オリジナル小説サイト

幸せはどこに

 由希の携帯音楽プレーヤーから、ハードロックが漏れ聞こえてきた。
 彼女のお気に入り。俺も大好きな曲だ。何年か前までは、よくコピーして歌っていた。思い出とは、美化されるもの。今の俺には過去のこと。
 由希とは高校の頃からの付き合いだった。バイト帰りに、俺の仕事終わりを待っていたのだろう。
「待ったか?」
「んん、全然。今日は残業なかったんだ?」
「自動車工場は、真夏はそれほど忙しくないんだよ」
 由希は俺を見て、目を細めた。ハンカチをだして、俺の額の汗をぬぐった。
「頑張ってるね……」
「……」
 黄昏時だが、まだ明るかった。木々の向こうの空は、美しいあかね色だ。
 駐車場まで二人で歩いた。しばらく無言だった。たぶん、俺も彼女も、心の中ではたくさん喋っている。
 由希は、不意に俺の腕をつかんだ。
「でもさ、本当に未練ないの? バンド解散して――」
「……ないよ。またそれかよ」
「はぐらかさないの。ねぇ、あれで良かったのかな…… 少しファンも増えてきたのに。デビューできたかもしれなかったんだよ」
「いいのさ。人には器がある。そうは思わないか」
「思わない」
 由希は怒ったように俺を見つめた。
 俺は、由希の手を軽く振りほどいて、その肩を抱いた。由希は「何よ」と嫌がるように言ったが、そのまま、なされるがままになっていた。
 出勤してきた夜勤の連中が、通りすがりに、ヒューっと口笛を鳴らして、冷やかしていく。
「――なあ、由希。幸せって、どこにあるんだろうな」
「そんなの、しらないよ……」
 俺はどうすればいいのだろう。それは、俺にしか出せない答えだ。
 情けないってセリフは、もう何万遍も心の中で呟いた。
 ただひとつはっきりしていることはある。
 何をどうするにしても、ふたりの幸せは、この瞬間にあった。

 絶え間なく続く、機械の音……
 社会は、回っている。世界は、回っている――



↑ PAGE TOP