朱日さんの細腕繁盛記

 

橘朱日(たちばな・あけび)北区にある私立王蘭学院高等学校の3年生。クラスの学級委員を務め、成績優秀で周囲の信頼も厚いが人付き合いが悪く、いつも孤立していた。

ところが秋になると彼女の生活態度が一変した。クラスメイトたちはそう証言している。

なにしろ彼女は毎日放課後になれば、同じクラスメイトの如月翡翠が経営する店、如月骨董品店に入り浸っているのだ。

如月翡翠。彼も成績優秀だが、滅多に学校には来ない。出席日数ぎりぎりであった。彼は家族がいない。そのため唯一の財産である骨董品店の経営で忙しいのだと周りの人間はそう思っていた。

彼女は文化祭のプリントを届けに行き、なぜか彼の店の手伝いをしていた。それでいて成績は常に上位をキープしている。

教師たちも他人とのコミュニケーションに乏しい如月と橘が仲良くしているので、よしとしている。もっとも二人の間は単純なものではない。

これから見せるのは朱日の骨董品店で書いた日記である。

 

 

○月×日。晴れ。

店はがらんとしていた。古ぼけた品々が所狭しと置かれているが埃っぽさはない。店主が毎日掃除しているのだ。掃除をして一日過ごす場合がほとんどであった。

たまに客が来ても大抵冷やかしで帰っていく。そして3日間誰もこない場合もあった。

別にお金がほしくて手伝っているわけではない。あくまで手伝いだ。如月君は夕食の時間になるとご飯を作ってくれた。これがお礼と言えるだろう。

「ヒマね」

味噌汁をすすりながら言う。

「そうだね」

如月君はたくあんをかみながら答えた。

「すみませー

声がした。客である。如月君は立ち上がると店のほうに行った。

数分後、如月君は片手にはち切れんばかりの札束を手に、金庫にお金を入れた。

「何が売れたの?」

「ネクロノミコンさ」

「ネクロノミコン?」

「狂った詩人アブドゥル・アルハザードが書いた本さ」

話には聞いたことがある。確か魔術師の本だったはずだ。とても貴重な本らしい。

「売った本はアラブ語でね。以前江戸川区で手に入れたものなのさ。買った人は学者先生だったよ」

なるほど。しかし、江戸川区でそんな貴重な本が見つかるとは。灯台下暗しとはこのことだろう。

先ほどのやり取りのようにたまに来るお客さんは、はち切れんばかりの札束をぽんと渡す場合がある。一気に生活費一年分を稼いでしまうのだ。

彼は生活のために店をやっているわけではない。半分は真実で、半分は別の意味があるのだ。それは次に書く。

 

 

○月△日。雨。今日もひまである。といっても周りの人にはヒマに見えるが実際は掃除で忙しい。店の奥には冷蔵庫があり、神便鬼毒酒や人魚の膏油、般若湯を管理していた。これは特別な飲み物で一般人が飲んだら鼻血が出るといわれた。一度、般若湯を飲んだがその通りだった。なので一度も飲んでない。倉庫の蔵にはこれがダンボール箱で山積みになっている。たまに一気に99本ずつ中途半端な数字で購入する客がいるのでストックを切らさないようにしていた。

あとピザだの菓子パンだのいっぱいそろえてある。如月君曰く、「今は龍脈の影響で食べ物が腐りにくい」そうだ。賞味期限が切れたパンを触ってみるができたてほやほやな感触でとても腐っているようには見えない。ためしに食べてみたがおいしかったし、身体に異常はなかった。時々おやつとして食べている。

ぎゃー。

外から金切り声がした。何事かと振り向くと入り口の前で切断された腕が横に飛んでいった。まるで模型飛行機をピアノ線で吊ったような感じであった。ガラス窓は真っ赤な血が広がり、次に鬼の面をつけた首が入り口の前を飛んでいった。

普通の人なら驚くだろうが私は驚かない。なぜなら以前同じ風景を見たからだ。

「やあ」

如月君が帰ってきた。両手には刀だの槍だのを持っていた。刀は3本、槍は二本だった。

「無名の刀と素槍さ。さっき鬼道衆と戦ってね。手に入れたものだ」

そういう如月君の顔は血で真っ赤に染まっていた。私はすぐにタオルを差し出すと如月君はそれで顔を拭いた。

「大丈夫?」

「ああ、問題ない。悪いけど橘さん。この刀と槍をアルコールで丁寧に拭いてください。僕は風呂に入るからね」

「まかせて」

如月君はカウンターに刀と槍を置くと店の奥へ入っていった。私はアルコールと布を取り出し、綺麗に拭いた。

鬼道衆。なんでも江戸を憎み、江戸を滅ぼそうとする組織らしい。私も以前如月君と一緒に襲われたことがある。彼らは人間に近いが、人間ではない。腕を切られたり、炎で焼かれ、電撃で黒こげになった彼らはちりも残さず消えていった。先ほどの飛んでいった腕や首も中身は消えてなくなっている。如月君が殺人罪で捕まる心配はないのだ。こうして戦利品を手に入れ、手入れをするのも私の大事な仕事である。

先ほど窓にべったりついた血も雨で流れて消えていった。

 

 

×月○日。晴れ。

鬼道衆との戦いは終わったそうだ。以前に大量に仕入れた無名の刀と素槍はある団体が買い取っていった。

あと反魂呪符という札も買い取られた。なんでもM+M機関といって一般には知られていない組織だと言う。

如月君の友達がよくメリケンサックや樫の木刀、ジャックナイフなどを大量に売りに来た。どれも血でべっとりと染まっており、シンナーで拭くのが大変であった。それを拳武館高校が買い占めてしまうから不思議だ。あそこは確かスポーツに力を入れた学校だったはずだ。

「世の中には何が必要になるかわからないからね」

如月君がそうつぶやいていたのを覚えている。彼の先祖は代々江戸、東京を守り続けた一族だと言う。本家はすでに京都に移っており、如月君ひとりが東京を守っているというのだ。

犯罪が起きたら速攻で駆けつけるヒーローみたいなことはしない。あくまで東京に施された封印を見て回るのだという。その過程で力のこもった武器などを見つけ、退魔関係者などに売るのだと言う。

「毎日、鬼道衆とか鬼みたいなのと戦っているの?」

晩御飯を食べながら私は聞いた。今日の晩御飯はカレーライスである。

「毎日じゃないさ。鬼道衆は今年の夏ぐらいかな。東京には異形の者どもはいるけど、今年みたいに大量発生した年はないな」

「何か悪いことが起きる前触れではないかしら?」

「すでに悪いことは起きているよ」

そう悪いことは起きている。

新宿中央公園では盗まれた妖刀で殺人事件が起きている。

渋谷では鴉が人を襲い殺していた。

墨田では原因不明の死亡事故が相次いだ。

どれも如月君曰く異能の力を持つ人たちの仕業らしい。鬼道衆が力を与え、事件を起こしているケースもあるのだという。

東京を壊滅させる。カルト教団のように金や欲で動いているわけではなく、ましてや毒ガスを作ったり弁護士一家を殺害するわけではない。

東京を壊滅させる。その一点のみだ。そして彼らはその力を持っていた。しかし鬼道衆はもういない。如月君の仲間が片付けたそうだ。

「そういえばあの金髪の人、有名らしいわ。この間クラスメイトにあの人のライブのチケットをあげたら喜んでいたもの」

金髪でいつも槍を持っている少年。彼はバンドをやっており、いつも如月君にチケットを渡している。私のことを如月君の恋人と勘違いしているのか、いつも余分にチケットをくれた。以前余ったチケットをバンドがすきそうなクラスメイトにあげたら、大変喜んでいた。プロではないが結構有名なバンドだという。一度聞いてみたが音がうるさかった。あれなら葬式でお経を聞いていたほうが落ち着けると言うものだ。

「鬼道衆が倒れても僕の仕事は終わらないさ。この東京が存在する限り僕は戦うよ。ひとりでもね」

如月君はカレーを食べながら答えた。

彼がもし如月家に生まれなければどうなっていたのか?それは野暮と言うものだろう。如月翡翠は如月翡翠として生きているのだ。もしもなどない。彼は目の前にある道を迷わず進むだろう。もっとも一度挫折しかけたと私に漏らしていた。

弱音を吐く。私は嬉しかった。彼にも人間らしい心があったからだ。

私はいつまで彼の力に慣れるかわからない。でも、できる限り彼と一緒にいよう。彼の手伝いをしよう。私はそう思った。

 

 

「そういや如月さン。橘さンとはやってないンですかい?」

雨紋の言葉に如月は飲んでいたお茶を噴出した。

「如月さンは忍者だ。忍者は自分の秘密を護らなきゃいけない。秘密を護るためにも橘さンと結婚して身内にしないと、掟で橘さンを殺さなきゃならなくなるぜ?」

「君は何度言えば理解できるだ!?僕は忍者じゃない。それに秘密を知られたからと言って殺さなきゃならない掟などない!!」

「そうなのかい?でも如月さンは億手そうだからなぁ。橘さンしか相手にしてくれる人はいないンじゃないですかい?」

雨紋は笑いながらいう。

「余計なお世話だ」

如月は噴出した茶を布巾で拭いた。そのふすまの後ろに朱日はいた。

(そっか・・・。如月君は忍者だったわよね。如月君と結婚しないと私殺されちゃうかも・・・)

朱日の顔は赤く染まった。それは恋する少女の顔であった。知らぬは如月ばかりである。

 

終り


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あとがき

 

その日のうちに書いた。やはりわたしは魔人小説の短編物がよく似合うと思う。

ほのぼのとした作風こそが私の味ですね。

 

2009年4月25日