sasanqua

「――うわ、寒いな」
部室に鍵を掛けて外に一歩出るなり、藤真が呟いた。朝から降り続いている雪は、弱くはなったものの、10センチは積もっている。この雪のせいでいつもより部活の終了時間を早めたのだが、それでも花形と藤真が残務を終えた頃にはもう7時を回っていた。
「これ、明日の朝までにはかなり積もるんじゃないか?」
そう言う藤真の声には、うんざりしているようでいて、でもどこか楽しげな響きがあった。
花形は笑い含みに答えた。
「さあ、どうかな。夜にはやむみたいだし」
この現実的な指摘は、藤真の期待するものではなかったらしい。つまらなそうな表情を浮かべて瞳を上げる。
「なんだ、花形は積もって欲しくないわけ?」
「だって、積もったら電車は止まるかもしれないし、道が滑って危なかったりするじゃないか」
「それはそうだけど……」
なお不満げに言い掛けて。
しばらく空を見上げていたかと思うと、急に藤真はグラウンドの方へと軽く駆け出した。
「おい、藤真!」
花形は慌ててあとを追った。
グラウンドの真ん中まで走って、藤真は無造作に傘を降ろした。そうして、舞い落ちる雪を全身で受け止めるように、空を仰ぐ。
「何やってるんだ、風邪引くぞ!」
追い付いた花形が傘を直そうとするのを、小さい子供がするように緩く首を振って拒絶し、藤真は、お前もやってみろよ、と呟いた。
一面の積もった雪の上に、二人の足跡だけがあった。校庭の隅からかすかに届く照明が、ときどき雪に弱い反射を与えてきらめかせた。
「――頭を冷やせって、言われたことあったじゃないか」
雪を払いもせずに、藤真が苦く笑った。
半年前、藤真が監督を兼ねると宣言したときに、ほとんどの大人がこう言ったのだった。
ある者は侮蔑と敵意を込めて。ある者は心配と思いやりのゆえに。
頭を冷やせ。生徒に監督が務まるものか、と。
「ああ、確かにそう言われたな」
花形はいったん頷いた。そして、藤真に付いた雪を手際よく払い、有無を言わせずに傘を差し直させてから、やや強い口調で続けた。
「それで? 藤真は頭を冷やさなきゃいけないって思ってるのか?」
監督を兼任して半年、藤真は見事にその任を果たしていた。
大人たちへの意地も多少あったことは否めないが、それもほんの初めだけで、結局今まで二人を支えていたのは、バスケットに対する情熱以外にはあり得なかった。そうでなければ、これほどの努力を重ねられるはずがない。
「――冗談だよ。そんなに怖い声出すなって」
身体の力を抜いて、藤真が花形の肩に軽く顔を埋めた。
「ちょっと疲れただけ。ごめんな」
花形は、宥めるように藤真の背を撫でた。
「つらいなら――」
包み込む腕にそっと力を込める。
こうして気持ちを受け止めることくらいしか、自分にはできないから。
「つらいなら、やめてもいい」
低く告げると、藤真が驚いたように顔を上げた。そして即座に、「やめないよ」と答えた。

――だって、お前が俺のこと、信じてるじゃないか。

花形が信じてくれている限り、俺は監督をやめないよ。
そう言って藤真は、花形の手に自分の手をそっと重ねた。

(2000.04.01)