今日の運勢カウントダウン
――今日、運勢が悪いのは、おとめ座のあなた、忘れ物に注意……
――今日、運勢が良くないのは、名前の最初がア行のあなた……
――今日、一番曇りがちの運勢は、九月生まれのあなた。神経質……
――今日、もっとも運勢の低下気味なのは、巳(へび)年のあなた……
――今日、運勢レース、最後だったのは、血液型O型のあなた……
(五分前)
僕の名前は、吉沢明良。
九月生まれの乙女座で、血液型はO型。巳年生まれ。
三十歳、独身で、一人暮らしの会社員である。
朝起きたら、自分のお気に入りのマグカップが真っ二つになっていたし、テレビをつけると、占いコーナーは僕を一斉に見放していた。半笑いで、インターネットの占いサイトも見たが、完全に見放されている。
おみくじサイトでは、すべて大凶と凶を引いた。
どうやら、今日の僕には、神懸かり的な逆奇跡が進行中らしい。
今日はバレンタインデーだというのに、なんということだ。
(四分前)
深呼吸をしてから玄関の扉をあけた。
真剣に考えれば考えるほど占いなど馬鹿馬鹿しい。
僕は、そんなものはもともと信じてない。
不安にかられて、あぶなく体調不良の電話を会社にかけて休むところだった。ただ、信じてないと呟くほど、気にしてる自分がここにいることに気が付いて、玄関から一歩を踏み出すことに勇気が必要に感じてきた。
出社しなきゃ、会社の事務の、気になってる真帆ちゃんにも義理チョコさえもらえない。
手のひらで自分の頬を叩き、気合を入れて、一歩を踏み出した。
勢いあまって、扉の角に、足の小指を打ちつけた。
(三分前)
激痛がおさまって、ホッとした瞬間、今度は、とてつもない不安に襲われた。
家の中へと戻り、大急ぎで火元の確認をしてくる。
なにか忘れていないか、トラブルの元は存在しないか、思考をめまぐるしく回転させる。財布、車のキー、携帯電話、車の免許書、ハンカチ、仕事の資料……。忘れ物はないはずだ。
不安が刻一刻と増大してくる。
大丈夫だ。なにもあるわけがないと意を決した。
靴を履いたら、紐が切れた。
(二分前)
僕は慎重に、玄関から外に出てキョロキョロと周囲を見回した。
駐車場まで三十秒ほど。なにも起きないことを祈って、静かに歩き出す。もはや完全に挙動不審者である。
その瞬間、黒いものが、路地から出てきて僕の前を横切った。
黒猫だ。
不吉ではない。と口に出して言ってみる。所詮、そんなものは、西洋の文化のもとで言われてることだ。東洋の一国では関係ない。そう言ってみたら、余計不安になってきた。
駐車場に入る時には、電柱の上にとまっていたカラスが僕に向かって、ひと鳴きした。
もう、無視するしかない。クソッたれ、運命よ、殺せるなら殺してみろ。
車を発進させて、駐車場を出る瞬間、先ほどの黒猫が車の前に飛び出した。避けようとハンドルを大きく切りすぎて、電柱に激突した。
あっけなく僕は死んだ。
(一分前)
カン、カン、カン、カーン。
盛大にベルの音が響き渡った。
気が付くと僕は、灰色の不思議な空間にいた。
どこだここは、天国か、地獄か?
すると突然、きわどい水着を着た女性が、サンバのリズムで踊りながらどこからともなく現れた。
「おめでとうございまーす。あなたは黄泉の国、二千億人目のお客さまです。最高にラッキーでーす。さらに、黄泉の国、開国三百万年記念の今年は盛大な副賞も付きます。神様も天界からこのために出張なさってますよー。凄まじい幸運ですね。とりあえず、記念品として、これをどうぞー」
僕は、綺麗に包装されたそれを開けてみると、黒い物体が見えた。
「これは、一体? それにあなたは誰ですか」
「それはチョコでーす。二月十四日ですよね。日本の風習でしょ? もっと喜んでネ。ちなみに私は女神でーす」
「いや、風習ってほどのもんではないと……。なんだって、女神!? ……黄泉の国!?」
「まぁ、いいわぁ」
妙にテンションの高い女神は、黄色い声で、有無を言わさずそう言ってから「さーて、そろそろ、神さまの登場でーす。いぇーい、待ってました」とかん高く叫んだ。
いきなり盛大なレーザー光線と光の乱舞が巻き起こって、軽快なラップのリズムと共に、一段高い場所からヒップホップな服装をした、髪と髭が伸び放題のおっさんが現れた。
「YO! こそ。君が、ベリーハッピーな、ラッキーガイかーい?」
「……」
「なんだい。グレートに元気がないじゃないか」
「いや、だって死んでるし……、いやそうじゃなくて、その、あなたが、神様……なんですか」
「イエース! その通り! ヘイ、目が潰れないように注意するんだぜ」
自称、神さまは、サングラスをはずして僕を胡散臭そうに見た。
「いやしかし、ここに来たこと自体、あまりハッピーではない気がするのですが……」
「それはともかく! 今日はナイスでエクセレントな日だ。もう、君には特大でヘヴィーなプレゼントを用意してるYO」
「……プレゼント?」
「聞いてないのか、ブラザー。じゃ、正賞の発表だ。どーん! 即復活の権利を進呈!」
「えぇ!! 復活できるんですか!」
僕は、しゃべり方うぜぇなと思いながらも、歓喜して聞き返した。
「副賞で、少し時間も戻してあげYO! ヘイ、どうだい、受け取るかい?」
僕は、何度も何度も、うなずいた。
なんて幸運なんだ。もちろん死んだのは不幸だが。
神さまがニヤリと笑って、指を鳴らした。
すると、女神様がさらに数人現れて、いきなり僕の手足をおさえこんだ。
「ちょっと! な、なにをするんですか」
神さまは、いつの間にか野球のユニフォームを着ており、その手にはバットが握られている。
何度も素振りをして、バットを刀剣でも見るようにした。
どこかで見たことのあるかまえだと思ったら、イチローのバッティングフォームだ。
「いくぜ。現世行きホームラーン!」
神さまの目がキラリと光ったかと思った瞬間、僕は黄泉の空の彼方まで、ぶっ飛ばされていた。
意識が飛んだ。
(三十年前の今現在)
僕は、生まれた。
名前は、吉沢明良。
九月生まれの乙女座で、血液型はO型。巳年生まれ……。
了