1.2005(平成17)年2月18日(金)、兵庫県弁護士9条の会が結成されました。結成のその日、加藤周一さんをお招きして、『軍事力で平和は守られるか』と題する記念講演を開催しました。

2.ここで、みなさんもご存知かと思いますが加藤周一さんをご紹介しておきましょう。
 加藤さんは、「九条の会」(http://www.9-jo.jp/index.html)の9人の呼び掛け人のお一人です。加藤さんは、おそらく現代日本の最高の知識人と思われますが、憲法問題についても造詣が深く、広い視野と深い教養に裏打ちされた明晰な思考は、平和憲法の大切さを語る第一人者です。
 1919年9月19日生まれで、東京帝国大学医学部卒の医師として医学研究のかたわら文学にも深い関心を寄せ、文芸評論家・作家として活躍し、カナダ、ドイツ、スイス、アメリカ、イギリス、イタリアなどの大学や、上智大学、立命館大学で教鞭を執って来られました。
 著作としては、「日本文学史序説」、「羊の歌」、「加藤周一著作集」(全15巻)や、朝日新聞に月1回程度で連載しているコラム集「夕陽妄語」(セキヨウモウゴ/朝日新聞社)などが有名ですが、反戦的小説として「ある晴れた日に」(河出書房)、平和・憲法関連では、「戦争と知識人」を読む〜戦後日本思想の原点」(青木書店)、「ある晴れた日の出来事―12月8日と8月15日と」、「憲法は押しつけられたか」、「いま憲法を考える〜講演と対話のつどい」(いずれもかもがわ出版ブックレット)、「加藤周一対話集5〜歴史の分岐点に立って」(かもがわ出版)などがあります(参考http://kshu.hp.infoseek.co.jp/book.htm)。

3.2月18日の結成総会/講演会には、約120名もの大勢の方が会場となった神戸市中央区の勤労会館に訪れました。会場はまさにムンムンと熱気に満ちた様相を呈していました。
 加藤さんは当年85歳にもかかわらず、そのことをすっかり忘れさせるような迫力と、鋭い語り口で、様々な視点から次のようなお話をされました。

(1) まず、演題となっている平和と軍事力の関係について、いつの時代にも戦争はあるが、どの戦争も「平和」が目的であると語られているが、本当にそうなのかという問題提起がありました。この問題を抽象的に語っても意味がないので、具体的に起きた数々の戦争を例に挙げて考察してみようというのです。

(2) 20世紀に起きた主な戦争だけをとってみても、第1次世界大戦、日中戦争、第2次世界大戦、米ソの冷戦、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、湾岸戦争、アルジェリア戦争、コソボ紛争等がありました。それぞれの戦争の目的が何であったのか、その目的は達成されたのか、経済的、地政的な意義があったのかを一つ一つ丁寧に検証していく中で、それぞれの戦争において、はっきりとした目的はあったものの、その目的が達されることはほとんどなかったということが浮き彫りになりました。
 これに対して、失ったものは大きく、単におびただしい数の人が死んだだけであるという結果も明らかでした。
 また、軍事力の均衡によって平和を守るという考え方は、双方の国家がそれぞれの軍事力を増強していくことにより、パワー・バランスがエスカレーションを起こし、戦争に向かっていくという図式も共通して言えることであり、“バランス・オブ・パワー”がナンセンスであるとの指摘もありました。

(3) 加藤さんは、これらの検証について、@戦争の目的が何であるか、すなわち、公表された目的と隠れた目的をそれぞれ正しく把握すべきであり、Aその場合、目的と原因を区別して考えるべきであって、宗教・イデオロギーが目的なのか、市場・資源・労働力といった経済的理由が目的なのか、パワー・バランス維持が理由であるのか、集団的自衛が理由であるのか、きちんと分析すべきであること、Bその上で、戦争の結果と、戦争の破壊力すなわち社会全体として大量殺人を行うことを公然に容認することの意義を考えるべきである、という視点を呈示しました。
 特に、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争については、時間を割いて戦争の経過と原因を辿りながら、目的が達成されずに無意味に人間が死んでいったという事実を冷徹に語っていきました。

(4) 加藤さんの視点が、日本人としての視野にとどまらず、広く世界的視野をもって語られていることも、深い洞察を感じさせました。「すべての政府は嘘をつく」(I・F・ストーン)、「戦争とは嘘の体系である」(カルル・クラウス)、つまり戦争は嘘から始まる、といったコメントは印象的でした(参考/「第二次大戦中の日本政府が嘘をつきまくり、国民をだましつづけたことは、われわれの記憶に新しい。戦争に反対するためには戦争に係る現実を知らなければならず、現実を知るためには嘘を見破らなければならず、嘘を見破るためには権力とその手先によって操作された情報の矛盾に注意し、その不整合性をあきらかにし、政府以外の情報源からの情報を利用し、一切の希望的観測を排除して、冷静に、客観的に、知り得た情報の全体を分析しなければならない。それはすぐれて知的な仕事であり、まさに知識人の任務である、といってもよいだろう。」(「戦争と知識人」を読む〜戦後日本思想の原点)より)
 また、外国から見て日本を攻撃する意味(メリット)があるのだろうか、少なくとも具体的目的は見当たらないという指摘もありました。そうすると、外国から攻撃を受ける具体的な危険性が考えられない現状下で、抽象的な「おそれ」のみを理由に、自衛のための軍事力を増強することがナンセンスであるということも明言されました。島国的感覚しかもっていない私たちに欠けている視点であると思われます。

(5) このような歴史的、政治的な動向を概観・分析を踏まえた上で、戦争と日本国憲法についてのコメントがありました。
 憲法は、国民主権、人権尊重、平和主義の三原則を柱としていますが、これらの原則は相互に深く関係をもっていて、切り離して考えるのは大変難しいものです。いいかえれば、人権を制限しなければ戦争ができない、人権や平和を守るために戦争をするという大義名分は虚偽であると一刀両断しました。
 また、現行憲法は、その制定時には国民も当時の政府も積極的に受け入れたもので、9条の戦力不保持の宣言を定義さえ必ずしも明確でない自衛の名の下になし崩しにすることの危うさを指摘されました。

(6) 最後に「私のお薦めは憲法9条です」との言葉で締めくくられました。

4.たいへん重たいテーマであったにもかかわらず、深い知性と教養に満ちたお話で、内容的に十二分に満足しただけでなく、気持ちよい明快さと随所にウィットとユーモアをまじえた語り口に酔いしれた1時間でした。
 私たちの結成総会にふさわしい講演をいただきました。
 加藤さんどうもありがとうございました(参考/新聞記事http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou05/0219ke78470.html
*その後、加藤さんには、メンバー弁護士20名ほどが参加する懇親会にもご参加いただきました。加藤さんは「こんなに大勢の弁護士を一度に見たのは初めてだ」とおっしゃって会場を湧かせました。
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