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天使と悪魔

 気が付くと、天使のルルは、冷たい地面で寝ていた。
 頭を振る。ここはどこだろう。たしか、天界の端っこで昼寝をしていたはずだった。
 周囲には奇怪な岩山と、赤い池が見える。そこは、硫黄の臭気が立ちこめた異様な場所だった。
 なにか毒々しい気配に満ちていて、どうも地上とは違う気がした。
 ルルは、ふと自分の手を見た。そして、驚愕した。
 見慣れた白く美しい手が、赤褐色の肌に変わっていた。指先には強靭な鋭い爪まで生えている。
 ――なんてことだ。堕天使になってしまったのか。
 落下したのだ。
 天界から、地獄まで一直線に。
 翼には恐ろしい鍵爪が生え、まがまがしい漆黒の羽毛で覆われている。これでは確実に悪魔である。
 ルルは落胆したが、すぐに思い直した。とりあえず責任者に会おう。
 もちろん、それは悪魔王サタンである。
 ひとっ飛びで、悪魔王の居城へたどりつき、謁見を願い出た。
 巨大な宮殿を管理する悪魔たちは、みな暇そうにしている。
 謁見を許可してくれた偉そうな蝿に似た悪魔も、返事はあくび混じりだった。

「なにっ、仕事が欲しいって?」
 ルルが律儀に深々と頭を下げると、サタンは肩をすくませた。
「特に仕事は無いな。地獄も全体的に不景気だからな。しかしおまえも堕天使になったからって、いきなりこっちに染まることはなかろうに」
 そうは言っても、どんな世界でも遊んでいるわけにはいかないのである。
「だが、地上で大きな戦争でも起きないと、仕事があまりないのだよ。ほっといても人間は堕落しやすいから、われわれも積極的に地上に介入しないしな。そんなにいうなら、とりあえず悪魔らしく、人間でも虐げてくればよかろう」
 ルルは、真面目で素直な性格である。
 さっそく地上に飛び出して、悪の限りを尽くした。
 人間たちは、いがみ合い、戦い、憎みあった。
 やがてルルは、仕事が一段落して、疲れ果てて居眠りをはじめた。
 時が過ぎ、はっと気が付くと、真っ白な世界にいた。
 目の前には、神様がいる。
「ルルよ、なにをしていたのだ。地上に落ちている場合か、まったく、いなくなったと思ったら地上で居眠りしておるとは。困ったやつだ」
 ルルは、自分を見た。
 元の姿だった。
 神様に、強制的に天界に引き上げられて、天使に戻ったようだ。
 神さまは、やれやれと肩をすくませた。
「天界には、仕事はたくさんあるのだぞ! おまえは天使としての自覚が足りない。さあ、天使らしく、人間に罰でも与えてくるがよい」
 ルルは素直にうなずいた。そして、さっそく張り切って地上に降り、いがみ合い、戦い、憎みあう人間たちに、片っ端から罰を与えていった。

 こうして人類は長く苦難の道を歩み続けるのであった。



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