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誤解

 浩市が、久しぶりに大学の仲間とファミレスで集まって、どこか遊びに行く相談をしていると、携帯が鳴った。
「あっ、わりい、ちょっと家からだ」
 浩市は、皆にことわってから電話に出た。
「はい」
「もしもし、浩ちゃん?」
「……ああ、母さんか」
 浩市が友達を見ると、みんな一斉に、口パクでマザコンの合唱をしている。
 浩市は、小声でうるせーよといいながら、中指を立ててみせる。
「何だよ?」
「ちょっとね、お父さんがね、渋谷で車が故障しちゃって、その勢いで街灯にちょっとぶつかっちゃったらしいのよ」
「えぇ! マジかよ!?」
 浩市がちょっと大きな声を上げたので、遊びの相談を続けていた友人たちが、一斉に浩市を見た。
 浩市は、問題ないと友人たちに手をふった。
「あ、心配しないでね。お父さんにケガはないし、人にぶつかったわけじゃないから。街灯も少し接触した程度だから。問題はそれより、警察が来てからで……、ほら、お父さんは釣りが趣味じゃない。運悪く、シーナイフが何本も車に入れっぱなしでね……」
「……まさか、捕まったんじゃないだろ?」
「うん、だけど一応署に行ってるらしいの、ほら、今事件が多くて物騒でしょ。……それにお父さん、あんな感じだから……」
 浩市は、確かにと思った。
 父親は、体格が良くて髭面でひどく目つきが悪い。実際は、ものすごく善良な人間なのだが、見た目がソレ系の人に見えるし、無口のうえに口下手だから誤解されやすい。
「で、どうするのさ」
「それが、わたしは、今からちょっと叔父さんの三回忌に行かなきゃならないのよ。浩ちゃんさ、悪いけどお父さんを迎えに行ってくれない? そんなに遠くないでしょ」
「おれがかよ? ……まぁ、いいけどさ」
「そうだ、ついでに、プリン買ってきてくれない?」
「プリン?」
 浩市があまりに深刻な顔で、小さくそう呟いたので、友人たちはひどい聞き違いをしてしまった。
 浩市の母ちゃん“不倫”だってよ、と誰かが呟いた。
「そう。ほら、このまえテレビで特集してたプリンの名店があるでしょ、あそこでマンゴープリンのセット買ってきて」
「母さん、いい年こいてプリンって」
「年は関係ないでしょ」
「そりゃまぁ、年は関係ないけどさ」
「じゃ頼むわね」
「……わかったよ」
 友人たちはざわついた。
 浩市は電話を切って、友人たちを見た。
 なんだか皆で、心配そうにこちらを見ている。
「なんだよ、みんな。どうしたんだ? 話つづけていいよ」
 友人の一人が、浩市に神妙な顔で言った。
「どうした、大丈夫なのか……」
「ああ……。それが、うちのオヤジが渋谷でエンコしちゃってさー、今警察で、ナイフがどうとかで……。なんか、ややこしくなってるらしいんで、おれ、ちょっと迎えにいってくるわ。ゴメン、あとで行き先が決まったら教えてくれよな!」
 浩市は勢いよく席を立って、自分の勘定を置いてから、急いで店を出た。
 残された友人たちは、しばらく無言でそれを見送った。
「オヤジが渋谷で援交か……。ヤバイなぁ」
「そのうえナイフで警察とか……」
「しかも、母親は不倫だって……」
「で、マザコンだろ……」
 みんなで顔を見合わせて、呟いた。
「……キツイなぁ」
 とりあえず、皆で最初に決めたのは、浩市に家庭の話題を絶対に振らないようにしようであった。



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