文化行政としてのアートマネージメント
効果的な音楽の授業を行い,音楽の感受性や技能を高め,豊かな感性を育成しても,子どもが日頃生活するなかに,よい文化が存在しなければならない。そのためには,文化行政または芸術文化政策としてのアートマネージメントの考え方が重要になる。
1 アート・マネージメントの考え方
子どもを取り巻く状況の中に,情操を豊かにするものは少ない。魂を揺さぶられるような感動をするような経験は,社会の中ではなかなか難しい。テレビは影響力のある媒体であるが,質の低いバラエティが視聴率を稼いでいるし,JーPOPはアメリカを追随し,日本のヒップ・ホップをまねた音楽などはスタイルだけで,ヒップ・ホップの本質をとらえてはいない。また,ピアノなどを習う子はいても,ヨーロッパの伝統音楽を日常家庭で聴く子はほとんどいないし,歌舞伎,能などを鑑賞する子は皆無である。学校でいくら様々な音楽を扱い,情操を豊かにしようとしても,生活の中に高い文化を大切にする基盤がなければ,学校で行った教育活動はそこで終わってしまう。
その地区だけで古くから行われている音楽,例えば祭囃子や獅子舞などを積極的に鑑賞したり,保全することも無視できない。地域の伝統的なお祭りには登場するだろう。その人たちの演奏もさることながら,後継者つまり子どもたちの姿勢が今や重大な課題になっている。特に,市町村合併などにより消えていく芸能もあるのではないだろうか。
また,地区で太鼓の演奏団体が生まれたり,最近ではヨサコイソーランを踊ったりする地区もでてきた。これらをどのように展示(発表)し,伝承し,保存するか,これらは文化行政としては,方向性をよく見定めていく必要がある。
アート・マネージメントは,各自治体の担当部署が考え,積極的に実行していくことが大事である。市町村のホールなどを使って,住民に良質の文化を提供していくことと,そこでの企画は戦略的であればなおよい。また,有料のホールだけではなく,お祭り,フリーマーケット等でもいろいろなアイデアが考えられる。例えば,すぐれたストリートミュージシャンに発表の場を与えるとか,大道芸の大会をやるとか等である。しかし,場当たり的に出演交渉するのではなく,その市町村はどのような文化行政を目指しているのか,それを明確にし,ミュージシャンに伝えていくとよい。
2 アート・マネージメントの二つの側面
(1) 文化を市民に提供する
一つは,質の高い文化を市民に提供するという側面である。これには,費用もかかり,また参加する市民も入場料を支払ったり,税金が使われたり等のある程度の経済的負担が強いられる。しかし,それでも提供されるよい文化を見たいという市民の意識を高めていくことが大切である。これは一長一短にはできないが,段階を踏んで,市民の文化活動への目を育てていく戦略が必要になる。
地域社会がアカデミックなことを大切にし,地域住民が市民としての意識が強まれば,大分地域の様相が変わるだろう。住民は,文化施設の整備を求めると同時に,その地域で開催される様々な芸術文化の質の高さを求めるようになるだろう。
例えば,質の高いプロのジャズミュージシャンを呼び,市のホールで演奏会を開くとか,外国から弦楽合奏の集団を呼ぶなどである。また,日本人でも先進的な演奏を行っているロックでもワールドミュージックでも質の高い演奏会を開くのである。このようなことを市町村の特色として,打ち出せばすんでいる人も,移転してくる人も自分の地域に誇りを持ち,文化的に活性化されるだろう。
また,先に述べたように地域に古くから伝わる民俗芸能や,新しく始まった市民運動のような芸能をどのように市民に提供していくか,これも重要な課題である。ぜひ資金や人材協力などを行政が音頭をとって行ってほしいものである。
しかし,闇雲にただ人集めのためにサンバカーニバルをやるなど問題のある提供も全国で行われている。ぜひ,日本人としての質の高い文化を提供するという立場で,企画をしていただきたい。
(2) 経済性
もうひとつの側面で,無視できないのは経済性である。大道芸などのパフォーマーを集め,場所と最低限のギャランティーだけ保障し,後は自分の実力で稼げ,というものもある。また,地区の民俗芸能や,お祭りでの演奏発表などで自治体が全面的にバックアップしている場合もあるだろう。しかし,たいていは出演者へのギャランティー,ホールなど施設などの経費,PR料,人件費等がかかってくる。
イベントが終わったときに,収益がでていなければ,継続していくことに工夫が必要である。どのようなミュージシャンを呼ぶのか,広報活動はどうするのか,経費はオーバーしていないか,その辺の読みが大切である。市町村が主催するのだから,赤字がでてもよいということにはならない。そうならないように,質の高い演目が必要である。
ただし,大衆に迎合するような,必ず人が集まるような演奏会しか開かないのは消極的である。人が集まりにくくても文化都市として質の高い演奏家を呼び続けていれば,市民レベルで情操が高まり,時間はかかるが必ず人が集まるようになる。そうなれば,ある程度の収益さえ期待できるようになる。
市町村側から呼びかけずに,ホールを使いたいとミュージシャンのエージェンシーがいってきたものだけを行っていては,市町村への収益は全くないし,これでは戦略的な文化行政とは呼べない。
公共の生活の中でそれを求めるようになる。実際,そのような社会があって,市民意識が強まり,成熟した社会が育つのだろう。その行動を起こすのは行政であるべきだ。そのためには行政の担当者には文化的な質の高い視点と,一貫したテーマ性を持ったイベントづくりの力が必要である。しかし,適任者がどの自治体にもいるかというと,それは難しい。そこで音楽科の教師が意見をすることで,専門的なアドバイスができるのではないか。まずは,地元の伝統芸能の保存から社会教育課と協力して,保存,伝承を行うべきだ。
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