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心に響かないファンタジー

「おお、よく来た、勇者よ。本当にそなたが魔王を倒す旅にでるというのか」
 国王は大げさな身振りで、厳かにいった。
 王宮の謁見の間では、王を前にして、若き勇者アインがひざまずいていた。
「はい。国王陛下!」
 左右に並んだ臣下や、騎士たちがざわめいた。
 なぜ、彼がという目が大半であった。勇者としての資質など、誰もわからないのだから仕方がない。
「そうか。まずは、楽にせよ」
 アインは立ち上がった。
 彼の背中には、いかにも強そうな巨大な剣が見える。
 ちなみに、この剣はアインが旅立つ時に、祖父から受け取った伝説の剣であり、凄まじい切れ味をもつ無敵の力をもつ家宝らしい。らしいというのは、アインは朝が弱く、祖父の話を半分聞いてなかったからである。この伝説の剣の力を見抜いた宮廷魔術師が、謁見の間に勇者の帯剣を許すよう働きかけたという話は、どうでもいいので語らない。
「勇者よ、しかし魔王は強い。たとえ伝説の剣があっても、勝つことは容易ではないぞ」
「わかっております。防御も重要です。私は、そのために友人の鍛冶屋に、世界一硬い金属でつくった鎧を発注しておきました」
「……そ、それは、用意がいいな、勇者よ」
 勇者が手を上げると、謁見の間へと、黄金に輝く鎧が一式、目の下にクマができた鍛冶屋と共に入ってきた。
「ほう、これは良い鎧だ」
 国王が感嘆の声をあげた。
 それと同時に勇者は鍛冶屋に厳しい視線を送った。
 これは、よけいなことを言ったら殺すの合図であった。
 鍛冶屋は、二ヶ月前に町の酒場で、ツケの代金でもめていた所に、たまたま居合わせたアインに助けてもらってから、アインに事あるごとに、たかられているのである。
 今回は一週間も不眠不休で鎧の製作をさせられたうえ、勝手に友人にされて困っていて、最近妻と上手くいかないという、細かいエピソードはつまらないので語らない。
「そうでしょう陛下。これならば、なんとかなります」
「しかし、甘く見るな勇者よ。たった一人では、とうてい魔王の配下どもとの戦いに勝利することは困難だぞ」
「そのへんは大丈夫です。陛下。すでに呼んであります」
 パチンとアインは指を鳴らした。
 扉が開いて、三人の男女が部屋に入ってきた。
「まずは、商人のジョニーです。彼は全国二百の賭場と、貸し金業を仕切る金融界の猛者であります。こいつが闇資金で、魔王の経済力を崩壊させます」
 黒づくめの服装のジョニーが陰鬱にほほ笑んだ。生まれてはじめて笑ったかのような笑みだった。
「な、なるほど。それは頼もしいな……」
「次は、火薬職人のボブです。彼の作る火薬筒は絶品です。彼の仕掛け爆薬で悲惨な最後を遂げた敵は星の数ほどです」
「……そうか」
 樽のように太った髭面のボブが不敵に笑う。目つきが危険である。
「次は、うちの紅一点。暗殺者のメアリーです。彼女ほどの天才暗殺者はいません。完全に気配を消し、魔王の寝首を掻っ切ります。成功すれば普通に戦う必要すらないかもしれません」
 メアリーは完全な無表情で、王を冷たい目で見た。
「……」
「どうです、我がチーム、いや、旅の仲間たちは?」
「……まぁ、そうだな。いや、それはともかく、旅に必要な金貨百枚はどうだね」
「いりません! すでにジョニーが、魔王軍の経済システムを崩壊させるために、金貨にして二万枚の闇資金を投入してます。もはや、それどころではありません!」
「……なるほど。ところで、魔法使いが見えないようだが、いないと困りはしないのかね?」
「大丈夫です! 今朝、魔王城の東門でテロが起こりました。あれはボブの仕掛けです。あの手際は、もはや魔法と言っても過言ではありません!」
「……もうよい。ああ、なんだか頭痛がしてきた。さあ、勝手に行くが良い勇者よ」
「はい。魔王討伐の旅へいざ往かん。すでに魔王の死は決定事項です!」

 三日後、魔王城を奇襲攻撃した勇者一行は、みごと魔王を倒しましたといういきさつは、語るも恐ろしいし、たぶん聞かないのが無難である。

 そのころ謁見の間には、新たな勇気ある者が来ていた。
「おお、よく来た、勇者よ。本当にそなたが魔王アインを倒す旅にでるというのか」



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