「C大って……こんなに強かったっけ?」
新年が明けたばかりの1月2日、東京体育館のあちこちから、驚きとも当惑ともつかない声が上がっている。
全日本総合選手権大会の初日に当たる今日は、メインアリーナに取られた4面のコートを使って、トーナメント1回戦のそれぞれの試合が同時に行われていた。
オールジャパンと呼ばれるこの大会には、日本リーグ所属の実業団チームや、インカレ上位の大学、地方ブロックから選抜されたチームが出場している。
12月のインカレでベスト8に入ったC大の緒戦の相手は、地方ブロックを勝ち上がってきたクラブチームだった。このチームは全員が国体の代表選手で、経験を生かしたバランスの良い攻守を誇っている。そのため、学生であるC大の勝利は難しいというのが大方の予想だったのだが――。
後半10分を過ぎて、スコアは64対50。C大が何と14点のリードを奪っていた。
「いったいどうなってるんだ? 流れが全然こっちに来ない」
タイムアウトでベンチに戻ったクラブチームの選手たちが、顔を見合わせて、途方に暮れたように首を振った。
この試合、前半10分は間違いなくクラブチーム側のペースだった。シュートは順調に決まったし、マンツーマンのディフェンスもうまく機能していたというのに。
流れが変わったのは、あのとき――クラブチームのポイントガードが、ディフェンスの際にマッチアップの相手を転ばせてしまってからである。
はっと目を引く綺麗な顔立ちをしたC大のポイントガードは、スピードも技術の高さもまた圧倒的だった。抜かれまいと気負ったせいか、焦ったクラブチームのポイントガードが、足を掛けたような体勢で進路を阻んでしまったのだ。
決して故意ではなかったが、アンスポーツマンライクファウルを取られても仕方のないプレイだった。それは否めないだろう。もっとも、このくらいのラフプレイはよくあることで、お互いが根に持つようなものではない。現に、転んでしまったC大のポイントガードは手のひらと膝にすり傷を負って応急処置のためにベンチに下がったものの、まもなくコートへ戻り、別段ファウルを気にする様子もなく試合を続けていた。
むしろ尋常でなかったのが、本人以外のC大選手の反応である。
ファウルの瞬間、「藤真さんに何するんだ!」という叫びと共に、ベンチが一気に殺気立った。今にもコートに乱入してきそうな勢いだったのを、スタメンの選手が鋭く制したため、何とか事態は収まった――はずだった。
けれども、まさにここからC大の猛烈な反撃が始まったのだ。
ベンチの暴走を冷静に止めたスタメンたちこそが、実はベンチよりもはるかに怒っていたのではないか――。鬼気迫る、という言葉がぴったりに思えるような異様な戦意が、彼らのプレイからは立ち昇っていた。怒りは普通、選手の動きを雑にするものだが、今のC大は逆に、より正確で苛烈な攻撃と、粘り強くアグレッシブな防御を繰り広げている。
「あの眼鏡掛けてる奴――C大のセンターが、とにかくすげえインサイド強くてさ。ブロックショットにしろ、リバウンドにしろ、もう全く容赦なしって感じで……」
「容赦なしって言えば、フォワードのつんつん頭の方がもっとえげつないぜ。こっちのディフェンスが付いていけないの知ってて、にっこにこ笑いながらダンク決めやがる」
「――もしかしてあいつら、さっきのファウルにまだ怒っているとか?」
「まさか……。だって、当のポイントガードは全然気にしてないし――第一、ぴんぴんしてるじゃないか」
そう、本人が医務室にでも運ばれて試合に戻ってこられない、というのなら、チームメイトの怒りもまだ分かる。しかしC大のポイントガードは、怪我など物ともせずに、スティールはするわ、アシストは決めるわ、挙句に3ポイントまで3本続けて成功させるわ、はっきり言って絶好調なのである。
確かに、あのファウルは好ましいものではなかった。でも、ここまでこてんぱんにやられなければならないほど、罪深い所業だったのだろうか?
クラブチームの戸惑いは深まるばかり。それでも試合の方は、お構いなしに進んでいくのであった。
「勝っちゃいましたね……」
無情に鳴り響く試合終了のブザー。それにかき消されてしまうような弱々しい口調で、C大のマネージャーが呟いた。
「そうだな……」
唸ったのは、隣に座るC大の監督である。
コートの中にいる選手たちを見やりながら、マネージャーはぼそぼそと続けた。
「花形さん、無表情に怒ってましたよね……」
「……そうだな」
「仙道さんも、にこにこしながら怒ってましたよね……」
「……ああ」
「ほかのみんなも……やっぱり怒ってましたよね……?」
「……」
もはや返事をする気力もなくなったというように、監督は黙ったまま、そっとこめかみを押さえた。
――要するに。
C大に勝ちたいのなら、決して藤真さまに乱暴なファウルをしてはいけませんよ、というお話(笑)。
(2001.01.06)