Music Life & Camel

そもそも

中学1年だったと思いますが、友だちの影響で、AMラジオを聴くようになったのですが、どの番組でもオリビアのジョリーンが流れていました。
たまたま、友だちが、LPを格安で譲ってくれると言ってくれました。記念すべき初購入LP。タイトルはCome on Overですが、邦題は「水の中の妖精」。
ジャケットの大人の色気にやられてしまいました。
今でも、時々聴きます。
ロック調の曲が多く、その後の、僕の音楽指向の基礎のひとつはここにあるのかも。

第1の転機

バスケ部の友人Yくんの影響でほどなくBeatlesを聴くようになりました。
小遣い銭欲しさに、Yくんとともに新聞配達のアルバイトをはじめてましたので、LP購入経費にはこと欠きませんでした。
私の一番のお気に入りはアルバムLet It Beです。コアなビートルズファンはホワイトアルバムとか、Sgtや初期のアルバムをフェイバリットとしてあげるのでしょうが…
何といわれようが、私は、このアルバムが好きです。例え、フィル・スペクターのとって付けたようなストリングス・アレンジがあっても、やる気のない、ダレた曲や会話があってもです
I’ve Got a Feelingを何度となく聴きました。
当時は、ベイシティーローラーズの全盛時代で、私はクラスではすっかり浮いた存在でした。大人気なくアンチ・ローラーズの論陣を張る私は、女生徒の敵でした。

第2の転機

ビートルズを通じて、ロックに関して随分と関心を持つようになっていました。
たまたま、本屋で、ロックの名盤Best100みたいな企画の入った本を買ったのが運のつきでした。
その本には、Pink Floydのアルバム「狂気」が「名盤」として取り上げられていましたが、黒地にプリズムを描いたジャケットが心を捕らえて離れませんでした。
おもいきって、LPを買いましたが、純真な中学生だった私は、すっかりFloyd の虜になってしまいました。
以後、なかなか新譜を出さない彼等にイライラすることしきりでした。

第3の転機

中学生ではありましたが、前述のピンク・フロイドを通じて、既に「プログレ」なる言葉は知っていました。
近所のレコード・ショップで、A-Zまで、全てのアルバムをチェックしている時に出会ったのが駱駝のジャケット。
帯には、プログレの名盤みたいなことが書いてあったと思います。全く、知識はなかったけど、買ってしまいました。そう、CamelのMirageです。
後日、すぐに新譜のRain Dancesまで買ってしまいました。更には、Moon Madnessも購入。
この時中学2年。
以後、数十年にわたり、僕のそばには、常にCamelの音楽が…

高校時代

さすがに高校にもなると、私より数段上手のプログレファンがいました。
やはり、一番の人気はKing Crinsonでした。
卓球部のK君の影響で結構、Crimsonを買いました。
私のお気に入りは、"太陽と戦慄"でした。
彼に無理矢理、Camelの新譜のI Can See Your House From Hereを買わせて、
自分では買わずに、それを録音してしまおうという作戦に出ました。
彼の評価は、まずまずだった。Side2のギターソロ曲"Ice"が良かったとのこと。
ほどなく、彼は、私の知らない801なるバンドのアルバムを貸してくれました。
うーん脱帽。
このころ、彼と競ってキングのユーロロックシリーズを買いました。
Osanna,New Trolls,Atol,Banco等々の伊、仏のバンドなど
思い出はつきません。
ただ、このころの自分は、少々入れ込みすぎというか、あまり余裕なく
活字の情報に踊らされて、「頭」で音楽を聴いていたような気がします。
ところで、当時、広島県で有数の高校生ギタリストとしてならしたクラスメイトのS荒木くんは、 何所へ行ったのだ?
誰か消息を知らんか???

大学時代

時代はポスト・パンクに
このころのプログレと言えば、Marillionでしょうか。
当時の荒涼たるプログレシーンで、かろうじて期待の星みたいな感じでした。
あまり、その手の雑誌などを読んで無かったので、全く情報は無かったのですがゼミの先輩に教えてもらい買いました。
ジャケット裏には、さりげなく(?)、見たようなアルバムジャケットが描かれていますね。

就職当時

とにかく働くのが辛かった。
当時はまだ半土でした。
土曜の朝J-Popのミュージック・プロモビデオを流す番組をやっていましたが
Picassoの「シネマ」だけが妙に記憶に残っている。
最近、ネットで検索して、ベスト盤を手に入れました。
へー、めぞん一刻のテーマ曲だったんだ。
ありふれたメロディーのようだけど、何か切なくなる、いい曲です。
オリジナルアルバムは殆ど廃盤のままのよう。
復刻を望みます。

Spirit of the Water

Macユーザーでしたので、僕もかなり早い時期からWWWの世界に入り浸っていました。でも自分でサイトを持つという発想はなく、ずっとROMに徹していました。
そんな私が一念発起してサイトを立ち上げたのは、2002年の秋のことでした。
2002年その年の1月、Camelのオリジナル・メンバーだったPeter Bardensの死が報じられました。脳腫瘍の手術後、療養中に肺癌を発症し亡くなったそうです。
PeterがCamelを離れてもうずいぶん経っていましたが、やはり思い出深いメンバーのひとりですので、彼の訃報には、私もずいぶんとショックを受けました。
遺作となったThe Art of Levitationには、Camel時代の名曲Spirit of the Waterが収録されていました。ボーカルは、お嬢さんのTallulahさんだそうです。悲し気な歌声が涙を誘いました。
この曲をリピートする日々が続きましたが、そのうちに悲しい気持ちとは違う別の感情に襲われるようになりました。一言で言えば「焦燥感」でしょうか。
そう、人生は短い…
こうして、Peterの死、Spirit of the Water、そして当時流行してたMac OS XのAqua インターフェース3つが頭の中で交錯したとき、僕のサイトが生まれました。

Andy Ward

2003年の夏、Camelの30 年を綴った企画ものDVDのCurriculum Vitaeが発売されました。
僕は初期のお宝映像を期待して、軽い気持ちでCamel Productionsへ注文しました。届いた映像は演奏シーンは少なめで、Andy Latimer, Pete Bardens, Andy Wardらによるインタビューを中心とした構成でした。聞き取れる単語をたよりにおおよその内容を推測するしかなかったのですが、それでもオリジナルメン バーの口から直接語られるエピソードの数々は興味深いものに思えました。
中でも僕の心をとらえて離さなかったのが、例のAndy Ward脱退の経緯の件です。アルコールホリックと躁鬱病に起因する自殺未遂のことは公然の秘密であり、既に、いろいろなところで断片的には伝えられてい ましたが、直接の当事者である2人のAndyの話はやはり生々しく衝撃的でした。
淡々と語るWard、時折口ごもり慎重に言葉を選ぶLatimer…
Nudeのプロモビデオで、マネキンのような空ろな表情で、でたらめにスティックを振るWardの姿が痛々しくて悲しかった。Andy Wardっ てCamel脱退後はどうしてたんだろう?どんな音楽活動をしてたのだろうか?そんな疑問が沸いて来ました。ありあまる才能を持ちながら心の病から Camelを離れた一人の男の人生を見極めたい、そんな思いが募り、ネットで検索しては,Andy Wardが参加しているアルバムを買い漁る日々が続きました。
Caravan of Dreams, Yukio Yung, Bevis Frond…
Wardの歩いた道が何となく見え始めたそんなある日、思い掛けないページがヒットした。
artist-shop.comのAndy Ward新譜Sticking Aroundの発売の予告だった。そして、ほどなくOfficial Siteの立ち上げに至ります。
苦労して集めたアルバムリストがそこにあっただけど、不思議と空しさは感じなかった。駆け足の追体験だったけど、Andy Wardの人生をちょっとだけ共有できたような満足感を得ることができました。