劉弦月後日談

劉の後日談です。一応双龍変です。

 

2004年3月25日―――東京・新宿

 

「いらっしゃませ、マミーズへようこそ!!何名様ですか?」

「5名様で〜す!」

女子高生が右手を突き出した。女子高生は4人だが真ん中には不似合いそうな男性一人。年は20前後で薄汚い皮ジャンを着ており、頭にバンダナを巻いていた。妙に揉み手の似合いそうで、左の目に一筋の傷跡が走っていた。

女子高生たちはきゃっきゃと騒ぎながら窓際の席に案内された。そしてウェイトレスに注文をすると彼女たちは男性を相手に話を始めた。

「ねぇ、劉さん、あたしの恋愛運占ってよ〜」

「だめよ〜、あんたこの間香仙高校の彼氏できたでしょ?今度はあたしが占ってもらうのよ!」

「ずっるーい!あたしよ!」

「あたしだったら!!」

「まあまあ、まちぃや。そないあわてんでも占いは逃げへんで?」

女子高生たちは男性を取り巻き、もみ合った。彼は占い師なのだろうか?しかし無茶苦茶な関西弁を喋っている。

「でもさ〜、劉さんもったいないわよね〜。雑誌とか紹介してもらえればもっと儲かるのにさ〜」

「ばかね、そんなことになったらあたしら占ってもらえないじゃん!」

「そうだよね〜」

「それにしても劉さんのひよこ占いってどうやるわけ?」

女子高生の一人が男性に尋ねた。彼の名前は劉。劉弦月(リュウ・シェンユエ)といい、中国生まれの青年であった。彼は新宿中央公園を中心にひよこ占いをしており、それが大変な評判であった。その上値段もリーズナブルで占う本人も美形だから女子高生たちも放っておかないのだ。ただ彼は生活無能者で住所は新宿中央公園でホームレスたちと一緒に暮らしており、食べ物などはホームレスたちと一緒にポリバケツを漁っていた。彼女たちはそんな劉が心配でよく食べ物や父親や兄のいらなくなった服などを持っていった。今日も占いの代金とは別にファミレスで奢ってもらったのである。

「わいの占いはな、このひよこたちで占うんや」

劉はひとつのダンボール箱を取り出した。中にはぴよぴよとひよこが2匹。

「こいつがぴよこでメスや。こっちはぴよ太郎でオスなんや」

「・・・あたしらにはどれも同じでわからないや。良く区別つくね?」

「わいぐらいやと、きっちり区別がつくで?何年もひよこを見続けるとな」

女子高生たちは箱に入っているひよこを見て、ため息をついた。

「あの、お客様。ペットの持ち込みは厳禁なのですが・・・」

ウェイトレスが恐る恐る声をかけた。注文したものをトレイに載せていた。

「何いってんのよ、これは劉さんの商売道具だからペットじゃないのよ!!」

「言いがかりつけるともう二度とここへ来ないわよ!!」

女子高生たちはぷりぷり怒って抗議した。ウェイトレスは注文されたものをテーブルに置くとしくしく泣きながらそそくさと逃げていった。

「うーん、悪いことしたなー。はよ食べて出ていこ」

劉はチキンカレーを食べ始めた。女子高生たちはパフェやスパゲティなどを食べ始めた。

「そうそう、もったいないといえば占い師でもう一人いたわねー!」

「うん、いたね。確か新宿の魔女でしょ?良くあたるんだよねー!」

「確か母親も同じ占い師だって聞くし、なんか神秘的だよねー!」

「ねー!!」

彼女たちは食事中でもおしゃべりをやめない。劉はぽつんとカレーを食べている。女子高生のパワーに圧倒されているのだ。食事が終わると彼女たちは会計してそのまま劉と別れた。

 

劉は新宿中央公園を歩いていた。腹ごなしに散策しているのである。時刻はもう夕方だ。4時半には暗くなっていたのが、段々日が長くなってくる。もう季節は春だ。今彼は中央公園で一人の老人とともに暮らしていた。6年前も劉はその老人と暮らしていたのだ。彼は当時ある男を捜していた。その男は自分の故郷を、家族を破壊した憎むべき敵であった。劉は復讐のため日本へ渡り東京にやってきた。ただ間違って大阪に来てしまい、途方にくれたところ親切なトラック運転手に出会い、彼に日本語を教えてもらい、仕事の手伝いをしながら東京にたどり着いた。劉が東京に来た頃には彼は関西弁をマスターしていたのだ。

東京にはどうしても会いたい人間がいた。その人は自分より1歳年上で、自分はまだ生まれたててあった。劉の名前、弦月はその人の父親の名前の一部をもらったのだ。念願は叶いその人と会うことができた。5年前その人は高校を卒業した後劉とともに中国へ渡った後別れ離れになり、その後の消息は不明であった。

「こら、おとなしくお縄を頂戴しろ!!」

女性の啖呵を切る声が聞こえた。劉は何事かと声の元へ向かうと5人の男が一人の女性を囲んでいた。男たちは10代後半くらいで髪を金色に染めたり、耳や鼻にピアスを入れたり、頭部に刺青を入れていたりと見るからに品がよさそうには思えなかった。手には警戒棒やチェーン、ナイフなどを持っている。

女性のほうは驚くべきことに婦人警察官であった。体は小柄で髪は短く赤毛であった。男に囲まれていても決して物怖じしていない。劉はその顔に見覚えがあった。彼女は6年前自分とともに戦ってくれた仲間なのだ。

「君たち!こんなことをしてただで済むと思ってるの!!」

「うるせぇ!このあま、俺が自転車で二人乗りしているだけで切符切りやがって!!」

金髪でハリネズミのような髪型の男が叫んだ。どうやら注意されたのが腹立たしいようだ。

「だって自転車の二人乗りは違反だよ。交通ルールは守らなくちゃいけないの知らないの?」

「くそぅ、国家権力をかさにしやがって!おい、俺たちは未成年なんだ、婦警拉致って暴行しても罪にはならねぇ!やっちまえ!!」

男たちが婦人警官を取り囲み、一斉に襲い掛かった。劉はそれを見て飛び出そうとした、その時!!

「やれやれ・・・、無粋な輩が多いな、日本は・・・」

それは一人の女性であった。いつの間にか婦人警察官の前に立っていた。年は20代後半でなかなかの美人である。髪は黒髪で腰まで伸びていた。真っ白なチャイナ服を着ており、それが体にぴったりと似合っていた。なんともいいしれぬ迫力を感じだ。劉はその女性に見覚えがあった。

「なんだ、このあま!!」

「あまではないよ」

女性は胸元から紙切れを取り出した。それはお札で5枚あった。彼女はそれを天に放り投げると札は男たちの額に張り付いた。その瞬間男たちはまるっきりおとなしくなったのである。

「これでも校医でね。あと心理士もかねている」

へたへたと婦人警察官は腰を抜かした。女性の技に圧倒されたのである。

「あ、ありがとう・・・」

それだけしか口に出なかった。そこへ劉が飛び出した。

「小蒔はん、大丈夫か!!」

「え?もしかして劉くん?劉くんなの!!」

婦人警察官は桜井小蒔であった。彼女は劉とともに戦った仲間である。二人とも懐かしい旧友の再会に喜んでいた。

「もう5年ぶりだね!ところでひーちゃんや京一はどうしたの?」

「二人とも離れ離れになったんや。今どこへいるかはわからへん。でもあの二人が簡単に死ぬはずあらへんもんな」

「あはは、それもそうだね。そうだ、あなたにお礼を言わなきゃ!」

桜井が女性に改めて挨拶しようとした。すると劉と女性はお互いに顔を見合わせ叫んだ。

「姉ちゃん!!」

「弦月!!」

 

「いらっしゃいませ、マミーズへようこそ!!何名ですか?」

「・・・3名だ」

「わかりました。ところで喫煙席にしますか、それとも禁煙席ですか?」

「喫煙席を頼む。煙管も一応煙草だろう?」

「わかりました、こちらへどうぞ。あ、お客さんここはペット厳禁ですよ?」

ウェイトレスに席に案内されると女性は煙管をふかし始めた。なかなか様になっている。劉は彼女の横に座っており、桜井はその向かいに座っていた。

「でも驚いたな〜、まさかあなたが劉くんのお姉さんだったなんて。あ、僕の名前は桜井小蒔、新宿署の交通課に勤務してます!!」

「わたしの名前は劉瑞麗(ソイライ)だ。新宿の天香学園で校医兼心理士を勤めている」

「天香学園・・・?確か全寮制の高校で長期休暇以外は生徒も教師も出られないって聞くけど」

「そのとおりだよ。今は春休みだからな、こうして外へ出られる。もっともわたしはただの散歩だがな」

「大変そうだなぁ」

「まあね。日本へ来たのは半年前だ。もっとも校医の仕事だけではないが・・・」

瑞麗は注文したコーヒーと一緒に言葉も飲んだ。劉は食べたばかりなのでクリームソーダを頼んでいた。桜井はじーっとコーヒーを飲んでいる瑞麗の顔を見つめた。

「何か?」

「あの劉くんのお姉さんはどうして関西弁で話さないんですか?」

「どういう意味かな?」

瑞麗は呆気に取られた。そこへ劉が口を出した。

「小蒔はん、わいが関西弁しゃべるのは日本語教えてくれた人が関西人やからや。姉ちゃんも関西弁話すとは限らへんやろ?」

それもそうである。桜井は照れたように笑うともうひとつ質問した。

「確か6年前、劉くんの家族は、その・・・、柳生にやられたと聞くけどなんでお姉さんは・・・」

「そのことなんやけどな・・・、実はわい、当時記憶が飛んでおったんよ。当時瑞麗姉ちゃんと嫁に行った姉ちゃんふたりがいたのを兄貴たちの卒業後思い出したんや」

おそらくそれは一種の記憶障害であろう。自分の生まれ育った村が瞬時で滅ぼされたのだ。姉たちは村を出ていたのをすっかり忘れてしまっても無理はないだろう。

「せやけど姉ちゃんひさしぶりやな〜。昔はこうやって膝枕してもろうたなぁ・・・」

劉は瑞麗の膝に自分の頭を乗せた。

「ははは、お前は昔から甘えん坊だからな」

瑞麗は劉の頭を優しくなでた。

「暖かいなぁ・・・、母ちゃんの膝枕も暖かかったわ・・・」

劉の目から涙が浮かんだ。劉には家族がいないのだ。両親も友達もいない。東京に来てからはたくさんの仲間たちと出会えたがいつまでも一緒にいられるわけがない。

当たり前のものがあることが幸せなのだ。桜井は高校卒業後警察学校に入学し寮生活を始めた。今まで大家族の中で生活したから食事の時がいやに静かに感じられた。友達はいるがあの暖かい空間までは再現できない。

「う〜ん、すりすり」

「・・・いい加減甘えるな」

がしぃ!

瑞麗のひじうちが炸裂した。劉の目から星がとんだ。

(そういえば6年前南池袋公園で天野さんと会った時、年上の女性は苦手だと言ってたっけ・・・)

 

「さてわたしは帰るよ。弦月はこれからどうするんだい?」

「わいは新宿でひよこ占いを続けるわ。これでも顧客が多いんやで?」

「ひよこ占いか〜。交通課のみんなにも好評だよ。そうだ、劉くんは新宿の魔女知ってる?あれミサちゃんがやってるんだよ?」

「そういや女の子たちもいうておったわ。裏密はんか、今度会いに行くわ」

「そうだ。弦月にこれをやろう」

瑞麗は、劉の手の中に、小さな透明の玉を二つ押し込んだ。

「こいつは気を貯めることができる水晶だ。お前が気を注ぎ込めば魔除けになるだろう、誰か困っている人に会ったら渡してやるといい」

「誰かって誰や?」

「男が細かいことを聞くんじゃない。それじゃあな」

瑞麗は後ろを振り向くとそのまま歩き出した。後に残るは劉と桜井だけ。

「そろそろわいも帰るわ。小蒔はんも仕事がんばってぇな」

「うん、劉くんもがんばってね!!」

 

「ふぁぁ。今日はひまやなぁ」

今日はひよこたちの調子も悪いので占いを休みにしたのだが、劉はひまつぶしに歩いていた。常連の女子高生たちは今日は他校の男子を誘ってカラオケに行くそうだと途中彼女たちに出会い、教えてもらった。

劉は新宿都庁通りを歩いていた。時刻は夕方。人通りが意外に少なかった。その中2組の男子が仲良く会話しながら歩いてきた。見たところ劉の仲間がいた高校の制服を着ていた。

(ん?あの二人・・・。片方のにーちゃん変わった相をもっとるなぁ・・・。せやけど星の巡りが凶の方角に向かっとるわ。そや!!)

劉はポケットに入れてある二つの玉を手にした。姉からもらった水晶である。あの後自分の気を注ぎ込んだ。ある程度の邪を祓い、穢れを清める霊石となっている。

劉は二人に話しかけようとした。彼は知らないだろうが二人のうち一人は彼が兄貴と慕っている緋勇龍麻と同じ龍の技を継承しているとはさすがに気づかなかった。

 

終わり

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