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変革

 二十一世紀中盤。
 京都大学の研究グループが、画期的な技術を確立した。
 それは、人類の紀元前からの念願である、不死の技術である。
 神経細胞を異常に強化することで、人間も蜥蜴の尻尾のように、指を失っても、足を失っても、数日から数週間で再生できてしまうという夢の実現だ。

 十年後、超再生力による不死の技術は実用化された。
 世界は完全に変革を迎えた。
 外傷で、四肢に障害をもった人はいなくなり、交通事故での死者も、ほとんどなくなった。
 世界各地の紛争や、戦争では死者が激減した。
 なにしろ原理上、脳の八割が損傷すること以外では死ななくなったのだ。生物兵器か神経ガス、または核兵器でも使わなければ、勝負などつかない。やがて戦争は割に合わないものとなり撲滅した。
 これにより、テレビや映画でバイオレンス描写がほとんど見られなくなった。斬っても刺しても殴っても死なないからだ。人を殺すには、頭を銃で何度も何度も執拗に打ち抜くか、完全に叩き潰すしかなくなってしまい、ヤクザもの、戦争ものどころか、サスペンスさえ成り立ちにくい。
 もちろん、問題が無いわけではない。病気にかかるのは変わらないからである。
 それでもやがて、強力な再生能力は病にも大きな恩恵を示した。
 ガンや内臓の疾患などのうち、切除して治るものでの死者はほとんどいなくなり、脳の病気以外では病気の死者も急速に減り続けていった。

 人間は、ほとんど死ななくなった。やがて人口爆発が緊急の大問題になる。なにしろ増えるばかりであるからだ。しかし、畜産動物への技術の応用により、食糧問題も解決へとむかっていった。死の危険の低下で、子供の数も徐々に減っていった。

 それから、数十年が経った。
 世界は平和になり、皆が安心して暮らせる社会が実現した。だが、この世界を天国だという人はだれもいない。
 地上は、老衰しても死ねない人間が大量に溢れていた。
 全身が弱り、朽ち果てる寸前であっても超再生能力は、生かしてしまう。
 この時代の映画オタクは、世界をこう評した。

 ――極めて平和な、ゾンビ映画。



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