2006.9.2 伊藤真氏特別講座 「弁護士さんにお話ししたい憲法の話」
2006年9月2日(土)、伊藤塾・塾長の伊藤真氏をお迎えして、特別講座を開きました。
会場:神戸市勤労会館308号室(120人席)

「伊藤真さんの講演を聞いて」
自民党新憲法草案の文言がどのような深謀遠慮のもとに巧妙に組み立てられているのか、さすがと唸らせられる端的、論理的かつ明快な説明をしていただき、これを広く伝えていかないといけないのだということをひしひしと感じました。
もちろん、広く伝えると簡単に言っても、それは非常に難しいこと。特にいくらかでも政治的な事柄を伝えるということは、日常生活を優先していく中ではなかなかできるものではなく、実のところ、私は、私個人の力では、家族やごく親しい友人・知人としか憲法や戦争について話したり議論したりはできない、という思いをずっと抱いていました。広く伝える仕事は、結局はマスコミやマスコミで影響力を持って発言できる人にしかできないことではないかと感じていました。
けれども、伊藤さんが、法律家は、憲法とは何かを学んでおり、現在の改憲論ではどう変容しようとしているのかもわかるのだから、それを可能な限り語る責任があるとの趣旨を熱く語られるのを聞いているうち、責任に目覚めたというわけでもないのですが、私ももう一歩踏み出して話していこうという勇気が湧いてきました。「アメリカと一緒に戦争をしても何もいいことはない。9条を変えたら駄目だと思う」と言うだけでなく、私でもいくらかは憲法の意味を説明することができるのだから、小さすぎる力のようでも、それはやはり伝えていきたいな、と。「頭でわかるだけでなく心で感じることが大切」という伊藤さんの戦略に見事に嵌ってしまったようです。  (弁護士 八隅 美佐子)

2006.2.16 兵庫県弁護士9条の会結成1周年記念講演会 
昨年2月18日、兵庫県弁護士9条の会が結成されましたが、早いものでもう1年が経ちました。この間私達9条の会は、憲法119番活動や講師活動、9条ワッペンやシール作成など幅広い活動を展開し、分けても昨年9月9日、「9条の心 トーク&ライヴ」を、多くの9条の会と協力して成功させたことは特筆すべきことです。そしてあっと言うまに1年。さあ、「兵庫県弁護士9条の会」として独自の1周年企画として何をするか、誰を講師としてお呼びするか、侃々諤々の議論をして、元毎日新聞論説委員(現成蹊大学文学部教授)の鈴木健二氏に記念講演をお願いしました。
ご承知のとおり、メディアは憲法「改正」について概ね肯定的で、「9条の会」の活動は殆ど無視ないし黙殺しています。過去、メディアの中枢におられ、10年前、戦後50年の節目に「戦争と新聞」(毎日新聞社)を世に問い、新聞が戦争の足音をどう伝え、間違いを犯したとするならどこでどう誤ったか、同じ過ちを犯さないためにはどうしたらいいのか、とメディアのあり方に警鐘をならされてきた氏の話は大変、参考になりました。
氏は「戦争と新聞」の中で、メディアは言葉通りに理解すれば「媒体」であり、社会をありのままに映し出して報道する、あるいは社会の多様な意見を反映する鏡的側面が第一義的なものであろう、しかし、何を映し出すか、何を反映するかで既に価値観が加わっている、厳密な意味でメディアは中立ではあり得ないと指摘しておられます。このメディアが、氏の指摘で言うと、「価値観」を加え、現在憲法9条について何も言わない、言うなら9条を変えてはいけないという側面は、映し出さないし、反映させようとしないのです。こういう姿勢に転じたのは、湾岸戦争が分岐点と鈴木氏は話されました。そして、メディアの本質について、「日本の新聞は戦争で太った」「日本の新聞に市民意識はない」「メディアは本来、国家のイデオロギー装置」と喝破されました。
そうだとすれば、憲法9条や平和問題でのメディアの惨状は理解できると言うものですが、はてそれで納得してしまってよいのだろうか。新聞もテレビも確かに商業主義に毒されているし、視聴率や販売部数が報道内容、何を映し出すかを決めるのだろう。しかし、お金払って新聞買い、テレビ見てるのはわたしらだもんね。市民のこと、国民が平和で暮らせるからこそ、メディアもメディアであり続けることができるのでしょう。どうも新聞なのかどうか分かりませんが、数千億円の借金を抱えているとの話もされ、新聞などが置かれている深刻な状況もあるようです。「ペンは剣より、鉄砲や戦車より強く」なるようにもりたて、育てていく必要もあるようです。新聞をはじめとするメディアは、何を伝えるべきかについて真剣に考えて欲しいですね。

■本日(3月5日)毎日新聞に憲法「改正」に関する世論調査の結果、これに関する特集記事が組まれていました。全体として改憲に賛成が65%、9条の「改正」についても賛成が49%、反対が41%のようです。しかし相変わらず、何を考えているのか、何を伝えようとしているのかが全く見えない。残念です。  (兵庫県弁護士9条の会 事務局長 羽柴 修)

「鈴木先生のお話をお聞きして」
2月16日、鈴木健二氏の「メディアが9条から逃げるわけ」という標題の講演会に参加しました。講演会には、弁護士以外の一般の方も少しは参加しておられましたが、一年前の9条の会結成記念講演会と比較すると、少々寂しいなと感じました。しかし、鈴木氏の講演は大変参考になりました。
鈴木氏は、社会情勢によって9条に対するマスコミの見解が変遷してきた流れや、朝日新聞の憲法記念社説の変容に関する説明、そしてメディアの本質論等多岐に亘る説明をして下さいましたので、今回の講演は自分の知識を深める機会となりました。特に、メディアの本質に関するお話の中で、日本の新聞に「市民」意識がないという鈴木氏の論調には、全くその通りだなと感じました。マスコミの人間が日々公権力を握っている人々と接触し、これらの人々から情報を引き出すという取材スタイルからすれば、マスコミの人間は「市民」の視点ではなく「国家」の視点で物事を見るという図式は当然なのに、何故マスコミに期待してしまうのでしょうか。マスコミが9条改憲論に傾くのも当然の結果なのに・・・。市民の見解を作り上げる力は何か、改めて考えさせられました。やはり、市民運動のパワーが、9条を守りうること、私たち一人一人が自分のできる活動を行うことの大切さを認識し、自分にできる活動を行っていこうとの誓いを抱きました。  (弁護士 石田 真美)

先日、指導していただいた先生と一緒に、初めて弁護士九条の会に参加しました。
この日は成蹊大学の鈴木健二教授の講演で、マスコミの視点から九条を考えるというとても興味深いものでした。鈴木教授が実際に長年新聞記者をしていたという経験をお持ちの方だったので、各新聞それぞれのカラーや、その歴史的な移り変わりを分かりやすく説明して下さり、あっというまの2時間でした。
私自身は小さい頃から朝日新聞を読んでいましたが、新聞に知らず知らずのうちに影響を受けていたんだということを改めて実感し、各新聞により論調が異なり、論調が異なれば受ける印象も変わってくることを十分意識しないといけないな、と感じました。
 それにしても、改憲が話題に上った当初、改憲なんておよそ現実的に有り得ないと思っていた私ですが、昨今の急激な改憲論議に、まさか本当に改憲なんてことにならないよね、とやや現実的に心配にしています。世論は新聞を初めとしたマスコミの影響を受けやすく、そのマスコミは世論を投影しているとのことなので、これから益々九条の会の存在意義は大きくなると思いました。  (修習生)
2006.1.1 新年のごあいさつ
おめでとうございます。
今年は、通常国会に国民投票法案が上程されます。与党と民主党との間では、メディア規制を外すことで投票法案自体については合意が成立したとの報道がされており、06年度予算案が成立した5月連休明け頃が大きな山場になりそうです。
 さて正月中に「下山事件・最後の証言」(柴田哲隆著、祥伝社)を読みました。私は1949(昭和24)年生まれであり、この年に「下山事件」、「三鷹事件」(下山事件が起きた7月5日の10日後発生)、「松川事件」(8月17日未明)という終戦直後の国鉄にからむ謀略事件が起きました。松本清張氏の「日本の黒い霧」や、矢田喜美雄氏(朝日新聞記者)の「謀殺 下山事件」程度は読まれている方も多いと思います。「最後の証言」は、これらをはるかに凌駕する内容で迫力のあるものです。特に、A級戦犯であった岸信介氏や児玉誉士夫氏が釈放された事情・経緯(生死を分けた一線)、これらとM資金との関連、下山事件に佐藤栄作氏(当時吉田内閣の政調会長・元鉄道総局長官)がどう関わっていたのか、実兄である岸信介氏の巣鴨からの釈放と下山事件実行犯とされるグループとの関わりなど鬼気迫るものがあります。
 1949年は占領政策の分岐点、日本の戦後政治の分岐点と言われる年であり、この年に起きた前記謀略事件は、これを象徴する事件です。そして吉田内閣や岸内閣は、日本の再軍備に重要な役割を果たしてきました。戦争を指導してきた政治家が戦後も大きな力を持ち続けたことが平和憲法、9条の土台を危うくしているのです。ご存知のように小泉首相の後継者と目される安倍官房長官は、岸信介氏のお孫さんであり、核武装論者です(ついでに同じく後継候補の麻生外相は吉田首相の孫であり、両名とも靖国神社参拝は「内心の自由」の問題で中韓の批判は理解できないとの立場)。こうした政治家が声高に「国民の責務、公益や公の秩序」を叫ぶことの怖さ、9条改憲を主張する怖さを多くの市民に訴えていく必要があります。兎に角、「最後の証言」を是非、お読み下さい。     
2005.9.9 ライブ&トークイベント「9条の心」 神戸国際会館こくさいホール
主催団体は、兵庫県の地域や大学、職業別の九条の会24団体。ウィークデーで総選挙の二日前という状況にもかかわらず、なんと、お客様は1500人、主催者・出演者は200人というすごいイベントになりました。 
「9条の心」がこれだけ多くの人の心をとらえたのは、なんといっても、主に20代の若者で構成されるプロジェクトアーティクル9(9条の会青年兵庫)が企画の中心を担っていたからでしょう。
 アンケートで最も人気の高かった企画の一つが、9条ファッションショー!約50名のモデル? たちが、「9」をデザインしたファッションで登場。戦争中はファッションの自由もなかったということの象徴として、防空頭巾に国防服の女性モデルも登場。最後は9条結婚式に9条ファミリー登場と、「9条」を愛する人がいつでもどこでも「9」をアピールできると大人気でした!
 他の企画については、翌10日の神戸新聞の報道を引用します。
 『講演では、軍医として広島で被爆した肥田舜太郎さんが、次々と患者の死をみとった当時の経験を語った。「正体不明の症状」に無力だった悔しさから、「戦争をしないさせない。九条を守るため、一人ひとりが考えなければならない」と訴えた。イラクで取材中に人質となったフォトジャーナリストの郡山総一郎さんは自身が撮影した写真で、カンボジアの貧困や人身売買などの実態を紹介。また、憲法九条をテーマにしたアコースティックバンドのライブや子どもから大人までが参加するファッションショーなども披露された。大阪府吹田市から参加した大学三年の岸田裕子さん(21)と同四年、辻井勇人さん(22)は「話を聞き、憲法を変えることの重みが理解できた。わたしたちのような若い世代こそ、憲法や戦争について聞き、考えないといけないと感じた」と話していた』 (マガジン9条『みんなのレポート』から)
2005.2.18 兵庫県弁護士9条の会結成総会&記念講演
1.2005(平成17)年2月18日(金)、兵庫県弁護士9条の会が結成されました。結成のその日、加藤周一さんをお招きして、『軍事力で平和は守られるか』と題する記念講演を開催しました。

2.ここで、みなさんもご存知かと思いますが加藤周一さんをご紹介しておきましょう。
 加藤さんは、「九条の会」(http://www.9-jo.jp/index.html)の9人の呼び掛け人のお一人です。加藤さんは、おそらく現代日本の最高の知識人と思われますが、憲法問題についても造詣が深く、広い視野と深い教養に裏打ちされた明晰な思考は、平和憲法の大切さを語る第一人者です。
 1919年9月19日生まれで、東京帝国大学医学部卒の医師として医学研究のかたわら文学にも深い関心を寄せ、文芸評論家・作家として活躍し、カナダ、ドイツ、スイス、アメリカ、イギリス、イタリアなどの大学や、上智大学、立命館大学で教鞭を執って来られました。
 著作としては、「日本文学史序説」、「羊の歌」、「加藤周一著作集」(全15巻)や、朝日新聞に月1回程度で連載しているコラム集「夕陽妄語」(セキヨウモウゴ/朝日新聞社)などが有名ですが、反戦的小説として「ある晴れた日に」(河出書房)、平和・憲法関連では、「戦争と知識人」を読む〜戦後日本思想の原点」(青木書店)、「ある晴れた日の出来事―12月8日と8月15日と」、「憲法は押しつけられたか」、「いま憲法を考える〜講演と対話のつどい」(いずれもかもがわ出版ブックレット)、「加藤周一対話集5〜歴史の分岐点に立って」(かもがわ出版)などがあります(参考http://kshu.hp.infoseek.co.jp/book.htm)。

3.2月18日の結成総会/講演会には、約120名もの大勢の方が会場となった神戸市中央区の勤労会館に訪れました。会場はまさにムンムンと熱気に満ちた様相を呈していました。
 加藤さんは当年85歳にもかかわらず、そのことをすっかり忘れさせるような迫力と、鋭い語り口で、様々な視点から次のようなお話をされました。

(1) まず、演題となっている平和と軍事力の関係について、いつの時代にも戦争はあるが、どの戦争も「平和」が目的であると語られているが、本当にそうなのかという問題提起がありました。この問題を抽象的に語っても意味がないので、具体的に起きた数々の戦争を例に挙げて考察してみようというのです。

(2) 20世紀に起きた主な戦争だけをとってみても、第1次世界大戦、日中戦争、第2次世界大戦、米ソの冷戦、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、湾岸戦争、アルジェリア戦争、コソボ紛争等がありました。それぞれの戦争の目的が何であったのか、その目的は達成されたのか、経済的、地政的な意義があったのかを一つ一つ丁寧に検証していく中で、それぞれの戦争において、はっきりとした目的はあったものの、その目的が達されることはほとんどなかったということが浮き彫りになりました。
 これに対して、失ったものは大きく、単におびただしい数の人が死んだだけであるという結果も明らかでした。
 また、軍事力の均衡によって平和を守るという考え方は、双方の国家がそれぞれの軍事力を増強していくことにより、パワー・バランスがエスカレーションを起こし、戦争に向かっていくという図式も共通して言えることであり、“バランス・オブ・パワー”がナンセンスであるとの指摘もありました。

(3) 加藤さんは、これらの検証について、@戦争の目的が何であるか、すなわち、公表された目的と隠れた目的をそれぞれ正しく把握すべきであり、Aその場合、目的と原因を区別して考えるべきであって、宗教・イデオロギーが目的なのか、市場・資源・労働力といった経済的理由が目的なのか、パワー・バランス維持が理由であるのか、集団的自衛が理由であるのか、きちんと分析すべきであること、Bその上で、戦争の結果と、戦争の破壊力すなわち社会全体として大量殺人を行うことを公然に容認することの意義を考えるべきである、という視点を呈示しました。
 特に、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争については、時間を割いて戦争の経過と原因を辿りながら、目的が達成されずに無意味に人間が死んでいったという事実を冷徹に語っていきました。

(4) 加藤さんの視点が、日本人としての視野にとどまらず、広く世界的視野をもって語られていることも、深い洞察を感じさせました。「すべての政府は嘘をつく」(I・F・ストーン)、「戦争とは嘘の体系である」(カルル・クラウス)、つまり戦争は嘘から始まる、といったコメントは印象的でした(参考/「第二次大戦中の日本政府が嘘をつきまくり、国民をだましつづけたことは、われわれの記憶に新しい。戦争に反対するためには戦争に係る現実を知らなければならず、現実を知るためには嘘を見破らなければならず、嘘を見破るためには権力とその手先によって操作された情報の矛盾に注意し、その不整合性をあきらかにし、政府以外の情報源からの情報を利用し、一切の希望的観測を排除して、冷静に、客観的に、知り得た情報の全体を分析しなければならない。それはすぐれて知的な仕事であり、まさに知識人の任務である、といってもよいだろう。」(「戦争と知識人」を読む〜戦後日本思想の原点)より)
 また、外国から見て日本を攻撃する意味(メリット)があるのだろうか、少なくとも具体的目的は見当たらないという指摘もありました。そうすると、外国から攻撃を受ける具体的な危険性が考えられない現状下で、抽象的な「おそれ」のみを理由に、自衛のための軍事力を増強することがナンセンスであるということも明言されました。島国的感覚しかもっていない私たちに欠けている視点であると思われます。

(5) このような歴史的、政治的な動向を概観・分析を踏まえた上で、戦争と日本国憲法についてのコメントがありました。
 憲法は、国民主権、人権尊重、平和主義の三原則を柱としていますが、これらの原則は相互に深く関係をもっていて、切り離して考えるのは大変難しいものです。いいかえれば、人権を制限しなければ戦争ができない、人権や平和を守るために戦争をするという大義名分は虚偽であると一刀両断しました。
 また、現行憲法は、その制定時には国民も当時の政府も積極的に受け入れたもので、9条の戦力不保持の宣言を定義さえ必ずしも明確でない自衛の名の下になし崩しにすることの危うさを指摘されました。

(6) 最後に「私のお薦めは憲法9条です」との言葉で締めくくられました。

4.たいへん重たいテーマであったにもかかわらず、深い知性と教養に満ちたお話で、内容的に十二分に満足しただけでなく、気持ちよい明快さと随所にウィットとユーモアをまじえた語り口に酔いしれた1時間でした。私たちの結成総会にふさわしい講演をいただきました。
 加藤さんどうもありがとうございました。
(参考/新聞記事http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou05/0219ke78470.html
*その後、加藤さんには、メンバー弁護士20名ほどが参加する懇親会にもご参加いただきました。加藤さんは「こんなに大勢の弁護士を一度に見たのは初めてだ」とおっしゃって会場を湧かせました。

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