考証学56〜60

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 第1話「怪奇蜘蛛男」Bパートの重要なロケ地である横浜港赤レンガ倉庫
では、緑川ルリ子がクルマで到着するシーン、コマ落しで有名な蜘蛛男走
り、本郷猛がサイクロン号(変形前)でトラックを追跡にかかる場面、以上が
撮影された。

有名なエピソードはいくつもあるが、私が大野剣友会の岡田勝氏から伺っ
たエピソードは次のようなものである。
TRCの会報Amigo12号収録のインタヴューからご紹介させて頂く。

「だって、あの走ったときなんかもさぁ、助監督とかみんな女優さんを一生懸
命に手を引っ張ったりしてあげてさぁ、おれだけだよ、一人でさぁ。高橋さん
に、おい、岡田、あそこを走るんだぞ。行け!って言われて、はい、って自分
でお面を持っていったからな、あの上まで。そしたら女優さん、みんなで脚
立掛けて、助監督なんか手を引っぱって、ハイ、ハイ、真樹!って。この野
郎、お前、ふざけるなって(笑)」

撮影現場の光景が目に浮かぶようなお話ではないか。
あのシーンでは岡田氏が実際にルリ子さんを抱きかかえて走っているのだ
が、トラックの荷台の屋根に飛び移るシーンはさすがに危険で、荷台の屋
根でジャンプしただけである。
この赤レンガ倉庫のある埠頭では、本編の撮影の合間に蜘蛛男の単体ス
チールの一連が写された。
またサイクロン号に跨がってスタンバイする藤岡弘、氏のスチールの一連も
ある。
昭和46年4月3日の毎日新聞(関西版)に『仮面ライダー』の番宣広告が掲
載されたが、そこで使用されている本郷猛のスチールはおそらくこの時のも
のだろう。

現在、横浜赤レンガ倉庫付近は観光名所として綺麗に整備されてしまい、
『仮面ライダー』撮影当時の面影はない。
倉庫の中も飲食店や土産物売場となっているのだが、撮影から37年ぶり
に訪れたルリ子さん、懐かしいと仰って、倉庫をバックに記念写真をお撮り
になっていた。



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 『仮面ライダー』第1話のショッカー怪人が蜘蛛男に決定したのは平山亨
先生のリクエストだったそうである。
大野剣友会の高橋一俊氏から指名された岡田勝氏が演じたが、小河内ダ
ムでマスクの視界が余りに悪かったために御自分で複眼にあった覗き穴を
キリで拡げたというエピソードはよく知られている。
書籍によっては最初の4体の怪人(即ち、蜘蛛・蝙蝠・サラセニアン・さそり)
は造形に際しアクターの顔面の型取りが行なわれたと記されていたりする
が、実際に型取りがされたのは佐野氏と中村氏だけであり岡田氏には行な
われていない。
理由は一目瞭然で、蝙蝠男のようにアクター自身の目を露出させ、口の動
きも台詞に合わせるラテックスの皮一枚のようなマスクならば顔の型取りが
必要だろうが、蜘蛛男にはそれがなかったからである。
岡田氏によると蜘蛛男は全身タイツの衣裳の下に、もう一枚タイツを重ねて
着ていらっしゃった。
リハーサル時にはマントは着用されず、小河内ダムでの水のない湖底での
対決シーンのスチールの中に、マントなしの蜘蛛男がいるのはそのため
である(リハーサル・テイクなので気絶している筈のルリ子さんもお顔を上げ
て、両者の対決を御覧になっている)。
また、第1話登場時の蜘蛛男がショッカー・ベルトをしていない事は岡田氏
も認識なさっていたが、その理由は確認できなかった。
冗談で、最初に自分がし忘れたからそのままベルトなしで通したのかもしれ
ないと仰っていたが、おそらくこれは石ノ森章太郎氏のデザイン画に準拠し
たものと思われる。
以後のショッカー怪人のベルトの有無も、一部例外はあるが高橋章氏のデ
ザイン画と一致するからだ。

ところで『仮面ライダー THE NEXT』が公開された当時、『仮面ライダー』初
期の頃のホラーへと回帰した、というような作品解説がなされていたが、私
は非常に違和感を覚えた。
『仮面ライダー』初期作品にあったホラー的な要素とは『THE NEXT』のよう
な心霊ホラーとはまったく別のものである。
蜘蛛男を筆頭とするショッカー怪人のルーツについても『悪魔くん』に登場
する妖怪や大映映画の妖怪へと遡行すべきものであり、実際、蜘蛛男が
『悪魔くん』に登場したとしても作品に馴染むだろう(ブーツは履き替えた方
がいいかもしれないが)。

心霊ホラーに仮面ライダーは馴染まない。



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 生田スタジオ第2ステージの向かいにあった階段は、第1話の撮影時に
蜘蛛男に拉致されんとする緑川ルリ子を旧1号が奪回するスチールのロケ
地として有名な場所である。
本編においても第2話で緑川ルリ子が本郷猛を尾行するシーンや、放映第
39話での実験用狼男との戦闘シーンなどで使用されている。
第1話の特写については助監督だった塚田正煕氏の撮影とされ少なくとも
10枚を確認しているが、ここで注目したいのはそこにある雪である。
階段に沿って数センチの白い残雪が残っている事を、まず確認しておきた
い。
続いては、生田スタジオ入り口付近にあるコンクリートの防護壁前の砂利
道で撮影された旧サイクロン号(第2NGタイプ)と本郷ライダーの特写スチ
ールである。
少なくとも7枚を確認しているが、階段ほどではないものの斜面にわずかな
がら残っている雪がわかるだろう。
しかし路上には雪はない。
三番目は生田スタジオ駐車場で撮影された3枚のスチールである。変形前
のサイクロン号に旧1号が跨がっているのだが、マスクを着けているものが
1枚、外しているものが2枚ある。
その足元の地面を見ると、水に濡れてぬかるんでいるのがわかる。
天気は晴天である。
つまり、雨がふったのではなく、階段の特写に写っていた雪が陽射しで溶け
たのである。

講談社の大島カメラマンが撮影した回転バックの特写の中に1枚だが、第2
ステージの扉が開いたままで外にあった変形前のサイクロン号が確認でき
るスチールがある(蜘蛛男の単体スチール)。
この時も外は晴れていて陽が射している。
おそらく駐車場の3枚のスチールと同日のものだろう。
したがって、積雪の溶け具合から判断してこれらを時系列にそって並べる
と、階段の特写→防護壁前の旧サイクロン→駐車場/回転バック、以上の
ようになる。

『仮面ライダー=本郷猛』(扶桑社刊)に収録されている堤哲哉氏の論考で
はこうした自然現象がまったく考慮されておらず、順序が逆転している。
そのため旧サイクロン号に貼り付けられた立花レーシングクラブのエンブレ
ムの汚れについても説明を欠いてしまうのだ。



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『仮面ライダー』のクランクインに先駈けて、平山亨先生は当初の撮影スケ
ジュールを次のように予定されていた。

第1話 2月7日〜2月13日
第2、3話 2月15日〜2月23日
第4、5話 2月25日〜3月4日

これらは平山亨先生が台本に記していらっしゃったメモである。
実際には制作第4話(さそり)は竹本監督による1本撮りとなり、第5話(蜂)
は第6話(かまきり)との2本撮り(北村監督)となった。
つまり、竹本監督だけが優遇されていた訳である。
当然、これは竹本監督にパイロットを依頼なさった平山プロデューサーから
の配慮だろうが、裏を返せば竹本氏への期待の大きさが伺える(竹本氏の
監督デビューは意外にも子供番組『悪魔くん』の第8話「水妖怪」である。
生前のインタヴューでは、平山プロデューサーにはたいへんに可愛がって
いただいたと述べていらっしゃった)。
竹本氏には1本撮りで小河内ダムや館山といった比較的遠方へのロケが
許されていたのに対し、折田監督も北村監督も生田スタジオ近辺での2本
撮りを求められている。
しかも、折田監督は総合監督・東映社員監督としてオープニングとエンディ
ングの撮影も担わされていたのだ。

オープニングの撮影は第1話の撮影と並行して行なわれ、エンディングは
制作第3話(サラセニアン)の撮影と共に済ませられている。
不思議なのはエンディンのお台場でのアクション・シーンがラテックス製の
マスク1個で通されている事で、故・中村文弥氏が演じられた仮面ライダー
に、是非ともFRP製のマスクを被って頂きたかった(見たかった!)。

最後に、エンディングのテーマ・ソング『仮面ライダーのうた』を作詞なさった
八手(やつでと読む。はってと書かれている書籍があるが、平山先生御自
身がやつでとおっしゃっているのだから間違いない!)三郎とは平山亨プロ
デューサーの変名である。
平山氏は他にもいくつかの変名を使い分け、作詞もなさっていた(もうひと
つ言えば、「ぼくのライダーマン」の作詞は田中守の名義であるが実は平山
先生の奥様によるものである。

「仮面ライダーなんか見ていないなんて言って、あんな詩が書けるんだから
ホントは見ていたんだろうなぁ」平山亨先生・談)。



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 『仮面ライダー』第2話については、エキスプロによる蝙蝠男の造形がサラ
セニアンより先行して行なわれており、厳密に言えば第3話よりも先に撮影
が始められていただろうと思われる。
その第2話のスチールの中に、たいへん興味深い1枚を見つけた。
そのスチールとは撮影現場の風景を記録した講談社のものなのだが、そこ
に或る一人のカメラマンの姿が写されているのである。
もちろん大島カメラマンではない(大島氏はこのスチールの撮影者なのだか
ら)。
平山亨プロデューサーでもない。
残念ながら俯瞰での撮影であるためにお顔がよく判らないのだが、スタン
バイするルリ子さんと蝙蝠男の後ろに立ってスチール用のカメラを手に持っ
ている。
服装は地味で若くはない。
もしかしたら、この人物こそ毎日放送番宣スチールと称されている旧1号編
初期のスチールの撮影者ではないのか?
「年配の番宣カメラマンが来ていた」という岡田勝氏の証言とも符号る。
・・・などと考えたりしてみたが、こうした撮影現場のスナップは意外と多く残
されていて、ただ、関係者に伺ってもなかなか名前を確認できない人物が
少なくないのだ(困る)。
それはともかく、第2話の撮影現場に講談社以外のカメラマンが来ていたの
は事実なのである。
ならば、このシーンを記録した講談社以外のスチールはあるのか?
それが、バッチリとあるのだ(笑)。
この場面はマンション・ニューランドの一室ではなく生田スタジオに建てられ
たセットの内部である。
蝙蝠男に捕えられた緑川ルリ子が首筋に牙を突き刺され、ヴィールスを注
入されて悶え苦しむ名場面だが、講談社・大島カメラマンによるスチールと
は別に、このシーンの本編スチールが残されている。
他にも山野美穂(小林千枝)の首筋に牙を立てようとする蝙蝠男(2カットあ
る)や室内での単体スチール(アクション用の短い羽根)等、講談社以外の
第2話のスチールが確認されている。

撮影者は、この人か?




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