忘れられた日本の地域音楽
 学習指導要領は何度も変遷を経て現在の指導要領で始めて「世界音楽」の視点ですべての音楽を同等に扱うことが明言された。今まではヨーロッパの特定の時代の音楽のみを重視し,音楽の頂点にはヨーロッパ音楽があるとの意識が音楽教師にあった。したがって,授業では頭声的発声による合唱や簡易楽器として平均率で1オクターブが7音を基本としたリコーダーなどが使用された。これは明治維新によるヨーロッパ的な音楽的価値観を日本民族すべてに身につけさせることからの発想によるものだろう。
 明治政府は音楽教育がヨーロッパでは重視されていることに気がつき,ヨーロッパ的な音楽科教育を生み出していった。その結果,アメリカで活躍していたメーソンをつれてきて彼が提唱していたドイツ的な歌曲として唱歌を中心とした音楽教育を行ったのである。

 ここで明治政府は元からあった日本の音楽を否定してしまった。確かに三味線を弾きながら小唄を唄うものなどは,大人の情愛を示したものが多く小学生などには不向きな教材であったり,歌舞伎は江戸時代の大衆が普通に楽しんでいた芸能とはいえ,内容は大人向けのものばかりであった。
能は武士の教養として脈々と続けられていたが,明治維新で各地の能楽者が東京に集められ,一般化するにはかなりの年月を要した。
 新しい音楽科教育はこれらを否定し,ヨーロッパの芸術音楽こそが正しい音楽として学校で教授されるようになった。

 しかし,当時の文部省は大きなミスを犯した。それは各地区ごとで行われていた神楽,祭囃子,獅子舞など,地方独特の芸能を音楽科の教材として取り上げなかったことである。

 地域の伝承音楽こそ,その地域のアイデンティティを造り上げるに必要なことである。文部省の地方の音楽軽視によって,毎年地方の芸能が失われている。現在伝承している方々の多くは高年齢の方が多い。このままでいくと10年後,20年後には日本各地で地域の音楽がかなりの割合で無くなってしまうだろう。

 市町村の教育委員会,音楽科部会などで積極的に保存活動に取り組まなければ,日本は数百年続けられてきた地域の文化という大きな財産を失うことになる。そうならないように音楽科の教師は授業で篠笛や太鼓に取り組ませたり,実際の演奏をビデオ撮影したものを鑑賞の授業で取り組むことがまさに必要である。とりあえずは,地区の祭の会長などに情報を聞き,祭の日か,練習の日にそこに出向いてビデオ撮影をするというのがやりやすいだろう。そうすると自分の教えている生徒がそこでは地区音楽の伝承者として演奏したり,舞を舞ったりする姿が見られるだろう。

 幸いなことに,地域文化に目を向ける教師がここ数年多数出てきて,授業で取り扱ったり,資料の収集をしている。勤務時間外になると思うが,この方たちのように全国の音楽科の教師にはぜひ日本の貴重な財産を守ってほしい。







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