郷土の音楽の保存と学校の機能

1 博物館の機能
(1) 学校と博物館
  学校が地域文化ステーションとして郷土の音楽を各学校で収集し,保存することの必要性を述べた。
ここでは芸能の保存等に関して学校にどのような機能が必要なのか,また可能なのかを考えてみたい。
 文化的な資料の収集,保存,研究という事業を専門に行っているのは博物館である。博物館はそれぞ
れの方針にしたがい特徴的な様々な事業を行っている。たとえば,美術品を扱う博物館は,日本では美
術館と呼ばれ一つの部門をつくっているほど数多く存在する。
 音楽を専門とする音楽博物館は,美術館に比べ少ないがこの音楽を扱っている博物館の事業を概観す
ることで,地域文化ステーションとしての学校の機能が見えてくるはずである。

(2) 音楽博物館構想
 田邊尚雄は『博物館研究』に「音樂博物館建設運動と東亜音樂文化展覽會」1という記事を執筆してい
る。ここで田邊は,音楽博物館の建設計画が起こり,田邊が委員長となったことや,日本の博物館が充
分な資料を提供できず,東洋楽器の研究のために欧米の博物館に頼らなければならないなどの現状を報
告している。
 また,音楽博物館構想に次の品目を収集することをあげている。
 ア 日本及び世界各国の楽器
 イ 各楽器の製造工程及び機械装置の分析的説明装置等
 ウ 各国の音楽書
 エ 各国音楽の楽譜
 オ 各国音楽の蓄音機レコード
 カ 蓄音機及びレコード製作工程説明装置
 キ 其他凡ゆる音楽参考品
 田邊の構想で注目すべきは,蓄音機が準備され,楽器などの閲覧と共に音楽自体を聴くことができるこ
とである。この博物館構想では,楽器や楽譜などの「物」だけでなく,音楽そのものが展示されることが
想定されている。
 残念ながら,この音楽博物館建設は,第二次世界大戦のため実現しなかったが,田邊の音楽博物館の構
想は,後の音楽を取り扱う博物館の事業において実現されていくのである。
 それでは,日本を代表する楽器博物館と,埼玉県内の民俗芸能を扱っている博物館の事業を概観してみ
たい。

2 博物館概観
(1) 浜松市楽器博物館
 静岡県浜松市といえば,山葉寅楠が1888(明治21)年に山葉風琴製造所(後の日本楽器製造株式会社)を興
した場所である。また,その後1927(昭和2)年に河合小市が河合楽器研究所を日本楽器製造から独立させた
地でもある。日本のピアノは浜松市で100%生産されている。(1995年現在)
 この浜松市に浜松市楽器博物館がある。ここは1995年に日本で初めて設置された公立の楽器博物館であ
る。博物館の周辺は,いくつかのイベントホールや科学館などがあり文化地区を形成している。
 この博物館の事業は,大きく分けると三つある。
 第1の事業は,資料の収集,保存,研究事業である。日本はもとより世界各国でフィールドワークを行い,
楽器や音楽の収集を行っている。この博物館で出版しているフィールドワーク報告書の調査内容は,音楽の
調査,収集方法について参考となる提案をしている。
 第2の事業は教育である。楽器製作の現場を見学したり,実際に作ったりできる体験学習や,楽器や文化
についての解説と演奏を行うレクチャーコンサートを実施している。また,社会人向けに楽器についての
文化講座なども行っている。
 第3の事業は展示である。建物の1階部分と地下1階部分が展示スペースである。展示スペース全体の3分
の2ほどがヨーロッパの楽器の展示スペースであり,残りの3分の1ほどが日本とアジア・アフリカの楽器の
展示スペースである。
 ここは,ピアノ産業の地である浜松市らしく,ピアノに関係した楽器の展示が充実している。また,そ
れぞれの楽器展示場所は種類ごとにこまかく区切られている。
 注目すべきは,その展示の区切りごとにヘッドホンが設置されていて,実際にその楽器の録音された演
奏を聴くことができることである。この音の資料は膨大で,すべての音資料を聴くためには,恐らく1日
を費やさなければならないだろう。
 さらに休日などには,展示されている楽器を使って学芸員の方が説明と演奏を行っている。参観者は展
示楽器の生の演奏をその場で聴くことができる。普段は離れて見学しなければいけない楽器に,その時だ
けは近づいて発音の仕組みなどを観察することができる。
 このように,この博物館では楽器を展示するだけではなく,音楽そのものを積極的に展示しているので
ある。
 日本の楽器では雅楽,尺八,三味線,鐘などが展示されている。残念ながら民俗芸能に関する展示が少
ない。また,楽器博物館であるので,日本の民謡など歌に関する音楽の展示は,あまり行っていない。

(2) 埼玉県立民俗文化センター
 埼玉県岩槻市に埼玉県立民俗文化センターがある。1980年に開館したこの博物館は,「わざの博物館」
というキャッチフレーズで様々な事業に取り組んでいる。ここは,埼玉県内の民俗芸能と民俗工芸に活動
範囲を限定した博物館である。
 ここでは主に四つの事業を行っている。それらの事業を概観してみたい。
 第1の事業は様々な伝統芸能の公演である。これは,この博物館のもっとも特徴的な活動である。センタ
ー内にあるホールを使って,祭囃子や獅子舞などの民俗芸能をテーマに沿って上演している。2002年は
「猿田彦の世界」というテーマで秩父地方の武甲山御嶽神社太々神楽や荒川村の白久御神楽などが上演さ
れた。
 第2の事業は,祭囃子などの実技講習を行う教育事業である。秩父屋台囃子や江戸囃子など,芸能を実
際に伝承されている方から太鼓や笛の指導を受けることができる。また,民俗芸能のビデオや芸能に使う
道具などを教育用に貸し出している。
 第3の事業は,収集,保存,研究事業である。民俗文化センターでは,様々な民俗芸能の写真やビデオ
映像を撮影し,保存している。
 これらの取材された映像や音声のビデオテープ,CD,レコードは,民俗芸能の研究報告書と共に,埼玉
県各地にある公営の図書館で閲覧,聴取ができる。膨大な映像資料の中には,再現不可能なものも多く,
埼玉県の貴重な文化遺産となっている。
 第4の事業は展示である。館内の展示室に神楽や獅子舞などに使われる衣裳や道具類を展示している。
人形芝居のからくりは,参観者が手にとって動かすことができるなど,展示方法が工夫されている。展
示品は,毎年入れ替えてはいるが展示室があまり広くないため,収集されている資料の一部が見られる
のみである。
 このセンターで採取された芸能の種類は膨大であるが,埼玉県内の芸能は千種類を越え,収集されて
いない芸能はまだ多く存在する。しかし,民俗文化センターは,その地域に行かないと見られない芸能
の公演会を行ったり,芸能をCDなどで発信したりするなど重要な事業を行っている。

(3) 埼玉県立歴史資料館
 埼玉県比企郡嵐山町に埼玉県立歴史資料館がある。この施設は,国指定史跡である鎌倉時代の豪族畠山
重忠の館跡に1976年に開館した博物館である。中世につくられた土塁と空堀に囲まれ,また,「オオムラ
サキの森」という自然保護林に隣接して,この博物館は建っている。その立地条件により埼玉県の豊かな
自然と,脈々と続いている人々の歴史を,この博物館は効果的に参観者に味わわせている。
 この博物館の事業は主に三つである。
 第1の事業は調査研究事業である。この調査内容は研究紀要として出版されていて,遺跡などの歴史資
料に関する研究を報告している。
 第2の事業は教育である。様々な体験学習やイベントが年間を通して行われている。2002年度は「鎧を
着てみよう」「拓本講習会」などが行われた。
 この博物館の機能として注目すべきは,第3の展示事業である。ここでは,歴史資料の展示だけではな
く,この博物館の取材によるビデオを見るコーナーが館内に数カ所ある。参観者は自分の見たいビデオを
ボタンを押すことで自由に選んで見ることができる。ビデオはそれぞれが5分ほどの短いものであるが,
様々な祭礼や獅子舞などの郷土の芸能資料がすぐに提示される。

3 学校の社会的機能
(1) 郷土の音楽の保存活動
 ここまで見てきた音楽を扱う博物館の事業は,次の5種類に分類できる。
  ア 資料の収集・保存
  イ 研究活動
  ウ 資料の展示
  エ 教育活動
  オ 公演活動
 学校の中心的機能は教育活動であるので,これを行うことは当然である。学校が教育活動以外で博物館
の事業を補完することは何であろうか。
 それは,郷土の芸能の資料収集・保存活動である。埼玉県には千種類を越える芸能がある。これを数カ
所の博物館ですべての資料を収集するのには膨大な時間を要する。その間に消えてしまう芸能はいくつも
あるだろう。毎年のように多くの芸能が消滅していくことに博物館の収集・保存事業は対応を苦慮してい
るが,学区内と範囲を限定すれば,学校が芸能の資料を収集することは可能である。
 学校で簡単に取り組めるのは,芸能のビデオ撮影である。埼玉県内には400校以上の中学校がある。平
均すればそれぞれの校区に2〜3種類の郷土芸能が存在することになる。つまり,1年間に2〜3回祭礼等の
地域行事がある。それを教師がビデオ撮影することはそれほどむずかしいことではない。祭礼は休日や夜
間に行われることが多いので,勤務時間等の問題はあるが,様々な授業で活用することを考えれば,ビデ
オ撮影の意味は大きい。
 ビデオ撮影したこの資料は,音楽科だけでなく,社会科の地域学習や「総合的な学習の時間」の資料と
して様々な活用が期待できる。
 このように,学校が資料収集・保存活動を行うことは,博物館の事業を補完し,また学校の教育活動を
充実したものにするのである。
 保存を目的としたビデオ撮影は,断片的に撮影するのではなく,演奏・演技を始めから終わりまで丸ご
と撮影することが大切である。芸能の全体構造を理解する上で,すべてを通して撮影することは,ドキュ
メンテーション・ビデオとして資料価値が高い。授業で使うには,必要な部分を後で編集すればよい。
 また,祭礼に関する文献資料などは,芸能の保存会の方などが保管していることがある。このような文
献や文書は,学校や図書館などが意識して保存をしないと散逸してしまう。可能であれば複写させていた
だき資料として整理するとよい。保存会の方は貴重な情報をたくさん持っている。インタビューをまとめ
て文書にすれば,これも資料として活用できるだろう。

(2) 収集した資料の展示方法
 授業や生徒の自主的な学習を助けるために,資料の展示を工夫したい。
 先ほど保存したビデオや文献資料などを図書室やコンピュータ室などで生徒が閲覧できるようになって
いると,様々な教科の調べ学習で活用ができるだろう。
 図書室では,一つの本棚を郷土芸能の資料用にするとよい。そこには芸能に関するあらゆる資料を並べ
ておく。たとえば,獅子舞がその地区の芸能であれば,その獅子舞に関する文献,写真,祭礼のビデオな
どだけでなく,日本の芸能に関する一般的な文献や,日本の獅子舞に関する文献,日本の伝統音楽の資料
など関連するものをすべて収集して並べておくのである。
 生徒は,その本棚へ行けば,総合的にその芸能に関する資料が手にはいり,調べ学習が充実したものに
なる。また,教師にとっては,必要な資料がまとまっているので,授業用の資料が作成しやすくなる。
 コンピュータ室では,編集したビデオ映像や写真などを校内のサーバコンピュータに保存しておくとよ
い。ハイパーテキストでメニューをつくっておけば,生徒が必要に応じてビデオや写真等を閲覧すること
ができる。また,芸能に関するウェブページのリンクをまとめておけば,芸能に関する調べ学習が効率よ
く行われるだろう。

(3) 新しい学校の機能
 このように各学校の工夫次第で,授業や生徒の自主的な学習と結びついた「収集・保存」や「展示」活
動が可能である。
 また,この活動はもう一つの利点がある。教師が地域に出かけて活動をすると,地域の方との交流がで
きる。この活動は,地域と学校の連携でさらに発展した活動がお互いに期待できる。地域の方がゲスト
ティーチャーとして学校に来やすくなるだろうし,逆に,学校の空き教室を芸能の練習場や道具の保管場
所として地域の方に提供したりすることも可能だろう。
 いくつもの学校でこのような活動が始まれば,博物館が地域文化センターとして,学校が地域文化ステ
ーションとして,連携して機能していくだろう。
 この学校と博物館の連携は,地域の人々と共にさらに発展的な文化活動につながっていく可能性がある。

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