十兵衛転生秘話

 

そこにはなにもなかった。

なにも見えなかった。

なにも感じる事ができなかった。

肌に感じるものはなく、寒さも暑さもない。

身体はまるで海水の中のようにぷかぷか浮いている感じだった。

かといって肌にまとわりつくものはなにもない。なにも感じない。自分がそこにいる感触もない。

そこはすべて無。文字通りなにもない。足を伸ばしても土を踏む事もなく、また手を伸ばそうとも掴めるものなどなにもない。目を開けたところでなにが見えるわけでもない。闇?違う。

無。

そう無だ。なにもない、なにもない。そして俺は何者なのだ?

そう考えたのはその無の中ではなかった。

俺は突然有の世界に引きずられた。その後にだ。

事の起こりはこうだった。

俺は胎児のようにうずくまり、虚空の空間をふわふわ漂っていた。

ある日、いや時間は関係ない。きまぐれに1度目を開けてみた。

無。闇よりも見えぬ、空間。そこには本当になにもない。目を開けたのも本当にきまぐれ。

開けたところでそこに何が見えるわけではないのだ。第一それで困った事などないのだから。

ところがその時はいつもと違っていた。針の穴ほどの光が見えた。初めての事だった。

俺はその光りに魅入られた。というよりひまだったからじっと眺めただけにすぎない。

光りは大きくなった。枯草に火が回る様に光はやがて俺の身体を包み、やがて囲んだ。

とくん。とくん。

心の音が聞こえた気がした。母親の体内の記憶が甦るの如く、心の音は激しく鳴り響いた。

そしてあまりの眩しさに目を閉じていた。心地よい暖かさが全身に駆け巡った。

 

「うむ、やっと起きたな。ひさしぶりだな長兄よ」

誰だ?俺を長兄と呼ぶのは?体が重い。鉛のような重さだ。手を少し動かした。

じゃり、じゃり。

土を掴む音がした。足を伸ばせば土の感触がした。背中には土の温かさが染みてきた。

今までに、いや、久しく忘れた感触が甦ってきた。

目が慣れてきた。しぱしぱと瞬きすると目の前がはっきり見えてきた。

そこには男が立っていた。西洋風の鎧を着てマントを羽織った男だ。紅蓮のような髪、そして顔を見た。武人のような顔立ち、しかし目はすべての生き物を蔑むような目であった。

俺はこの男を知っている。誰だ?こいつは誰なんだ?

「……宗嵩?お前宗嵩か!?バカな、お前は死んだはずだぞ!!」

そうだ、こいつは俺の弟で三男坊の柳生双次郎宗嵩なのだ。しかし、生きていたのか?

だがおかしいぞ?俺は確か四十三で死んだはずだ。親父殿柳生但馬守宗矩が死んだ後どっかに消えてしまったのだ。その当時と同じ容姿とはどういうことだ?それに俺の身体は?

「死んだのは長兄あなただ。柳生十兵衛三巌」

「どういうわけだ?お前は消えた当時より変わっておらん。そして死んだはずの俺がなぜここにいる?答えてもらおうか?」

「ふ、簡単な事だ。外法だよ、外法で貴様を甦らせたのだ。道端に落ちていた骸を使ってな」

「骸…だと?」

「そうだ。死んで間もない人間に外法を施せば過去に死んだ魂を呼び寄せ、復活させる事ができる。現に長兄、今の状態がその証拠だ」

驚いた。宗嵩の野郎しばらく見ない間人外の力を会得した様だ。

1度死んだはずの俺を甦らせた。そう黄泉から帰って来たのだ。なんたる恐ろしい業だ。なんたる人の理を無視した業だ。

「で?俺を甦らせて何をさせる気だ?幕府転覆か?」

「ふっ、幕府だと?あのような虫の巣になんの用がある?俺が望むのはこの世界の滅亡よ。人という愚かな生き物を一掃するためよ」

「……なるほどな。しばらく眠っていた間お前はすっかり親父殿の教えを忘れた様だな。神気を、活人剣をな!!」

神気とはものがものであろうとする意思のことだ。上野の桜が毎年花を咲かせるのは誰かに頼まれたからではなく、桜が自らの意思で花を咲かせることだ。目には見えなくともそこには意思がある。そのものがそのものを示す様に。

「ふん、忘れたわそのようなこと。今の俺にはこの国を消し去る力がある。虫どもを蹴散らし俺だけの世界を築き上げる力がなァ。長兄。俺は次兄主膳宗冬に斬られて以来人をすてたわ。そして200年、この時が来るのを待っていたのだ。そう龍脈がもっとも活発になるこの時代をな」

ますます驚いた。俺が死んで最低でも200年は経っていたらしいな。しかし、宗嵩の奴なんで俺を甦らせた?それに宗冬の奴宗嵩を殺そうとしたとは、たかが1万石のために人を殺すとはなんたることやら。

「お前どういうつもりだ?幕府転覆に興味がなく、ただ世界を滅ぼすためとはなぁ。どうせなら親父殿か宗冬を甦らせたらどうだ?二人の方が俺より賢いはずだが?」

「ふん、あの欲ボケどもには興味はないわ。長兄。貴様にそこの修羅の世界を見てもらうためだ。この国は今愚行の真っ最中よ。己の欲に狩られ殺しあっておるわ。長兄は江戸に住んでもらう。そこで俺がこの世界の覇者となる日を待つがいいわ」

「俺がお前の素行を見逃すと思うか?活人剣を忘れ、命を、すべてを奪う殺人剣のお前を見逃すと思うのか?」

「ふふふ……」

突然宗嵩は剣を地面に突き刺した。

ずさぁ!!

俺は間一髪交わす事ができた。まだ身体は本調子ではない。

「死ね」

頭上目掛けて剣を振り下ろした。

ビュン!!

空気が切り裂かれる音がした。

ピュ!!

頬が切れた。あぶないあぶない。もう一歩足を踏み込んでいたら顔ごと真っ二つだった。

次はこっちの番だ。

俺は木の枝を拾うと宗嵩の元まで歩み寄った。

宗嵩は再び剣を振るおうとしたが、俺は枝で奴の喉を切り裂いた。

ぶしゃあ!!

喉は裂け、血が噴出した。後ろへ下がって血をかわした。浅かったから致命傷には至らないだろう。

「やはりな。転生直後でも柳生新影流の腕前は変わらぬようだな」

宗嵩の喉の傷がわしゃわしゃと蟲が群がり、やがて塞いでしまった。やはりこやつ人としての理を捨てた様だな。

「あーっはっはっは!!さらばだ長兄よ。貴様はただそこにおればよい、待てばわかる。後は指示が来るまで待つがよいわ」

ぶわしゃ!!

宗嵩の身体が無数の蟲に変わってしまった。蟲は寄りつくものを失い、土の上を這いずり回りやがて木の洞や草むらの影に消えてしまった。

うむ、今までのは奴が蟲で作った虚像というわけか。ふん、面白いな。さてさて奴が何を仕出かすか楽しみというものだ。

 

俺の身体は老人の身体だった。泉に顔を移せば自分以外の顔が移る。確かに俺は死んだのだ。そして宗嵩にこの世から引っ張り来られた。まったく迷惑な話だ。

さて江戸に住んでみたが世の中かなり変わっている様であった。人口が百万近くだというから驚いた。異国のぱりやえげれすでは五十万くらいだというから江戸も随分太ったものだ。それに10年前浦賀に黒船なるものが来たそうだ。それに乗じて攘夷派や尊皇派が殺し合いをしている、まったく、楽な道ばかり選びやがって。活かすことが考えられないのかね、まったく。

そういえば生前、島原の乱の時に切支丹が三万人近く皆殺しになったが、今も切支丹弾圧は続いている。

現在の将軍は14代で徳川家茂という。俺のときは、家光様は三代目だったから11人は替わったんだな。うんうん。

とりあえず俺は人に雇われ畑仕事を始めた。せっかく200年後の江戸なのだ。外法とやらはわからぬがここは今の生を満喫するとしよう。剣に関わるのはずっと後にしよう。今はただの爺で充分だ。せっかく別の人間になったのだからな。

この日も労働にくたびれて帰る途中だった。総菜屋でイカの天ぷらとさつまいもを買うと夜道をひとり歩いていた。なにもない、森が続いていた。しばらくすると気持ち悪い声がした。なんだろう?耳を澄ませて見た。

(うぉぉぉぉ、からだがほしぃぃぃ!!)

(おぉぉぉぉ、からだ、からだだぁぁぁぁ!!)

(ぬけがけはゆるさぬぅぅぅ、からだをよこせぇぇぇ!!)

悪霊であった。無念の死を迎えた輩が俺の身体を目掛けてやって来た。

どうやら外法で甦った代償のようだ。第一生の理を無視してなにも起きない方が不自然だ。宗嵩め、ここで騒ぎを起こして龍脈とやらを刺激したい様だな。

「かかってくるがいい。お前等の無念俺が晴らしてやる」

腰には買った木刀がある。俺はそれを振るった。ぼんぼりのように淡く光る頭蓋骨のような玉がぱふっと砕け散った。そして中から真っ白い人の顔が飛び出していった。

(おお、こころが、心が洗われる……)

成仏したのだ。甦りの利点として俺には悪霊を討つ力が備わった様だ。この調子ですべての悪霊と野ざらしを砕いていった。

(ああ、やっと解放される……)

(ありがとう、これで安らかに眠れる……)

悪霊たちは解放されていった。

「やれやれ、早く帰ってめしでも食うかね。ふぅ」

 

さてこの日、俺はあるいたずらを行なう事にした。

それは俺が書いた文筆を売るのだ。俺は若い頃文筆家として著書を残しているのだ。まあひまつぶしだな。

俺は王子の骨董品店に来た。名は如月骨董品店といい、店主は老人だが(俺の今の身体は老人だが)なかなか良い目を持っている。この店に売るのだ。

まあ、紙は新しいし墨の臭いもきついからすぐばれるだろうな。でも、筆跡は完璧に俺のだから混乱するに違いないな。くっくっく。

「主、いるかい?」

奥から老人がやって来た。頭が剥げあがった腰の曲がった老人だ。

「いらっしゃい、なんにする?」

「ああ、実はある品を買い取ってもらいたいのだがいいかね?」

「ほう?なにを売るんじゃ?」

そういって俺は一本の掛け軸を渡した。

「これはな、かの柳生十兵衛三巌が書いた掛け軸よ。いくらで買ってくれるかね?」

そういうと店主は掛け軸を鑑定し始めた。半刻後店主は鑑定し終わるとこう言った。

「残念じゃがこれは偽者じゃな。紙が新しいし、墨の匂いもきついからのう。これはお前さんが書いたのじゃないのかね?」

「へへへ、ばれちまったか。それでよう、蕎麦代くらいは引き取ってくれねぇかい」

「そうじゃな。あんまりかわいそうだから蕎麦十杯くらいは買い取ってやろう。いいかね?」

「へぇそいつは太っ腹だな、これで今日は腹が膨れるってもんだ。ところで爺さんあんた本当に爺かね?」

店主はぎろりと睨んだが下の方へ向いた。

「それはどういう意味じゃな?わしにはよくわからんが……」

「そうじゃな、今のは忘れてくれ。じゃあな」

店主から銭を受け取ると俺は帰った。あの爺さんうまくばけているようだが、間違いない忍びだな。俺でなければ看破できなかったが、なかなかの変装だな。まあ、いいさ。突っつくこともあるまい、藪から蛇になるかもしれんかからな。

俺が帰ろうとすると駕籠がやってきた。どうも幕府のお偉いさんみたいだがどうでもいい。さて帰りに掛け蕎麦でも食って帰るとするか。冷酒もひっかけてな、へへへ。

 

「おい、店主また来たぞ」

「おお、これはいらっしゃい。いつもごひいきに。今日はどういった用件で?」

「うむ、この店の品揃えはわしも頭が下がるわい。でなにか良いものはないかね?」

「ええ、今日はいいものがありますよ。かの柳生十兵衛の縁の品ですよ?」

そういって店主はさっき買い取った掛け軸を幕臣に差し出した。

「ほお、柳生十兵衛の品とな?わしがもっとも集めておるのは柳生十兵衛の品よ。どれどれ?」

そういって幕臣は掛け軸を見始めた。

「ふむふむ、紙はまだ新しい。墨の匂いも……?この字、むむ?な、そ、そんなばかな!?」

幕臣はこけた。ひいひいと信じられないと息を切らしている。

「どうなされましたか?この掛け軸がなにか?」

「こ、これは本物じゃ。十兵衛の品じゃ!!間違いない、わしは幾度となく十兵衛の筆跡を見ておるからわかる。紙が新しいがこれは柳生十兵衛の品じゃ!!あふあふ」

幕臣は泡を吹きながら御付の者に担がれ帰って行った。

そこに残ったのは店主のみ。彼は奥に帰ると顔を手にかけるとべりべりと顔の皮を剥いだ。いや皮ではない。変装用の動物の皮であった。そこには18〜19歳の若者の顔があった。

「……。あの老人何者だ?俺の変装を見破り、尚かつ本物の柳生十兵衛の筆跡とは。さて鬼道衆に進言しておこうか……」

 

「ひさしぶりだな、十兵衛よ」

ある日俺が住む長屋に一人の女が尋ねてきた。妙齢のようだが俺はこの女にあったことがない。器量はよいから会ったら忘れるはずがないんだがなぁ?

「くっくっく、わからぬか?いやわかるはずがあるまい。俺とてそうだった」

わかるまいだと?この女まさか……。

「我は宮本武蔵。俺が死んで5年後に死ぬとは人とはもろきものよ」

驚いた!しかし、次の瞬間、なるほどと思った。宗嵩め、俺だけでなく武蔵まで外法で転生させてやがったか。しかも女の身体で。外法とやらはまこと生と死の理を無視した秘術だな。うむ、けしからん。近いうちに奴に活人剣を再度教えねばならぬな。

「驚いたか?俺も驚いた。まさかよりによって女の身体でこの世に甦ったなど信じられぬわ。しかし、これで我が悲願が成就できるというもの」

「悲願だと?剣聖と呼ばれたお前さんはまだこの世でなにがしたいというんだ?」

「くっくっく、貴様のように一万石を捨て、無頼奔放のように暮らしたお主にはわからぬわ。俺には剣をもっと極めねば気が済まぬのだ。晩年一度女を抱いた、激しい快楽を得られたがそれだけよ。13の時に有馬喜兵衛を殺して以来の快楽は得られぬわ。俺はもっと強い剣士と戦いたいのだ、そう、どんな手を使ってもな……」

「佐々木小次郎のときもそうだったな、お前さんはどんな卑劣な手を使ってでも勝とうとする男だった。今は女か、まあ、勝つ事はよいことよ。負ければそれでおしまいだからな。ところで今日は俺に何の用だ?」

そういうと宮本武蔵(今は女だが)は包みを差し出した。中には団子が数本。

「土産だ。近づきの印にな……」

「ほう、どれどれ?」

俺は団子を一本取ると、近くを歩いていた野良犬に放り投げた。犬は嬉しそうに団子に食らいついた。そして泡を吹いてばったりと倒れたのである。

「毒か、油断も隙もない」

「はっはっはっは!!さすがは柳生十兵衛よ。今日はこれで帰ろう、あと言っておくが近いうちに黒蝿翁という男がやってくる。お主の弟の使いよ、そやつが指示を出すそうだが我にはどうでもよい。強い剣士と戦えるのならな!!」

そういって去っていった。

死してなお剣の道に魅入られたか……。武蔵よお主は貪欲よのう。

 

数ヶ月後、江戸は真っ暗であった。もうじき冬なのはわかるがある日を境に太陽がまったく出なくなった。

火盗改めが龍泉寺という寺で倒幕派の人間たちとひと悶着起こして三月くらいの時だ。

宗嵩め、何を仕出かす気だ?うむ、そろそろ奴を止めねばなるまい。これ以上人の世が混乱してはいかんからな。

「ククククク、柳生十兵衛ダナ?」

「誰だ、お前さんは?」

いつのまにか男が一人立っていた。京の公家のような格好だがどうも違う。顔は妙な文字が書いてある布に隠されてよく見えない。

「お前さんかい?武蔵が言っていた黒蝿翁というのは?」

「ククク、ソノ通リダ。貴様ニ伝エテオク、武蔵ハヤラレタ。龍閃組、ソシテ鬼道衆ニナ。宗嵩様ハ五月蝿イ蝿ヲ潰ス様、貴様ニ命ヲ下シタノダ」

「ほう、武蔵をな?そいつらはよほど強いらしいな、それも宗嵩が恐れるほどに」

「バカナ、ヤツラハムシケラダ。貴様ハイワレタ通リニ動ケバヨイ、イイナ?」

いかすかない野郎だ。自分が人間だということを忘れていやがる。

「それで奴はどこにいるんだ?お前が言う人を虫けらと呼ぶ男は」

「富士ダ、富士ノ頂上ヨ。シャベルナヨ?」

そういうと黒蝿翁は消えた。さすが人をやめた男に相応しい子分だな。ああいうのは同じ思想の持ち主同士でないといかんだろうな。うんうん。

うむ、稀代の剣豪宮本武蔵を倒した連中だ。そろそろ本腰をいれぬとな。

俺は街中を歩いた。昼間だというのに薄暗いな。最近油の値段が高くなった様だ、それに闇に乗じて悪さを働く輩が増える一方だし、物騒な世の中だな。

「おい、そこの怪しい奴、こっちに来い!!」

「は、放せ!ちくしょう!!」

「うわ、いてぇ!許さぬそこの浪人ひっとらえてやる!!」

「くそぉ!へぼ役人死んじまえ

!!

番所が随分うるさいな。どうやら浪人狩りでもやってるようだ。宗嵩の家来でも探しているのか、ふむ。幕府はよほど暇人を雇っている様だ、あんなんだから浪人だけしか捕まらんのだ。

さて番所の中で待つとするか。

中は慌しく、役人ども駆け巡ってやがるな。俺が入ってきたのに気づきやしない。

「おい、坊主。茶をださねぇのかい?客が来たというのになぁ」

「ん?な、なんだ爺!?いつの間に入って来たんだ!?」

役人の一人がやっと気づきやがった。

「ほうじ茶でもいいぞ?出されるものならなんでも飲むがな」

「ば、ばかなことをいうな!!さ、さっさと出ていけ!!」

そういって俺の肩を掴もうとしたが、すっと避けた。

どて!!倒れた。手を擦りながら、痛がっている。

「お、おい。どうした?なんだこの爺は!」

「つつつ、そ、そうだ!この爺を捕まえてくれ!いつのまにか入りこんだんだ!!」

ぬらり。大男がやってきた。腕は俺の身体の腰ほどの太さだ。うむ、力ずくで追い出そうという腹だな。

「げへへ、さっさと出ていけ。出ていかないとひどい目に会うぜ?」

大男は指をぽきぽき鳴らしながら笑った。げへへと笑うか、普通?

「やれやれ。力自慢に限ってきしょい笑い方をしやがる。きな、2度とげへへとわらえなくしてやるわい」

「げへへ、爺後悔するんだな!」

突っ込んできた。年寄り相手によくここまでやる気がでるものだ。幕府はいつの時代も権力に傘をきている奴が多いな。

ひょい。俺は大男の突き出された腕を掴むと、そのまま壁に叩きつけ、外へ放り投げた。

ドガン!ガラガラガラ、ドシン、ドシン。

「げ、げへへ、へへ……」

大男は泡を吹いて気絶した。最後までげへへと笑いおって、少しは反省すればよいのがな。

「おい、これは何の騒ぎだ?」

「あ、はい。実はこの爺がいつのまにか番所に入り込んでいて、つまみ出そうとしたらこの始末」

役人に尋ねてきた若者は紅い髪をした男だ。宗嵩の髪と少し似ているな。こやつここからでも血の匂いがぷんぷんとしてやがる。相当な人数を斬ったようだな、しかし、その眼は殺人狂ではない、何か信念を持っている眼だ。

他にも若者が8人ほどいる。その内槍を持った坊主、こいつは龍蔵院の使い手の様だな。そして無手の小僧に、三味線を持った妖艶な女、この女どうも普通の人とは違う気を発しておるな。こいつらは紅い髪の男を若だの御屋形様だと言っている、間違いないなこの男鬼道衆の親玉だ。よしちょっくら試してやるとするか。

「け、せっかく来てやったのに茶のひとつも出しやがらねぇ。だから浪人しか捕らえられねぇんだよ」

「く、こ、この爺……」

「待ちな爺さん。今浪人しかとか言ったな?あんたこれがただの浪人狩りじゃないと知っているな?」

ほう、なかなかするどいな。剣士か、澄み切った目をしておる。他に高野山の坊主に、弓使いの小娘、着物の女は大和撫子にしては艶がありすぎる、切支丹だなこの女。

最後に無手の若者。こいつがこいつらの中心の様だ。

ふふふ、こいつらが活人剣か、殺人剣かを見極めてやるか。活人ならよし、殺人なら残念だが死んでもらわねばならぬ。宗嵩の殺人剣に、殺人剣では破滅を招くだけよ。

まあ、こいつらが活人剣なら俺は死ぬな。まあ、いいさ。どうせ俺は一度死んだ身だ、惜しいわけがない。それに200年後の世界も、生活も満喫したことだしここらが潮時だな。

「わしのことが知りたいならついて来な、茶のひとつは馳走してやるぞ?」

 

終わり

 前へ戻る

タイトルへ戻る

あとがき

 

今回は一番マイナーな柳生十兵衛のお話です。

邪に一度しか出ないのに書いちゃいました。やはり柳生宗嵩のお兄さんと言う事で出しました。(宗嵩は架空の人物です)

柳生十兵衛とは時代劇のヒーロー的存在です。

外法帖の元になった小説魔界転生では甦った剣豪たちを相手に戦いますし、PS2のゲーム、鬼武者2では故松田優作が出演するほどですから。

今回は少々失敗したかもしれません。

十兵衛を軸とし様々な人物を出しすぎたためです。そのため十兵衛以外は一発キャラとなってしまったのです。

でもまあ楽しんで書いたのは確かです。

 

最近交通誘導の仕事がびっしりあるのでペースは落ちるかもしれません。

今後書く予定だと

ほのかがアメリカに渡り、サンフランシスコを中心とするお話。

涼浬が明治維新後、如月骨董品店を継ぎ、自分が何をすべきかを迷う話。

京悟が女難の相にあい、桧神と小鈴に江戸中を追いまわされる話などを考えています。

すぐに話になりそうなのは京悟の方ですね。

ほのかの場合当時のアメリカの事情を調べてから出ないといけないので、遅くなるかも。

ではまた。

 

平成14年4月2日 江保場狂壱