復讐

 

 金持ちは永遠に金持ちで、貧乏人は永遠に貧乏の国がある。金持ちたちは毎日贅沢な食事をしている。貧乏人の一年の稼ぎに値する食事を貧乏人に見せ付けて楽しむ。そして食べ終わった皿を貧乏人に与え、いっせいに群がり皿をべろべろ嘗め回すさまを見て笑う。そんな国が舞台だと思ってくれればいい。

 ある小さな町にひとりの男がやってきた。二メートルくらいの大男で、筋肉質。髪は逆立ち、サングラスをかけている。着ている服は皮のジャンバーにボロボロのジーンズを履いていた。履いている靴は分厚い金属でできたスニーカーであった。

 町は小さいが通りには露店が並んでおり、それなりににぎわっていた。やせこけた土地に、中央の政治はここまで及ばない、いや、忘れ去られているのだろうが、露店に並ぶ商品はどれも貧弱なものであった。

 やせこけた野菜の山。栄養のなさそうな牛乳。ネズミやカラスの干し肉や、油虫の佃煮などろくでもないものが並んでいた。しかし、ある一角に魚が売っていたのだが、その魚と言うのは新鮮な魚であった。丸々太った脂の乗った魚がごろごろ並べてあった。露店の横には焼きたての魚が並んであった。男はそれをひとつ頼んだ。銅貨一枚を支払うと、魚にかぶりついた。

 うまい。噛んだとたん脂がじわりととろけだした。男は魚をがつがつ食べた。あっという間に骨だけになり、男は満足した。

「なぜ魚だけ新鮮なんだ?」

男は店主に質問した。この辺りは山に囲まれた町だ。移動手段は金持ちなら自動車を使うが、貧乏人は馬車が関の山だ。それに冷凍技術などは金持ちが独占しているので、貧乏人は干し魚か近くの川で魚を取るしかない。しかし今食べた魚は脂がのっていた。いや、のりすぎていた。天然ではなく、養殖でなければここまで味は出ない。

「この町では魚の養殖が盛んなのさ」

店主は老人であった。老人はにやり笑った。意地の悪そうな笑みであった。

「なるほど。しかし養殖にはえさが必要だろう?この町にそんな余裕があるようには見えないが」

 露店の野菜がやせこけているのだ。ろくな肥料もないだろう。豚や鶏の肉ではなく、ネズミやカラスの干し肉や油虫の佃煮が売ってあるのだ。魚を優先的に育てる意味がわからない。すると老人は欠けた歯をむき出しにして笑った。

「栄養のあるえさが手に入るからだよ。この町ではね。それとラベンダーもいい花を咲かせているよ。こじんまりとしているがね」

男はそれを聞いて納得したのかどうかはわからないが、すぐに関心をなくした。脂でべとべとの口の中を一刻も早くキレイにしたくてたまらなかった。

男は通りを歩くと、一軒の酒場を見つけた。看板はラベンダーをかたどった形で、ラベンダー亭という店らしい。他のところと比べて格段に小さく、おそらく女がひとりで経営しているのだろうと思われた。夫婦なら妻をウェイトレスとして働かせるだろうし、男だけならむさくるしいから寄り付かないので女を雇う場合がある。女ひとりだと狭い範囲で客の相手をしなくてはならないから自然に店が小さくなる。それに店の窓がきれいに拭かれているし、入り口にしっかり掃き掃除して、ほこりが立たないよう水撒きもしてある。細かいところに気配りに男は目頭が熱くなった。

この店に決めた。小さな店なら客にカネを落させるためにあの手この手とサービスをしてくれるからだ。男の懐は非常に暖かい。

男はドアを開けると、店は案の定狭かった。カウンター席のみで、八人ほど座れば満席になりそうだった。店の中も建物自体は古臭く、腐りかけているがこまめに掃除をしてあった。席に着くとカウンターを指でこすってみる。ホコリひとつなかった。それに花も飾られてあった。店の名前と同じようにラベンダーであった。心が潤う。

男は声を上げ、店主を呼んだ。はーいと声が上がったときは女性の声であった。年齢は十代でかなりの美少女と見た。身長は160くらいで、髪の毛は長い。おそらくあわてて化粧をしている最中だろう。男にとって声を聞くだけで女の骨格や性格がわかる。女の口調からあわてているが、不快感はない。急いで客のために身支度し、不完全な自分を見せないために化粧をしているのだ。

男の予想は見事に当たった。

店主は女性であった。髪本来長いのだろうが結っており、あわてて化粧をしたのか、手には汗がじわりと浮かんでいた。

「おまたせしました。ラベンダー亭へようこそ」

「いや、化粧の最中だっただろう?店を開けるにはまだ早いし、あわてさせた俺が悪い」

「まあ、私が化粧をしているなんてどうしてわかったのかしら?」

「匂いがしたのさ。店に入って声をかけてから甘い匂いが急にね。おそらく俺が来てあわてて香水を振り掛けたのだろう」

「確かにそうですわ。でもおかしいわね。香水といってもお店用に匂いが弱いものを使ったのですが」

男は人差し指を自分の鼻に突き刺した。

「俺の鼻は犬並みなんだ。どんな遠いところでもたちまち匂いをかぎつけるだぜ」

女店主はぷっと笑い出した。

「まあ、おかしなお方ですわね。ところでご注文はなんにいたしますか?」

「そうだな。エールをもらおうか」

エールとは出芽酵母を用い常温で短い期間に発酵を行い、上面発酵させたものである。

女店主はエールを注ぎ、カウンターに置く。男はそれをうまそうに飲んだ。

「くーっ、うまいなぁ。エールを飲んだのはひさしぶりだ」

男はエールのおかわりを要求し、女店主はエールを注いだ。

「エールなんてどこでも飲めるでしょうに。今までどこにいってらしたの?」

「北さ」

「北?もしかして雪と氷だけの町に?」

「そうだ。あの町は年がら年中雪が降っている。作物は輸入するしかない。もっともそれは金持ちだけしか食えないがね。貧乏人は炭鉱で働いて稼ぐのが精一杯さ。炭を買う金が惜しいからきつい炭鉱でも働くしかないだ」

「いやな国よねぇ。貧乏人は虫けらみたいにこき使い、死んでゆく。金持ちは一生金持ちのままで幸せな気持ちのまま死んでゆく。世の中不公平だわ」

女店主は文句を言った。十代には見えるが精神年齢は老練の婦人を連想させた。この国では貧乏人は世界の心理にいち早く気づく老獪になっていくのだろう。しかし、男はそれを否定する。

「金持ちは金持ちで気苦労が耐えないのさ。跡取りがいなけりゃ自分の地位は自分の代でおしまいだ。跡継ぎを探すのに妻を毎日小作り作業に勤しんでる。妻だけでなく、愛人にも小作り作業を繰り返している。愛人に子供ができたら正妻の顔はつぶれる。愛人の子供を殺して地位を安泰させたどころか逆に旦那が逆上して追い出されるか、殺されるかのどちらかだ。跡継ぎが複数いればさらに地獄だ。兄弟が殺し合い、果てにはみんな死んじまって跡継ぎをなくし、悲観のまま潰れた金持ちもいる。貧乏人は子沢山でも食うに困らなければ幸せに暮らしていける。子供が生まれなくてもこの地獄みたいな国に生まれて悲惨な暮らしをするよりはマシだと思うがね。むしろ、生まれた子供が、親を恨むだろうな。なんで俺を地獄の世界に産み落としたと

それを聞いた女主人はなるほどとうなづいた。

「旅をしている方は発想が違いますわね。この町に住んでいると食べるためだけに生活していることが嫌でもわかりますわ。でも小銭を集めてエールを飲むのに生きがいを感じているおじいさんもおります。世の中の不幸を少しでも緩和するために、自分で行事を作っているのでしょう。私も花を育てて、日常の癒しにしておりますわ」

「そういえば店主の名前はなんというだい?俺の名前はジョン。ジョン・ドゥという名前だ」

「身元不明の死体という意味ですか?私の名前はジェーン・ドゥといいます。こちらも身元不明の女の死体という意味ですわ」

「へえ。店の名前がラベンダーなのは、死体臭を隠すためかい?」

「そう思ってくれてもかまわないわ。花で飾らなきゃこの町では鼻が曲がってしまいますもの」

「この国の貧乏人は半分生をあきらめているからな。子供にジョンやジェーンをつけるのはともかく、モルグ(死体置き場)やスーサイド(自殺)なんて名前をつける親がいるからな。そんなやつに限って長生きするだ。希望とか、愛とかの意味の名前をつければ早死にする場合があるけどな」

「皮肉ですわね」

ジョンとジェーンは笑いあった。

ばぁん!!

いきなりドアが乱暴に開いた。そこには見るからに与太者とわかる男たちが並んでいた。

そのうち真ん中にいた男は金髪の坊ちゃん狩りで、背は160くらいと男にしては低く、たれ目で鼻は豚のように潰れ、出歯が二本突き出ていた。年齢は三十代くらいだろうが、年齢にふさわしくない、見るからに小悪党の印象を受ける男であった。

「見つけたじょ〜!!ぼくちゃんのパパを殺した男の娘!!ぼくちゃんはパパの敵討ちにたんだじょ〜」

男のしゃべり方は幼稚そのものであった。大人がいうべき言葉ではなかった。

「あなたは誰ですか?」

ジェーンが質問すると、男は胸を張って答えた。

「ぼくちゃんはかの偉大なアンドリューの息子、ユージンだじょ〜。パパはお前の親父に殺されたじょ〜。だから娘のお前に復讐するんだじょ〜!!」

ユージンの答えにジョンは唖然とした父親の復讐のために、相手の娘を復讐の対象にする。その思考回路が理解できなかった。ジェーンは頭をひねり、相手の名前を思い出した。

「アンドリュー……。たしか転んだ拍子に頭を打って死んだ方ですね。死んだ父はアンドリュー様を病院に連れて行きましたが、すでに手遅れだったとか」

 「転んで頭を打つなんてありえないじょ〜。お前の親父に殺されたんだじょ〜。お前の親父はすでに死んだじょ〜、だからぼくちゃんはおまえに復讐してやるんだじょ〜。復讐するぼくちゃんはこの世で最も美しくかっこいいんだじょ〜」

ユージンは自分に酔っていた。ユージンの取り巻きたちは木槌などを手にしていた。おそらく彼らは金で雇われた連中だろう。やっと仕事にありつけると店内に入り、木槌でカウンター席を叩き壊した。店は見る見るうちにめちゃくちゃにされた。ちなみにジョンは席を一歩も動かず、エールを飲んでいた。

「ハァハァ、どうだじょ〜。お前の親父の因果がお前に返ってきた気分は〜。明日もお前を苦しめてやるじょ〜」

自分は何一つせず、黙ってみていただけのユージンは取り巻きを連れて去っていった。酒瓶はめちゃくちゃになり、ジェーンは後片付けをしていた。

「あんたは悔しくないのかい?」

ジョンが言った。

「悔しいわよ」

ジェーンが答えた。しかし、声には諦めに似たニュアンスがこめられていた。

「あいつは金持ちの息子よ。私が何かしたら、今度はこれだけじゃ済まされないわ。あいつらが店を壊すだけなら我慢できるわ。店もごみ山からスクラップを持ってくれば直せるし、お酒も金持ちが捨てた酒瓶がごろごろ転がっているわ」

ジェーンはジョンの顔も見ず、黙々と掃除をしていた。ジョンは懐から金を置いた。それは金貨が十枚ほどであった。それを目にしたジェーンは目を剥いた。

「金は置いとくよ」

「置いとくよって、エール二杯で金貨十枚はないだろう。銅貨四枚で十分だよ」

ジェーンはジョンに施しをされたと思ったのだ。ジェーンは可愛そうな女。だからお金を置いてあげる。それが我慢できなかった。

「なら今夜の宿はここに決めた。三食付でしばらく住まわせてくれ」

「それならいいけど……。空いている部屋は物置ぐらいしかないよ?」

「それでいい」

ジョンは即答した。そしてジョンは外に眼を向けた。ドアは壊され、通りが見える。店の前には大勢の人が集まっていた。しかし、ただ黙ってみているだけだ。

「誰も助けてくれないだな」

ジョンはつぶやいた。

 

 

ユージンの嫌がらせは続いた。ユージンは町の貧乏人を雇い、ジェーンの店を荒らした。そのたびにジョンが店の掃除を手伝った。ごみ山から金持ちが捨てた酒瓶を山のように拾ってきた。一口飲んで捨てる輩が多く、ほとんど手付かずのままであった。

ジョンはそれらの酒を飲み、ジェーンに支払った。ただ同然で拾った酒に、ただ同然で拾ったスクラップで作った店。ユージンが店を破壊しても、ジェーンは貧乏になるどころか金が増える一方であった。

ここで疑問なのがジョンの金だ。彼は毎日散々しているが、金をなくす気配がない。町の連中に毎日酒場の修理をさせ、金貨一枚を渡していく。酒を探すのも町の連中に協力させて、酒瓶一本ごとに銀貨一枚で買い取った。酒ビンを見つけられなくても手間賃として金貨を全員に与えた。一月の稼ぎが金貨一枚なので、破格と言えた。

そうなると前にジェーンの店を壊した男たちがジョンに近寄った。自分たちは金で雇われているがユージンはけちなので、銀貨一枚にしかならない。しかもユージンは滞在している宿賃を払わず、主人にはお前を滅ぼしてやるぞと脅迫していた。私設兵がおり、自分が声をかければいつでも動くぞというわけだ。

ある日、ジョンが酒瓶を抱えて戻ってくると、店はまためちゃくちゃになっていた。しかし、いつもと違うのは床に一枚のかきおきが残っていたことだ。

『ごみ山に来い。女は預かった』

そう書かれてあった。

ジョンはごみ山に行った。ごみ山は町にいる金持ちどもが捨てたゴミが山のように積まれていた。ゴミといっても金持ちが壊れていない、飽きたから捨てたというものがほとんどで、貧乏人たちにとってゴミ山は宝の山であった。

そんな中ユージンとジェーンがいた。取り巻きは今まで見たことのない人間であった。おそらく今までの町の連中はユージンに愛想を尽かし、逃げ出したのだろう。それで流れ者のごろつきを雇ったのだろう。全部で四人。どれもこれも強面で人をひとり以上殺していそうな空気を身にまとっていた。

うひょひょひょひょ〜。よくきたじょ〜」

ユージンは馬鹿面で笑っていた。

「ジェーンは無事なんだろうな」

「ああ、無事だじょ〜。でも、お前ともども生かして返さないじょ〜」

「なぜ、ジェーンにこだわる。お前の復讐したい相手はジェーンの父親だ。彼女は関係ない」

「だまれ〜!!ぼくちゃんは復讐したいんだじょ〜。復讐と言う大義名分があれば何をしても許されるんだじょ〜。人を憎み、恨みを重ねるぼくちゃんはかっこいいんだじょ〜。復讐して、ぼくちゃんはパパの跡を継ぐんだじょ〜。親戚のやつにゆずらないじょ〜」

「親戚だと?お前はアンドリューの実の子じゃないのか?」

ユージンがアンドリューの息子なら、彼が跡を継ぐのは不思議じゃない。大抵家長が死ねば、跡を継ぐのは息子のほうだ。もし他に兄弟がいれば話は別だが、ユージンの口から親戚と言う言葉が出た。つまりユージンは妾の子供だったのか?

「うぬぬぬぬ……。ぼくちゃんが気にしていることを。親戚のやつらは跡継ぎが生まれたからぼくちゃんではなく、自分が跡継ぎの後見人になると抜かしてるんだじょ〜。跡継ぎはぼくちゃんだじょ〜。パパの敵討ちをしてぼくちゃんが家督を継ぐんだじょ〜」

ユージンは片手を挙げた。男たちは剣や槍を持ってジョンに襲い掛かった。

うひょひょひょひょ〜、一歩でも動くなじょ〜、動いたらこの女を殺しちゃうじょ〜」

ユージンはジェーンの喉元にナイフを突きつけて下劣な笑い声を上げた。

しかし、一瞬のうちにジョンの姿は消える。男たちはジョンではなく、互いを突き刺して死んだ。

ユージンは一瞬夢を見たのかと思ったが、ナイフを持った手をつかまれ、自分の耳の穴に突き刺された。目の前は真っ赤に染まり、おもらしをしてユージンは短い生涯を終えた。

ジョンはジェーンの縄を解いた。するとジェーンは涙を流し、ジョンに抱きついた。

「怖かった!!とっても怖かった!!」

泣きじゃくるジェーンの頭をジョンは優しくなでた。気を張っていてもまだ十代なのだ。人に甘えたくても国の環境では甘えることができなかったのだろう。

「どうやら終わったらしいな」

後ろから声がした。見ると周りには町の連中が集まっていた。中心にいるのはかつてジョンに魚を売った老人であった。

「いまさら何しに来た?事が終わったら手のひらを返すつもりか?」

ジョンが皮肉ると、ジェーンは止めた。

「待って。みんなは悪くないわ」

ジェーンは町の連中を弁明した。こういう町では何もしないほうがかえっていい事もある。下手に正義感を気取って騒動を広げては困るのだ。それにユージンの金持ちの娯楽で富を得たものもいる。金持ちの道楽は貴重な臨時収入なのだ。ジェーンとて金になるなら金持ちと一緒に弱いものいじめをする。町の連中と自分は似たり寄ったりなのだとジョンに説いた。

「君がそういうなら仕方ないな。俺は町を出るよ」

馬鹿とはいえ金持ちを殺したのだ。ジョンはもう町にいられない。老人はジョンに提案を出した。

「町を出るならわしが馬車で送ってやるよ。明日の朝までここにいても誰も文句はあるまい」

老人の言葉に町の人間はうなずいた。彼は彼らにとって一目置く存在らしい。

 

 

朝になった。ジョンは老人の乗る馬車に乗り、町を出た。ジェーンは馬車が見えなくなるまで手を振った。馬車の荷台は大きな桶が四つほど積んであった。血の臭いがした。

老人は後ろにいるジョンに声をかけた。

「仕事はうまくいったようじゃ

「ああ」

ジョンは気の抜けた返事をした。

「標的のユージンが家督を継ぐためと抜かして、娘を殺すと息巻いて出て行ったそうだ。家の者は親戚、アンドリューの弟に継がせるのは、アンドリューが最初から決めてあったそうだ」

なんとジョンはユージンのことを知っていたのだ。それにユージンが標的だと言っているが、それはなぜだろうか。

「家の者にとっては妾の息子であるユージンは邪魔っけだ。弟に子供が長らくいなかったが、ようやくできた。ユージンの始末に金貨百枚。おいしい話だ」

老人は笑みをこぼす。

「これもじいさんのネットワークのおかげだよ。おかげであいつを探し出し、始末することができた」

ジョンは殺し屋であった。彼は最初からユージンを殺すためにあの町にやってきた。そして情報屋の老人から情報をもらい、あの店に入った。ラベンダーを店名にして、こじんまりした店はあそこだけであった。

「何。お前さんからは金をたっぷりもらったよ。仲介料だけでなく、町の連中を働かせて金をばらまいてもらった」

ジョンが町の連中を働かせたのは、金をあげるためであった。ただ施しをするのではなく、働かせることで金を与えていたのだ。

「あれは俺の趣味さ。金は天下の回り物。貯めるより使ってなんぼさ」

「そいつは言えてるな

老人は豪快に笑う。馬車は目的地についたようだ。ジョンは馬車から降りた。そして馬車に向かって複数の屈強な男たちが走ってきて、馬車の荷物を運び出した。

「あの樽の中身はなんだい?」

ジョンが尋ねた。

「昨日の残り物さ。細かく刻むのに時間がかかった。特にジェーンは女の細腕ながら懸命にがんばっていたよ」

老人が答えた。老人の視線の先は生け簀であった。男たちは樽の中身を生け簀に入れた。

「なるほど。魚が肥えるわけだ」

ジョンはひとり納得するとその場を去った。新しい標的を始末するために。

 

終わり


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2010年7月12日