最近の公共経済学の研究に関心がある方へのメッセージ

『地域ガバナンスの公共経済学アプローチ』

中央大学出版部2005(非売品)のはじめから

 わが国は少子高齢化社会への道を着実に進んでいることは確かであるし、環境問題に対応できる社会システムの構築は重要な課題であることも誰も否定することはできない。今後税収の増加が望めない中では、全国一律の公共サービスの供給体制は無駄なサービスを国民に提供して、非効率的な政府であるとの批判を受け続けてきた。これに加えて、経済のグローバル化にともなう競争の激化は、国内外での所得の格差を拡大するとともに利害関係の国際化ともいえる複雑な結びつきを国内外に展開する。日本の自動車メーカーが米国市場で好調な業績をあげても、それが自分の仕事に反映されると期待できることも限られている。国益が国民共通の利益を意味するとしたら、その実態はますますあいまいになり、やせ細っていく。急激な社会変化が現在進行中であり、過去の経験や知恵がどの程度や役立つのかも定かではないといえるとしても、政府の責任は今後も軽くなることはない。

しかしながら、その責任の果たし方には財政支出とその効果を高めるための制度設計という視点からの転換が必要である。たとえば、各地域の実情に応じた公共財を効果的に供給して、地域の活性化に成功すれば、税収の増加と補助金などの政府支出の削減に帰着すると期待される。このような主張は、経済学において伝統的なものであるが、国民所得の再配分機能が低下した社会では、どのような政策も主体によって異なる利害あるいは結果をもたらすといえる。各主体は自らの利害や目的の実現のために、自発的に参加して社会貢献するための制度的な整備が進められなければならない。営利および非営利活動を問わずに、この自発的な社会貢献が、地域社会から国際社会まで包み込む活性化の大きな原動力の一つと位置づけることができる。これまでにも、労働組合、政党あるいは圧力団体など政治の場でその利害や目的を実現するための活動を行ってきた団体やグループは存在するが、ステークホルダーは従来行政の独占状態にあった地域のガバナンスにおいてその目的の実現のために積極的に関わる意欲と意志を強く持つようになってきている。スマトラ沖の大地震・津波の被害の援助においても、政府と民間の援助は肩を並べるまでの水準に達したといわれている。今後数年で迎えるといわれる第1期の団塊世代が現役を退く「大定年時代」によって生み出される人材の社会への関わり方によって、今後の日本の社会の構造そのものが大きく変わっていくきっかけとなる可能性がある。

 公共的な意思決定において、政府部門における政治的な意思決定だけで、資源の配分が決まるのではなく、それぞれの目的と意志で参加する企業や個人の活動が資源配分の流れを大きく左右するということができる。このような状況の中で学問の府としての大学の選択は、そのもてる能力をフルに発揮して、社会における意思決定の輪に参加することにあるのではないだろうか。このことは、大学は2大機能である教育と研究を活用して、社会への貢献をすると言い換えられるかもしれない。このような目標が定まったとしても、具体的にどのようにすればこの目標を達成することができるのかが当面の課題として浮上してくる。この段階ではできるだけ優れた計画をつくり、その成果を検証して、その計画と実施体制の見直しを重ねることによって、実際に選択可能な方式を確立していくことが賢明であるといえる。

 本書は、平成16年度文部科学省の現代的教育ニーズ取組支援プログラムの地域活性化の分野で採択された「『中大・八王子方式』による地域活性化支援」における活動の報告書である。このプロジェクトは、東京都の八王子市、日野市、岩手県の紫波町などで地域活性化の支援を実施している。これらの活動の成果は各自治体で顕著であるとしても、この活動を大学の研究教育の改善に役立てることが求められている。このプロジェクトは各自治体がそれぞれ独自の課題を有しており、大学が住民や企業とともにその課題の解決を支援するという枠組みで自治体と協働することを目指す。現段階では、この様な協働事業を実施するためには、その事業の管理運営をする能力を有する人材の養成が必要なことが明らかになった。八王子市の「環境診断士」などのように、市民の活動の中核を担う人材の育成だけでなく、大学生に対して、適正な教育プログラムを提供して、協働事業を推進する人材教育の有効性に期待が集まるようになった。本書はその教育内容の確立を目指す実験的な取組みである。具体的には、学生が地域経営に必要な計画と評価と組織運営に関する基礎理論を学習しながら、実際の課題に取組み、その内容の習得することを目指している。

(以下略)

2005年1月