星羅棋布

Resistance




 強い陽射しの中を少年が駆けていた。風の中で汗が光り、ボールを追い掛ける。
 それは永遠に続くかに見え、一瞬のようでもあった。

 そんな光景を見つめていた。その中の一人ではなく、ただの傍観者でしかない自分に気付かされるまで―――。


 こんな夢を見たのは初めてのことではない、焦りにも似た漠然とした不安。いつだって感じていたことだった。



 朝早い無人のグラウンドに若島津は立っていた。ゴールを睨む、まるで彼の瞳だけが何を映しているかのように。
(自信満々だったな、奴―――)
 フッ、と苦笑い、思い出される若林の顔。
 『お前らのサッカーは通用しない』
 若林の云葉は全日本Jr.それぞれに衝撃であったろうが、とりわけ自分にとっては別名だった。
 『お前にゴールは守れない。俺にはかなわないんだ』
 そう奴の眼が告げていた。
 翼に勝てぬ自分達に勝利と栄光は手に入れられぬものなのかと思っていたあの頃――、しかしこれは比べ物にならない程の敗北感を伴って示されている。
 右手の包帯をみやる。知らずに拳を握り締めていた。傷はたいしたものではなかったが、試合に出れぬ自分が情けない。
(俺はこんな思いをする為にヨーロッパにきたわけじゃない!)
 思いは止めどなく溢れて来る。


『気にすんなよ。ゴールを守るのはお前しかいないって! 見上さんが若林をGKにするっていったって皆納得しないって」』
 若林が参加すると宣言した日、
(そんな慰めを言うな! 実力は奴の方が上だと思っているくせに。いっそ「お前は必要ない、役に立たない」とでも言ってくれ!)
 そう声をかけてくれた反町にもう少しで云ってしまいそうになった。
 ギリギリのところで云葉はせき止められた。それが反町の好意だと知っていたから、たとへその中に無意識の同情が含まれていたとしても――。

 ふと、合宿中に森崎の云っていた云葉を思い出す。
『俺は若林さんを尊敬してるから、あの人を目標にしてサッカーをやっていけるんだ』

 何故そんな会話になったのかは、もう忘れてしまったけれど、その時そう云い切れる森崎を【羨ましい】と心の片隅で思っていた。
(俺にとって奴は――)

 認めているさ、奴が俺より勝っているって、だからこそ戦っていた。奴を越えたくて、越えたくて―――、かなわないのか――、本当に? どんなに努力してもかなわぬことがあるのだと思い知らされる。
 妬ましいと思ったことはない。自分が奴であったら――、そんな風に思ったことは一度もない。けれど、俺ではかてないのだ、それが悔しい。


 若島津が自分の思いに囚われている間に、朝靄はかなり晴れていた。もう一度若島津がフィールドをみやると、さっきの夢が蘇る。
 走っている少年達、あのゴールを守るのは自分ではないかもしれない。それでも、と思う。どんなに苦しくても止めることはできない、と。そうでなければ自分はただの負け犬になってしまう。それは、自分自身に負けることになるから――。
 何に負けても、誰に負けてもそれだけは譲れない、絶対に。


(これは抵抗だ! 挑戦なんて勇ましいものじゃない、弱者の…それこそれこそ死にものぐるいの――。俺はサッカーを止められない。たとえ望みがかなわなくとも。このままでは―――)

 今は無人のゴールを睨みすえ、若島津は何かを振り払うように頭を振った。溜め息を漏らすと歩き始めた。 足首が小さくなる……。フィールドはまた、静寂を取り戻した。



「この馬鹿!!」
 小次郎が立ってた。幾分息を弾ませて。
「朝っぱらからどこへ行ったのかと思えばこんなところにいやがって!」
 若島津はしばらくあっけにとられていたが、何故だが可笑しく思わず微笑みが漏れてしまった。
「人が怒ってんのに何笑ってんだよ」
「すいません、今日から練習に参加できるんで浮かれてたんですよ」
「その割には、随分な身なりだな」
 若島津の姿はいかにも起き抜けといったパジャマにカーディガンだった。
「だから浮かれてたんですよ。着替えてきますヨ」
 さらりと小次郎を受け流して部屋に戻ろうとする。
「お前、さっき何を考えてた。また下らねぇ事うだうだ悩んでただろ?」
「下らない―――って言われると返す云葉がありませんけど、そうですね。しいて言えば見えない敵に向っていっく決意を固めてたんです」
「何だそりゃ――?」
「まあ、見えてて下さい。俺の目一杯の抵抗をね」
 それだけ云うとさっさと歩きだした若島津に、チッ! 舌打ち一つし、小次郎は呟いた。
「抵抗ってのはもっとしおらしい奴が使うもんだせ、あんな挑戦的な眼をしやがって」
 そう云いながら小次郎の瞳も笑っていた。若島津の去った方を頼もし気に見つめながら――。


END

(1986.10 脱稿分を改訂)

後書き

初めて書いたC翼(一応小次健風味)…というか、小説(らしき物)として書き、なおかつ人前に曝したのはこれが初めてだったかもしれない…。
多分原作か映画(「ヨーロッパ大決戦」…なのかな?)で若島津が怪我して若林と交替しなければならなかった――その辺りの感情を書きたかったのではないかと思います。もう記憶が全然定かではなく…間違ってるのかどうなのかも解説出来ない――情けないのですが、まあ当時の雰囲気だけでも味わって下さい(恥ずかしいと思う気もないほど太古の物なので、別に曝してもいいや…と開き直ってる自分て質悪いなぁ… ^^;)。

 鈴蘭 



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