きましたぜ?この間豪商に金を取り立てたそうじゃないですか。この間店主が愚痴を言っていましたぜ?」

「あ〜、おい土方、なに俺に意見してんだ?俺は新撰組局長だぞ?京の平和は俺が護っているんだ、そのためには金がいるんだよ京の商人どもは俺に金を提供させる義務があるんだよ。け、むかつくな。よし明日金を出し渋ったやつの店焼いてやるぜあっはっは」

そして次の日、彼はそれを実行した。供と一緒に金を出し渋った商人の家を焼いた。火消しが消しに行こうとしても、それを邪魔した。消したら殺すと。

次第に芹沢は暴走を始めた。取り巻きと供に京の町を闊歩し、酒を飲みその代金を要求した主人を斬り殺し、娘を連れ去り祇園に売った。ほんの少しでも悪口を言う町人をいきなり粛清といって首を刎ね、桶の上に飾らせたりとやりたい放題してきた。

「……。会津藩から命令だ。芹沢を殺せと」

「やっぱりね。出ないほうがおかしいですや」

「……。今夜沖田と原田(原田佐之介)に殺させる。今のうちに葬儀の準備を頼む」

「近藤さん。その仕事俺もやりますよ」

壬生であった。

「いいだろう。やれ」

「なるべく楽に死なせてやれや。一応うちの局長だしな」

 

九月。冷たい風が吹いていた。残暑を徐々に取り除き冬の装いをする前の風。草むらでは鈴虫がリーンリーンと鳴いている。空はもう日は落ちており満月がぽっかり浮いていた。家が月明かりに照らされ、青白く映っていた。壬生らの影が月明かりに照らされ、影法師が伸びている、まるで巨人のようだ。

その頃芹沢は愛妾と供に蒲団の中で夢見ごこちに酒を飲み、女は歓喜の声を上げていた。

「へへへ、いいなぁ、いい胸だ。最高だよ」

「あ〜ん、いいわぁ。最高ですわ〜。芹沢さまもっとあちきを愛してくんあまし〜」

「おお、おお!!いいぞ、いいぞ!?お前はいい、お前はいいぞ?へっへっへ」

芹沢は女を喜ばせた。女もそれに答え、ますます歓喜の歌声を奏でた。

この時に芹沢は最高であっただろう、新撰組局長としての自分はここにおらず、ここには桃源郷に意識が飛んだ芹沢の抜け殻が残っていたのみである。

がた!!

ふすまが外れた!!二枚のふすまは芹沢と愛妾の上に倒れた。芹沢には一瞬何が起きたのか理解できなかった。しかし、愛妾は見た。新撰組の服装の男たちを、氷のように冷たい眼差しの男たちに睨まれた、それは蛇に睨まれた蛙のように背筋が凍った。そして彼らは刀を抜き、刀身を自分たちの方に向けた。

突き刺すの?突き刺されるの?あちき、あたしはここで死ぬの?なんで、なんでなの?あたしは故郷におっとうにおっかあがいるんだぁ、まだちっこい弟に妹もおるんだぁ、みんなあたし、あだちの帰りをまっでるんだぁ、きれいなべこ着て、おみやげ持って。

やめて、やめでぐで、やんだぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

ざく、ざく!ざく!!

ふすまの上から沖田と原田、壬生が刀をめったざしにした。突き刺す事に血がぴゅっと吹き出し、呻き声が上がった。蛙のようにぐえっぐえっと泣き声を上げた。

こり、こり!こりり!!

途中骨をかすった感触がした。刺し心地が一瞬良くなった。

ふすまは徐々に血に染まり、紙が柔らかくなってきた。

半刻くらいだろうか、沖田たちは刺し疲れた腕を休めるとふすまをどかした。

芹沢はハリネズミとかしており、針のむしろよりひどい状態であった。蒲団の綿は血で真っ赤に染まっていた。

芹沢はうつ向せに寝ており、その死に様はまるで歓喜の腕の中でぽっかり魂を抜かれたような表情であった。

一方愛妾の方は見てもぞっとする。彼女も刀に突かれた傷が身体中に刻まれていた。

「お、沖田さん!この女の死に顔見てください。白目を剥いて口がぽっかり開いています。その口からどす黒い血がたらたらと……。うげぇ!!」

原田は吐いた。壬生と沖田は芹沢たちの死骸を見た。

男は幸福の内に死に、女は悶絶の表情を浮かべて死んでいるのだ。

「さて帰りますか。店主には小判を握らせればいいでしょう」

壬生はそういうと店を出ていった。刀は芹沢と女の血がべっとりとつけていた。

「あの世で夫婦になってください。この交わった刀の血は芹沢さんと名も知らぬ女の祝言です」

 

「おい、壬生。準備しておけよ?」

壬生は土方に呼び止められた。

時は

1864年六月であった。

「土方さん、何用ですか?」

「おいおい、忘れたのか?今夜は池田屋を襲撃する日だぞ?この日尊攘派の志士たちが密会を開くからそこを襲うんだ」

「そうでした、すっかり忘れていましたよ。では刀でも砥いでおきますか。おや?沖田どうした。顔色が悪いぞ?」

沖田の顔色が悪かった。時折こほんこほんと堰きをしていた。

「い、いえ。大丈夫です、心配ありません。今夜は池田屋でしたね、準備はしておきます」

そういうと沖田は奥の部屋に消えていった。

そして部屋からごほ、ごほっ!ごほぉぉ!!

「土方さん。沖田、大丈夫ですか?」

「ああ、そうだな。だが俺たちには立ち止まる余裕はない。俺たちがやらないとだめなんだ、だめなんだよ」

 

 

「うわぁぁ、新撰組だァ!!」

「た、助けてくれぇ!!」

「くそう、やられてたまるか!!」

その夜、6月

5日、池田屋は地獄と化した。はじめ攘夷派の志士は2階におり、密会をしていた。そこを新撰組が押し入り斬り合いになったのである。世に言う池田屋事件であった。沖田に土方、それに壬生も参画していた。

「くそう、新撰組め!松平の飼い犬め!!やれるものならやってみろ!たぁ!!」

志士の一人がかかってきた。刀を振り上げ、沖田の頭上へ振り下ろそうとした。しかし。

ずばぁ!!

志士の刀は真っ二つになり、頭が割れた。

どてり、膝から落ちた。がっくりと倒れる志士の死体を蹴り上げると、それを見て驚いている他の志士たちの腹をかっさばいた。一瞬彼らは何が起きたかわからなかった、わかった時は極楽浄土か地獄へ旅立った後だった。

壬生の技も負けていなかった。彼ひとりを志士たちが囲み突き刺そうとした。囲んでいる志士は五人。彼らは一声に壬生の腹にめがけ、刀を突き刺した。

ばっ!!

壬生は高く飛んだ。志士たちが突き刺した刀すれすれに飛んだ。その瞬間五秒くらい。

ズサ、ズサ、ズサ、ズサ、ズサ。

彼らは相討ちになった。上から見れば五方星のように刀がそれぞれの志士を刺していた。

壬生はその刀の峰に乗った。その時間一秒。

ばっ!!

一瞬の内に飛び降りた。志士はそのまま立ち往生となった。

「おう、やるじゃんか」

「いえ土方さん。大したものじゃありませんよ」

隊員たちが殺した志士たちを調べていた。畳は血の海となり足の踏み場がない。ふすまと障子は血飛沫で紅く染まった。無論天井にもかかっている、ぽたりぽたりと血が滴り落ちた。志士の死骸に雨のように垂れた。

「あは、あは、あはははは。死んだ、死んじまった、みんな死んじゃったよ〜。あはははは」

志士の一人が壊れた。空気の抜けたような虚ろ笑いを上げた。糞尿は垂れ流しで部屋の中は血の臭いと糞尿の臭いが混ざり、この世の臭いではなかった。店の女たちはとっくの昔に気絶していた。そして二階から血が流れ、一階に落ちてきた。それを見た丁稚や店員たちは恐れおののいた。

「おい、こいつ肥後藩の宮部だぞ?」

「こっちは長州の吉田だ。こんな要注意人物が来ていたとは、今日の襲撃はなかなかの大漁だよ」

「これでこいつらがおとなしくなってくれればいいんだがな」

この事件が元で新撰組は有名になった。

そして多くの志士が新撰組に入隊していったのだ。しかし、彼らの中には志などなく、食い扶持目当てや人斬り目当ての者も多かった。

壬生はだんだん人数が増え、それにともない組の以降を笠に剣を振るう者に愛想を尽かし、彼は組を抜けた。

そして彼は局中法度に当たる組抜けの罪により、同志たちに追われる日々が続いたのである。

 

「それを鬼道衆に拾われ、今に至るか。はやいもんや、もう三年もたったんやなァ」

門天丸は青空を見上げた。上には鴨が飛んでいた。

「おお、壬生殿に門天丸殿ではないか。こんなところで何をしておる」

後ろから声がした。それは雹であった。同じ鬼哭村の人間である。彼女は足が動かないのでからくり人形のガンリュウに乗っているはずなのだが、雹は妙な椅子に座ってやってきた。両脇に車輪が付いている、雹はその車輪を手で動かしながらやってきたようだ。

「お、雹はん相変わらずかわいいなぁ。なんや、その椅子?見たことないな〜」

「うむ、これは嵐王殿がこしらえてくれた車椅子なるものよ。手の力で自由自在に動き回れる代物じゃ」

「な〜る、それはええとして今までの人形はどないしたん?棄てたんか?」

「ばかをいうがいい。ガンリュウは那智滝の奥の洞窟へ封印したわ。わらわも、もうガンリュウに頼ってばかりはいられぬ。この椅子なら自分の力で動かすから自立心が発達するのじゃ。ガンリュウは秘伝中の秘伝じゃ、もうわらわ以外動かせるものはおらぬ。わらわはこれから自分の力で生きねばならぬのじゃ」

「ほうかほうか、そりゃええこっちゃ。でもいきなりなんで?」

「わらわの勝手じゃ。そういえば壬生殿は近いうちに村を出るとか。元気にやるとよいぞ。ただそれだけじゃ」

「ああ、ありがとう」

壬生は唇で薄く笑った。門天丸はその瞬間を見逃さなかった。ぞくりとする笑みではなく、どことなく温か味のある笑みであった。

「ではさらばじゃ。門天丸殿もな」

そういって雹は車椅子を動かしながら去っていった。その後姿はどことなく寂しそうであった。

「なあ、みぶりん雹ちゃん見たか?あの子身篭ってるで?」

「わかるのか?」

「まあな。雹ちゃんしきりにお腹さすっとったし、さするたんび嬉しそうな笑み浮かべとる。く〜ええなぁ!誰や雹ちゃんの相手は?見てみたいわ」

「……」

「んでこれからどないすんねん?」

「俺は俺が進む道を行くさ。そう俺の意思でな……」

「そうか、ならわいがいうことはないわ。好きにしい」

ここで会った三人はこれ以降2度と会うことはなかった。

後日門天丸は京へ帰った。そして天狗たちと供に山奥へ消えてしまったという。

もっとも彼は時折祇園で舞妓と遊んでいるところを目撃されているから、完全に俗物から外れたわけではないようだ。現代でもこっそり祇園で遊んでいるかもしれない。彼は天狗なのだから。

 

「ん、誰だ?そこにいるのは?」

ここは日光東照宮、時刻は夜九刻(現在の夜十二時)松平容保の寝室であった。

松平は旧幕府軍の残党狩りに巻き込まれ、会津藩はぼろぼろ。彼は新政府軍に投降し会津戦争は終結。白虎隊は自刃した。現在彼は宮司(神主で一番地位のある)として一生を終えたのである。今は寝室で寝ていた。

「ひさしぶりだな、松平容保。俺を覚えているか?」

闇の中から一人の男が現れた。壬生である。

「知らぬな、何者だ?」

容保は蒲団の中に入ったまま答えた。

「壬生霜葉だ。三年前京において芹沢鴨の亡霊とともに襲った男だ。忘れたか?」

「その頃の記憶は曖昧だ。己の心の弱さに負け、妖怪にとりつかれた頃は特にな。しかし、名前は知っておる。よく近藤が憂いておったわ、新撰組を一番愛しておったお主が抜けたことをな。何用だ?」

そういうと壬生は一本の刀を枕元に置いた。それは壬生が背負っていた村正であった。

「これを封印して欲しい」

「何かは知らぬがなぜわしがそんなことをせねばならぬ。ましてや貴様にとってわしは敵のはず、なぜだ?」

「……、わからない。気がついたらここに来た。お前にはこれを封印する義務がある、徳川を仇なすこれを、そして2度とそれを誰の手にも渡さぬようにと……」

暫く沈黙が続いた。外は月明かりが美しかった。社や鳥居が青白く染まり、神秘的な建築物がさらに神々しく見える。虫はまだ季節でないので鳴いていない。

「いいだろう。これがわしの幕府として最後の仕事と割り切ろう。それでお主はどうする?伝家の宝刀を手放しどこへいくのだ?まだ函館は戊辰戦争の真っ最中だ。お主はそこへいくのか、犬死になるだけだぞ?」

「関係ない。俺は狼だ、狼は仲間を見捨てることなどできぬ。笑いたければ笑うがいい」

「いや、笑わぬ。行け、じきに人が来る。それはわしが責任を取って封印しよう」

「済まぬ」

声はそれっきり聞こえなくなった。後に残るのは夜の静寂のみだった。もうそこには誰もいなくなった。容保は闇に慣れた目をぱちぱちしながら天井を見上げていた。

「もっと早く出会っておればよき友になれたものを。まったく情けないな、己に慢心があったから異形にとりつかれたのだ」

容保はゆっくりと目を閉じた。自分が意欲満万だった頃の若い日の夢を見た。

 

ぱーん、ぱーん!ぱーん!!

「ぐはぁ!!」

西洋銃の弾丸が身体中にのめり込んだ。蜂の巣になって死んだのは元新撰組の組員だった。

やったのは新政府軍であった。回りは死骸で埋め尽されていた。

現在新撰組は甲陽鎮撫隊と名を変えており、 土方歳三と供に戦っていた。

鳥羽・伏見の戦いから戊辰戦争と戦地を巡り、現在北海道は函館戦争に参画していた。

「おい、五体満足の奴はいるか?」

「あ、土方さん。……いえ、もうだめです。もう全員傷だらけです。土方さんだって……」

「ははは、まいったな。こりゃあ五稜郭でおしまいかね?我ながらここまで良く持ったほうだよ」

土方は力なく笑った。他の組員も元気がない。もうじき死神が迫って来ているからである。

「いえ、なかなかですよ。しぶとさだけは組一番ですからね」

土方が振り向くとそこにかつての同志であり、組を抜けた男壬生霜葉が立っていた。土方は頬をつねった。痛みが走る。夢ではないようだ。

「な、み、壬生じゃねぇか!!なんでここに?」

土方は壬生の両肩をぽんぽん叩いた。裏切り者というより旧知の親友のような振る舞いであった。

「へへへ、これで新政府に一泡吹かせてやるぜ。そのつもりで来たんだろう?」

「いえ、違います。自分のためですよ。自分に決着をつけるためにここに来たのです」

「あっはははははは!!そういうと思ったよ!!まあ言葉で飾るのはお前らしくないからな」

わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

新政府軍の雄たけびが聞こえた。土を踏む音がずんずん響く。空気は硝煙と死臭が混じり、空はどんよりとした雲の幕が垂れ下がっていた。

「そうだ、壬生。近藤さんがお前に会ったら伝えてくれと頼まれたんだ。『霜葉よ。子供を作れ。そして父親になれ』だとさ。まいるな、お前にそんな甲斐性あるわけないのになぁ!!」

「失礼ですね。わたし子種は残しました。顔を見ることはできませんでしたが」

「はっはっは!!こいつは驚いたな、お前見直したよ。さてやってきたな?行くぞ壬生!!」

「では、まいりましょうか……」

どどどどど、土煙を上げながら新政府軍が突進してきた。その手には西洋銃が握られている。一斉に撃たれればまず助からない。しかし、退くわけにはいかないのだ。

「新撰組副長、土方歳三!!俺の死に様とくと拝みやがれ!!」

 

「ね〜んねん、ころ〜りよ〜、おころりよ〜」

でんでん太鼓を叩きながら、雹は子供をあやしていた。夜空には満月がぽっかり浮かんでいた。赤子は月を見てきゃっきゃと笑っていた。

「聞いたか?函館では五稜郭で新撰組の土方が戦死したそうじゃ。ほっほっほ、ぬしにそのようなことわかるはずはあるまいに」

雹が子を産んだとき、九角天戒は名付け親になると申し出た。しかし、雹は断わった。名前はすでに決めてあるのだという。

「おお、見るがよいあの月の下に咲いている花を。あの花はぬしの父親が大好きであった花であるぞ。月華(げっか)。ぬしの名前はあれからつけられたのじゃ。

おや?眠いのかえ?よし、歌ってやろう。そして眠るがよい。ね〜んねん、ころり〜よ〜、おころりよ〜。ぼ〜や〜は、よいこだ〜ねんねしな〜」

月の下には、月明かりに照らされ花がひっそりと咲いていた。

秋風に吹かれ、頼りなく揺れるその花の名前は月下之花。

名前はオオマツヨイグサ。花言葉は『自由な心』であるが、その名前が出るのはもっと未来の話である。

 

終わり

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あとがき

 

今回は壬生の話になりました。時代設定を調べながらの作業だったので思ったほど時間がかかりました。

しかし、時代考証でこいつはおかしいのではとか思われるでしょうが、この辺はご愛嬌。

ゲストキャラは近藤勇と土方歳三です。沖田総司や松平容保はゲームに出ているので苦労はありませんでしたが。

今回は特に新撰組の斬り合いというか一方的な暗殺劇に力を込めました。

漫画やドラマなどでは多少美化されていますが、新撰組とは元来暗殺集団です。時には闇討ち寝込みを襲ったそうです。これは剣風帖で第拾八話でアン子が新撰組は暗殺組織と言っていましたから。ですからちょっと吐き気がするかもしれません。

今回は結末をぼかして見ました。あまり最後まできっちり書くと興醒めするので。

よくよく今までの外法小説読み返していると最後に女性が子供を産んで終わる事が多いです。これは少しでも陰惨な話が新しい命によって重い雰囲気を少しでも払拭したいためです。ワンパターンですけどね。ではまた。

 

平成14年3月27日 最近PS2を買ってメタルギアソリッド2を遊んでいる(最近は朝が早いので長く遊べない)江保場狂壱