音楽科教育の展望

始めに
 日本人は二千年の歴史がある。その歴史の中で培われた文化を学ぶことで,日本国について誇りを持って語れる国際人が育成されるだろう。音楽科は日本文化を学ぶ重大な機会を提供する教科である。現学習指導要領により日本音楽の取り組みなどが盛り込まれた音楽科教育は今後どのような内容になるのだろうか。
 現学習指導要領が施行されて,和楽器の取り組みが求められるようになり,年間のある期間はお箏などの和楽器を取り組むようになったとはいえ,あくまでも授業の基盤は西洋音楽であり,教師はピアノの前から離れようとはしないことが多い。
 果たして,これから音楽科教師はどのような資質が必要とされ,どのような目的で授業を展開し,どのような教材を扱えばよいのだろうか。

1 音楽科教師
(1) 教師を育てる大学のカリキュラム
@ 現場の音楽科教師の現状
 生徒の人数減少に伴い,一つの学校に音楽科の教師が一人しかいないという学校が増えている。初任者研修などを行うにしても,音楽科教師は全学年,全クラスの授業,様々な校務,会議に追われる多忙な毎日である。特に評価の時期は,全学年の生徒について一人で評価しなければならない。
 このような状況下ではできるだけ楽に授業を進めるにはどうしたらよいか,という発想がでてきても不思議ではない。試行錯誤の結果,うまいったやり方がつかめればよいが,そうでない場合も,アイデアが浮かばず自分のスタイルとして続けていくことになる。一度つくってしまった自分の授業スタイルを工夫して変革できない状況では,なかなか現実的な音楽科授業の力がつかない。

イ 大学での音楽科教師育成プログラム
 日本で音楽を学ぶ大学はほとんどがヨーロッパの伝統音楽を専門に扱っていて,日本音楽を専門として取り上げている大学は非常に少ない。そのため,学校で音楽を教える教師はほとんどがヨーロッパの伝統音楽を学んできて教師になっている。したがって,教師の基盤はヨーロッパの伝統音楽にあり,日本の伝統音楽はどちらかというと異文化のような扱いをされてきた。

     東洋諸国がオリジナリティを失うことなく,ひいては音楽の生命力を傷つけるこ となく,西洋音楽をいかにして導入するかという方法は,そもそも何のために,
      誰のために,音楽が存在しているのかという問題に深くかかわっている。(小泉 文夫『日本の音 世界のなかの日本音楽』青土社,1977年,113ページ)

      「音楽」というのは,西洋音楽あるいはクラシック音楽と呼ぶヨーロッパ音楽で しかなかったのである。ヨーロッパ以外の諸民族の音楽も,日本の伝統的な
     音楽 も,現代に流行する音楽も,「音楽」以前であったといえよう。(藤井知昭『「 音楽」以前』日本放送出版協会,1978年,p.4)

      いい音楽はクラシックであり,他の音楽は悪い音楽であるという考え方 を,学校では無意識のうちにたたき込んでいる。これは大変な文化の差別感を教 え
     ているのである。国際性を養うどころか否定しているのであり,こういう考え 方が文化摩擦を起こしているのである。
      (小島美子『音楽から見た日本人』NHK 出版,1997年,231ページ)

 大学の音楽科の教育課程に音楽科教育法など教育実習などを含む教師としての資質を高めるための講座がある。残念ながら,たいてい内容や時間不足で,そこで学んでいる学生の教師としての資質を高めるまでには至っていない。大学であるから学生が自分で研究に取り組めばよいのだが,教育学部ではないピアノ,声楽,弦管打楽器などの他学部の学生は自分の専門のことに熱中していて,教師としての自分を考えている者は少ないだろう。ましてや,自分の専門外の日本の伝統音楽や諸外国の民族音楽のことなど接する機会はとても少ない。。
 音楽科教育法の授業では,過去の音楽教育学(オルフ,ダルクローズ等)を知識として学び,音楽科教科書の分析をし,模擬授業を行うなどの内容で講座が行われることが多いようだ。しかし,中には学習指導案を1年間に1度しか作成しない,模擬授業を1度しか体験しないなどというとんでもない講座もあるようだ。このような状態で教育実習を受け入れた小・中・高校は,たまったものではない。大学は,あとは現場に行ってから学べ,というように考えているのだろうか。現場で学ぶことの難しさは先に書いたとおりである。 大学ではもっと実践的な教員養成プログラムを実践すべきだろう。たとえば,毎週,指導案を提案しあい,模擬授業を行い,批判しあうような授業形態が少なくとも必要だ。

2 文化・技術教育としての音楽科
 音楽科は文化と技術を教授する科目である。


(1) 文化教育としての音楽科
 文化は,中心となるのが日本文化であって,そこからさらに東西アジア文化,ヨーロッパ文化,アフリカ文化,アメリカ文化などを音楽を通して学ばせていくことを使命と考えると,教える内容が精選されるのではないか。
 ヨーロッパ音楽は,国によって特色があり,ひとくくりにできない。しかし,今まではドイツ音楽,フランス音楽,イタリア音楽,北欧の様々な国の音楽,スペイン音楽,ハンガリー音楽,チェコ音楽などをひとまとめにしてきた。ひとくくりにしないと,専門的過ぎてしまうという見方もあるが,アジアの音楽として日本,中国,朝鮮,ベトナム,インドネシア,西アジア諸国をひとまとまりにできるだろうか。今まで,日本が行ってきたヨーロッパ音楽というくくりはそれと同じと考えられる。特にアメリカ音楽はポピュラー音楽の分野で世界をリードするほどの発展を遂げたが,アメリカの優れた現代音楽に対して,日本の音楽教育界はとても冷淡に思える。
 音楽科教育を文化教育ととらえると,音感教育と音楽科教育は明らかな相違がある。数年前,間違った解釈の絶対音感が話題になったことがあったが,音感教育に対する世間の興味は高い。しかし,それはあくまでもヨーロッパ音楽の理論に基づいたものであり,音楽科教育の目標と照らしてもほとんど重なるものはない。
 文化教育として音楽科教育を見直すべきである。鑑賞の教材にはそれを扱うよいものが教科書に載っている。しかし,音楽科教師は鑑賞の授業を文化(または異文化)の学習の機会ととらえていない。作曲者の意図するもの,効果的な楽器の使い方,響きの美しさなどが授業の中心となっている。
 ここで主張したいのは,そういうことも当然鑑賞の授業内容として適切だと考えるが,その民族にとってその音楽はどのような存在であるのか,ということである。例を二つ示そう。
 一つ目の例は,東西ドイツ統合の際のドイツ人の振る舞いである。
 1990年10月3日に第2次世界大戦終結以来分断されてきた東西ドイツは,ベルリンの壁の崩壊と共に統合されたが,その前夜10月2日夜に東西ドイツの首相,閣僚などが参加した記念すべき音楽会が開催された。そこで演奏されたこの演奏会の曲目は,ベートーヴェン作曲交響曲第九番「合唱付き」であった。
 歴史的な瞬間を前にしての緊張感の中,演奏は鬼気迫る迫力を持って進行した。最終楽章の演奏が終了した後,会場は感動の渦で埋め尽くされた。この直後,1990年10月3日午前0時に東西ドイツは統一を果たし,東西の冷戦による鉄のカーテンは融解した。東ドイツは西ドイツに編入され,国家として消滅した。
 国家のアイデンティティが問われる日の演奏会の曲目に,ドイツ人はベートーヴェンの第九交響曲を選んだ。世界中によく知られたこの曲が,当然のことではあるがドイツ国民の誇りであることを全世界に再認識させた。ドイツ国民にとってベートーヴェンは郷土を代表する偉大な音楽家なのである。
 二つ目の例は,ニューヨークの貿易センタービルがテロリストによって破壊され,何千人という人が亡くなった。全世界を恐怖と驚きを持って,生中継されたその映像を何回となく見た。そしてこういう報道もあった。「22日夜,タイムズスクエアの一角。市民が群がっている。近寄ると男性(32)が歩道にCDを置き,大きな音でイマジンをかけていた。「殺し合ったりしなければならないものなんて,なにもないんだ。」(2001,9,25asahi.com)ベトナム戦争と同時期に活躍したビートルズは,世界に反戦を訴えていく。そして,1980年にジョン・レノンが暗殺されるのである。「国境のない世界を想像してごらん,宗教のない世界を想像してごらん」というジョン・レノンがつくった「イマジン」という曲をアメリカ人は,この同時多発テロの後,大きな意味を見いだした。
 音楽は人の心に直接訴えかける。ある時は国家の威信を懸けて,ある時は心の癒しを求めて。こういうことを音楽科の授業を通して教えていくことは,文化教育としての音楽科の存在意義であろう。

(2) 技術教育としての音楽科
 技術教育としての音楽科は,現在授業で毎日のように行われていることである。つまり歌唱であり器楽である。ただ,その幅は広がり,曲種に応じた発声法が求められたり(つまり地声発声など),器楽でも和楽器の取り扱いが求められたりしている。技能教科は「できる」ことが生徒の充実感につながり,また教科としての広がりも見せる。今後も限られた授業時数の中でどこまでできるか追求していきたい。

3 歌唱
(1) 発声法の問題
 発声法は,学習指導要領で「曲種に応じた発声」が望ましいとされているが,取り上げる楽曲が圧倒的に合唱曲が多いので,学校では未だに頭声的発声を中心として,この発声がよいものだと教えている。これはかつてウィーン少年合唱団が初来日した時に,これこそ求めていた発声法だと音楽会が飛びついたいわゆる「ウィーンショック」から始まったものだ。さらにイタリアオペラのベルカント唱法へのあこがれがこれに加わり,現在の歌唱指導の基本となっている。しかし,これは日本語に適した発声法ではない。日本語のオペラなど何を言っているのか,かなりわかりわかりにくい。
 音楽は,その国の言葉によってリズムと旋律が生まれてくるのである。だから,ドイツ語圏ではシューベルトの歌曲が生まれ,イタリアではベルディのオペラが生まれているのである。そのため,ドイツ語圏のオペラとイタリアオペラでは,音楽のつくり方がまったく違うし,テーマも違う。
 日本では日本語の音律をもとにした音楽をもっと重視,音楽科教育で取り上げるべきである。現在,日本人の作曲家はかなりすぐれた音楽を創っている。しかし,合唱曲に偏りがちでその弊害が音楽科授業に及んでいる。このことは次に述べる。
 日本語の音律を最も生かした音楽づくりをしているのは,たとえば歌謡曲である。曲にもよるが歌謡曲の教材性はかなり高い。最近は,歌謡曲を教科書に載せることもずいぶん増えてきて,これはこれで喜ばしいことである。

(2) 合唱教育の弊害
 音楽の授業で合唱を取り上げることは,よくあると思う。しかし,下手をすると年間を通して合唱ばかりを取り上げる授業になっている学校もあるようである。2学期に合唱祭を行い,そのため,1学期から2学期にかけて選曲,パート練習,合唱練習を行うわけである。それが終わると,今度は卒業式で歌う合唱曲の練習に入る。
 ちょうど11月頃に様々な音楽会があり,それに合わせた年間指導計画を組まざるを得ないのは理解できる。しかし,これでは,日本語を生かした旋律の楽曲に取り組んだとしても,その恩恵を受けるのは旋律を受け持つパートだけである。
 たとえば,卒業式で「巣立ちの歌」を歌うとする。日本語の美しさ,日本的な文化をよく表した歌詞によりできている名作である。しかし,合唱ではソプラノ以外,旋律がでてこない。後はすべてハーモニーである。ソプラノは女子の半数程度,つまり全卒業生の4分の1である。残りの4分の3はハーモニーづけである。
 このようなことは,ほかの曲でもよくあることであるが,その点をきちんと考えた曲づくりをされている作品もある。合唱教育を悪いとはいわないが,選曲に気をつけることと「巣立ちの歌」のような作品の場合は,全員でメロディを斉唱することを取り入れるなど取り組みに工夫が必要であろう。

4 日本音楽を取り上げた授業
 日本音楽というと,日本の伝統音楽をイメージする方が多いようだが,音楽は時代と共に変わるのである。それをわかりやすく子どもに教え,日本語を土台とした音楽のよさを感じ取らせることが必要だろう。

(1) 雅楽
 授業展開によっては効果的な授業ができるが,果たしてそれを日本の現代の文化と結びつけて考えられるかは疑問である。ましてや,雅楽はほとんどが中国,朝鮮,ベトナムなどの外来の音楽であり,年月が経っているとはいえ,日本の音楽と呼ぶのはいささか乱暴な気がする。
 武満徹は,現代雅楽を作曲している。むしろこちらの方が理解しやすいかも知れない。筆者は雅楽の楽譜を提示し,床にあぐらをかかせそこに書かれた唱歌を手でひざの上と横を叩きながら歌うことから入る。そしてこれが雅楽の練習法であることを教えている。この方法がベストとは言えないが,雅楽の体験という点では一つのアイデアであろう。

(2) 能
 能は日本的精神性の高い音楽で,呪術的な意味さえ含んでいる。日本人は荒ぶれる霊を音楽によって諫めることができると信じていた。それをわかりやすく具現化したものが能である。だから,能にはたいてい霊がでてくる。
 大乗拍子では八拍の旋律(というかセリフ)が強烈なインパクトを与える。これは,自分達で言葉を使って創作の題材にできる。

(3) 歌舞伎
 歌舞伎には様々な要素が含まれ,エンターテイメントして完成の域に達している。音楽はその一部として様々な効果を生んでいる。歌舞伎で最も大切なのは,ストーリーである。ストーリーを生徒に理解させ,そのよさ,感激するポイント(これはオペラでも同じであるが)を学習することが必要だろう。長唄のよさや特徴にふれることも必要だろうが,あくまでもストーリーをもり立てるための演出の一つである。長唄にこだわりすぎて,授業を展開しても,難解なものにならざるを得ないだろう。

(4) 民俗音楽(わらべ歌を含む)
 その地方に伝わる音楽には,祭囃子,獅子舞,わらべ歌など様々なものがあるだろう。教師はよく知らないので取り組みにくいと考えがちだが,実は子どもたちは小さいころからどこかで耳にしている教材である。それを教材とすべく学ばなければならないのは,教師側である。恐らく,日本音楽の取りかかりの一つとして導入しやすいのはこれだろう。
(5) 歌謡曲
 テレビやラジオ等で流れる曲に子どもは敏感である。洋楽を好む子もいるが圧倒的に日本人の音楽科の曲が子どもには受け入れられている。教科書に載っている歌謡曲もあるが,日本語のよさ,文化,生き方を考えさせられる歌謡曲は毎日つくられ発表されている。これを教材として使わない手はない。できれば,伴奏はピアノではなく,ギターや場合によってはカラオケを使うこともよいと思う。

5 和楽器
(1) 日本の楽器を使うこと
@ お箏,三味線,和太鼓,尺八の教材としての問題
 学習指導要領では,3年間を通して1種類以上の日本の楽器を使うことを義務づけている。そのため,あちこちでお箏等を購入し借り回すなどの光景が見られた。しかし,それぞれいろいろな意味で教材性に欠け,それが現在も問題になっている。
 お箏はまず,単価が高く,全員分購入することが難しい。地元の楽器屋に借りたり,教育センターで買ったものを順番待ちして,借りるなどの煩わしい手間が必要となる。また,調弦などの準備と片づけに時間がかかる。
 三味線はお箏と同じく調弦に時間がかかるのと,弦が切れやすく,集団を相手に授業を行うには授業時数が少なすぎると感じた。
 現在和太鼓というと,昭和あたりから始まった組太鼓のことをいうらしい。そういう新しい取り組みを日本の伝統音楽として勘違いしている音楽科教師が多い。組太鼓は演奏技術が簡単で,しかも音の響きが子どもの心に響きやすいので活動は楽しそうである。和太鼓を使った創作活動も簡単にできる。楽器のメンテナンスもほとんどいらず,お琴と三味線に比べるとそういう展では扱いやすいです。和太鼓の問題は次の2点である。まず単価が高いこと。組太鼓をやろうと思ったら5〜6台は必要だ。地元の太鼓サークルなどが好意的に貸してくれる地域なら可能だろう。2つ目は活動場所である。音楽室で行うには音が大きすぎるのと,活動スペースが小さい。学校の中ではたとえば武道場とか,体育館などがよいだろう。保健体育科と相談が必要である。
 尺八はプラスティック管がでているが,値段が高い。7〜8000円程度である。この時点で個人購入はかなり難しい。また,発音に技術が必要で,篠笛の比ではない。

A 篠笛の活用
 筆者はいろいろ考え,結局篠笛を全員に購入させることにした。その代わり今まで購入していたアルト・リコーダーは購入しない。篠笛は一番吹きやすい七番調子の七孔のものを購入させた。本当は六孔でもよかったのだが,プラスティック管で製品になっているのは七孔のものなのである。音程が合いやすいという理由なのだろうが,篠笛で合奏など想定していないので,余分な気の使い方だという気がする。
 値段は,1500円前後である。アルトリコーダーが2000円強なのと比べてメリットが大きい。また,埼玉県では,すべての市町村に祭囃子,獅子舞が伝統芸能として残っており,篠笛を学習する意味は大きく,地元の理解が得やすい。地域の方で,ゲストティーチャーをしてくださる方もいるだろう。
 また,篠笛の学習には数字譜を使うことが多い。これは指使いを直接数字で表したもので,五線譜の学習が不十分な子どもも簡単に読むことができる。実際に授業で活用したが,まったく知らない新しい曲を教師が教えることなく,生徒が自分で曲を把握し練習に取り組んでいた。

6 音楽科教師の姿勢
 おもしろい授業かどうか,これは生徒の評価をアンケートなどで分析するとよい。音楽活動は充実したものでも,大事なのはおもしろいかどうかである。つまらない音楽の授業ほど生徒は意味を感じない。
 例えば数学や社会などが退屈な授業でも重要性は生徒は理解している。しかし,音楽はおもしろくなければ,何のためにその時間を使うのか生徒は理解しないし,ついてこないだろう。だから,おもしろくなければならない。
 おもしろいと一口にいっても,「楽しい」ということと,「興味深い」ということの二つの要素がある。この二つは重なる部分もあるが,本質は違うものである。先生が冗談を言ったのは「おもしろい」で,先生の説明で自分の知らない世界が見えたのは「興味深い」わけである。授業をおもしろく進めるには,この2つの要素をちりばめる必要がある。 そもそも音楽活動は,生徒の興味をそそるものである。その生徒の琴線に触れる授業展開の工夫が教師に求められている。そのためには,教師自身の音楽経験や音楽の興味等が大きく影響するだろう。ヨーロッパの古典音楽のみの理解では生徒はついてこない。
 したがって,音楽科教師は日頃から様々な音楽に接し,そのよさを感じ取り,その音楽にまつわる様々な情報を知っている必要があるだろう。具体的には,日本音楽を初めとした様々な伝承音楽(民族音楽),ポピュラー音楽(歌謡曲,ロック,ジャズ等)などである。

終わりに
 小・中学校の音楽科は,高等学校のように芸術科として選択性になるという噂があるが,どのようになったとしても教師の姿勢は変わらない。「おもしろい授業」を実践し続けることが使命なのだろう。そして,子どもたちに文化と技術を教えること,これが筆者が教師を続けている理由である。


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